みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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過去編

あの頃の僕ら 2

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 名前呼びを許されるって、特別なことだ。
 相手の名前を呼ぶときも、その人の特別を俺が口にしているわけで。幸せな気持ちになれる。

 セシルって名前を呼ぶたび、心の中がぽっとあたたかくなる。それで、ニルって俺の名前を呼んでくれるセシルの声が、顔がすごい好き。


「今日は、丘に行ってみようと思う」
「丘?」
「ああ、皇宮から少し上にあがっところが丘だ」
「いや、わかるけど。いきなりだね」


 晴れた日の中庭で、何を思いついてかセシルはそういった。座っていたのにわざわざ立ち上がって、楽しそうなオーラを放って俺に話しかけてくる。

 セシルと呼ぶようになって一年が経ち、俺の身の回りはかなり変わった。
 まずは、セシルが「ニルと一緒じゃなきゃ勉強をしない」と言い出し、俺は急遽急いでセシルのレベルに合う勉強を覚えさせられる羽目になった。セシルはものすごいスピードで学んでいたようで、追いつくのに必死だった。かといって、セシルに待ってもらうのもと思って、俺は七歳ながらに徹夜を覚えてしまった。寝不足で倒れてしまったとき、またセシルに頬を叩かれたのは記憶に新しい。でもそのおかげで、時間配分も、自分の今持っている体力もわかって……そして、セシルに追いつけた。今では隣に並び勉学に励んでいる。
 父に稽古をつけてもらい、剣の腕も磨きながら、魔法も特訓している。ただ、魔法に関しては父に渋い顔をされてしまい、あまり進んでいない。どうやら、俺は珍しい氷魔法を使えるらしかった。父は魔力がほとんどない。だが、使えないわけでもないので、基礎とその応用程度。そうでなくとも、父は強いのでまあ魔法が使えなかろうが関係ないと思うが。


「それで、丘に行きたいんだっけ。何か持っていく? ピクニックみたいなものかな?」
「ああ、用意してある」
「待って、どこから取り出したの!?」


 先ほどまで、座っていたベンチにカゴなんてあっただろうか。セシルは俺の疑問に答えず、カゴの中身を見せる。その中には、具がぎっしり詰まったサンドイッチと、スコーン、イチゴジャムが入っていた。


「行くだろ?」
「そりゃ、いくけどさ。ほんとどこから……」


 まあ、こんなこといちいち気にしても仕方ないので、と俺はセシルを見て笑ってやる。すると、セシルは嬉しそうに微笑み返してくれた。
 セシルがいきたい丘は、皇宮のちょうど斜め向かいのところにある。しかしながら、皇宮の敷地内……ピクニックといっても、皇宮が所有する敷地の最北端に行くという感じだろうか。本当に、ここは広くて困ってしまう。
 俺が持つよと言ってカゴを受け取り、歩き出したセシルの後を追っていく。


「転移魔法が使えたら楽なんだろうな。まだ、取得中ではあるが」
「待って、その話も聞いてない。それに、転移魔法ってかなり高度な魔法じゃん。セシルは、どっちかっていったら剣のほうが、ね?」
「何焦ってるんだ、ニル」
「別に……一人黙って特訓していた、セシルに怒ってなんていないし?」


 剣の才能だってセシルはあって、魔法もそれなりに使いこなせる。スタートダッシュが遅れたが、並走できるようになったと思っていた。でも、まだまだ遠いらしい。
 転移魔法は確かに便利な魔法ではあるが、魔法酔いするとも聞く。俺はちなみに馬車や他の乗り物に対して酔ってしまう体質なので、魔法酔いもするような気がする。まだ、試したことがないので何とも言えないが。
 皇宮から出れば、野が広がっていた。一応、敷地内だが宮殿から出たという感じだ。外の風は心地よく、ピクニック日和である。
 セシルは俺が少し遅れていることに気づいたのか、わざわざ歩幅を合わせてくれて、横に並ぶ。


「ニル。俺は、大きくなったらな、モントフォーゼンカレッジに通いたいと思っている」
「ああ、あの四年制の学園。確かに、セシルと学園生活って楽しそうかも」
「だろ? それに、ここは窮屈だが、学園に入ればそれなりに……」


 と、セシルはそこで言葉を区切った。

 そういえば、一年経ったけどセシルにかかる負担というか、期待の目はさらに多方向から向けられるようになった気がする。パーティーや、公共の場で、彼は皇太子として自分を律し、繕い、対応する。俺と一緒にいる時間が長ければ長いほど、そのもともと与えられていた役割に対する嫌気が増幅しているらしかった。堅苦しい、息苦しいとセシルの愚痴を聞く回数が増えたのもここ最近の話である。


(学園生活ね、憧れる……セシルのいうように、そこにはいったら、一人の学生としてみられるのか)


 はたして、思惑通りいくのか。

 どこまで行っても、セシルはセシルなわけで。彼を、皇太子じゃないセシルとして接することができる人がどれくらいいるだろうか。というか、皇太子に無礼を働いたら首が飛ぶとみんな思っているに違いない。
 そう思うと、俺といるときのセシルがいかに貴重で、彼にとっても幸せな時間であるか……いや、これは言いすぎだけど。
 そんなことを思いながら、歩いていれば、目指していた丘が見えてくる。大きな木がそびえたっており、びゅうんと吹いた風がその木を大きく揺らしていた。ガサガサと揺れて、時々数枚葉っぱが飛んでいく。


「夢がかなうといいね。そのためには、勉強だけど」
「ああ、そうだな。お前となら、頑張れる」
「俺も、モントフォーゼンカレッジに行く感じ?」
「当たり前だろ……ニル、今分かってて言ったな?」
「あれ、バレた? ちょっとからかおうと思って。うん、そうだよ。俺は、セシルの行くところについていくから」


 護衛だし、親友だし。
 セシルは、こうみえても寂しがり屋だから、一人にしたらどうなるかわからない。放っておけない。
 俺がそういえば、セシルは頬をポリポリとかいていた。


「そうだな。俺も、ニルがいてくれると嬉しい。ニル、俺のそばを離れないでくれ」
「なんか告白みたいになってるよ?」
「本心だ! 別に、おかしくないだろう!」
「おかしくは、うん。ないね」


 からかえばからかうほど、赤くなるのでまた笑ってしまう。
 けど、今のは少し危なかったな、と俺は景色を眺めるふりをして視線を逸らす。


(『俺のそばを離れないでくれ』……って、七歳がいうセリフじゃない!)


 それこそ、自分で言ったけど告白みたいな。今のところ、離れるつもりもないし、セシルのもとで永久就職を希望しているのでそんなに気にしなくても、と思うのだが。どうやら、セシルは俺がどこかに行ってしまうと思っているらしい。
 セシルって変わってるなあ、なんてぼんやり思いながら、ふと見るとセシルは先に歩いていってしまった。何だろう、怒っているのだろうか。


「セシルー怒ってるの?」
「怒っていない。ニルがからかったから、怒ってなど……」
「セシル、後ろ!」


 見間違いだっただろうか。いや、そんな――と思っていると、いきなり現れたくすんだ色の魔法陣から黒衣に身を包んだ男が出てきた。その男は、セシルの背後をとり、彼の腕を縛り上げる。あっと息継ぐ暇もない一連の動作に、心臓がきゅっと締め付けられる。
 父の特訓の中、護衛心得を学んだうえ、それが何かなんて見ればすぐにわかったことだ。

 ボト……と、俺はカゴをその場に投げ捨て、腰に下げていた短剣を引き抜いてセシルのもとへ走る。
 黒衣の男は、セシルを連れ去ろうとしている刺客だ。誰に、どう命令されたかはわからないが、セシルを連れ去ろうとしているのだけはわかった。彼は、皇太子だから、連れ去ることができれば何かと扱いやすいだろうし。要求だって……


「セシル!」
「ニルッ! 来るな!」


 セシルは、異常事態に気づき、俺に叫んだ。
 主人を見捨てて逃げる護衛がどこにいるんだろうか。それが命令であるなら、今回ばかりは背かせてもらう、と俺は刺客に切りかかる。片手はセシルを拘束しているので、何とか――だが、俺は焦りのあまり気づかなかった。刺客があと二人いることを。


「ぅあっ……」


 トン、と首筋を叩かれる。
 バランスを崩し、俺は顔面から地面に倒れ込んだ。勢いよく転んだため、かなり痛い。だが、痛みに耐えてどうにか起き上がろうとすれば、誰かが俺の髪を掴んで持ち上げた。


「こいつはどうする」
「命令にあったのは皇太子だけだろ。そいつは構わん」
「いや、待て。こいつは、騎士団長の息子じゃなかったか? それも、騎士団長の息子だぜ」


 俺を取り囲むようにして、男たちが口々に何かを言っている。引っ張り上げられた髪はぶちぶちと何本か抜けていたし、身体が後ろに反る形になるので、痛かった。
 男たちは、どうする、と話し合っており話がまとまらないようだった。今なら、セシルを……と体を動かそうとするが、それに気づいた男が、俺の腹に蹴りを入れた。


「がっ」
「ニル! 離せ、この下種ども!」


 坂になっていたため、力の抜けた体は転がっていく。まるでボールのように跳ねて、転がり、手に持っていた短剣は遠くへ行ってしまった。視界がぼやける。腹が痛い。蹴られた中心から体全体に痛みを伝えていく。
 はっはっ……と息をするのも難しかった。口の端から唾液が垂れる。吐き気もした。
 男たちは「皇太子だけでいい。ガキがいっちょ前に短剣なんて持ちやがって」と、痰を吐くように言う。三人の冷ややかな目が俺を見下ろしていた。自分の無力さに絶望する。


「せし……る」


 だめだ、連れて行かないでくれ。
 男たちは、顔を見合わせ詠唱を唱える。だんだんと魔法陣が輪郭を帯び、色づいていく。このままでは、きっと転移魔法によってここから去ってしまうだろう。そしたら、もう二度とセシルに会えないかもしれない。
 体の温度が下がっていく。目の前が真っ白になって、指先の感覚がおかしくなる。視界には涙がたまっていき、動かそうと必死に力を入れる体は言うことを聞いてくれなくて。
 このままじゃ、セシルが。


(嫌だ…………嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だッ!)


「…………やめろ、その人を連れていくな」


 ああ? と男の一人が俺にガンを飛ばす。怖くなんてなかった。先ほどは、いきなり現れたし、俺たちより大きくて、屈強で。今でも、勝てる気がしないけど。睨まれる怖さより、セシルを失うかもしれないという怖さのほうが勝ってしまった。
 先ほどまで動かなかったからだがゆらりと動く。まるで、何かに糸で引っ張ってもらっている感覚だった。
 そして、残りの男もこちらをふりむいた。だが、俺が何もできないと思っているのだろう、冷たく見つめ、あざ笑うかのように口角を上げる。
 どうせ何もできない唐変木だとも思っているのだろう。
 バカが。


「……セシル、助けるから」


 そう口にして、詠唱を唱える。
 俺が魔法を使ってくると思わなかったのか、男たちは警戒して、唱えていた詠唱をいったんストップした。しかし、これは脅しや、キャンセルさせるものではない。こいつらを、生かしておけない。だって、俺が抵抗しようが、なんだろうが連れ去る気なのだろうから。
 男の一人は俺のほうへと走ってくる。先ほど俺が手放した短剣を握って、俺に心臓を突き立てるように。
 後ろで、セシルが叫んでいるのが分かった。ニル、と俺の名前を必死によんでいる。
 大丈夫、すぐに終わるから。


「―― ―――― ――っ」


 習ったばかりの魔法だった。上手くいくかなんて考えていない。出力もこれであっているかわからない。
 俺は魔力量に対して、魔力放出量が釣り合っていないといわれた。簡単に言えば、持っている魔力を、必要以上に外に出してしまう、そして魔力不足で貧血になる、みたいなものだ。だが、そんな忠告、今はどうだってよかった。成功すれば、いい。セシルを守れれば、ただそれで――

 足元に現れた空色の魔法陣は、俺を包み、切りかかってきた男の足元を光らせる。青く、そして、白く。
 刹那、ピキピキという音が響き、俺の周りに冷気が漂う。指先の感覚はないし、吐く息は白い。また、俺に切りかかってきた男は、光りに包まれ、氷漬けになってしまった。汚い氷の彫刻ができる。
 それに驚き焦ったのか、残りの男二人は詠唱を唱え、セシルを連れ去ろうとしたが、それよりも早く、俺が発動した魔法が彼らを襲う。一瞬にして男たちは氷漬けにし、口を開けたまま固まってしまった。セシルは、とすん、とその場に尻もちをつく。


「ニル……? この、魔法」
「よかった、セシル。ほんとう……に…………?」
「ニル!」


 体が冷たい。先ほどの、セシルが連れ去られるんじゃないかっていう恐怖からくる寒さではなく、体の中心から冷え固まるような寒さ。視界がぐるりと反転する。体が固まったように動かない。そして、そのまま俺の身体は横へと倒れる。
 冷たい。地面も、俺も。


「ニル、しっかりしろ。おい、ニル!」
「……あ、……あ、せし」
「ニル――――ッ!」


 俺の名前を必死に呼んで。それで、冷たくなっちゃった俺の手を握ってくれたセシルが、意識を失う直前映った。助けたはずなのに、何でセシルは泣いていたのだろうか。わからない。俺は、やることちゃんとやったはずなんだけどな。


(だめだ、寒いし、眠いや……)


 彼が触れていてくれるところだけが温かかった。それ以外は、もう何も感じない。
 まつ毛まで凍っていたようで、俺は目を閉じるのもやっとだったが、その前に意識は闇の中へと落ちたのだった。


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