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第4部1章 死にキャラは留学します
04 留学
しおりを挟むサテリート帝国は見慣れない、青い鳥が同じく青い空に羽ばたいていくのを目で追っていた。
青い空には雲一つない、春の陽気な空。手を伸ばしたら届きそうで、でも届かない青い空がどこまでも広がっていた。
ファルファラ王国の王都。
大きな噴水の近くには、王都に住む人だけではなく商人や観光客が大勢いてとても賑やかだ。
サテリート帝国と比べ、動物が多い印象を受け、とくに鳥はそこらかしこにいる。しかも、色とりどりでいろんな種類の鳥がピチピチとそこらじゅうを歩いて回っている。
道路も舗装されており、サテリート帝国とは違って町全体が暖色のレンガを使っているため、町中が鮮やかで明るい印象を受ける。
(眩しいな……)
そして、先ほど飛び立っていった、青い鳥は白い太陽に吸い込まれて見えなくなった。代わりに青い羽根がひらひらと落ちてきて、偶然にもそれを掴むことに成功した俺はすぐさま隣にいたセシルにそれを見せる。
「とった」
「ふはっ、なんだか子供みたいだな。ニル」
「ひど、笑ったな。セシル! 青い鳥って、幸せを運んでくれるっていうのに。その幸せをおすそ分けしてあげよーって思ったのに」
「そうだったのか。そうとは知らずに……ん? くれないのか? ニル」
「セシルが笑ったから。これは、俺のもの」
「まあ、お前が拾ったものだしな」
「諦めが、鳥が空を飛ぶスピードより速い……!」
俺のツッコミに対し、何を言っているんだ? という顔を向けてきたセシルの肩に俺は思いっきりぶつかって、よろけたセシルを見て鼻で笑ってやった。さっきに手にした青い鳥の羽は、しっかりとっておこうと胸ポケットに入れていた手帳に挟む。
幸せってこっちから掴みに行くものだけど、意外とあっちからきてくれるのかもしれない。
目先の幸せも大事だが、もっと長期的な幸せだって俺は手にしたい。
セシルは、俺にこつかれた肩を痛そうに抑えていたが、俺は謝るつもりはなかった。
「みんな、寂しがってないかなあ~」
「リヒトヤーたちのことか? 大丈夫だろう。あいつには、あのお調子者のツァーンラートが常について回ってるだろうし」
「……ゼラフは?」
「あいつはしらん」
プン、とセシルは頬を膨らませるようにそういうと、へそを曲げてしまった。ゼラフの名前を出しただけでそんなに嫌がることないのに、と俺は苦笑する。
留学のことは、アイネたちにあまり言っていなかった。だから、今年も昼食中に会えるものだと思っていたらしい。
だから留学のことを言ったら、泣かれたし、一緒に行きたいともいわれた。半年後には帰ってくるといったのだが、アイネはそれはもう俺が卒業するってくらい泣かれて、ちょっと困ってしまった。
ちなみに、彼らも、二年生に進級ができ、順調にモントフォーゼンカレッジで学びを得ているようで、アイネは元からあった潜在能力がさらに伸びて自分で自由自在に操れているようだった。まだまだ、粗削りではあるけれど。
「……というか、ヴィルベルヴィントは進級できたのだな」
「うん、みたいだね。俺もひやひやしてたんだよ――でも、ちゃんと出てたみたいだね。授業」
「そうだな」
「セシルどうしたの?」
さっきは、ゼラフのことなんて知らないというように突っぱねたのに、自らその話題を出してきたところを見るとそれなりに気にしていたんじゃないかなとは思った。ただ、馬が合わないのは未だにそうで、ゼラフと半年間離れられることにはせいぜいしているようだった。
だが、セシルの顔は何か考えているように険しく、眉間にしわが寄っていた。
俺がさらに顔を覗き込もうとすると、ペシ、と額を叩かれてしまった。
「いったぁ~~~~何も、そこまですることないじゃん」
「いや、叩きやすそうな額があったからな。痛かったか?」
「痛いって、俺叫んだよな? セシル、酷い」
「すまなかった。少し考え事をな……まあ、なんだ。ヴィルベルヴィントは一人寂しくやってるだろう」
「珍しいね、ゼラフのこと気にするの」
「気にしているわけじゃない。気にも掛けたくない」
と、セシルはそれ以上何も言うつもりはないとまた顔をそらした。
俺もそれ以上は気にならなかったため、目の前の噴水に視線を移す。
学校は明日からなので、俺たちが半年間住まう寮に荷物を預け、今は学校の近くを散策している最中だ。ちなみに、何かあったら面倒だと、すでに手渡された制服に着替えている。
今回留学先であるルミノーソカレッジは、モントフォーゼンカレッジと同じように学科が分かれており、騎士科と魔法科に別れている。だが、服は胸元につける紋章の色が違うだけで制服に大きな変化はない。白を基調とした生地に、金色の装飾品とラインが引いてある制服で、式典などの行事ごとにはこの上に白いローブを羽織るようにいなっている。
セシルは、この制服を気に入ったようで、ばっちりと着こなし、俺に感想を求めてきた。何を着ても似合うのだが、まだ見慣れないということもあってか、新鮮で、でもかっこよくて。何を着ても似合うっていう感想しか出てこないのは、俺の語彙力が少ないからだ。
それくらいかっこいいし、似合ってるってことなんだけど。
ちなみに、寮制で二人一部屋というところも同じなので、セシルと部屋は一緒にしてもらっている。モントフォーゼンカレッジにいたころと、そこまで変わらない暮らしができそうだなーなんて、俺は明日から始まる生活に胸を躍らせている。
春風が吹き付け、セシルの銀色の髪がたなびく。魔法事故で、伸びてしまった髪は、今ではだいぶ見慣れたものだ。
「髪の毛の長さ、慣れた? この間まで邪魔だ―って言ってたけど」
「ああ、少しはな。それに、ニルが俺のことを見てくれるのが嬉しくて、長いのも悪くないって思えたんだ」
「えっ、あ、俺が見て……」
「見てるだろ? ああ、見ているのは俺の髪じゃなくて、顔か?」
「セシルが、意地悪するのを覚えたー」
「すまん、すまん。ニルがかわいくてついな」
俺が膨らました頬をわざと人差し指でつついてくるセシルは、それはもう幸せそうな顔をしている。
ますます、笑顔に磨きがかかった気がして、嬉しいような、眩しいような。ただ、セシルが笑ってくれるのは俺としても嬉しかった。
(出会ったころに比べればね……)
昔はもっと、何を考えているかわからない表情をしていた。ずっと怒っているようなむすっとした顔をしていた。だから、俺も気を使ってというか、怖くて何を話せばいいかわからなくて空回りしていた。
あのころと比べれば、セシルは表情豊かになったし、感情が表に出てくるようになったと思う。その変化に気づけるのもずっと彼の隣にいたからだけど。
「だが、ニル。気を付けるんだぞ」
「え、いきなり何?」
ずいっと顔を寄せてきたかと思えば、セシルは怪訝そうに俺を見て……いや、睨みつけた。
いったい、今度はどうしたのだろうと思っていれば、セシルがとがらせていた口を開く。
「ルミノーソカレッジは、男子校だ」
「うん、男子校だね。珍しいよね。あ、女子校もあるって聞いたよ。男女別れてるんだーって。それがどうしたの?」
「ニルに惚れるやつがいるかもしれない」
「はっ……はあ!? またそれ!? ないない、ないって」
「ニルは、自身の可愛さに気づいてない。お前が笑えば、十人中十人惚れる」
「んな、あほな……」
そんな険しい顔をして何を言いだすかと思えばそんなこと。俺は、また始まったよ、とため息が出そうになったがグッと堪え、セシルのほうを見た。セシルはいたって真剣に話しているので、ここを適当に流すと、後々面倒なのが見えていた。
なんでそんなにも過保護なのだろうか。
確かに、俺は父のように屈強な身体を持つ男じゃないかもだけど。かといって、弱いわけじゃないし、セシルの護衛としての座も一応守っているわけだし。
「お前は、モントフォーゼンカレッジに入学したときから、数多の男をたぶらかしてきた」
「してない! 記憶にございません!」
「俺がしているんだから、間違いない」
「何その自信……別に、いいじゃん。俺が好きなのは、セシルだけなんだし。誰が俺に惚れようが、俺が見向きもしなきゃいい話でしょ? 問題ある?」
「うっ……問題はないが」
「心配性なんだよ。セシルは。俺の愛を疑ってるって、ちょっと悲しくなっちゃうな」
俺が傷ついたように言えば、セシルは慌ててて「違う!」と叫んだ。周りにいた人が一斉にこちらを向き、微妙な空気が流れる。
目立つのは好きじゃないんだけどなあ……
セシルは、周りの視線気に気づき、ごほんと、咳ばらいをすると、俺の両肩を優しく掴んだ。
「別に疑ってはいない……疑うはずもない。だが、心配なのは変わりないし、その気持ちがなくなるわけでもない」
「俺が、セシルをフるって?」
「違う……お前が誰かに奪われる心配だ。お前の心は俺のものだったとしても、俺に向いているとしてもだ。それでも、お前の身体を、心を傷つけようとする輩はいるだろう」
セシルは言葉を区切って、視線を地面に落とした。
言葉を濁したが、だいたい察することができた。
今は亡き異国の貴族や、一年生の時に絡んできた上級生のことを言っているのだろう。
セシルが心配する気持ちが、ようやくわかった……というか、再認識させられて、こっちもだんだんと申し訳なくなってきた。基本的に、俺の不注意のせいで巻き込まれた事件なのに、それに対してセシルが心を痛めていること。
もしかしたらずっと、収穫祭前日とその前のことを引きずっているのかもしれない。あれは、俺も思い出したくない。
そして、目の前でそれを見せられたセシルは、何もできなかった無力さを今でも悔いているのかもと。
「ごめん……そこまで思ってくれているって、俺、想像してなかったかも。セシルは……ううん、ありがとう。気を付けるよ」
「ああ、そうしてくれ。お前は、無自覚に面倒なやつを引っかけるからな。そいつらの執着は、お前が想像している以上だ」
「えっと、誰のことを言っているのかさっぱりだけど……うん、気を付ける」
今は、それしか言えなかった。
それがたとえ、口約束だったとしても、口に出したことを俺は破ってはいけないと思うのだ。
セシルは、まだ信じられないような目で見てきたが、一応は納得してくれたように俺から手を離した。夜色の瞳に浮かんだ不安をすべて取り除くには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「とにかく、気を付けるんだぞ。ニル。何か言われたり、されたらすぐに俺にいえ」
「俺が一人で解決するのは?」
「なしだ。いろいろと片付いたら、まあ、いいかもしれないが……」
「片付く? 何が?」
しまった、というようにセシルは口をふさいだが「いろいろだ」とくぎを指すように言うと、俺の手を掴んで歩き出した。
「ちょっと、セシル。どこに行くの」
「もう少し観光しないか。ルミノーソカレッジが見える範囲であれば、戻ってこれるだろう」
「ねえ、セシル。俺は言い忘れてたんだけど、セシルって方向音痴だよね」
「……ニル」
「セシルについていったら、迷子になりそう。確かに、何か目印になるものがあればっていうのは分からないでもないけど、ねえ?」
俺がいうと、すぐにも足を止め、セシルは「方向音痴ではない。ただ、道が毎回変わるだけだと意味の分からない言い訳をしてきた。そういうところは、素直に認めないんだよなー、なんて俺は白い目でセシルを見ていると、突然ぐらりと足元が揺れ始めた。
それは次第に大きくなっていき、坂道から小石がころころと転がってくるのが見える。
(じ、地震――ッ!?)
揺れは未だに続いていた。
だが、周りの人たちは、それに気づいても、足を止めていたが慌てる様子は全くなかった。
俺がふと上を見上げると、遠くのほうで黙々と白煙が空に吸い込まれていくように立ち上がっているのを発見した。まさか、今の地震は火山の噴火によるものだったのだろうか。
しばらくすると裕れは収まり、人々は何事もなかったように歩き出した。
どうやら、地震は日常茶飯事のようだ。それでも、久しぶりに感じた……といっても、前世で感じたさほど大きくない揺れと似たようなものなのだが、こんなふうに揺れると怖いと改めて思った。そういえば、ファルファラ王国には活火山がかなりあり、それは小規模なものから大規模なものまで。そして、ファルファラ王国のシンボルにもなっている観光名所の活火山は、大噴火を起こせば国を一夜で紅蓮の海に沈ませることができるほど大きい。
(火山に見守られた、国……か)
サテリート帝国とはやはり違うのだな、ともうすでに俺はホームシックを起こしそうになっていた。遠くに見える煙はまだ黙々と挙がっていた。
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