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第3部3章 徒花の母君と死にキャラの俺
05 これだけは君に秘密
しおりを挟むセシルと父はどこにいるだろうかと、母の背中を追いながら談話室に行くと、そこには向かい合って何やら話し込んでいたセシルと父の姿があった。ノックはしたし、大丈夫だよな……と、聞いてはいけない話の最中に入ってしまったのではないかと心配になりつつ、セシルを見れば、彼は顔を明るくしてこちらに近づいてきた。
「ニルッ」
「わっ……もーセシル、両親がいるのに、抱き着かないでよ」
「いいだろ。公認だ」
「うぅ~~~~恥ずかしすぎる」
もう隠しきることはできないし、そういうふうにしか見られていないことも分かっている。だが、両親の前で抱き着かれて恥ずかしくないわけがない。いくら、幼馴染で兄弟のように育ってきたとはいえ、年は年だ。あと、恋人同士……親愛のハグじゃなくて、恋人からのハグはまた意味合いが違う。
俺はせめてもの抵抗と、手をじたばたとさせてみたが、全く意味もなさなかった。
真正面から抱きしめられて、鼻腔いっぱいに大好きなセシルの匂いを吸い込めば、頭の中がふわっとなり安堵感で胸がいっぱいになる。好きな匂いだな、とずっとかいでいたいくらいに、高速で打っていた心臓がだんだんとゆっくりになっていく。
セシルの熱に俺の身体も温められていく。だが、彼の背中に手を回すことはできなかった。
(……考えちゃうんだよな。ダメだな、俺)
後ろにいた母は俺の変化に気づいてしまっただろう。そして、何も言わずに横を通り過ぎて、父のほうへと移動する。
抱きしめ返せればよかった。というか、後何回抱きしめることができるかわからないのに俺はそうできなかった。
セシルにだけは悟られちゃだめだと、俺はグッとこぶしを握る。
「セシルは、父上と何を話していたの?」
「国の未来についてだ」
「……思っていた以上に壮大だった」
セシルは、端的に、そして真顔で言うので俺は追いつかない頭をフル稼働させてわかったふりをしてうなずいた。
確かに、父とセシルならそんな話をしていてもおかしくない。均衡を保っている三か国が今後どうなっていくかとか、セシルが皇位を譲り受けたらとか。考えるべきことは山のようにある。
あと一年学生でいられるとは言え、猶予はあってないようなものだ。
「だが、面白かったぞ。それと、ニルの話もした」
「俺の話?」
「ああ。これからも、頼むぞって」
「ねえ、この帰省ってもしかして結婚報告だった?」
父のほうを見れば、腕を組んで頷いていて、母のほうを見ればフフフと笑っていた。
だから、恥かしいことこの上ないんだけど、と俺はセシルの肩を掴む。
(まあ、俺とセシルが結婚する未来とか……きっとそんなに明るくないだろうけど)
セシルは長生きしそうだし。でも、俺は短命で……いつまで彼の隣にいられるかわからない。両親がセシルとの関係を認めていたとしても、それをセシルの父親が、帝国民が認めるとは限らない。
あと一年……俺がどうなりたいか、その未来を考える時間は残されていない。
「どうした? ニル」
「えっ、何? どうしたって?」
「顔が暗いぞ。心臓のこと……どうだったんだ?」
と、セシルは後ろにいた両親をチラ見しつつ俺にこそりと耳打ちする。彼が気になるのも仕方がないことか、と俺はとんとセシルの胸を叩いて、彼の横を通り過ぎる。
「後で言うよ。ま、よくなかったってことだけ、先に行っておく」
「……そうか」
セシルは、それ以上この場で問い詰めはしなかった。
俺は、改めて両親を交互に見る。俺は幸せ者だと思う。仲のいい両親のもとに生まれ、その両親は俺のことを一心に愛してくれる。そして、セシルと出会えたこと。
これ以上幸せがあるだろうか。
この場では、セシルがいてとてもじゃないが感謝の言葉を伝えられなかったが、両親は俺の気持ちを感じ取ったように微笑み返してくれた。
それから、俺とセシルは別々に風呂に入り、同じ部屋に通された。
「――ベッド一つ!」
「だな。だが、大きさ的には大丈夫だろう」
「大きさの問題じゃない……はあ。俺たちが恋人同士だって気づいてるんだよね」
「そうだろうな」
「ならさ、一つって……うぅ、もう」
二人で寝てください、といい笑顔で見られている気がしてならなかった。
まあ、そんなことないだろうけど、意識せざるを得ないというか。
それかもしくは、長い付き合いの俺とセシルは、未だに同じベッドで寝るくらい仲がいいと本気で思っているのか。
俺は、キングサイズのベッドを前にうずくまり、頭を抱えていた。
「……嫌か?」
「嫌じゃないけど……疲れたから、寝たい」
「そうだな。寒さ疲れもあるだろうし、早く寝たほうがいい」
セシルはそう言ってベッドへとまっすぐ歩いていった。こちらを振り返るでもなく、彼の銀色の髪が薄明りの中揺れているのを俺は眺めていた。
なんだか、背中が遠くに感じる。
「………………聞かないの?」
「お前が自分の口で話したいと思うまで、俺はきかないつもりだ」
「優しいね。ううん、でも話しておかなくちゃ」
――全部じゃない。
嘘を混ぜるのは得意だった。そんな技術磨けば磨くほど、セシルに対して不誠実になるし、後戻りできなくなる。
それでも、まだ俺には俺の寿命について告白する勇気がなかった。セシルは受け入れてくれるだろうか。セシルは泣き崩れないだろうか。もし、俺がセシルより先に死んだら彼は後追いするだろうか。
様々なことが考えられたが、きっと今までにない告白のため、これといってセシルがとるであろう対応を想像することはできなかった。
母が俺に黙っていたように、俺もセシルに黙っていようと思う。死ぬときは死ぬ。それは、口にするのは簡単だが、実際命はそんな軽いものじゃない。
ベッドに腰を掛けているセシルの隣に詰めて座ると、セシルはピクリと指の先を動かした。
「……何を聞いても、俺のこと嫌いになったりしない?」
「するわけがないだろう。どんなニルでも、俺は受け止めるつもりだ。話してくれ」
「本当にセシルは肝が据わってるよね。俺は、そうじゃないから……」
「ニル?」
思わず漏れた本音を彼は拾わずにいてくれた。
危ない危ないと、俺は唇をなぞって、これ以上弱音も、本音も出ないようにと縫い付ける。それから、嘘を塗りたくった唇を再度開いて、膝の上で拳を緩く握る。
「母上から聞いた話……俺は、この帝国を、大陸を揺るがした竜――氷帝フリーレンの血を引いているんだって。だから、俺の魔法は氷魔法で特殊。心臓も、竜という神話時代の生物の血を引いてるから、奇跡的に修復されたんだって」
「……氷帝の。だが」
「セシルの言いたいことはわかるよ……うん。だから、その」
俺は言葉を詰まらせつつも、セシルになるべくわかりやすいように伝えてみた。セシルは黙って聞いてくれたし、時々相槌を打ってくれた。母の過去に同情し、怒りに拳を震わせている姿も見えた。
でも、俺の出生の秘密を聞いても彼は俺を嫌いになったりしなかった。忌まわしい存在だとか、汚らわしい存在だとか、一言も口にしなかった。
当たり前だ。セシルがそんなこと言うはずがない。
彼はいつだって有言実行するから『嫌いになったりしない』という俺の質問に対し、答えたその姿勢を貫いていた。もちろん、その瞳にも嘘偽りなどない。
「――これが、俺の母から聞いた話。正直びっくりして、未だに信じられないというか……竜のことを恐れている人はいるだろうし。それが、神話時代の話だったとしてもだよ。多くの犠牲者を出した災害ともなれば、ね。何よりも、その血を守ろうとした行動が、人間の欲望の結晶が自分なんだって思うと俺は……自分のこと、汚らわしい存在なんじゃないかって」
特殊な身体、特別な血。
だがそれらは、禁じられた行為によって守られ受け継がれたものだ。帝国では近親婚は禁止されているし、親族殺しは大罪だ。母は見つかってしまえば、大罪人であり、一族のことが知れ渡ればただ事じゃすまない。
母の目を奪うような美しい姿は、もしかしたら氷帝の血を受け継ぐからなんじゃないかとすら思えてきた。だとすると、俺もまた。
「――ニルは、汚らわしい存在なんかじゃない。それは、俺がよく知っている」
「セシル……?」
「ありがとう、話してくれて。辛かった、な。俺がいってもいいのかわからないが。少しでも、話したことでニルの重荷が減ったらいいが」
「……っ、うん。ありがとう。セシルならそういうって思ってた。でも、ちょっと不安だったかも。今はもう平気だけど」
話してくれてありがとうと言われ、俺は胸の奥がツキンと痛んだ。
だって、全部を話したわけじゃない。隠したいところを全部隠して、伝えたい部分だけに切り取った。これがすべてじゃない。
騙されてくれたのか、それとも何かあると分かっていても踏み込まないのか。セシルの表情を見てもそれはわからなかった。
であるなら、ずっと気づかないでほしい。気づかないふりをし続けてほしい。そう願ってしまった。
俺の手を優しく包み込んだセシルは、俺の目を見ろと夜色の瞳を向けてくる。そのまっすぐで、嘘をついたことのない潔白の目に、俺は思わず目をそらしてしまいそうになる。そんな目で見られたら、俺が隠したこの秘密が、隠した自分自身が酷く汚くて薄情な人間に見えてしまうから。
保身か、俺はセシルに包まれた手をぎゅっと握り込んだ。
「俺は、どんなニルでも嫌わない。公爵夫人も辛かっただろう……誰にも言えず、頼る人間も存在しない中。だが、騎士団長殿と出会えたのは幸いだったのだろうな」
「そう思う。今でも、母はね……父上のことヒーローみたいに思ってるから」
母を追ってきた一族の人間ともなれば、母や俺と同じく氷の魔法が使えたはずだ。一族の血が領地外に出ることを恐れたやつらは、父が公爵という身分であると知りながらも殺そうとしたに違いない。
母の口ぶりからするに、一族からの離反、駆け落ちという名の逃亡劇は簡単にはいかなかったのだろう。父は、母の家族に殺されかけていたかもしれないし。それでも、二人は追手を免れ逃げ延びたと。母は、許せずに領地に住むすべての人間を殺してしまったが……罪悪感を抱きつつも、俺を懸命に育ててくれた。
自身が嫌った血を受け継ぐ俺を、希望だといって愛してくれた。
母が父と出会っていなければ、俺はいなかったわけで。
「本当に、微笑ましいな。ニルの両親は」
「ほんとだよ。あと、気遣いが過度すぎて、過保護すぎ。俺のことなんだと思ってるんだろ」
「大切な息子だろうな」
「分かってるけど」
過保護になるのもわかる。俺の生い立ちや、母の思いを聞けば。だから、鬱陶しいなんて思うのも間違っている。
それでも、反抗期というか、思春期というか。ちょっとそういう気持ちはあるわけで、恥かしさから素直になれないのだ。気持ちが嬉しくないわけじゃないけど。
そんなことを思っていれば、セシルがフッと部屋の明かりを消した。明かりの消えた部屋は、窓から差し込む月明かりしかなくなり、闇に包まれる。
セシルは、俺の手をぐっと引っ張ってそのままベッドに倒れ込んだ。
「もう、何やってんの。びっくりしたじゃん」
「すまない……ここにこれてよかったと思ったんだ。改めて、安心した……というか、させられたのか?」
「父上と何を話したの? その、俺のことって」
「ニルのことは、ニルのことだ」
「答えになってないって」
「どうせ、詳しく話せば、お前は恥ずかしがって、また顔を赤くするだろう?」
と、セシルがいうので、そんなこと話したのか? と逆に興味がわいてしまう。
だが、実際、セシルがそこまで言うくらいの内容なのだろうなとも察せてしまい、もうすでに頬が熱を帯び始めた。
「負けず嫌いで、少し素直じゃなくて、努力家で……そんなニルをこれからも隣で見ていてほしいといわれた。先ほどの話にかぶせるなら、過保護、親バカなのだろうな。騎士団長殿は」
「父上も何言ってんの……」
「だから、しっかり返したんだ。俺は、ニルをこれからも手放す気はないと。逆に離れていくようなら、俺のすべてを治し、もう一度俺の隣にいたいと思わせると」
力強い言葉に、俺は胸がトクンとなる。
何度惚れさせたら気が済むのだろうか。毎日、最高を更新し続けているセシルを嫌いになるわけがない。一度たりとも、離れたいと思ったことはない。あったとしても、俺の居場所はセシルの隣なんだって遺伝子レベルで組み込まれているくらい、彼のそばを離れようとは思わない。
思わないが――
「セシルは、俺に隣にいてほしい?」
「何だその質問は。当たり前だろ。お前がいなければ、生きていけない。もう、俺の人生の一部なのだから」
さらりと、俺の髪を撫でて、愛おしむような表情を向けてくる。
もう、胸が痛くて痛くて仕方がない。
そんな表情を向けてもらえるのが俺だけだっていう優越感とともにやってくる、この絶望が俺の足首を引っ張って傷をつけていく。
トゲを飲み込んでしまったように、喉が痛んで声がかすれてしまいそうだ。
俺は「そっか」とセシルの手を優しく掴む。
「俺も、セシルがいないと生きてけない。これはほんとだよ」
「嘘だったら、悲しすぎる」
「ごめんって。ほんと、ほんと。俺もセシルと一緒に生きたいよ」
セシルはきっとこの言葉の意味を本当の意味で理解してくれないだろうけど、それでいい。
今は俺に騙されて、一緒に幸せな夢をみよう。
(何年も、何十年先も……セシルの隣で、俺は生きていたい)
そして、セシルの笑顔を、セシルを独り占めしたいんだ。
俺は、そんな願望と、痛む心臓を押さえ目を閉じた。
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