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第4部4章 真実と心中
01 危険領域
しおりを挟む最近雨ばかり続いている気がする。
外には優しく雨が降り注いでおり、部屋の中も少し寒い気がする。まだ夏なのにな、なんて思いながら俺は傍らで眠るゼラフを見ていた。
彼がここにきて三日ほど経っている。
セシルや母上は、作戦会議でなかなか帰れないらしくキルシュさんから伝言をもらっては、二人の顔を想像する日々を過ごしていた。父上も同じくだ。父上に関しては騎士団の統率と、メンシス副団長から得られた情報をもとに、騎士団員を派遣し、さらなる情報を集めるために動いている。
俺のため、というよりかは国のため。
氷帝が復活すればこれまで築いてきた歴史も、文化も、すべてがなくなってしまうから。
神話の話だと片づけられない。現に、ファルファラ王国には今も脈打っている炎帝フィアンマの腕を所有しているのだから。
キルシュさんに聞いたところ、アルカンシエル王国からはアルチュールとその使節団が、ファルファラ王国からはレティツィアがきているらしく、会議に参加しているらしい。彼らもまた、自国を守るため、交易国であるサテリート帝国のために尽力を尽くしてくれている。
本当に大事になったものだ。
俺は、ゼラフに視線を移しため息をついた。
キルシュさんと一緒に治療したこともあって、外傷は治すことができた。魔力量も一定値に戻り安定しているという。だが、気絶する寸前に受けた精神的なダメージが蓄積されているのか、起きないらしい。
今の俺にできることは何もないし、こうしてゼラフを見守っていることしかできない。ただ、彼が目覚めたら話を聞かなければと思った。それが唯一俺にできることだから。
トントン、と扉がノックされ外側からキルシュさんの声が聞こえた。俺は、どうぞ入ってと言うと、しばらくたってキルシュさんが部屋の中へ入ってきた。
「ニル様、ヴィルベルヴィント公爵子息様の様子はいかがでしょうか」
「変わりないよ。息はしてるけど、死んでるみたいに眠ってる……何がダメなんだろう」
「魔力量は一定値を保っていますし、外傷も……ただ、この間もお伝えしました通り、彼が倒れる原因となった魔法攻撃が目覚めない理由ではないでしょうか」
「……例えば、どんなんだろう。傷から分かったことは?」
「魔力を……強制的に吸い取られたような痕跡はありました。そこで、魔力量が一定値を下回り魔力枯渇状態に……それと、様々な魔法をその身で受けているようです」
「魔法虐待……魔力の枯渇……」
ゼラフは以前、自分が人よりも優れているのは魔力量だといっていた。モントフォーゼンカレッジに所属している教師たちよりも、ゼラフのほうが断然魔力量が多いと。だが、量だけであり彼に特別な力はない。アイネのような、誰にでも魔力を分け与えられる奇跡の魔力でもない。
俺とキルシュさんの予想では、ゼラフは魔塔の人間に何かされたのではないだろうかと睨んでいる。
ゼラフを利用して何をしていたかはわからない。魔法虐待、魔法実験……彼がもし、魔塔に属する人間と仮定した場合、離反したからその罰を受けたのではないか……考えられるのはこのくらいだ。
けれど、ゼラフは誰よりも要領のいい人間だ。そして、人一倍賢くて、自分が楽するための方法をあの手この手と考える人間だ。そんな性格のゼラフが、わざわざ誰かを敵に回すようなことをするだろうか。
俺たちの前での性格と、大人の前での性格はきっと違うだろう。俺たちのことを下に見ている……いや、親しいからこそからかって、時に憎まれ口をたたくのだ。それが、ゼラフの素……
けれど、やっぱり彼のことを百パーセント知っているわけではない。
「ニル様に頼まれていました通り、ヴィルベルヴィント公爵に手紙を出しておきました。また、ヴィルベルヴィント公爵についての調査も。しかし……」
と、キルシュさんは言い淀んだ。
彼女には頼ってばかりだな、と思いながら、暗い顔になった彼女に俺は首を傾げた。
魔塔だとまだ決めつけるには材料が足りない。そのため、俺はヴィルベルヴィント公爵についても調べることにした。
「何もありませんでした。むしろ、ヴィルベルヴィント公爵はヴィルベルヴィント公爵子息様のことをそれはもうかわいがっていたようで」
「……そっか」
俺は再びゼラフを見た。
こいつのわがままというか、自由な性格はヴィルベルヴィント公爵が甘やかしたからか、なんて俺は彼を見つめて思った。となると、すべての元凶はズィーク・ドラッヘンだろう。
「ヴィルベルヴィント公爵は、弟であるズィーク卿とたいそう馬が合わなかったらしく、兄弟の仲を断ち切るとまで言っていたようです。実際、そうなっていたかはわかりませんが、ズィーク卿もヴィルベルヴィント公爵家に近寄っていないところを見ると、情報は正しいかと」
「魔塔に属するものは家から出ないといけないとまで言われていたしね……そうなると、辻褄はあう」
考えても手元の情報だけではどうにもできない。俺が調べられるのはこの範囲までだろう。
俺はキルシュさんをいったん下がらせ、静寂が戻った部屋で大きなため息をついた。
ゼラフには、メンシス副団長のように制約魔法がかけられていなかった。そのため、起きてさえくれれば彼から話は聞けるだろう。
ゼラフの手を取って再び俺は祈った。
やっぱりこいつが静かなのは、逆に落ち着かない。傷は癒えたが、昔つけられた傷までは治しきれなかった。痛々しい跡が残る身体を見ていると、胸が張り裂けそうだ。
「……起きろよ。バカ」
俺がそう言ってぎゅっと手を握ったとき、彼の指先がピクリと動いた気がした。
「……チッ、おい、今俺のことバカって言ったのは誰だ」
「ゼラフッ!?」
体中が痛い、というようにゼラフは顔を歪めながら上半身を起こした。額に手を当て、呼吸を整えている。
キルシュさんを呼んできたほうがいいだろうか。他にも、医師や従者を。
俺がいろいろと考えているうちに、彼のローズクォーツの瞳がこちらに向けられた。立ち上がりかけた俺は一旦椅子に腰を下ろす。
ゼラフはパチパチと瞬きしたのち、また額に手を当てた。
「……ニル」
「ゼラフ、俺のことわかる? よかった、起きたんだ。君、俺の家の敷地で倒れていて、それで三日も目を覚まさなかったから心配で……」
「あーわかった、わかった。ギャンギャン騒ぐな、鬱陶しい」
ゼラフはしっしっと手を向けた後、自分の手のひらに視線を落としていた。その後、ぎゅっと指を握り込み俺のほうを見た。
「……そうか。お前が助けてくれたんだな」
「う、うん。そう言ってんじゃん。てか、ほんと焦ったんだから……何で、君が、俺の家に……」
目覚めた喜びはもちろんあった。だが、なんて声をかければいいかわからなかったし、何から話せばいいかわからなかった。
ゼラフは状況をだいたい理解したようで、大きなため息をついた。
「こりゃ、最悪だな」
「ゼラフ、身体は大丈夫? 倒れていた時、すごい怪我をしていたから。俺は心配で」
「ニルは優しいな。ほっときゃあよかったのに」
「なんでそんなこと言うんだよ!」
いつもの調子でへらへら笑ったゼラフに、俺は怒鳴ってしまった。自分でもびっくりするくらい声が出て「ごめん」と着席する。
以前セシルが、俺が自分の命を軽く見たときに怒ってくれたなと思い出したからだ。セシルの気持ちが今になってよくわかる。
俺は、どうにか落ち着こうと深呼吸をし、膝の上に手を乗せた。
「ごめん、俺が慌てちゃったら、ゼラフも混乱するよね」
「……いや? だいたい状況は把握できた。お前が混乱してようが、俺には関係ねえからな」
「そう、かも……」
「わりぃ。今はこんな言葉しかかけてやれねえんだわ」
ゼラフはそう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。いつもはもっと乱暴なのに、彼の手は優しかった。というよりも、力がないようにも思えた。いつもの勢いがなくて心配になってしまう。
しかし、ゼラフはなぜ倒れていたのか話す気はないようで、俺の頭を撫でた後、ベッドから降りようとした。
「ゼラフ、どこに行くつもり?」
「もう、回復したんだ。家に帰るんだよ」
「……どうして?」
「お前の家の敷地内で倒れていたことは謝る。後から、いくらでも金を請求してくれてかまわねえ。ただ、今……俺はここにいちゃいけないんだ」
「傷は治ったみたいだけど、君をここから出すわけにはいかない」
「はあ? なんでだよ。俺は、ここで厄介になるつもりはねえぞ」
強い口調に、鋭い目。
俺が扉の前で手を広げれば、ゼラフは明らかに不機嫌な様子で俺を睨んだ。ゼラフはなぜだか、早く帰らなければというように焦っている。また、同じ目に合うからだろうか。だが、ここは安全な場所だ。
「……君にはいっていなかったかもしれないけど、今、俺はこの家から出られないんだ。魔塔と直接対決に備えて、国を挙げて会議を開いている。ヴィルベルヴィント公爵にもその話は言っているはずだよ」
「知ってる」
「ここには、何重にも結界が張ってある。それこそ、悪意を持った人間、魔力を持った人間は出入りできないようになってるんだ。君を危険な目に合わせた連中が誰だかわからないけど、ここにいたら安全だ。それと、ゼラフ、君には聞きたいことがある」
「それで、通せんぼしてるってわけか」
ゼラフはハンッと鼻を鳴らした。事の重大さに気づいてはいるだろうが、俺を相手にしていない。
彼の目は、どうやってここから出ようかと考えているようだ。この部屋から出るには、俺の後ろの扉を開くしかない。強行突破だってできるが、はたしてゼラフにそんなことができるだろうか。
俺は、彼の優しさを信じ、俺に危害を加えないと、手を広げるだけで他に何もしなかった。
ゼラフは、チッと舌打ちを鳴らし、頭をかいた。
「俺に聞きたいこと?」
「君の傷の話。前々から、怪しい言動をしていただろ。魔塔の人間ともコンタクトをとっていたはずだ。ヴィルベルヴィント公爵は、君のことをたいそう溺愛しているみたいだね。だから、君の古傷は公爵からつけられたものじゃない。となると、ズィーク・ドラッヘンに……」
「そいつの名前は出すな」
と、ゼラフは低い声で言った。
刹那、ブワリと彼から強い魔力の波動を感じた。背筋にゾクゾクッと冷たいものが走る。ゼラフの魔力にあてられ、俺の身体は震えだした。なんというプレッシャーだろうか。
「俺が眠っている間に、いろいろ調べたらしいな? はあ……本当に白けるぜ。んで? 俺のこと調べてどうするつもりだ? 俺が、魔塔とかかわりがあったら? あの皇太子にでも突き出すつもりか?」
「前にも言ったはずだよ。君がそんな悪いことする人じゃないって俺は信じてる。何か言われて……やむを得ない事情があったからじゃないかな。その魔法虐待の痕も……君のことが知りたいんだ、ゼラフ。何もしらないまま君と友だちではいられない。そんなの、友だちじゃないだろ」
「友だちが隠したいことにズケズケ突っ込むのが真の友だちって? お前の裁量で決めてんじゃねえぞ、ニル・エヴィヘット……」
「君は、エヴィヘット公爵家が保護した人間だ。家の中で勝手が許されると思うな」
負けてはいけないと、俺はゼラフにそういった。
だが、ゼラフも一歩も引かないようで、そこを退けという。騒ぎを聞きつけてか、廊下のほうから足音が聞こえてきた。しかし、ここを空けるわけにはいかない。いかなる手段を使っても、ゼラフはここから脱出する気でいる。
「……なんで話してくれないんだよ」
「話したくねえからだよ。知られたくない過去の一つや二つあるだろう。だから黙ってる……なのに、テメェはそんな俺の踏み込まれたくねえところに踏み込んだ。土足でッ! テメェのそういう、必死に訴えりゃあ何でも話してもらえる……他人と理解しあえるっつう頭お花畑みたいなところ大嫌いだ!」
「……ッ」
「…………退けよ。ニル、時間がねえ」
ゼラフはゆらりと俺のほうへ歩いてきて、肩を掴んだ。
前髪で隠れた顔はよく見えない。
大嫌いだ――ゼラフにそういわれた言葉が頭の中で響いて体が動かなかった。ゼラフは、俺を通り抜けて出て行こうとする。
ダメだ。聞かなきゃいけない。それに、ゼラフを止めないといけない気がした。
「――行くな。ゼラフ」
「ああ? まだ諦めてねえのかよ。本当にお前はつくづく……」
「顔、見えないけど……声が。君を今ここから出したら、なんだか、戻ってこない気がする。何を抱えているか知らない。確かに、俺は話せばわかってもらえるって、察してもらえるって……そう思ってるバカ野郎かもしれない。世の中舐めてる、かもしれない……でも、行かせられない。君をここから絶対に出さない。君を失うかもしれないんだったら、俺は全力で君を止めたい」
ゼラフの言っていることは正しい。
でも、何を抱えているかわからないし、彼を一人にしちゃいけない気がした。何でも一人で抱え込んで、孤独でもいいみたいな……俺の大好きな人とま反対の性格で考え方をしてる。
だから、分からない。どうやって接すればいいのか、言葉をかければいいのか。
ゼラフを引き留めるための言葉は浮かんでこなかった。そのため、俺はゼラフの腕を掴むしか思いつかなかった。
ゼラフは、それを振り払いはしなかった。だが、まだ苛立ちは収まっていないようで腕がプルプルと震えている。殴ってでも通り抜けることはできるはずなのに、優しいよな、と俺は笑ってしまった。
そんなふうに、お互い一歩も引かないでいると、扉が激しく開かれた。
「ニル!」
「は、母上!?」
てっきり、騒ぎを聞きつけたキルシュさんや従者たちがやってくるものだと思っていた。しかし、血相を変えてここに飛んできたのは母だった。母は、俺とゼラフを交互に見るとみるみる顔を青くし、その後ゼラフに向かって手を伸ばした。母の口が動き、青白い魔法陣がゼラフに向けられる。
「母上! 彼は、俺の同級生で!」
「ズィーク・ドラッヘン……ッ!!」
今まで聞いたことないような殺意がにじんだ母の声が聞こえた。俺はその声に慄き、ゼラフの手を離してしまう。
ゼラフは、俺ではなく母のほうを見た。まっすぐと向けられている魔法を凝視している。
母は、ゼラフの髪の色がズィーク・ドラッヘンと似ているから間違えたのだろうか。周りが見えていないような感じがする。何か声をかけてとりあえず落ち着いてもらわなければ。
「母上、彼は違う。落ち着いてください!」
「ニル、彼から今すぐ離れなさい。今すぐによ!」
「……っ?」
母の表情を見て、俺はハッとした。
母が見ているのはゼラフじゃない、彼の影だった。ゼラフは、一歩、二歩と後ろに下がり、俺から離れていく。
一体何が起こっているのかわからず、俺はその場で立ち止まってしまった。母は、威嚇するようにゼラフに魔法陣を向け続けている。下手な動きをすれば、即座に魔法を出せるように構えているのだ。
(意味が分からない……一体何が……)
誰かに状況を説明してほしかった。しかし、次の瞬間俺は理解することとなる。
ゼラフの足元に張り付いていた影がぐわんと揺れ、その影が人の形となり彼から切り離された。ゼラフは、チッと舌打ちを鳴らしたと同時にうつむき、手遅れだというように目を伏せた。
「さすがだ、メリッサ・ハーゲル。よく気が付いた」
「貴方の魔力は覚えている。そして、そういう方法をとるでしょうってこともね! まさか、ニルの同級生を使ってそんなことするなんて思ってもいなかったけれど」
「こちらも、何重にも結界を張ってあることは予想済みだ。だからこそ、内部に潜らせた。こんなにも簡単にいくとは思ってもいませんでしたが……フフ、ハハハハハ!」
ゼラフの陰から現れたのはズィーク・ドラッヘンだった。その禍々しいオーラはまるで魔王のようだ。
でも、いったいどうやって?
ゼラフから他の人間の魔力は感じなかった。そもそも、ゼラフ自身が魔力の枯渇状態に陥っていたのだ。そのため、エヴィヘット公爵邸の敷地内に入ってこれた。
いや、ズィーク・ドラッヘンは魔塔の管理者だ。俺たちが知らない魔法を使える可能性は大いにあり得る。
だが、さすがのズィーク・ドラッヘンも、何重にも掛けられた防御結界を外から壊すことは不可能。
となれば、内側に何とか侵入し、そこから回路を開くと。そこで、ゼラフが必要だったのだろう。ゼラフの影が魔塔との通路となりここに現れたと。確か、魔塔の管理者は魔塔から出られないはずだ。しかし、それすらも抜け道を作り、ズィーク・ドラッヘンは現れた。
思考が高速で回っていく。これかもしれない、あれかもしれないと答えを出しては消していく。
ゼラフが、何故俺から離れようとしたのか理解できた。結局また、俺はゼラフの厚意を踏みにじったんだ。
母は、ズィーク・ドラッヘンに魔法を向けていた。しかし、ズィーク・ドラッヘンは臆することなく母をまっすぐと見つめている。母の身体がかすかに震えているのが分かった。因縁の相手。だが、彼に植え付けられた恐怖は、母の身体に残っている。そのトラウマが母の身体を震わせているんだろう。
扉の向こうから、キルシュさんがこっちです、と俺に声をかけてきた。この場は母に任せて今は逃げるしかないと。
俺が捕まったらこの国は――
(けど、母上が……!)
ズィーク・ドラッヘンの実力がいかほどかは分からない。たが、母は使える魔力量が限られている。すべて出し切ってしまえば、母の命はない。
ここで、母が命に代えても俺を守るといってくれたことを思い出した。まさか、そんな――と嫌な想像が頭をよぎり、俺は母のほうを見た。
「ニル、逃げなさい。狙いは貴方よ。ここは引き受けるから、早く!」
「……っ、母上。ごめんなさい」
俺は母に背を向け扉へ走った。
だが、次の瞬間、青白い雷が俺の横で光る。あああああっ! と、隣で母の悲鳴が聞こえ、振り向いてしまった。そこには、皮膚が焼け焦げ、経っているのがやっとな母の姿が映る。
「は、母上……っ」
「いいから逃げて、これくらいは大丈夫だから。ニル、お願い」
そういうと母は、口から血を流しながらズィーク・ドラッヘンに魔法を放った。美しくも繊細で、殺意のこもった氷の魔法がズィーク・ドラッヘンを襲う。しかし、ズィーク・ドラッヘンはあろうことか、ゼラフを盾にしたのだ。
その光景は一瞬で、母の放った魔法攻撃はゼラフの身体によって受け止められた。ゼラフはかくりと身体を傾かせ、その場に倒れ込んだ。
「ゼラフッ!」
「肉壁としては十分。死んでもらっては困るが」
くつくつと喉を鳴らしながらズィーク・ドラッヘンは笑う。さすがの母も、ゼラフを盾にするなど思ってもおらず、次の魔法を打つのをためらってしまったようだ。その隙をつき、ズィーク・ドラッヘンは俺に魔法を放った。彼の陰から無数の黒い手が現れ、俺の脚と身体を引っ張る。
「……んなっ」
「ニル!」
母は必死に俺の身体を掴んだが、その力よりも強く引っ張られてしまう。
ズィーク・ドラッヘンの足元は黒い泥のようになっており、その泥にゼラフの身体が沈んでいくのが見えた。転移魔法の一種だろう。あそこに飲み込まれれば終わりだ。
俺は抵抗を試みてみるものの、さらに俺を掴む黒い手は俺を引き込んでいく。母もろとも引きずられ、脚が泥に沈んでいく。
「母上まで!」
「私のことはいいの、ニルは、ニルだけはダメ! きゃあっ!」
「母上!」
母の腕めがけて雷の魔法が飛んできた。そして、その魔法に被弾した母はゴムボールのように後ろに飛んでいく。
俺はその光景に体が震え、呼吸ができなくなった。
俺のせいで……?
抵抗しなければならないのに、身体に力が入らなくなる。足がとられ、ずぶずぶと身体が沈んでいくのだ。
恐怖からか、それとも悲しみからか、視界が歪んでぽろぽろと涙が流れる。泣いている場合ではない。だが、何もできないのだ。
自分の無力に打ちひしがれ、ただただ沈んでいくしかない。床に倒れた母は、俺に必死に手を伸ばしていた。
「連れていかないで。私のニルを……私の息子を……お願い」
血らだらけになった体を這いずって、母は俺に手を伸ばしていた。しかし、空しくも俺に届くことはなかった。
そして、俺の身体は、深い闇の沼にとぷんと完全に溶け込んでしまったのだ。母の悲痛な叫びが、まだ耳に残っているような気がした。
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