みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第7部4章 君を思い出して、僕を思い出して

06 覚悟と希望

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(いったい何を考えてるんだ……?)


 ドクン、ドクンと嫌な心臓の打ち方をする。
 ウヴリの出現はここ最近でも上がってきていた。そして、父上がちょうど元ハーゲル男爵領の再々調査に行ったときに彼女は現れたというのだ。これは偶然か必然か。
 騎士は未だに落ち着かない様子で俺たちを見ていた。
 ウヴリの強さを目の当たりにした騎士なのだろう。震えが尋常じゃない。信じたくないものの、帝国最強と言われる父を持っても、一人で相手をするのは骨の折れる相手なのだ。しかも、飛竜の大群ともなればまた話は変わってくる。多勢に無勢。こちらはただ調査に……もちろん、細心の注意を払い、武装はしていっているものの、それでもいくら準備をしても不安はなくならない。


(ウヴリは、何で帝都を目指しているんだ……?)


 ウヴリの目的はまったく読めなかった。
 元ハーゲル男爵領に現れたのは、そこに氷帝の心臓があるからだろう。しかし、今回は、領地内に現れ、侵攻を始めているとのことで、目的が違うようにも思う。現在俺たちの手元にもたらされた情報だけでは判断がつかない。
 実際にその場に行き、ウヴリの目的を聞く、もしくは探ることができなければ彼女の目的の意図を掴み切ることはできないだろう。
 だが、もしかすると、本気で竜と人間の戦争の引き金を引こうとしているのかもしれない。人間が多く集まる帝都、皇族が住む宮殿のあるサテリート帝国の中心部に侵攻を開始したというのであれば可能性としてはありえる。彼女は酷く人間を恨んでいたからだ。


「ウヴリ……」
「けどよ。いくら、戦力が足りねえからって皇太子殿下か、皇太子妃殿下を寄こせってちとおかしくねえか?」


 そう口をはさんだのはゼラフだった。かの言っていることはごもっともで、何故、皇太子であるセシルや、皇太子妃になった俺が戦場に出なければならないのだろうか。俺としては、別に構わないが、それが誰の命令であるかによって随分と変わってくる。
 国の繁栄、皇室を長らく後世に残すためには俺たちが死んでしまえばそれまでだ。そんな俺たちをみすみす戦場へ送り出すなんて正気の沙汰じゃない。


(でも、事態はそれほどまでに緊迫しているって考えられなくもないけど……)


 俺たちはオセアーンを撃破した実績があった――ということになっている。実際には、未来から来たフィルマメントが彼を倒してくれたので、厳密に俺たちが何かしたわけではない。でも、多分俺たちが倒したのだろう、みたいな感じでまとまってしまった。
 しかし、本当に倒していないことは俺たちが呪いを受けていないことによって証明されているのだ。
 ただ、国からしてみれば脅威となる竜を退けた英雄として皇太子を持ち上げたい気持ちも分からないではなかった。そういう意味で、竜との対戦経験がある俺たちを駆り出したいとの魂胆だろう。


(少し浅はかすぎる……)


 現皇帝陛下や、宰相のハイマート伯爵に不信感を抱いているわけじゃない。あの方たちには本当によくしてもらった。
 だが、今回のこの命令……伝令には疑問をいだかずにはいられなかった。
 父が俺を呼んだというのも考えにくい。ならば、状況を見て誰かが帝都まで飛んで知らせてくれ、それが曲解されて今こうして伝わっているのではないかとすら思う。


「事態は深刻です。少しでも、忘却竜の動きを止めることができればいいのです」


 震えながら騎士は言った。
 それは一体どういうことか、俺が聞く前にゼラフが「あの魔塔の管理者が一枚かんでいるのか?」と騎士を睨みつける。ゼラフがあまりにも鋭い形相で睨むので、騎士は飛び跳ねる勢いで「ははは、い、そうです!」と答えた。


「ゼラフ、ビビらせすぎ」
「でもよ、おかしいだろ。この状況」
「確かにおかしいね……でも、事態は深刻っていうのはきっとあってる。騎士団の中には竜としゃべれる人間はいない。いや、言語は理解できても、対話にまで持っていける人間はいないはずだ」
「だからってお前が出る必要ねえだろ。この間みたいなことになるぞ。二の舞になってもいいってのか」
「……それは嫌だよ。けど、みんなが死ぬかもしれない状況に置かれているんだ。誰かが……俺か、セシルが出るしかないでしょ」
「んな覚悟……」
「分かった。俺が出よう」
「セシル?」


 俺たちの口論を制したのはセシルの一声だった。
 俺とゼラフは同じタイミングでセシルのほうを見る。セシルは、すでに覚悟を決めた顔をしており、一切揺るがないという頑固たる意思が見て取れた。


「セシル……おかしいよ。だって、皇太子か皇太子妃が出るって、普通はありえないでしょ……」
「お前の言う通り、ありえないかもしれない。だが、そこは問題ではない。帝都まであの大きさの竜が押し寄せれば甚大な被害が出る。オセアーンの予言にもあったように、それこそ、一国が亡ぶまで殺戮を止めないだろうな。そうなってしまえば、これまで気づいてきた帝国の歴史も何もかも無に帰す。そんなことは俺も望んではない。見たくはない。そんな未来、絶対に許さない」


 グッとこぶしを握り込みながら、セシルは強く言った。
 俺は彼の言葉に気おされ口を閉じる。フィルマメントは俺たちの会話など理解できるはずもなく「ちぇちーどっかにいくのぉ?」とセシルに尋ねていた。


「ああ、少しだけな。だが、必ず戻ってくる。約束しよう、フィル」
「やくちょく?」
「ああ、約束だ。お前を残して死んだりはしない」
「しんじゃやだ」


 フィルマメントは、セシルに手を伸ばしながらそういう。
 『死ぬ』とはどういうことか、フィルマメントは理解しているのだろうか。仮に理解しているとして、今の話はあまりにも酷な内容だった気がする。
 まだ子供だ。死生観が完全に理解できる年じゃない。
 それでも、フィルマメントはセシルがどこか遠くに行くかもしれないということに気づいてしまったようだ。必死に伸ばした手を、セシルはゆっくりと握り込む。それから、彼を安心させるようにうっすらと笑うのだ。


(ああ、そうだったね。セシルは覚えてないから……)


 俺に対してあれほど死ぬな、俺を残して一人で逝くなといったセシルが今、それらを口にしている。
 俺が死にかけたことも覚えていない。けれどもまた、セシルは皇太子として何度も命を狙われてきた。これまで、死にかけた思いはしなかっただろうか、死というものと隣り合わせで生きている彼からしてみれば、それは特別なことではないのだろう。
 戦地に赴くことは、彼にとって特別ではない。
 セシルは、フィルマメントを落ち着かせた後、こちらを見た。俺は、彼に見つめられるとままならなくなり、視線を下に落とした。
 勝手にセシルが行くことになっているが、今からでも俺がいくと言い出せないものだろうか。


(そうだ、俺が行かなきゃ……俺しかウヴリと話せないじゃん……)


 この間は少しだけウヴリと話せた気がした。彼女の寂しさや、少しの人間と似た感情を感じ取ってしまった。だから、彼女とは時間があればほんのすこしだけ歩み寄れる気がしたのだ。
 でも、そんな確証もないことに誰もつき合わせることはできない。


「ニル、俺がいく。だから、お前はここで待っていてくれ」
「勝手に決めないでよ。セシル……何で君が行くことになってるのさ」
「俺は、もうこれ以上失うものはない。だが、ニル。お前は記憶を失う可能性があるだろう」
「それを言うなら、セシルだって、感情が消される可能性だってあるんだよ。他にもたくさん……彼女が消せるものは何も心や記憶だけじゃないかもしれない。安全とは言えないよ。それに、竜を相手にするんだ。生きて帰って来れる保証だって……」


 考えたらダメだった。

 俺も行く――でも、行ったとしても何も変わらなかったら?
 口にした通り、ウヴリの力は未知数だ。俺たちが想像しないものが消えてしまうかもしれない。
 それこそ、認識したものが一定条件を達するとなかったというようになってしまうなんていう力を使う竜だ。簡単に倒せるわけがない。それに、倒せたとて、竜殺しの呪いにかかってしまうのだから、何もセシルが倒す必要なんてないのだ。
 でも、それらもすべてわかったうえで彼は言っている。それもまた、俺は理解していた。
 彼の覚悟がいかほどのものか、俺に痛いほどわかる。
 フィルマメントが俺のことを心配そうに見上げていた。俺は、少しでもフィルマメントを安心させようと微笑んでみるが、うまく笑えない。


「生きて帰ってくるさ。お前を一人にしない」
「……っ、そ、それは絶対条件なんだよ……」
「ニルの好きにしたらいいんじゃねえか?」


 俺が迷っていると、横からゼラフが口をはさんだ。
 彼は、迷っているなら、自分のしたいようにすればいいという。もちろん、彼は俺がいくといったらついてくるだろう。彼は、彼の中で騎士としての覚悟があるのだから。
 あとは俺の気持ちだけということだ。


(フィルを置いていくことになるけど……でも、セシルだけを、一人でいかせたりはしない。それに、二人で前を向くって決めたんだから、これ以上俺が下を向いていたらダメだろう!)


 俺は、顔を上げた。
 これ以上悩むのは俺らしくない。
 俺は、あとで乳母たちにフィルマメントのことをお願いしようと思った。そんな時間が果たしてあるかどうかは別にして、俺は彼と行く覚悟を決めたのだ。


「セシル。一人で行かないで」
「ニル、無理する必要は」
「無理なんてしてないよ。むしろ、無理に見える?」
「…………………………見えない、な。本当にお前には驚かされる」
「それは俺もだよ。一人で行くって言っちゃうセシルのこと、俺は尊敬するけど、少し怖いよ。君の覚悟を否定したりしない。尊重したうえで、俺もできることをしたい。だって、君は大切な人だから」


 もう二度と失いたくない。

 俺が語気を強めて言うと、セシルは「ああ」と頷いた。
 俺たちは、未だに震えている騎士に二人とも戦地に赴くと伝えると、感動したように涙した。しかし、その涙はそれほどまでに戦況が悪いということだ。
 早くいかなければと俺たちは、騎士に連れられ宮廷魔導士たちのもとへと向かう。宮廷魔導士の魔法があれば、男爵領までは一瞬だ。
 俺は、道中でフィルマメントを乳母やそば付きのメイドに託した。フィルマメントは「いってらっしゃい」と俺とセシルを送り出す。その一言で頑張っていけるような気がした。
 俺たちはすぐにも転移し、男爵領へと向かう。
 宮廷魔導士たちは、俺たち二人が戦地に行くことに疑問をいだいているようだった。独断で、俺たちを転移させないかと話し合っているのも聞いてしまった。だが、このままでは戦地に行っている騎士団を失いかねないし、何よりもこれ以上帝都のほうに侵攻されては困るからだ。

 苦渋の決断の末――といった感じに、俺たちは転移魔法によって飛ばされた。




「……暑いっ」
「そうだな。暑くて、鉄臭い」


 転移したそこは熱気が広がっていた。だが、熱と共に寒さも感じるという異常な気温だった。


(どうなってるの……)


 以前とは明らかに様子が違うことなど見れば一目瞭然だった。
 空の色も鉛色に、血が混ざったような色で不気味だ。


「……ぅ」
「大丈夫か、ニル」
「うん、大丈夫。心配かけてごめんね」
「休むか? 長距離の移動だっただろう。体調に変化が出ていてもおかしくはない」
「これくらい平気だから。そうは言ってられないんだよ。俺たちがここに来た意味……ちゃんと果たさなきゃ」
「お前は強いな」


 長距離の転移だったためか、少しの眩暈に襲われた。乗り物酔いのような感覚に近く、俺は額を押さえながら周囲を見渡す。
 男爵領は氷がとけているといったものの、それなりに残っていたはずなのだが……俺たちが転移した場所はかなり黒く焼け焦げていた。とはいえ、地面は凍ったまま……という不思議な光景が広がっており、いくつもの焼け跡に、何かをひっかいたような痕が散見された。
 ここでもまた竜と人間がぶつかったのだろう。
 遠くのほうからは激しく何かがぶつかる音が聞こえていた。それが何であるかなどすぐにも分かった。


「音のするほうへ行ってみよう。そこが、多分戦場のど真ん中だ」
「ああ、そうだな。ヴィルベルヴィントも動けるか」
「誰にもの言ってんだよ。動けるに決まってるだろ」
「フッ、心強いな」
「へいへい。あんまり俺のこと舐めんなよ、皇太子殿下」
「もう、二人とも喧嘩は後にしてよ。いつもみたいで、聞いてて楽しいけど……でも、今は早く助けに行かなきゃ」


 二人の口論は昔を思い出させて懐かしかった。しかし、今は言い争っている場合ではないと、二人の口論に割って入る。
 二人は……というか、ゼラフは物足りなさそうにしていたものの「御意、御意」と全くみじんも返事になっていない返事を返した。
 相変わらずだな、と俺は呆れつつも、セシルのほうを見る。セシルはすでに戦火が上がっているほうへと顔を向けており、今すぐに駆けつけなければと考えている様子だった。


(この間とは違う。もう、戦いが始まっている……)


 戦争とまではいかずとも、竜と人間がぶつかっている。
 止める方法はないのかと思考を巡らせてみるが、実際にその場に行かなければ何も変わらないと俺も覚悟を決める。
 ウヴリとはこれで三度目の衝突だ。


「ニル」
「何、ゼラフ。今必要なこと?」
「ああ、必要なことだよ……後で応援がくる」
「応援?」
「魔塔の管理者が軍を率いてくるらしい」
「フロリアン卿が? 竜との共生を目指していたのに?」


 ゼラフの言葉に耳を疑った。フロリアン卿は竜との共生を第一に考えていた。しかし、そのフロリアン卿が軍を率いてここへ訪れるというのだ。
 その情報は確かなのかと問い詰めると、そうだとゼラフは頷いた。


「フロリアン卿は、ウヴリを始末しようとしてる?」
「いーや? 緊急事態だからな。きっと、この元ハーゲル男爵領に竜を閉じ込める……あるいは封印する方法を見つけたんじゃねえか?」
「魔塔だから?」
「魔塔だからってどういう理論だよ」
「いや、かつて人間は竜を封印していたから。魔塔ならその方法を知ってるんじゃないかって思って」
「まあ、可能性としてはあるだろうな」


 ゼラフはそう言うと、セシルと同じように火の上がるほうを見ていた。
 状況は深刻で、最悪だ。
 フロリアン卿が何を目的としているか裸ではないが、これ以上人間と竜の衝突を広げるわけにはいかない。過激化させ、溝ができてしまえば、それこそ俺たちの目指す共生は敵わなくなる。
 あの日はまんまと、ウヴリの言葉に耳を傾けてしまった。セシルの記憶が戻らないということ――俺はそれに絶望してしまったが、今は違う。
 記憶が戻らずとも、セシルはセシルで、セシルは記憶を取り戻そうと前向きだ。それがたとえ戻らないものだったとしても、奇跡が起きるかもしれない。
 俺は、その一パーセントにも満たないものを信じてみようと思った。
 愛する人が希望を抱き前を向いているのなら、俺は同じ方向を見ていたい。


「行こう、二人とも」


 俺は二人に声をかける。
 この先何があろうとも、俺は希望を捨てたりはしない。未来を見て、歩んでいきたい。
 二人は頷き、三人とも同じタイミングで一歩を踏み出した。

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