みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第2部4章 死にキャラは死に近く

03 セシルVSニル

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「セシル……」
「ニル、帰るぞ」


 差し出された手は、力強くて、引力がある。
 夜色の美しい瞳に射抜かれれば、呼吸すら忘れる。その輝きに目も奪われる。いつだって、セシルは俺の心を射止めて放さない。その手を取れば楽になることも、救われることも知っている。その手で救われてきたから。
 でも、その手を取ることは俺はできなかった。


「おい、ニル。なんで俺にしがみついてんだよ。誤解されるぞ?」
「……分かってる、けど。俺は」


 思わず、目の前にあるゼラフの服を握ってしまう。それを見てか、セシルの周りの空気がぴりついた。俺に伸ばした手の指先がピクリと動く。だが、その手を引っ込めることはなかった。優しさと、少しの不安が入り混じる夜色の瞳を見て、俺はスッと顔を上げた。
 セシルが俺のすべてを許してくれるのは嬉しいし、その優しさに甘えたくなる。でも、それじゃダメなんだ。
 俺が俺を許せないし、何よりも、今手を取ることは俺があの日のことから逃げることになる。


「ニル、どうした? 一緒に帰るぞ」
「……迎えに来てなんて言ってない」
「何?」


 ゼラフは小さなため息をついていた。そして、俺の手を払って、後ろへ下がる。本当は、陰に隠れていたかったが、ゼラフを巻き込むのは申し訳ないと思った。これは、俺とセシルの問題。
 セシルは、まさか拒否されるなんて思っていなかったのか、信じられないようなものを見る目で俺を見てきた。酷くその夜色の瞳が揺れている。
 セシルは優しいから、俺のすべてを受け入れてくれる。だから、俺はこれまで甘えてしまっていた。


「セシルはいつもずるいよね。俺のこと全部赦すんだもん。俺が何をしても、𠮟って、その優しさで俺を包み込んでくれる。俺は、それに甘えてたと思う。これまでずっと」
「それは、ダメなことなのか?」
「赦さなくてもいいんだよ、全部を。俺は、この間のこと、俺自身が許せない。その気持ちは尊重してほしいというか、分かってほしい」
「だがあれは、お前が悪いわけじゃない。それに、俺が気付いていれば――」
「それはこっちも同じだよ」


 遮って、俺はセシルの言葉にかぶせた。

 セシルは、クッというように唇を噛んで、俺を睨む。少し冷たく、鋭くなった目に、以前薬で言われた「嫌い」という言葉が頭をよぎる。あの時は、薬で強制的にとげとげしい言葉を吐かれたが今は違う。
 セシルは、怒るのを我慢しているように拳を握った。その右手にはあの銀色のリングがはめられている。俺の右手にも、同じようにあのリングが輝く。


「俺は、セシルを危険にさらした。ここ半年の間に何度も死にかけて、そのたび周りに迷惑をかけた。そんな人間が、君の隣にいていいはずがない。俺は、守られる側じゃないし、いち早く危険を察知してすべてを排除しなければならない……俺は君の騎士なんだ。それなのに、俺は。だから、俺は俺が許せない。ここ半年の失態を、無様を、俺は甘受しない」


 けじめであり、決意である。

 ここ半年の間に、何度襲撃されたか、そして何度命拾いしたか。そのうえ、何度助けられたか数えても両手の指に到達する。
 弱い俺は、俺が認めない。未熟な自分も、無様をさらす自分も。認めたうえで、情けなくて嗤いたくなる。俺は、俺の弱さから目をそらしたりしない。だからこそ、苦しくなって、自分の未熟さに腹が立つ。

 そんな俺ではいけないんだ。
 そんな俺を、セシルに受け入れてほしくない。俺は、強くなきゃいけないんだ。

 俺が、離れている間、セシルには他の護衛がつくだろうか。それとも、学園内だったらつかない? もしかしたら、これは逃げかもしれない。セシルの隣に立てないなんて決めつけて、逃げているだけの。そうは思いつつも、撤回する気はなかった。
 俺が弱いのは事実であり、覆らない現実。


「そうか……」
「ようやくわかってくれた? 俺は、俺のタイミングで帰るからセシルは……」
「――ニル、お前は本当に頑固だな」


 セシルはそういうと、はめていた白い手袋を外し俺に投げつけた。ストンと、それは俺の胸に当たって落ちる。それが意味するものが何か、俺は分かっていたので、落ちた手袋を数秒の間眺め、それからセシルの顔を見た。セシルの顔には覚悟が宿っており、俺はそれに苛立って眉間にしわがよるのを感じた。


「セシル、それはあまりにも強硬手段じゃない? 俺の意見は無視?」
「剣で決める。それなら文句はないだろ? 自信の意見を突き通すための手段としては、フェアだろ」
「勝手に決めないでよ……もう…………」


 捨てきれない自分のセシルへの思いに、俺はうんざりする。
 俺の生活も、考えもすべてがセシル中心に回っている。セシルが俺のすべてだ。だから、本当の意味で彼を拒絶したり、突き放したりすることはできない。
 俺は、セシルに甘いのだ。

 それを受け入れなくてもいいが、売られた喧嘩に対し買わないのは礼儀がなっていないというか、受けてたたなければ、逃げると同義。俺が逃げられないように、わざとその手を繰り出してきたのはたちが悪い。
 頑固なのはどっちか。
 俺は、手袋を拾い上げて、その決闘を受けてたつと意思表示をする。
 そんな俺とセシルの様子をゼラフは黙って見守っていた。


「結局、折れたじゃねえか」
「……折れてない。まだ、これから。勝てば、俺の意見は突き通せる。だから、勝つしかない」
「へぇ、珍しく怒ってんだな。ニル」
「ゼラフ。ヴィルベルヴィント公爵邸に稽古場は?」
「ある。はあ~勝手に、人の家で決闘とかなぁ。これが、皇太子とその護衛じゃきゃブチギレても怒られねえんだけどなぁ」


 と、憎まれ口をたたきつつ、ゼラフはついて来いと、歩き出す。俺は、ゼラフの後を追う。途中で、セシルとすれ違う瞬間があったが、俺は一言もセシルに話しかけなかった。セシルは何か言いたげに口を開いたが、拳を握るばかりだった。

 それから、ゼラフに連れられ、俺たちは稽古場へ移動した。稽古場は珍しく屋内にあり、広い吹き抜けの天井と、堅い地面に線が白い引いてある比較的きれいな場所だった。というよりも、使われていないというほうが正しいか。


「ここは、雨の日でも使えるように作った場所だ。普段は外。んで、俺の家の騎士たちも? 鍛錬に励んでるからこっちを使うんだよ。お前らに邪魔されて、腕が落ちたらたまったもんじゃねえ」
「ごめん、ゼラフ」
「ハッ、どちらかっつうと謝ってほしいのは、そっちの皇太子だがな。勝手に家に来やがって。テメェはおよびじゃねえんだよ。手紙もよこさねえ、不法侵入だ」


 ゼラフはそう言って、セシルのほうを見た。しかし、セシルはゼラフにも俺にも何も言わず、ただじっと前を見つめているだけだった。俺を見ているはずなのに、その瞳に俺が映っていないようでひどく怖かった。
 夜色の瞳はどこを見て、何を思っているのだろうか。これまでずっと一緒にいたはずなのに、どうしてか俺はセシルのことが分からなくなった。


(心の乱れは、剣に出る……結果がすべて。勝てば、俺の主張を通せる)


 セシルのもとを離れたいというわけじゃない。ただ、もう少しだけ一人の時間が欲しいのだ。それを、無理やり引っ張るのは少しやりすぎじゃないかと思う。俺だって、一人の時間は欲しい。いつもは、セシルがいてくれないと寂しいと思うけど、今は一人にしてほしかった。

 心の整理をしたい。


「俺が、審判を務めるでいいよな? お二人さん、わりぃが、俺には飛ばすなよ。仕方なく、審判をやってやるんだ。数分で終わらせろ」
「……かなり、厳しいこと言うよね。ゼラフも。いいよ、すぐ終わらせる」


 俺は、銀のリングに触れ剣を取り出した。透き通る空の青を閉じ込めた剣は、上から差し込む光を乱反射し、輝いた。細くても丈夫で、そして手に馴染んだ俺の相棒をまさかセシルに向けることになるとは思わなかった。練習用の剣でもよかったが、剣で語り合いたいというセシルの気持ちを尊重してだ。それに、一番自分たちの力を発揮できるものがいいだろうと、セシルと意見が一致した。
 セシルも同じように夜色の剣をとりだし、その美しいミルキーウェイを閉じ込めた剣先を俺に向ける。


「大きく出たな、ニル。俺に勝つ気でいるのか?」
「勝率は、五分五分でしょ。俺が負けるみたいに……勝つよ。俺は、俺の意見を通したい」
「……俺は、何としてでもお前を連れて帰る。ヴィルベルヴィントのところに泊まるというのならなおさら」
「……いや、ゼラフには迷惑かけないよ。でも、俺が勝ったらしばらくの間、エヴィヘット公爵邸には近づかないで。俺に時間を頂戴。一人になる時間を」


 俺がそういうと、セシルは首を横に振る。まあ、ここで否定されても、俺が勝てば、その意見は通るのだが。
 ちょっと離れているだけじゃないか、と俺は少しだけ腹が立つ。帰らないと言っているわけじゃないんだから、少しくらいは……


(俺だって、セシルを思わない日はないよ。でも、今の俺はセシルの隣に立っていいのかって迷っちゃってる。恋人としても、彼の理想の俺でいたい)


 ぎゅっと、柄を握る手に力がこもる。
 乱されるな、集中、と俺は自信を奮い立たせた。この決闘で決まるのだ。だから、真剣に――
 両者にらみ合い、そして、ゼラフのはじめ! という、低い声が稽古場に響く。俺たちは、その声を聴いて同時に駆け出した。


「はあああっ!」


 先手を取ったのは、セシルだった。腰を低くし、下からすくい上げるように斬りつけてくる。それを受け止めれば、びりびりと痺れるような衝撃が手に伝わった。やはり、重い。セシルの攻撃は重量があって、受け流すのがやっとだ。
 頭の中でシミュレーションできたとしても、実戦では役に立たない。これをどう受けるかが重要だ。


「くッ……はあっ!」
「……っ、防ぐか」
「セシルの癖はよくわかってる。てか、試合中に話しかけてくるって余裕だよね。俺のこと舐めてるの?」
「舐めていない。ただ、お前と手合わせするのは久しぶりだと思ったんだ」
「何それ……っ! それが、舐めてるって言ってんの!」


 真剣勝負だ。互いの主張を通すための。なのに、セシルはどこか嬉しそうに、俺の攻撃を受け止め、後ろへ二三歩ステップを踏んで飛ぶ。
 そして、ゆらりと体勢を立て直し、また俺に向かってくる。
 しかし、俺もそう易々と負けるわけにはいかない。距離をつめてくるセシルに剣を向けたが、重い一撃が再び俺を襲う。今度は受け止められないと判断して、横に体を動かしつつ攻撃を躱す。


「どうした、ニル。いつものキレがないが」
「うるさい……うるさいなッ! セシルは、何で、そんなに楽しそうなんだよ……」


 俺は、必死なのに。セシルはどうして笑っているんだ。
 俺のことバカにしているんじゃないか? と、心が乱れる。そのセシルの顔が俺の心をかき乱す。それは、いつぞや大会で戦えなかったときのことを思い出させ、それを疑似的に作り上げているような。この試合は、あの日できなかった試合の延長線上にあるとでもいうような。
 あの時の、「俺も、お前と戦いたかったぞ」と言ってくれたセシルの言葉が脳裏によみがえる。


(違う、違うんだよ。この試合は、あのときの代わりじゃない! あのときとは違う。俺は、俺は!)


 迷っているうちに、セシルの攻撃が飛んでくる。俺は、それを何とか交わし、次の二連撃目を受け流すが、手首に痛みが走る。

 これじゃあ、負ける。勝てない。

 敗北を前に、俺はもう一度剣を握りなおした。言葉で揺さぶってくるなんて、セシルはずるい。
 でも、俺が動揺しているのも確かで、言葉に揺らいでしまう俺は半人前だ。だから、俺は少しだけ自分に「落ち着け」と声をかけながら剣を構えた。


(弱気になるな、ニル・エヴィヘット。惑わされるな……)


 自身の剣が鈍く光る。光を反射した刀身は青白く光り輝き、きらりと視界の隅で星のように瞬く光が見えた気がする。しかし、反射した剣に何か迷っているような俺の顔が一瞬だけ移り込んだ。


「セシルは楽しそうでいいね、俺は必死なのに」
「俺も必死だぞ。だが、剣を交えているとき、お前の心が見える気がするんだ。乱れもよくわかる」
「……っ」
「お前は優しいな。ニル――本気でこい。俺は受け止める」


 まっすぐな言葉と目に、俺は試合が始まってから数度目の激しい心の乱れを覚えた。
 楽しそうで、まっすぐで、かといって俺をからかっているわけでも、舐めているわけでもない。
 セシル・プログレスは俺を受け止めようとしている。だから、輝いて見えるし、楽しそうだとか、プラスの感情が彼から感じられる。先ほどまで、怒っていたと思っていたのに、それは俺の見間違いだったというのだろうか。


(ああ、もう、いいか……)


 グダグダ考えるのは性に合わない。それに、セシルに失礼な気がするのだ。
 俺が伝えたいのはこんな言葉じゃない。俺だって、セシルとぶつかる瞬間が大好きだ。剣がぶつかり、つばぜり合いになって、いなして、また駆け出して。キンッと金属音が響くあの瞬間が、交わるあの瞬間が好きだ。
 もちろん、先ほど考えていた、自分が弱いっていう事実と、犯されかけたことも、守られ続けていることも無視できない。俺の弱さは、俺がこれからも一生引きずっていくものだし、時々顔を出して俺を不安にさせる。現状から引きずりおろして、せせら笑う。
 けれど、そんなことばかりに目を向けて、自分に差し出されたもの、期待されているものから目をそらすのは間違っている気がするのだ。
 本気で受け止めようとしてくれるセシルに、俺はどうこたえられるだろうか。ぶつけられるのだろうか。


「……本気でいったら、セシル負けるけど」
「ぬかせ……俺は負けない」


 自信に満ち溢れた君が好きだ。

 俺は、低く構えて地面をける。スピードに乗って剣を振りかざすのは快感に近い。ヒュンと空を切って剣を振り下ろすが、予想通りそれはいとも簡単に受け止められてしまう。だが、俺の本領はそこじゃない。
 二連撃、三連撃と、身体をひねり、突き刺すように剣を振るう。セシルに、後退させなければならない状況を作り、俺は追い詰めていく。セシルは俺がやろうとしていることに気づいて体制を整えるが、俺の速さには間に合わない。だんだんと、動きが鈍くなってき、俺は先ほどよりも早く、鋭く剣を振りかざす。しかし、カキンッ! と、意表をついたはずの攻撃は弾かれてしまった。


「これで終わりか?」
「……チッ、セシルが俺の癖分かってるの忘れてた」
「酷いな、お前は。だが、今のはよかった! ハアッ!」
「……ッ、おっも……ほんと、バカ力。でも、こっちだって!」


 押し返されたが、力点をずらせばいい。力が入っているところはわかるので、それをどうにかずらして、体勢ごとずらす。そして、その隙に、俺は攻撃を仕掛けるが、これもまた間一髪で防がれる。
 やっぱり、セシルと戦うのは面白い。
 しかし、耐久戦になれば俺が負けるのは目に見えていた。息が上がって、俺の額から汗が落ちる。このままでは、また押し切られる。

 俺は、これが最後だと剣を構える。セシルも、気づいたのか同じように剣を構え、俺を見た。
 この一手で決まる。そう、確信し、俺はセシルの出を窺い、彼が動いた瞬間先ほどよりも強く地面を蹴ってセシルに向かって駆け出した。これで、決まる――俺は全身全霊でセシルに渾身の一撃をと振りかざしたが、セシルは俺とぶつかる瞬間、力を抜いたのだ。俺は、それにいち早く気付き止まろうとしたが、スピードも相まって、そのままセシルを押し倒すように剣を地面に突き刺してしまった。
 ドンッと鈍い音ともに、血の匂いが鼻を突き刺した。俺はセシルの上に乗っかり、彼の頬にツゥと一筋の血の線ができていることに気づく。俺の剣は、セシルの頬の横に突き刺さっていた。


「セシル――ッ!!」


 一歩間違えば、心臓に突き刺さっていてもおかしくなかった。何を馬鹿なことを、と俺は思って彼の上から退こうとした。しかし、セシルの剣が俺の背後で揺らめいて、俺は自身の剣から手を離していたことに気づいた。
 この決闘のルールは、負けを認めるか、相手を戦闘不能にさせるか……そして、先に剣を手放したほうが負けというルールだ。
 俺は、このとき剣を手放してしまっていた。セシルは、俺に押し倒された後も剣を握り、負けと宣言しなかった。ということは、必然的に剣から手を離した俺の負け。


「……卑怯で悪かったな。だが、俺の勝ちだ。ニル」


 そう言って、フッと笑ったセシルに、俺は唇をきゅっとかんで、悔しさをかみしめるしかなかった。

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