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第2部3章 テストと新たな刺客
10 もう嫌だ◆※攻め以外からの凌辱注意
しおりを挟む「貴様、ニルに何をする!」
「ハハハッ、お前も頭が固いのか、皇太子殿下。見りゃわかるだろ?」
「せし、る……」
動きたいのに、動けない。
薬が体に回ったためか、指先すら痺れて力が入らなかった。じんわりとした恐怖が体に広がっていく。
腰に下げていた剣は取り上げられ、部屋の隅へと蹴られてしまった。胸に護身用に入れていたナイフも奪い去られて捨てられて。俺は生身一つで、どうにかこの状況を乗り越えなければならなかった。
だが、そんなことができているのであれば、とっくにしている。
上半身を覆っていた服はビリビリに破られてしまい、俺は外気に肌がさらされる感覚に身震いする。せめてもの抵抗として睨みつけるが、こんなものでこの男が止まるとは思わない。
魔法を使ってもいいが、バレないとなると無詠唱。しかし、そんなことリスクが高くてできたもんじゃない。
「本当に聞いていた通り、お人形さんみたいだなあ、ニル・エヴィヘット。さすがは、あの女のガキなだけある」
「グザヴェイ・シャンス! いいから、ニルを離せッ!!」
「威勢がいいのは嫌いじゃあないが、なーんも、できねえ唐変木王子に言われてもなあ? 困るよなあ、ニル・エヴィヘット」
「セシル、いいから。逃げられるなら、転移魔法で逃げて、お願い」
「だが、ニル!」
詠唱さえ唱えられれば、どうにか逃げることは可能なはずだ。今ならできる。俺はこれから何をされるかわからないが、セシルさえ生きていれば。
セシルは、迷った末に詠唱を唱えようとしたが、それに気づいたシャンス侯爵が彼に指を向ける。何をする、と思っていると、セシルの身体の下に赤黒い魔法陣が浮かび、彼を拘束した。そして、指先からは黒い雷の魔法が飛び出し、セシルの目の前に落ちる。
その雷の魔法があまりにもリューゲのものとそっくりだから、俺はヒュッと喉が鳴る。
心臓を貫かれたような気になって、血が引いていくのを感じた。
「俺が、あいつに教えたやつだ。ライデンシャフト侯爵家の子息になあ。だが、あいつは死んじまったみたいだな。無様に」
「……お前が…………リューゲのことを悪く言うな。お前らか、リューゲを操っていた黒幕は」
「さあ? 俺は、その件に関してはなーんも知らねえし、関与もしていない、興味もない。ただ、死んだという報告を今さっき受けたばっかりだ」
と、シャンス侯爵は付け加えた。
やはり、メンシス副団長とシャンス侯爵のつながりは薄い。だったら、単独犯か。
だが、何かを知っていることは確かだった。
今回のこれに関しては、メンシス副団長はこれを予期していなかっただろう。ただのはとこ。シャンス侯爵がその血縁関係を利用して、ここを訪れているということだろうか。
(リューゲの魔法はこいつから……)
なるほど、リューゲがあの魔法をあれほど巧みに操れていたのはそういう理由だったか、と俺は緊急事態なのに分析してしまう。構築されている魔法が、リューゲのものと同じだった。というか、きっとこっちがオリジナル。
だが、今の雷の魔法はどう考えても無詠唱だった。だとすれば、シャンス侯爵には何かしらの反動がかえってきているはずだが、そんなふうにはちっとも見えない。
そういえば、アルチュールも無詠唱魔法を使っているところを見たが、反動が少ないようにも見えた。体質か、それともアルカンシエル王国の人間は無詠唱魔法であってもあまり反動を受けないのか。
そんな分析はさておき、セシルの足元には魔法をキャンセルさせる魔法陣と、重力によりその場に縫い付けられてしまう魔法がかけられてしまった。これでは転移魔法を発動しようにも、何もできない。それと、動けば、先ほどの魔法を打つぞという威嚇まで。
こうなってしまえば、俺たちはなすすべがない。俺が抵抗したらきっとまたセシルに危害が……
「フンッ、やっと状況を理解したか。お利口だなあ、ニル・エヴィヘットは」
「……黙れ。俺は、セシルを守ることだけを考えている。セシルに何かあれば、俺が許さない」
「ハハハッ、たいそうな忠誠心だなあ。さすがは、騎士様だ」
「…………俺は今、下衆なお前の喉に噛みついて殺してやりたいと思っている」
「吠えてろ、吠えてろ。何もできないくせに、口だけは達者だな。今のうちだぞ? すぐに、よくなる」
と、シャンス侯爵はいうと、先ほどお茶と一緒に運ばれてきた小瓶を手繰り寄せその栓を抜く。ふわりと甘い香りが漂い、一瞬蜂蜜かなにかかと思ったが、それを俺の口にいれようとしたため、俺はきゅっと口を結んだ。
「抵抗してもいいのか? お前の大事な皇太子が黒焦げになっても……」
「……っ」
「まあ、んな抵抗も無駄だけどな。それに、抵抗されるほうが、燃える」
シャンス侯爵は俺の鼻をつまみ上げ、口で呼吸せざるを得ない状況を作る。俺は、しばらく口を閉じていたが、肺が酸素を求めて口を開いてしまう。その隙に、先ほどの液体を俺の口の中に注ぎ込んだ。飲め、と今度は口をふさがれ、俺は抵抗したが、苦しくなって飲み込んでしまう。とろりと、舌の上で広がって、そのまま喉を通り抜けていく。
今度こそ毒を飲まされたのではないだろうかと思ったが、ドクンと心臓が脈打って、息が上がっていくのを感じてその正体を察した。
「おこ様には、まだ早いかもだが、媚薬だ。さすがに、こわばった体に突き立てるのはかわいそうだろ? 俺は、これでも紳士だ。優しく抱いてやる……つっても、すでに何回も抱かれてるのかもなあ、そいつに。なら、いいだろ。誰でも」
「……ニル!」
顎を無理やり掴まれ、シャンス侯爵は俺に口付ける。がっちりと、俺の頭を掴んでいるから俺は抵抗できない。そのキスの感覚は気持ち悪いとしか言いようがなかった。
飲まされたのが媚薬であり、身体が意思に反して喜んでいても、心が拒絶している。
ゼラフのときのような、緊急事態だったが労わるようなキスとも違う。俺を見下して、嘲るようなキスだ。気持ち悪い、吐き気がする。でも、吐き出すものは何もない。
「ん、んんッ!」
「ハハッ、いい顔するじゃねえか。ニル・エヴィヘット……ほら、見せてやれよ」
と、シャンス侯爵は俺の顔をセシルに向けさせる。
涙で少しかすんだ瞳に映ったのは、セシルの絶望した表情だった。口を開けて、その夜色の瞳を揺らして、俺を見ている。
俺を、そんな――
「せし……セシル…………」
「本当に傑作だな。お前らの関係についてはメンシスから聞いていた通りだ――が、本当にそうだったとは思わねえだろう、普通」
「なんで、こんなことを、する?」
俺は、セシルから意識をそらしたい一心で、シャンス侯爵に問うた。
俺があまりに弱々しく言ったのがツボに入ったのか、ニヤリと口の端を上げて、俺の涙を舌で舐めとる。ひっ、と声が漏れるが、やはり俺は抵抗できずにいた。体は熱くなるばかりで、でも痺れていて。感覚がおかしくて、頭で処理が追い付かない。
触れられると、ピリピリとした電流が走り、それを脳が快楽だととらえてしまって熱を帯びる。
「決まってるだろぉ? 俺は、愛だか、恋だかを信じて酔っているやつらの仲を引き裂くのが趣味なんだよ。今の皇太子みたいに絶望した表情を見るのが好きだ。愛しい人が目の前で犯されて、何にもできない自分に絶望する。んで、犯されているほうも絶望して破局へと……俺は、その絶望を見るのが好きだ」
「……クズが、狂ってる」
「何とでも? 本当にここに来たかいがあった。メンシスの野郎には感謝しねえとな。こんな上物の仲を引き裂けるんだ。想像するだけでゾクゾクする……まっ、メンシスの野郎にバレたら、ただじゃ済みそうにないが」
シャンス侯爵は頭を掻きながらそう言って目をそらす。ちょくちょくと出てくるメンシス副団長の名前は何なのだろうか。
俺が、こいつの思惑に気づいていれば変わっていただろうか。こんなことになっていなかったのだろうか。
俺がまたセシルを巻き込んだ。俺の不注意のせいで。俺の――
すでに、頭の中は真っ白になっている。今から自分の身に何が降りかかるのかもわかっている。体は小刻みに震えているのに、熱を欲している。浅ましく、セシルへの裏切りの身体に嫌気がさす。
こんな自分が嫌で、嫌で、消えてしまいたくなる。
「やめろ、ニルに手を出すな!」
「そうだ、その表情がみたい。もっと見せろよ、皇太子。お前も、一人の人間として、人を愛しちまった人間として絶望しろ。俺が今から、お前の大切なもんをぶち壊してやるから、そこで指くわえて見てろ」
シャンス侯爵は俺の顎を掴みながら、セシルに見せつけるように俺を押し倒す。そしてそのまま馬乗りになりつつ、俺の首筋に舌を這わせた。ぞわぞわとした感覚に鳥肌が立つ。
シャンス侯爵は俺の身体にキスの雨を降らせ、噛みちぎるように歯型を残し、鬱血痕を残していく。痕がついていくたび、汚染されていくようで、酷く胸が痛む。わざわざ見せつけるように、大げさなくらいに俺の身体を塗りつぶしていく。
こんな男にキスされただけでも吐き気を催しそうなのに、それ以上ことをされたら死にたくなるに決まっている。何よりも、セシルのためだけの俺を内側からも外側からも殺されるようで嫌だ。
「クソ、やめろ、やめ……っ」
「ふーん、やめろっていうわりに勃起してるな?」
「お前の、薬のせい……ひっ」
やわやわと、ズボンの上から揉みしだかれ、俺はすぐにそこに熱が集まっていくのに気付き首を横に振った。しきりに、セシルが俺の名前を呼んでいるが、俺は抵抗することで精いっぱいでセシルの声なんて全く耳に入らない。
やめてくれ、と俺は必死に訴えるが、すぐに下着ごとズボンをずらされ、俺のそれは外気に触れてふるりと震えた。
「やめ……見るな……見るなっ!」
「無理な相談だなあ。そんなに勃起してたらイカせてやりたくなる。ニル・エヴィヘット。お前は本当に魔性だな、俺の好みの顔をしている」
シャンス侯爵は、俺のそれを掴むと上下に手を滑らせる。媚薬のせいも相まって、こんなクズ野郎の手にも感じてしまう。惨めで、情けない。浅ましい身体に嫌気がさす。
俺はすぐにでも達しそうで、唇を噛んで耐えた。こいつの、思うようにはさせないという意思だけは胸にある。しかし、それも長くはもたない。
「……は、ん…………く、そ……」
「強情なやつだなあ。忍耐は褒めてやる。騎士として、か? だが、もう少しでイクだろ? 素直にイっちまえよ。皇太子の前で」
「……っ!? やめ、やめろ! い、あ……っ、クソ、く、そ……ぅっ!」
手の動きが速くなり、俺は絶頂へと上り詰める。グリっと尿道に爪を立てられ、俺は身体を震わせる。敏感になったそこに、刺激を与えられれば決壊してしまう。そして、やつの手の中で射精すれば、にんまりと笑って、それを俺の腹へと擦り付けた。
「溜まってたのか? ご無沙汰だったら、すまねえなあ」
「……っ、いっそ、殺せ……っ、死ね、死ねよ」
「口が悪いなあ? いい子ちゃんぶってたのか、お前は。まあ、どうでもいいが。俺は殺生はしねえよ。ほら、あっちむけ」
俺が渋っていれば、俺の腰を掴んで、身体ごとセシルのほうへ向かされる。イった余韻と、媚薬の感覚で頭がフワフワと降りてこれないが、あの夜色の瞳に射抜かれれば、すぐにでも現実に戻される。
セシルは、血が滴るほど唇を強く噛み、必死に自分の無力さを責めている。そして、同時に俺を見て絶望しては視線を逸らす。
カッと、顔が熱くなった後、血が引いていく。セシルの前で、俺は何をやっているんだろうか。こんなやつの手で達して、感じて。こんなのセシルへの裏切りだ。
俺は縋るようにセシルのほうを見る。助けてほしいなんて、言えない。俺は助けてなんて言わない。でも、でもでも――!
(嫌だ、セシル、見ないで。俺を、俺のこと嫌いにならないでよ……)
俺のせいだけど、全部、全部、俺のせいだけど。そんな顔されたら、俺は生きていけない。
でも、こんな汚くなった俺を、セシルに抱いてなんて、抱きしめてなんて言えるわけがない。
俺が、セシルにばかり気をとられていれば、こっちに集中しろと、シャンス侯爵は俺の後孔へと指を忍ばせる。尻を這ってたどり着いたその指が、俺の後孔をトントンと叩く。俺はその感覚にまた震えた。
「あ……っ、やめろ、嫌だ……そこは、いや……っ」
「いい声で啼くなあ? だが、まだ足りねえだろ絶望が」
「やだ、だめ、だめ、だめ、いッ! 嫌、やめろ、やめろッ!」
指が一本挿入され、俺は背中を反らせる。そしてそのまま指を動かされて、ゆっくり抜き差しされた。その、動きが俺の感覚を徐々に広げていくようで、俺は首を振った。
「いやだ、嫌だ……いやッ」
「嫌々いってんじゃねえよ。いいか? お前を今犯してるのは俺だ。お前の愛しの皇太子じゃない。ほら、見ろよ、あいつの顔」
片手で俺の後孔を弄りながら、もう片方の手で、俺の顎を掴む。そして、強制的にセシルのほうを向かせた。
セシルは、俺の名前を弱々しく呼んで、また唇をきつく噛んだ。その目に孕んだ怒りは、俺に対してだろうか。それともシャンス侯爵についてだろうか。
わからないが、俺は耐えきれずにあふれた涙が頬を伝って落ちる。
「やだ、ごめん、セシル……っ、せしる、ごめん、ごめん、ごめん、ごめんなさい」
口から洩れる謝罪の言葉。
繰り返し、そう叫ぶが、ひきつって喋れなくなる。絶対に耐える、耐えて、抵抗してやると思っていた思いも木っ端みじんに拭き飛んで、俺は今すぐやめてくれと懇願するしかなかった。だが、その懇願さえも、燃料にシャンス侯爵は、指を増やす。
シャンス侯爵の指が俺の感じるところを擦り上げると、俺は仰け反ってイってしまう。薬の効果も相まって、いつもより、敏感になっている。またイってしまって。もう、プライドも何もかもズタズタだ。
ヒクヒクと肛門が痙攣し、シャンス侯爵はくつくつと笑う。
そして指がピッと引き抜かれ、今度は膝の上にのせられる。無様にも俺は足を広げられ、セシルに見せるような形で固定されてしまう。
もう死にたい。こんな屈辱耐えられない。
どれだけ厳しい特訓にも耐えてきたが、愛しい人の前で犯される練習なんてしていないのだから。
初めての感情に戸惑い以外の感情を抱けなかった。早く終わってくれ、いっそ殺してくれと、目の前が暗くなっていく。
「いい声で、啼けよ? そしたら、皇太子も喜んでくれるかもな」
「……いやだ、もう…………ひっ、いや、ダメ、ダメ、それだけはやめっ」
後ろにあてられたシャンス侯爵の昂りに気づき、俺はようやく少しずつ動くようになってきた体をじたばたとさせた。だが、そんなのやはりかわいい抵抗のようですぐに押さえつけられ、制圧される。そして、再び俺の後孔へとそれがあてがわれた。
「ほらよぉ? あの皇太子様にお前のいやらしい姿を見せてやれよ。気持ちいいなっつう顔を」
「ニル――ッ」
シャンス侯爵は、それをみてまたにんまりと笑ってから俺の中に侵入しようとする。
ああ、もうだめかもしれない。
ぷつんと糸が切れたように、俺の身体は前へと倒れかける。
死にたい、死にたい、いっそ死んでしまいたい。でも、こいつが生きてセシルに何かするのは……
俺は俺の汚点を残したまま死ねない。
道ずれにしてやる。殺してやる。死ねよ、死ね――
「……ハッ、なんだ抵抗しなくなって――――ッ!?」
「ニルッ!」
タッ、とこちらにセシルが走ってくる音が聞こえた。だが、次の瞬間、俺の身体に大量の血液が飛び散った。
一瞬にして部屋の温度は氷点下へと下がる。
何が起こったのか、自分でも理解できなかった。ただ、生暖かい液体が、俺に付着する。鉄の匂いに、鼻が曲がりそうだ。
「アアアアアアアアッ!!」
続いて、悲痛な声がこだます。
悲鳴に鼓膜をやられ、俺は、自分を支えていたシャンス侯爵の手から抜け落ち、その場に倒れ込んだ。
そんな俺をセシルが抱き留め、シャンス侯爵から距離をとった。すでに、麻痺が抜けているようで、セシルは、シャンス侯爵が投げた俺の剣を手繰り寄せて、握りしめる。
「ニル、おい、ニルッ!」
「……せし、俺に、触らないで、きたない、から」
「そんなことはない、ニル……クソ、冷たすぎるだろ」
「……い、たい。寒い……痛い、痛い…………」
震えているのは、汚い俺をセシルが抱きしめているから? と、回らない頭が分析したがそうではなかった。
また心臓がひどく傷む。そして、この冷気は、俺の……
「この野郎、よくもッ!」
まつ毛まで凍って開かない目の隙間から見えたのは、左目を抑え体中いたるところから血を流しているシャンス侯爵の姿だった。その近くには氷が散らばっており、地面からつららのようなものが突き出ている。
(そっか、俺……魔法……でも、何で?)
無意識のうちに魔法を発動していたんだ。しかも、無詠唱で、あんな殺意のこもった……だからこそ、その反動が今身体に来ている。
さっきは、恐怖と嫌悪感で押しつぶされて死にそうだったのに、今度はあの凍てつくような寒さが俺を襲う。温めてほしい、でもこんな俺を抱きしめないでほしい。また、回っていく俺にシャンス侯爵が手を伸ばす。今近くには、セシルもいるのに、こんなの巻き添えで――そう思っていると、バン! と勢いよく扉が開かれた。
「何事だ――ッ!?」
「は、ハハッ、メンシス……遅かったじゃねえか。こいつが無抵抗の俺に魔法を――ッ?」
ガッ、と入ってきたメンシス副団長はシャンス侯爵の頭を掴みそのままものすごい勢いで床にたたきつけた。すると、シャンス侯爵の身体から力が抜けくたりと動かなくなった。死んだのか? と思ったが、メンシス副団長はふぅ、吐息をはいて、シャンスの首根っこを掴むと、そのまま扉へと向かって歩いていく。
「メンシス・ライデンシャフトッ!」
「……なんですか、皇太子殿下」
ピリピリと身体が震えるようなセシルの怒号。
メンシス副団長は、足を止め、セシルのほうを見た。セシルは、今にも、メンシス副団長に襲い掛かりそうなほど怒りに震えていた。
「貴様の差し金か。ニルを襲うよう、指示していたっていうのか!」
「……誰がそんなこと指示するんですか。私の家に関わるようなことを。ただでさえ、私は今、疑われているのに」
呆れた声で、メンシス副団長はそういう。
セシルは、信じられないというように剣の柄に手をかける。だが、メンシス副団長は、そんなセシルを気に留める様子もなく俺のほうを見た。
「皇太子殿下、エヴィヘット公爵子息をよろしくお願いします。そのままでは、また……エヴィヘット公爵子息は危険な状態に」
「そんなこと、貴様に言われずともわかっている! とっとと、出て行け!」
「……そうですね。私の監視不届きでした。では、よろしくお願いいたします」
と、メンシス副団長はそういうと部屋から出ていった。
俺はいったい何が起こっているのか理解できず、ただセシルの腕の中で震えるしかなかった。
セシルに抱きしめてもらう資格もないし、このまま死んだほうが楽になれるのではないかと一瞬頭をよぎる。
でも、それは許さないとセシルが俺をつなぎとめた。
「ニル、死ぬな。お願いだから、死なないでくれ」
「……やだ、セシル、俺、おれ……」
ぎゅっと俺の手を握るセシル。そこも触れられたところだからやめて、と俺は首を振りたいが、首すら振れない。体が硬直し始めて、指や足の先から氷になっていくようだった。だが、セシルに触れられたところだけは熱い。
セシルは、さらに強く俺を抱きしめ、俺にキスをする。触れたところから魔力が流れるのを感じた。
それでも、セシルへの申し訳なさから、俺はそれを拒んでしまう。
「やめて、おねがい……セシルまで、きたなくなる」
「汚くない、ニルは、汚くないだろ……いいから、今は黙って受け入れてくれ。死なせたくない」
エゴだというように、セシルは俺の唇を奪う。そこも、どこもかしこも俺は触れられてしまっている。それを、セシルに触らせるのが申し訳なくなって罪悪感で死にそうになる。
けれど、与えられる熱は温かくて、幸せで。バカで、クソみたいな自分が嫌になってくる。
魔力供給のための接吻。それにより枯渇した魔力が潤っていく感覚はあったが、まだ寒くて仕方がない。
胸の奥で、渦巻いた黒い感情は消えてくれない。あの男を殺す、殺してやると心の奥底で……
セシルの魔力供給を受けながら、俺は一連の思い出したくない出来事を思い出していた。そして、何よりも、メンシス副団長がここに戻ってきて、ものすごい形相でシャンス侯爵のことを叩きつけたときの顔が忘れられない。まるで、大切なものを傷つけられたような顔をしていた。セシルみたいな……でも、なんかさ、俺とも違う。
(だから、何でメンシス副団長は俺のこと……『私の息子に手を出すな』って、変なこと言うんだよ……)
はっきりと聞こえてしまったそれに、俺は頭が痛くなる。
だが、どうしようもなく寒くて、苦しくて、俺は重たい瞼を閉じてしまった。もう何も考えたくない。このままおちて、眠ってしまいたい。
セシル、ごめん、と俺は心の中でつぶやいて意識を闇へと放り投げた。
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