みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第3部1章 死にキャラとひと肌恋しい季節

02 副団長の実力

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「腰痛い……」
「すまない」
「絶対、すまないって顔じゃない。ああ、もう、幸せそうな顔! むかつくなぁ……」


 足を蹴ってやりたいが、蹴って怪我されてもなあ……と良心との間で揺れて、文句だけにとどめる。セシルは、そんな俺がまたかわいいとでも言いたいのか、緩みすぎた顔で俺を見ていた。夜色の瞳に優しさが浮かんでいて、俺だけしか見ていない。それは嬉しいのだが、やはり不服だ。
 あれだけ抱かれれば立てなくなるのは当たり前だ。今だって、朝ほどではないがたっているのがやっとだし。かといって、セシルの抱き着いて歩くのも気が引ける。かっこ悪いし。
 これでもし今、セシルを狙った刺客が現れたら俺は対処できるのだろうか。
 職務怠慢。セシルをいついかなる時も守るのが俺に課された使命であり、俺が主君であるセシルに誓った誓いなのだ。
 だが、その主君に抱きつぶされていて、職務を全うできないというのはいかがなものというか、主君様が! 俺の恋人様がもう少し加減をしてくれればいい話なのではないかと思う。
 でも、この話をすれば決まって「ニルがかわいいのがいけない」、「ニルも乗り気だっただろ?」と俺も共犯者にされるので、問い詰めたりはしない。

 はあ、とため息をついて、俺はセシルの半歩後ろを歩いていた。
 嫌じゃないといったら嘘になるから、俺は今、身に余るほどの幸せを抱きしめている。


「今日はどうするの?」
「鍛錬に励もうと思ってな。ちょうど、稽古場が空いている時間帯だろう」
「待って、俺は剣振るえるほど体調万全じゃないんだけど?」
「見ていてくれないのか?」
「俺に、それ得ある? セシルが素振りしてるの、俺が黙ってみてるとか。いや、セシルの護衛のために片時も離れはしないけど……なんかやっぱり、癪すぎる」


 俺に黙ってではないが、俺の前で、これ見よがしに素振りをするのだろうか。今でさえ、距離を感じて、これ以上引き離さないでくれと必死にもがいているというのに。この気持ちは、セシルに伝わっていないのだろうか。
 あの一件以来、セシルに弱いところを見せられるようになったとはいえ、弱い部分を見せてばかりじゃいられない。弱点があるなら克服したいとそう思って俺は常に生きている。
 セシルの隣にいても恥ずかしくない、最高の自分であるために。父のような気高く、強い騎士であるために。

 俺は努力を止めたりしない。

 セシルは、俺が頬を膨らましている前で俺を稽古場へ向かって歩いていく。まあ、一度決めたら突き通す性格だったから仕方ないか、と俺はセシルに渋々ついていくことにした。セシルの癖をさらに発見して、また手合わせするときにでも参考にしようと、割り切ることにした。
 稽古場に足を踏み入れると、ブンと空を裂く音が聞こえ、俺は足を止めた。前を歩いていたセシルもその音に気づき、また、誰が剣を振っているのか気付いて足を止めたようだった。
 俺はデジャブを感じつつも、その剣を振っている相手が誰か確かめたくて、セシルの後ろから顔を覗かせる。すると、予想通りそこにいたのはあの人だった。


「……メンシス副団長」
「これはまた……よく会う。エヴィヘット公爵子息」


 静かにそういうと、目があったワインレッドの髪の毛の騎士――メンシス・ライデンシャフト侯爵は剣を片づけ、こちらに向かって歩いてきた。そして、ぴたりとセシルの前で止まると深々と挨拶をし、俺とセシルを一瞥する。


「副団長殿、邪魔をしたか?」
「いえ、もう少しで切り上げる予定でしたので。殿下」
「そうか? 俺はにそのように見えなかったが。別に、気にせず続けてくれ」
「ですが、殿下も素振りをしにここに来たのではないですか? 私のことなど、気にせず……エヴィヘット公爵子息も」


 と、メンシス副団長は俺のほうを見た。

 俺は、思わず肩を震わせてしまい、メンシス副団長の眉間にしわがよった。さすがに、見られただけでこの態度は失礼だったな、と俺は軽く頭を下げた。
 その後は、気まずくなって顔を合わせられず、俺は視線だけをそらしていた。きっと、足の先も違う方向に向いている。
 悪い人ではないとはいえ、やはり苦手意識はある。


「……私がいると邪魔なようですし、退散しますよ」
「い、いえ。大丈夫です。メンシス副団長」
「そんな顔で言われても困るのだよ。エヴィヘット公爵子息」


 さらに、メンシス副団長の顔にしわが寄るので、俺はどうしたものかと考える。態度に出した俺が悪いのだが、そこまで嫌味っぽく言わなくてもいいんじゃないかと思う。
 いやな人だなあ、という気持ちがまた渦巻き始めると、スッと前に出たセシルがメンシス副団長に声をかける。


「もしよければ、副団長殿。手合わせをしたいと思っているんだが」
「何故ですか。エヴィヘット公爵子息とすればいい話では?」


 と、こちらに話を振る。

 俺は、ずきんと腰が痛み、首を横に振った。セシルも半分こちらに体を傾けたが「療養だ」と、筋が通るような通らないような言い訳をした。
 メンシス副団長は面食らったような顔をしたが、そういうことにしておこう、と詮索はせず、セシルの方を見た。セシルは、やる気満々といった感じで、メンシス副団長を見つめている。メンシス副団長もここまで来たら、きっと引くに引けないだろう。何せ、皇太子が直々に手合わせをしないかと、申し込んできたのだから。これを拒否する権利はないだろう。


「わかりました。エヴィヘット公爵子息、審判を頼みます」
「え、ああ。はい」


 仕方ないといった感じで、メンシス副団長は、稽古場の中央へと移動する。


「セシル、また勝手に……」
「俺の素振りをずっと見続けるのは退屈だろう。それに、副団長殿の実力も確かめたい」
「分からないでもないけど……そうだね、セシルらしい」


 突拍子もない。

 でも、セシルの言っていることが理解できないわけじゃなかった。確かに、メンシス副団長が真剣に戦っているところはみたことがない。副団長の座を守り続けているその実力はいかなるものか、セシルだけじゃなくて、俺も気になっていたのだ。
 セシルが皇太子とはいえ、相手も騎士。手を抜いて、セシルを立てることなんてしないだろう。それに、もしそんなことをするようであれば、セシルはメンシス副団長を軽蔑するだろう。不誠実だと。
 俺は、こくりと頷いてもう一度セシルの方を見た。セシルは、戦えるのが楽しみだといわんばかりの顔でメンシス副団長を見つめている。一方のメンシス副団長は、面倒だなというように顔をしかめたままだ。


(謹慎が解けたとはいえ、注意……だよな)


 春休みの襲撃の犯人も、サマーホリデー前の襲撃の指示役も捕まっていない。収穫祭のときは、また、異なる理由での襲撃だったがあれは除外。その時の主犯からメンシス副団長は俺たちを助けてくれた。

 しかし、リューゲのことが引っ掛かる。
 ライデンシャフト侯爵邸でみた、あの絵姿のことも。俺は、何一つメンシス副団長から情報を聞きだせていない。
 今は多少は平和になったが、謎は残るままだ。


「副団長殿、手加減はしなくていい」
「……そのつもりです。殿下。それに、私は殿下相手に手を抜ける余裕はないですよ」
「そう、卑下するな。副団長殿。その座についているということは、かなりの実力を持っているのだろう?」


 セシルは、あの銀色のリングには手を触れず、訓練用の剣を稽古場の端から持ってきて、メンシス副団長と向き合った。確かに、セシルの剣は切れ味も、重量もあり、彼の戦い方にとてもマッチしている。だが、それを使わないのは、メンシス副団長も訓練用の剣を握っているためだろう。公平性を保つために、いつもの剣を使わないと。
 剣の良しあしだけで決まるものではない。それを扱う人の実力が試されるのだ。
 セシルは訓練用の剣だろうと、きっといい戦いを見せてくれる。
 俺は、審判として一通り、この手合わせでのルールを両者に確認する。
 一つは相手が降参というまで試合は終わらないということ。一つは剣が手から離れ地面についた方が負けということ。他にも細かくあるが、勝敗が決まるのはこの二つのいずれかが達成されたときだ。
 殺傷行為はもちろん禁止であり、危険だと審判である俺が判断した場合止めに入ることができると。

 両者はにらみ合い、剣先を相手に向ける。

 セシルはすさまじいプレッシャーを放ち、メンシス副団長をまっすぐとらえている。逆にメンシス副団長はどこからでもどうぞというような、余裕を見せていた。いや、余裕であるように見せかけて、その実隙がなく、どこから切りかかったとしても、一撃目は防がれるだろう。セシルもそれは覚悟の上といった感じに、メンシス副団長を見ている。
 張り詰めた空気の中、俺は「はじめ!」と手を振り下ろす。稽古場に、俺の声が響きこだまする。そして、それと同時に戦いの火ぶたは切って落とされ、セシルが先手を打った。
 俺の走り方をまねたようで一気にメンシス副団長と距離を詰める。そして、低く体制をとって下からふり上げるような形で、剣を振るった。だが、やはり一撃目は防がれ、剣同士がぶつかった金属音が鼓膜に響く。


 カキン――ッ、とぶつかったところに小さく火花が散る。


「さすが、殿下だ。一撃が重い――だが!」
「……ッ、動きがゆっくりのように見えて、隙がないな。むやみやたらに突っ込むのは危険か」
「よくわかっていらっしゃる」


 セシルの攻撃を弾き、今度はメンシス副団長がセシルに切りかかる。剣が曲がるように、メンシス副団長の攻撃は急にカーブし、セシルは寸前でそれを受け止めた。力はセシルほどないが、確実に相手の痛いところをついている。
 セシルはその攻撃に嬉しそうに口角を上げていた。この戦闘狂が! と、俺は心の中で思いつつ、彼らの打ち合いを観察する。
 セシルの攻撃は前よりも隙のないものになり、次の手を打つまでのインターバルが短くなったような気がする。俺の父との特訓の成果か、その弱点を克服し、弱点のまま残っているところは、どこかで補っている。
 対して、メンシス副団長の攻撃は止まっているように見えるが、早く、とてもトリッキーだ。かといって、基礎がなっていないとかではなく、基礎から応用……オリジナルへとその戦い方を変化させているように見えた。騎士道にのっとったこざかしくない、精錬された動き。身体の重心が傾くこともなく、無駄な動きがない。だが、耐久戦になればどうだろうか。


(セシルはまだまだ体力が残っている感じだよな。メンシス副団長は表情に出ないから分からないけど……あの人が、休日も走り込みしているの見ているし)


 何気に、メンシス副団長が努力しているという姿は目撃する。誰に言われたでもなく、誰かに努力している姿を見せるでもなく。そもそも、彼の周りには人がいなくて、孤独なのだが……
 激しく打ち合いは続き、時々間合いを取ってまた切りかかる。だんだんと、両者の息が上がっていくようにも思えた。激しく打ち合い、その反動で両者ともに少し体が傾き始めた。
 メンシス副団長の攻撃はセシルに当たらないが、セシルの攻撃もあと一歩のところで防がれる。
 さすがは、副団長だ、と俺はさらにメンシス副団長の評価を改める。その実力は本物だ。


(お金で地位を買ったとはいえ、あまりにもよくできる……)


 まあ、そうでなければ、副団長の座にずっと居座り続けることはできないだろう。父も、そこに関してはメンシス副団長を褒めていた。


「息が上がってきたみたいだな、副団長殿」
「殿下も……先ほどとは違い、動きにキレがないですよ」
「俺はまだ、体力を温存している……ッ!!」
「……くっ」


 セシルはそういったかと思うと、重い一撃をメンシス副団長の食らわせた。まだそんな力が残っていたのか、と言わんばかりに、メンシス副団長は防ぐのに精いっぱいで、次の攻撃をぎりぎりで交わすしかなくなった。そして、大きな隙が生まれる。
 セシルは、もちろんその隙を見逃すはずもなく、もらった、というように攻撃を仕掛ける。だが、メンシス副団長も負けじと、体勢を整え、一か八かの勝負に出た。
 セシルに分配が上がったかと思われたが、次の瞬間カキン、とまた乾いた金属音が響く。そして、くるくると弧を描いて、二つの剣が宙を舞った。俺は、それを目で追いながら、二本が地面に突き刺さるまでの様子を眺めていた。
 この場合は、どうなのだろうか。
 俺は、弾かれたように、二つの剣と、額がぶつかりそうなほど迫った二人を見て手を上げる。


「……両者引き分け!!」


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