みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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過去編

あの頃の僕ら 3

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 誰かが名前を呼んでいる気がして、真っ暗な中から目を覚ます。
 知らない天井に、薬の匂い。それから、誰かの魔力を感じた。


「――魔力の使い過ぎで倒れたのかと。しかし、ニル様は……」
「ニル!」
「……セシル?」


 話の途中なのに、誰かが俺に飛び込んできた。
 何の話をしていたかもわからないし、まだピントが定まっていない。でもその匂いだけで誰が俺に抱き着いてきたかわかった。


「セシル、セシル? ……痛い!」
「皇太子殿下!」


 また理不尽にもペチンと手が飛んできた。ここ一年の間、叩かれたことはなかったんだけどな、と久しぶりに飛んできた手は、一年前よりも大きくて、威力も倍増していた。
 先ほどまで全くなかった感覚が、その痛みによって引き起こされる。と、同時に体のそこらじゅうも痛み始めて、俺は顔を歪めた。
 視界もクリアになったが、いたるところが痛い。
 見渡すと、そこには医師らしき白衣を身にまとった男性と、ワインレッドの少し髪の長い男が立っていた。そして、セシル。


「ライデンシャフト侯爵、応急処置、ありがとうございました」
「当然のことをしたまでた。騎士団長殿の息子が死んだとなれば、明日のゴシップを飾るだろう……」


 抱き着いていたセシルがものすごい剣幕で、そのワインレッドの男を睨みつけた。男は、セシルに睨みつけられていたが、気にせず、医師のほうを向き、何やら話し込んでいた。少し離れようかと、男と医師は俺が寝ているベッドから離れる。
 俺は、その会話も聞いていたかったが、まずはこの親友をどうにかしなければと、彼の背中をポンポンと叩く。


「セシル、おーい、セシル。聞いてる?」
「……ニル」
「状況が分からないから教えてほしいんだけど」
「……」
「セシル?」


 なんでベッドの上にいるのか、医師の話もそうだけど、あのライデンシャフト侯爵と言われた人は何でいるのか。いろいろと聞きチアことがあった。それに、きっと知っているのはセシルだし、彼の口から説明を受けたほうが早いと思ったのだ。
 だが、セシルはむすっとした顔のまま唇を固く結んで、何も言わない。困ったなあ、と思いながら、俺は思い出せる限りのことを思い出していた。


(確か、セシルが連れ去らわれようとして、俺は咄嗟に魔法を……)


 そこまでわかれば、答えなど一つしかなかった。
 魔法を使ったことによる、急速な魔力不足。

 基本的に人間は生命活動と魔力がつながっている。貴族しか基本は魔法は使えないのだが、平民にも魔力はある。だが、魔法として形にするほどのものはなく、使えないということになっている。それに比べ、貴族は魔力量が多く、魔法として形にするのに十分な力を持っているものがほとんどだ。もちろん、そこに差はあるし、俺もセシルも多いほうだ。魔導士なんかはさらに多いと聞く。
 だが、魔力も無制限に使えるわけではなく限りあるものだ。使っても、一定時間すぎるか、休息をとるかで回復するのだが、一気に放出すれば、溜まる時間は遅くなるし、何よりも生命活動に必要な分まで使ってしまうと、正常に機能しなくなり倒れてしまうと。貧血と同じ原理ではあるが、こちらもたちが悪い。
 魔力は魔法にするものという認識よりも、生命活動に欠かせない資源であるため、魔法を生成することと生命活動を一緒にすることは極めて難しい。後者を優先させるため、魔法は使えなくなるし、魔法を使おうとするとかえって逆流して大変なことになる。

 ここら辺の原理は、勉強中むずかしかったのでサラッと聞き逃していたが、まさか自分が魔力不足になるとは思わなかった。


(調節もミスってたし、あんな土壇場で……)


 俺が使った魔法は、かなりの魔力量を消費するものだった。魔力量は、年を取りある一定の値まで来ると止まるのだが、とにかく若いうちは魔力量が増える時期でもある。だから、不安定。それも相まって、今回魔法を使って俺は倒れたと……多分そういうことだ。
 けれど、今まで使ったどの魔法よりも、身体への負担が大きかった。詠唱も唱えて、身体への負担は無詠唱よりは軽減されたのにも関わらず。あれを、無詠唱で発動するなんて考えたくもないけど。

 氷魔法の特性だろうか。

 そんなことを考えながら、セシルの背中を撫でていれば、彼は、むくりとおきあがって俺のほうを見た。


「ニル、生きているか」
「え、逆に死んでると思ったの? ……痛い、痛いって、だから何で叩くのさ」
「……俺は真剣に聞いているんだ」
「俺だって、真剣に聞いたよ。無視したの、セシルじゃん」


 そろそろ、俺もセシルを叩いていいだろうか。だが、良心がストップをかけて、俺の手は、ベッドの上に優しく落ちる。
 セシルが悪いんじゃないか、何も言ってくれないから。
 そう言い返したいのに、セシルの顔を見ているとその気も失せていく。こっちが、死ぬ思いしてセシルを助けなきゃって思ったのに、何で今セシルのほうが死にそうなお顔で俺を見ているのだろうか。


「生きてるんだな」
「生きてるよ。確認したきゃ、俺の心臓の鼓動でも聞けばいいじゃん」
「……ああ」
「まって、本当にやるやつがいる!? ひぁっ」


 薄いシャツの上からセシルは手を当てる。ちょうど胸あたりを触られたので変な声が出た。だが、セシルは気にせず、俺の胸に耳を当てて「ああ、生きてるな」とうわ言のように唱える。よっぽど重症だな、と俺は、彼にされるがままになっていた。
 そうして、しばらくして落ち着いたのか、セシルは一応何があったのか教えてくれた。


「――それで、刺客は?」
「凍死だ。ニルの魔法によってな」
「……そっか。本当は、一人くらい生かして情報を吐かせるん、だよね」
「ああ。だが、仕方ないだろう。それに、お前は誇っていい。後ろめたく思うな」


 いつか、そういう日がくるとは思っていたが、やってしまったかと。
 あまり罪の意識はないのだが、人を殺めてしまったのかと俺は胸に小さな穴が空くような感覚を覚えた。あっちは、セシルを誘拐しようとしていたし、何だったら俺を殺そうとしていた。正当防衛としても認められるだろう。
 セシルは、俺のことを気にしてくれているようだったが、気になる点はすべて教えてもらい、スッキリもした。
 何よりも、セシルに何もなくてよかったと、ただそれだけを思う。


「セシルありがとう」
「何がだ、バカ」
「ひ、酷い。バカなんて……いや、バカだったかもしれない。まだ慣れてない魔法を使ったのは、バカだったかも。でも、そう……君を守れてよかったし、セシルが心配してくれたのが何よりも嬉しかった、かな?」


 それに対してのありがとう。

 まだまだ未熟だし、どうしようもないけど。魔法のことに関しては、本当にこれからどうにかしていかなければならない問題だと思う。今完璧にできるとは思わないが、もう一度あの魔法を使ったとき、倒れてしまっては困るのだ。威力は申し分ない。殺傷能力も、拘束性もある氷の魔法。だが、返ってくる反動がばかにはならない。子供の身体ではとてもじゃないがそれに耐えられないと。
 どうやら、俺が眠っていたのは半日だったようだが、それで済んだのは幸いか。
 セシルは、ぽつぽつと、あの後の出来事を話してくれて、ようやくすべてを理解することができた。


(というか、あの人誰?)


「セシル、あの人は?」
「ああ、あいつ……彼は、ライデンシャフト侯爵。二軍だ」
「二軍、か……じゃあ知らない、かも。初めて会う、よね……多分」


 この国は、帝国騎士団と呼ばれる大きな騎士団があり、区分的には最上位に近衛騎士、続いて一軍、二軍……と続くのだが、俺の父は今そこの団長を務めている。父は、近衛騎士であり、帝国騎士団をまとめる団長というそれはもう誰もが頭を下げる地位にいる。その息子である俺への期待は、セシルが皇太子であるゆえに向けられる期待と同等のものだ。俺は、そんなにプレッシャーを感じないが、恥じぬようにとは常日頃から思っている。
 まあ、そのせいで嫌がらせも、過度な期待も向けられるし、いい気はしない。反発の意はあるが、喧嘩をしようとも、それによって落ち込むこともない。ただ、そういうふうにしか見られない自分というのはすごく嫌だ。

 そして、ワインレッドの彼の名はメンシス・ライデンシャフト侯爵というらしい。巡回していたところ、俺たちを見つけたそうだ。何でも、魔力探知はうまいらしい。
 少しでも俺の発見が遅れていたら大事になっていたとか。
 ライデンシャフト侯爵には、感謝の言葉を述べたいが、近寄りがたい雰囲気だったので、遠目で見ることしかできなかった。しかも、二軍だからよく知らない。俺が話しかけてもいいものなのだろうか、と立ち止まる。
 そうして、見つめていれば、こちらを見た侯爵と目があってしまい俺はサッと顔をそらす。侯爵は、ため息をつくように口を開いた。


「はあ……まあ、何はともあれ命に別状がないなら。応急処置が遅れ、大事になっていたら……騎士団長殿に殺されていたかもしれない」


 はあ、と髪をかきあげつつ侯爵は嫌味を口にする。とげとげしい言い方に胸が切り裂かれるが、一応は、俺のことを心配してくれていたらしかった。体裁のためか、俺の父に取り入るためか。
 それでも、助けてくれたことには変わりない。俺は姿勢を正し、顔を上げる。


「えっと……あ、ありがとうございます。侯爵、様」
「…………礼はいい。無事ならそれで」


 言葉は間違っていなかっただろうか。初対面の人に、人見知りを発動してしまうのは、俺の悪い癖だ。ドキドキしながらセシルの手を握って落ち着かせようとすれば、侯爵がこちらへ歩いてくる。まだ何かあるのだろうか。すごく心配そうな目を向けられると、申し訳なくなるんだけど。
 そう思っていると、今度は嵐のようにバン! と部屋の扉が開かれた。


「ニル!」
「ち、父上!?」


 その額に汗を浮かべた父が、扉を壊す勢いで開け、俺を見た。そして、ずんずんと近づいてきて、あっという間にベッドの脇まで来る。侯爵はこちらに歩いてきたが、その足を止めくるりと背を向けた。父とすれ違う際に、わざと肩をぶつかるようにして部屋を出ていく。


「ち、父上。ええっと」
「……まずは、無事だったことを喜ぶことにしよう。それと、お前は騎士として誇っていい。主人を守ったのだからな」
「は、はい」
「だが、魔法は使うな」


 と、父は簡潔に言って、俺の肩を片方掴んだ。セシルが、俺に抱き着いているので、無理に引きはがせないらしい。まあ、それはいいのだが、言葉があまりにストレートで顔面外レートを食らったようで言葉が出ない。

 多分、褒めてくれている。でも、魔法はダメだと。
 父は、俺にそういった後、今度はセシルのほうを向いて、片膝をついた。


「殿下もご無事で何よりです」
「ああ。団長殿の息子が守ってくれた……ニルは、俺の大切な騎士だ。これからも、彼をそばに置こうと思う」
「ありがたく存じます、殿下」


 騎士として呼吸をするように父は言葉を紡ぐ。その動作には一分の狂いもないし、無駄もない。俺の理想の姿。
 小さな皇太子は、そんな騎士に対して言葉を贈る。そして、俺に対しても。
 セシルは、こちらを見てにこりと笑った。夜色の瞳いっぱいに俺が映っている。彼も流れるように言葉を紡いだが、思っている以上に深く、重いことを言っているのではないかと思った。


(俺の大切な騎士……か)


 きゅぅうと胸がいっぱいになるし、顔も真っ赤になる。騎士として認められた、親友とはまた別に。セシルの中の特別枠を俺で埋めていくような優越感もあった。
 そうして、父は俺の肩を再度叩いて「体調が戻り次第、鍛錬の量を三倍にする」といって、出ていってしまった。夜勤だったが、俺のことを聞きつけて休憩時間に飛んできたのだろう。父はああ見えても忙しい。疲れを表に出さないので、いつも元気そうに見えるが。


「ニル」
「何、セシル」


 名前を呼ばれ、視線を戻せば、セシルは俺の頬に手を当て、優しくなでた。言葉なく、いきなりそんなことをされると、心臓に悪い。というか、いつも思うけどセシルって言葉は足りないし、言葉が足りてるときはストレートすぎて俺は毎回許容量を超えて言葉を失ってしまう。まあそれが、セシルのいいところであり悪いところでもあるんだけど。


「何、俺の頬そんなに好き? もちもちって言ってたもんね」
「ああ、ずっと触っていたい……じゃなくてだな、ニル」
「俺、もう説教はいいかな」
「説教じゃない、ちゃんと聞け」


 俺も俺の癖で、聞きたくない言葉を流すために、話を逸らす癖がある。自分の本心を隠すために、わざと笑って、軽い言葉で……とか、これもよくないのだが。
 セシルは、また口をとがらせて眉間にしわを寄せた。説教じゃないなら、なんだというのだろうか。
 セシルを見つめていれば、見つめられたことが恥ずかしかったのか、ぷいっと顔をそらされてしまった。


「さっき言ったことは本当だからな」
「さっきって?」
「ニルは、俺の大切な騎士で、これからも、そばに置こうと思うという言葉だ。ちゃんと聞いていなかったのか」
「まさか! 聞いてたに決まってるじゃん……その、嬉しかったし」
「なら、いい」


 と、セシルはそれ以上恥ずかしくて言えないのか、言葉の代わりに俺の手を掴んだ。ぎゅっと、そこから伝わってくる体温は、やけどしそうなほど熱い。


「そういう、ことだから、な。ニル。お前は、俺のそばにいてくれ。誰かの騎士になることは許さないからな」
「もちろんだよ、他に誰のところに行くのさ」
「それもそうだが」


 セシルはそういうと、後ろで空気になっていた医師のほうを見た。医師はぺこりと頭を下げ、セシルの気持ちを読み取ったように部屋を出ていった。俺の身体、もう大丈夫なのだろうか。
 俺は、セシルに視線を戻して、首を傾げる。まだ、何か言いたげに俺を見ていたが、彼は靴を脱いでベッドの上に上がってくる。


「ちょ、セシル」
「何だ」
「部屋に戻ってねなよ。何で、俺の……じゃないけど、俺の」
「看病だ。弱っているお前を一人置いて寝られない。もっとそっちに避けてくれないか?」
「もう、勝手な……」


 そういいつつも、俺はセシルが並べるようにと隅へと移動する。ベッドがキシィと軋み、セシルが布団の中に入ってくる。
 別にこれが初めて一緒に寝る、なんて体験じゃないけど。やっぱり、なんか恥ずかしい。
 セシルは、寝ろ、と勝手に上がってきたくせに俺に言ってくるので、俺はカチンときて、背中を向ける。すると、すぐに「悪かった。俺が悪かった」と謝ってきたので、俺は仕方なく、セシルのほうを向いてやった。すると、彼と目があう。


「何、セシル」
「いや……か。俺と寝るの」
「別に。ちょーっと強引だから、むかついただけ。セシルが嫌いなわけじゃないよ。それに、俺冷たいから、セシルの体温、好き。すぐ眠れそう」
「そうか、ならよかった」


 セシルは、安堵したように息を吐く。
 嫌いじゃないのは本当。それと、やっぱり俺も安心できる。守った彼が横にいること。守れたんだって実感する。もし、あのときセシルが連れ去られていたらと思うと、きっと、死んだように心臓が冷たくなってしまっただろう。
 彼が隣きてすぐに、俺に睡魔が襲い掛かる。まだ体調が万全ではないということもあって重い瞼が落ちる。本当は、もっとセシルと話していたし、顔だって見ていたいのに。もうムリだ、と俺は睡魔に負けて意識が深く落ちていく。


「…………お休み、ニル。ありがとうな」


 そう、セシルの声が聞こえたのは幻覚じゃないだろうし、唇に温かい何かがぶつかったのも、多分夢じゃないだろう。
 その温かい何かの正体がわかるのは、十年後の話だが――

 その日俺は、夢の中でセシルとできなかったピクニックをして、笑いあう、そんな幸せな夢をみた。

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