みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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エピローグ

『春の彼』

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 皇宮の庭園に咲き乱れる薔薇はいつ見てもきれいだ。

 色鮮やかな蝶が舞い、薔薇以外に春の花々がつぼみをほころばせ、花を咲かせていた。陽気な春の匂いに風。降り注ぐ太陽もぽかぽかとして心地よく、このまま眠ってしまえれば最高だろうな、と目を閉じる。


 季節は三月春。
 学校も春休みに入り、俺たちは、入学に向けての準備を進めていた。
 といっても、この間の一件があって、ようやく落ち着いたところなので準備もゆっくりといった感じで、四捨五入したら準備しているうちに入らないのかもしれない。

 あの一件でドタバタしていたこともあったが、しっかりとアルチュールを見送ることもできたし、俺たちは進級が確定して留学の準備もできているし、何か不足しているものがあるかといわれればない。すべてが順調だった。あれだけ、いろんなことがあった一年だったのに、こう過ぎ去ってみると感慨深いというか、あんなことあったなーと思い出になってしまう。


「……いや、思い出じゃないし、思い出したくないこともいっぱいあるんだけど」


 思い返してみれば、怒涛の一年だった。

 前世を思い出したところからスタートし、本当は死ぬ予定のキャラだったのに生き残って。そこから、主人公に惚れられて攻略キャラ認定されて。かと思えば、他のキャラにも囲まれて。まったく無関係の他人に犯されそうになるは、そいつが戦争を起こそうとするわ。それを阻止したら、次は自分の出生の秘密を知って、ちょっと尊敬はあれど嫌味ばっかり言う副団長に家族プレイを強制されて……
 文字で起こせばそれはもう濃い一年だった。本当によく生きていたなと思うくらい、俺はいろんなことに巻き込まれた。

 首を突っ込んだ事件も多々ある。自ら巻き込まれに行って後悔したのも多かった。
 それでも、俺は何か目の前にあるのに見過ごすことができずに、自分の力じゃどうしようもないかもしれないのに突っ込んでいった。
 弱さを自覚させられる一年だったし、ハンデを負った一年だった。
 初めて向けられる感情の数々に、吐き気を覚え、それでも俺を好きだといってくれた人たちの言葉に応えようと思った。

 誰よりも愛していて、特別で、かけがえのない人からの愛の言葉を多くもらった一年でもあった。


(……結局、メンシス副団長は牢の中、か)


 メンシス副団長は、魔塔と結託し何かしようとしていたという容疑で捕まったのではなく、公爵子息である俺を誘拐、監禁したという件で捕まった。
 魔塔に関しては証拠はあるものの、契約魔法によって話せないため事件は難航している。だが、罪人として拘束しておかなければ危険だからと、現状逮捕された理由はそうなっている。
 ちなみに監禁されていたというのは盛った話で、実際軟禁だったわけだし。不自由はなかったし、家族のように扱われていた。まあ、そんなことどうだっていいし、罪になりえる事実があれば捕まえられるので、職務を放棄して監禁していたという話に書き換えられていた。

 そして、メンシス副団長は、セシルの言った通り、爵位剥奪と帝国騎士団からの永久追放。当分は牢屋の中で過ごすらしい。
 俺が、死刑にはしないでくれとセシルに頼み込んだこともあって無期懲役になった。それでも十分な罪だ。本来なら死刑になってもおかしくなかったので、軽いといえば軽いのかもしれないが。


 俺の頭上に広がる青空に白い鳥たちがピチピチと泣きながら飛んでいく。その自由な姿に魅せられ、俺は言葉も失って空を見上げていた。


 メンシス副団長も、リューゲも救われただろうか。

 メンシス副団長に関しては、牢に入ってから何回か面会の機会があったので話した。セシルに無理をするなと言われ、さらにはもう近付くなともくぎを刺された。だが、俺には話す資格があると度々メンシス副団長と会っている。とはいえ、俺もあんな感情を向けられた後だから、内心びくびくしていた。
 でも、実際話してみれば憑き物が落ちたかのように穏やかな顔で俺を出迎えてくれた。まだ、捨てきれぬ執着はあれど、俺のことは「エヴィヘット公爵子息」という呼び方に戻っていたし。
 リューゲの話もしっかりと聞いてくれた。俺ができることはそれだけで、俺が知っているリューゲの話をすることで、どうにか彼とメンシス副団長をつなげようとした。この努力も、無駄なものかもしれないが、少しでもリューゲが救われればと思ったのだ。余計なお世話だといわれてしまうかもしれないが。


 俺は、空から地上に目を移した。
 時間は午前十時くらいだっただろうか。朝から広大な庭園をゆっくりと歩いていたから時間の感覚を忘れている。
 そして、俺は薔薇の葉にまだ落ちていない朝露を発見した。真珠のように輝いているそれは、俺の黒髪を映して少し濁ってしまった。せっかくきれいなのに、と思いながらもついついそれを落としたくなってしまった。気になるというか、触ってみたいというか。子供のころから、自然に対する好奇心はなくならない。
 俺は朝露を落とそうと指を伸ばした。もう少しで葉に触れるといったところで、俺の手首を誰かが掴む。その時起った小さな突風で朝露がつるりと葉の上を滑って落ちていった。


「だから、ダメだといってるだろ、ニル」
「セシル」


 俺が彼の名前を呼べば、ハッとしたように俺の手首から手を離した。少し握られただけなのに、赤い指のあとがついていて、俺は苦笑してしまう。いったい、どれだけの力で握ったのだろうかと。
 セシルは、それを見てか、すまない、と申し訳なさそうに俺のほうを見る。夜色の瞳が俺に許しを乞うてきたので、俺は彼の頭を撫でた。銀色の髪が俺の指の隙間を通り抜けていく。黙って俺に撫でられているセシルは、嬉しそうで、まるで顎下を撫でられている猫のようだった。


「ううん、いいよ。何か懐かしくなっちゃって」
「そうか……だが、痛かっただろ?」
「俺の手首に痕が残ってるの気にしすぎ。セシルのバカ力はよく知ってるし、こんなことどうってことないよ」
「だが」
「俺がいいっていったら、いいの。だから、懐かしいっていったでしょ?」


 俺がそういえば、セシルは、パチパチとその瞳を瞬かせた。


「ほら、覚えてない? セシルが、俺に『セシルと呼べ』って、歩み寄ってくれた日のこと。あの日も今みたいに、朝露落そうとしてた俺の手を掴んだでしょ?」
「そう、だな。あの時は、言葉が足りなかったと反省している」
「あの、一言一句あの日と変わらないよ」


 うっ、とさらに申し訳なさそうな潰れた声を漏らした後再度、すまない、と身体を丸めてしまった。
 セシルってかなり不器用なほうだと思う。言葉と体がかみ合っていないような印象を今でも受けるし、頭でこうしたい! と思っていざ行動に移してみたら、本人が予想しなかった形になってしまっているということもあるし。そのたび、セシルはどうしてこうなった? と、自分がしたくせに信じられないような目をしてるし。
 そんなセシルはかわいくって仕方がないけど。
 前よりは、そりゃ成長しているわけで。


「でも、俺ももう大人だからね? 薔薇にトゲがついてて危ないってことくらいは分かる」
「別に、お前がずっと子供のままだとは思っていない。だが、反射的に……お前のきれいな手に万が一傷がついたらと思うと、身体が勝手に動いてしまう」
「過保護、心配性」
「いくらでも言ってくれ。その通りだからな」
「ふーん、認めるんだ」
「ああ。お前のことになると、自分がどうしようもなくなる。上手く制御できない、行動も、感情も」


 セシルはそう言って、うっすらと消えていく俺の手首の痕を優しく撫でた。
 もう痛みはないが、触られたところかピリピリする。セシルの手のひらも、指の腹もすべてが熱い。だからだろうか。


「お前を見ると、ずっと胸がうるさい」
「あはは、何それ」
「笑い事じゃない。本当だ。お前を見ていると、触れたくなって、抱きしめたくなって……閉じ込めたくなる」


 少しだけ俺の手首に爪を立て、そして間違ったとでもいうように、爪を立てたところを指の腹でなぞった。
 垣間見える独占欲。でもきっとそれを百パーセント表に出していないんだろうなと思ってしまった。抑えてくれている。
 俺はどんなセシルだって受け入れるのに、彼はきっと受け入れられないんだろうな、と思っているのだろう。いつか、それをぶつけてほしいけど、セシルの性格上、そのいつかは来ないかもしれない。
 それでもいい。
 好きだといってくれるその言葉が本心であるのなら。


「また、副団長殿に……いや、メンシス・ライデンシャフトに会いに行ったみたいだな」
「怒んないでよ。ちょっと話に行っただけ」
「あいつは、契約魔法により今は何もしゃべれない。宮廷魔導士総出で、魔法を解く方法を探っているが、まだまだ時間はかかりそうだ」
「そっか……」


 メンシス副団長……今は、罪人メンシス卿にかけられた魔法はかなり強固なものだ。そもそも、契約魔法なんて、本来であれば契約者同士しか解除できないものである。それゆえに、他のものが介入し魔法を解くなんて至難の業。
 しかし、それを解かなければ魔塔とのつながりや、魔塔がこれから何をするのか吐かせることはできない。
 魔塔と真正面からぶつかることになるかもしれないという緊張感の中、様々な会議が今なされていると。
 そんな状況で留学に行ってもいいのかという話だが、俺を狙う魔塔の人間はサテリート帝国出身のものであるため、他国に身を隠していたほうがいいのではないかという話になった。

 また、この一年、あまりにも失敗を重ね、たびたび誘拐された俺を皇太子の護衛から外したほうがいいんじゃないかという声も上がっているらしい。それはもっともな話で、俺が魔塔から狙われているということも考えると、セシルに飛び火するかもしれないというのも容易に想像がつく。

 この件に関しては、セシルは猛反対で、どうにか議題に挙げた貴族たちを黙らせようとしている最中だ。ちなみに声を上げたのは、現宰相、ツァーンラート侯爵だ。


「騎士団のほうも大変みたいで、父上……さらに仕事増えちゃってて」
「ああ、そうみたいだな。また、金を積んで副団長の座に――という輩もいるらしい。そういう意味では正解かもしれないな。騎士団長に一発でも食らわせたものを、次の騎士団長に、そして自分が副団長の座に降りると。だから今は、副団長の座は空席らしいな」
「父上らしいっちゃ、父上らしいけど。それも、騎士団の存続にかかわるーってヤジが飛んでるみたいだけど」


 メンシス卿の一件後、次の副団長を選出しなければならなかった。
 だが、父は騎士団の中で蔓延していた汚職やら、停滞している向上心に一喝いれ、副団長というものを現状撤廃すると宣言した。これより、副団長の座を狙っていた団員からブーイング、そのほかにも、騎士団長が倒れたときに総括するものがいなくなると周りからいろいろといわれているというのが現状。
 しかし、父は頑なに意見を曲げず、夜道で奇襲を仕掛けた複数人の団員を返り打ちにしたとか。
 現状、副団長になるには父を倒すか、認められるしかない。そのため、次期副団長の座を狙い慢性的だった騎士たちの一部は躍起になっているとか。それが全員じゃないのが何とも悲しいところだが、少しでも向上心があるものがいることはいいことで、そういうものたちが、未来の騎士団を作っていく人材になりえるのだろうと、父は見ているらしい。

 ――とまあ、いろいろメンシス卿の事件後様々な変化があった。


「ニルは、将来どうするつもりだ?」
「ん? いきなり、重い質問だね。不安になっちゃった? 将来が暗いとか」
「いや、そこまでは思っていないが、どうしたいと思っているのかと気になってな。ニルは、帝国の未来についてどう思っているか……ニルはどうしたいかと思って」
「うーん、いきなり言われてもなあ」


 セシルを見れば、彼の夜空色の瞳と目があってしまう。どんな回答を期待しているか、分かってしまって、俺はそれに答えられそうにないんだけどな、と顔をそらす。
 そりゃ、夢はセシルとの幸せで明るい未来。
 セシルの隣にずっとい続けること。彼を守る剣であり、盾であり、騎士であり続けること。
 そして、願うなら彼の生涯の伴侶になりたい。

 けどそれは――


(俺は、あと何年生きられるんだろう……)


 あの夜、魔法を使ってしまった。それから、定期的な健診で数値が悪くなっているとズバリ言われてしまったし、たまに夜、寒くて目が覚めることがある。
 体が弱っていることを自覚して、夜は一人で眠れない。セシルの温もりでごまかして寝ている状態だし、たまに動悸が激しくなって吐きそうになる。
 母は、五十が長くても限界だといっていた。もしかしたらそこまで生きられないかもしれない。
 考えただけで、暗くなっていき、見えていた未来が塗りつぶされていく。考えないようにしようとしても、身体が嫌でもわからせてくる。


「――ニル?」
「えっ、何!? ご、ごめん。なんか言ってた?」
「暗い顔をしていたから……な」
「えーあー、うん。魔塔のこととかあって、どうなるのかなーって思ってさ」


 とっさに嘘をついた。だが、セシルはそれもあるな、と騙されてくれた。
 騙してしまったと、胸が痛くなったのに、俺は「そうだよ」と痛みを増すようなことを口にしてしまう。セシルは、そのことに関して真剣に考え始めたので、しまったなーと、俺は後悔した。


「何があっても、俺はニルを守るぞ」
「それはこっちのセリフなんだけど……まあ、現状そうなっちゃうよね」
「暗い顔をしてほしくない。笑っていてほしい……そのために、この件は絶対に片をつける」


 俺がいると周りが不幸になるといったあの男の言葉は正解だ。
 だが、セシルから離れたとして魔塔の人間が俺を狙ってくるのは変わらない。ただ、巻き込まれる人間を減らすだけ。だから、俺は強くならないといけない。もっと、自分で自分を守れるように。それは、騎士として基本の心得のはずなのに。


「何?」
「お前の頬は、すごくやわらかい」
「いつも、やることが突拍子もないんだよ。セシル」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど」


 むにっと俺の頬を掴んだセシルは「もちもちだ」と感嘆の声を漏らしていた。
 たまに発動するこの天然は何なんだ、と俺は思わず笑ってしまった。少しだけ暗いことから目をそらすことができて、嬉しかった。


「笑ったな」
「うん、だってセシルが変なんだもん」
「……笑わせたかった」
「ふ~~~~ん、実際どうだろう。俺の頬っぺた触りたかっただけなんじゃない?」
「なっ、ば、バカいえ。両方だ」
「両方か」
「そうだ、両方だ」


 じゃあ、頬に触りたかったってことじゃないか、と俺はお返しというようにセシルの頬を挟んだ。すると、俺の手が冷たかったのか「冷たっ!」と、セシルは全身を震わせた。


「ご、ごめん。手、はなそっか?」
「いや、いい。俺で暖をとれ、ニル」
「その……セシルは、暖炉かなにか?」
「ニルの暖炉になってやる」
「意味わかんない……」


 言っていることが理解できない。
 でも、優しさというか、温かさは伝わってくるから、なんとなく理解できたというか、受け取ることができた。
 確かに、太陽を宿したくらい熱い頬。常に発熱しているんじゃないかってたまに不安になるけど、もともと体温が高いし、平熱も高い。セシルは、俺を温めるために生まれてきた存在なんじゃないかって思ってしまう。さすがに、欲張りというか考えすぎだろうか。


「好きだよ。セシル」
「どうした、ニル」
「ダメ? 何もないのに、好きっていっちゃ」
「大歓迎だが? 俺も愛してる。ニル」
「あっ、上位互換にした。俺の好きが安っぽく聞こえちゃう」
「そういう意味ではないだろう。お前からの好きは特別だって、いつも思っている」
「ほんと?」
「嘘をつく理由がないだろう」


 確かにそうだ。
 嘘ついても、何の得もない。


「いや、俺をもっと惚れさせようとしてる。それで、笑うんだ、セシルは。俺が、幼稚に好き好きってしか言えないの、内心笑ってる」
「何だ、その被害妄想というか、俺への解像度は……そんなことない」
「あい……」
「ああ」
「し……」
「ニル?」


 いってみようと思った。愛していると。
 いや、何度かいったことはあるが、こんなところで言う言葉じゃないと、俺は口を閉じた。出かけた愛の言葉は、こんなにも簡単に飲み込めてしまうのだ。


「やっぱなし! まだ、好き、大好きで終わり!」
「何度か、いってくれただろう。愛してると」
「覚えない!」
「それはひどい」


 やっぱり、あっちも覚えているじゃないか。
 俺が、頬を膨らませば、嬉しそうにその頬をもちもちと触るセシル。俺のこと、かわいいって目で見てるのが分かってさらにい俺は内心パタパタと忙しくなる。
 振り回されてばかりなのは癪だ。でも、不思議と嫌じゃない。でも、これ以上はダメ。


「好き」
「ああ、俺も好きだ。ニル」
「……それ、後だしじゃんけんみたいじゃん」
「好きだ、ニル」
「重ねがけ禁止」


 恥ずかしげもなく言うよね、セシルは。
 俺は、これ以上言えないとセシルを見る。夜空の瞳の奥に広大な宇宙が広がっている。そのすべてが俺を見て、包もうとしていた。
 そんな、幾億年の星が瞬くセシルの瞳を見ていると、暗いことは考えるだけムダかもしれないと思った。いずれ訪れる日がくる。ただそれだけのこと。

 今あがいても、いずれ命の終わりはくる。
 それだけのこと。


「本気だ。いつだって、俺はニルのことを愛している。この気持ちに偽りはない」
「疑ってない、から。大丈夫……うん」
「お前は、どれだけ俺が好きだといっても、行動で示しても、なぜか不安になるからな。やはり、片時も離れず、毎日愛を囁かなければ信じてもらえそうにない」


 やれやれと、セシルは言うと、俺の顔を引き寄せて唇にそっとキスをした。


「一日三回はキスをする。好きだという。それを、毎日、三百六十五日続ける。次の年も、また次の年もだ」
「重すぎ。てか、好きの無駄遣いだよ。そんなの」
「そうか? お前にしか言わないのに。でも、そうだな。しっかり、心を込めて好きだといおう。そして、キスをしよう。お前が不安にならないように、疑う気持ちがなくなるその日まで。ずっとお前に愛を注ぎ続けよう」


 誓うように、セシルはそう言って、今度は俺の額にキスを落とした。
 そういえば、キス魔だったなとか、今思い出さなくてもいいことを思い出しては、俺は触れられたところがやけどしたみたいに熱くて、指先をバラバラと動かした。
 熱い、この熱は嘘じゃないってわかる。


「……キス、一日三回、だけ?」
「……っ、それは、もっとしてほしいってことか?」
「最低、三回……でも、回数制限設けない。セシルがしたいようにして。いや、限度はあるよ、俺だって、したくないときとか」
「あるのか、そんなときが」
「ニンニク食べたときとか、風邪のときとか」
「気にしない」
「俺が気にするからダメ……お得意の……お得意の俺がしてほしいこと察して、してよ。キス、キスして――ッ! 今じゃない!」
「今のはそういう流れだっただろう」


 話しの最中にキスをしないでほしい。
 調子に乗らせてしまった自覚はあった。うん、俺が悪い。
 なら、責任をとるべきだろう。


「じゃあ、今は?」
「ん?」
「今は、俺どう思ってるかわかる?」
「キスしたいのか?」
「うん……でも、俺からキスしたい気分」


 俺がそういえば、セシルはうっとりとした目で俺を見つめ「じゃあ、してくれ」と珍しく目を閉じた。いつも俺はキスするとき目を閉じているので、なんだか新鮮だな、と少し背伸びして彼の頬に手を当て唇を当てる。キスされてるとき、セシルってどんな顔するんだろうと、気になって目を空けていたら、パチッと夜色が真昼の空に重なってしまった。


「目、開けないんじゃ……んんんんんっ!!」
「はっ……こんな機会、あまりないからな、っ……ん、ニル。よかったぞ。お前のキス」
「舌ぁっ……んんんっ、せし、ぅ、まっぇ」


 目があった瞬間スイッチが入ったように、主導権を奪って、俺の唇に角度を変えてキスをした。そして、中へ侵入し、俺の舌を引き抜く勢いで吸い寄せ、上あごをなぞる。
 俺のキスなんか子供みたいで、セシルのキスに翻弄されて頭がふわふわになっていく。
 ビクン、ビクンと体が反応して、指先が小刻みに震える。

 好きだ、このキス。

 唾液を絡ませ、そして飲み込んで、貪られるようなキスが続いて、息苦しい。でも、酸素はキスの合間の息継ぎだけで十分だった。
 苦しいんじゃない、気持ちくて、酸素を吸い込む時間がもったいないんだ。
 しばらくキスを続ければ、唇はぷっくりと膨れて、俺は経っていられなくなった。彼のたくましく育った胸筋に身体を預け、そのまま彼を抱きしめるように俺は倒れ込んだ。


「腰抜けた、バカセシル」
「嫌じゃなかっただろ。これで、証明できたか?」
「……セシルの存在が、証明してるの。俺の近くにいるだけで、それだけで、全部証明したことになるの」
「そうか。なら、キスする必要なかったな」
「違う、意地悪だ。セシル」
「すまないな。かわいいから、いじめたくなる」


 舌があまり回らない。後、まだふわふわしている。
 そんな俺を優しく撫でて、セシルは俺の頭の上で笑っていた。むかつくけど、かっこいいから何も言えない。
 俺は、今持ってるよわよわな力でセシルを抱きしめた。すると、彼も俺を抱きしめ返してくれる。

 一年前、俺はここで死にかけたし、死ぬんだって思ってた。でも、セシルの心臓も、俺の心臓もしっかり動いている。
 ここが、悲劇の場になることも、彼の心の傷になることも俺はなかったのだ。
 そんなエンドがあってもいいじゃないか。Ifルート作ってくれても、いいんじゃないか? 運営。

 『春の彼Ifルート』のエンドって、これで決まりだと思う。


「ふふ……」
「どうした、いきなり笑って」
「ううん、何でもない。俺、幸せだなーって思って。その幸せ、セシルにあげる」
「フッ、いつももらってる。お前から、幸せも、何もかも」


 もう一度強く抱きしめて、俺たちは愛を確かめ合った。
 好きだ、好き。その気持ちはあふれ出したら止まらない。
 今この幸せをかみしめることで精いっぱい。これでいい、このままがいい。
 俺は、彼の匂いに包まれながらそっと目を閉じる。今生きているこの幸せを、この人の隣にいられる幸せに感謝して。


「セシル、大好きだよ。愛してる」



『……よかった、君が、無事で』


 ――って、そんな言葉じゃなくて。きっとあのとき伝えたかったのはそんなセリフ。最期のセリフだったとしたら、もっと絞り出せばよかったと思うし。
 恋じゃなくとも、愛はあのときからあった。


「俺も愛してる。ニル」


 返ってきた言葉に、俺は満足し、俺は大好きな人にもう一度愛を伝えたのだった。

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