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第6部1章 君の隣で歩みだす未来
08 結婚式
しおりを挟む教会の鐘が味わい深い重低音を響かせる。
結婚式会場は満席で、天井に嵌めこまれた大きなステンドグラスからは七色の光が降り注いでいた。
招待客の中には、上級貴族から、普段はめったに顔を出さない辺境の田舎に住む貴族まで様々で、皆が皆、この歴史的な瞬間を目に焼き付けようとしていた。
タキシードにベールとかいう、アンバランス極まりない服装は恥ずかしく、そわそわとした気持ちが収まらない。
さすがに、男だしウェディングドレスは……とのことで、純白のタキシードを準備してもらった。だが、花嫁という役割のためベールは必須らしく、少し伸びた髪は結い上げられ、顔をベールで隠すことになった。半透明とはいえ、視界がレースで覆われているために少し見にくい。
先にセシルが入場し聖壇前の前で俺を待っていた。それから、騎士団長でもあり俺の父親でもあるマグナ・エヴィヘット公爵とバージンロードを歩き、セシルの隣までいった。バージンロードを歩く際、こけてしまわないか心配で、ぎこちなかったような気もする。
もう歩き終わってしまったため、歩きなおすなんてことはできないが、セシルの隣まで来たときようやく、呼吸ができた気がした。それまでは、大勢の視線の中、歩幅を合わせてくれる父と歩くので精いっぱいだった。
二十歳にもなってこのざまとは情けない話だが。
「ニル」
(ああ、もう……!! キラキラしちゃってさ!!)
俺の伴侶となる男。
銀色の髪は一段と輝きを増し、夜を閉じ込めた瞳には星が瞬いている。先端に行くにつれ空色になっていく、紺色のリボンで髪を結んでいるセシルは、いつもより大人っぽく見えた。いつ見てもかっこいいのに、今日という日だからか余計に輝いて見える。
先ほどまで、彼も緊張していただろうに、俺の姿を見た瞬間、この世界で一番幸せだと言わんばかりの笑顔を向けてくるから勘弁してほしい。そんな笑顔を向けられたら、俺は失神してしまう。
(でも、セシルも緊張してるんだよな……)
細かな仕草で解ってしまう。
瞬きの回数や、かすかに開閉を繰り返す唇。なんてことないような顔をして、平生を装っているがそれはすべて気を紛らわせるための行動でしかない。
そう、緊張しているのはお互い様だ。
けれど、セシルはそんな緊張よりもはるかに、この先の未来、伴侶として歩む未来を想像して幸せに満ちていた。俺も、緊張してこの人生で一度きりの瞬間を噛み締めなければ。
誓いの言葉――
神官が、俺たちに問いかける。練習してきたはずなのに、すでに声が裏返りそうだ。
「セシル・プログレスは、ニル・エヴィヘットを伴侶とし、その健やかなるときも、病めるときも――その命ある限り、生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
セシルが答える。
誠実な、まっすぐとした声。俺の大好きな声が耳に響く。
「ニル・エヴィヘットは、セシル・プログレスを伴侶とし、生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
俺も、答えた。
新たな誓い。
主人と護衛、幼馴染、乳兄弟、親友、ルームメイト……そんな関係から俺たちは、今日家族となる。これまでに立てた誓いとは全く別物であり、これもまた特別でかけがえのない誓い。
誓いの言葉が終わり、俺たちは指輪交換を行うこととなった。
二人で選んだのは、銀色のリング。内側に名前が彫ってあるオーダーメイドだ。
セシルは、俺の薬指にそっとその指輪をはめた。剣を握ってきた硬く大きな手が、小さな指輪を優しくつまみ、俺の手を取って引っかかることなく、スムーズにはめる。慣れた手つきで、動揺をきれいに隠しているセシルはさすがだ。
次に、俺が彼の指に指輪をはめる。
緊張して落としてしまわないか、それだけが心配で半分以上頭の中が白くなる。
この銀色の指輪は二人で選んだ。あれこれと、デザインを見て、大きさも測り、世界で唯一のものに仕上がった。丸三日ほどは頭を悩ませ、セシルと時に意見が衝突した。セシルは途中「ニルが好きなのにすればいい」と優しく言ってくれたのだが、二人のものなんだから、二人で選ぼうと俺は彼に強く言った。
セシルは優しいが、その気遣いは少し寂しくも思う。二人で選ぶからこそ価値がある。選べなかったとしても、二人でかけた時間はきっとかけがえのないものだ。
俺は何とか指輪をはめ終えた。
セシルのきれいな指に、銀色のリングが光る。
(うん、やっぱり二人で選んだものだから特別だな……)
これでよかったと思う。
俺は、ベールの下で微笑みながら彼の指を見た。
それから、ベールアップが行われることとなる。タキシードにベールという組み合わせの絶妙なベールに、俺は先ほどから落ち着かなかった。
セシルは、俺のベールを捲った。
「きれいだ、ニル」
ベールで遮られ、いつもよりも見にくかった視界が晴れる。
そうして、ベールという遮りがなくなった俺はセシルの顔を見ることとなる。やはり、ベール越しには彼の輝きは半減されているように思えた。今は、こんなにも……さらに世界が輝いて見える。
夜色の瞳は、絶えず俺に向けられており、幸せそうに微笑むセシルの表情に思わずニコリとしてしまう。
好きでたまらない。そう思わせてくれる顔だ。
神官が「それでは、誓いのキスを」と俺たちに促す。
俺たちは見つめあう。
人前でのキスは、恥かしいものだ。今だって、この何百人と見ている中で、キスをしなければならないという状況下に置かれている。
でも、これは誓いのキスで。俺たちがい妻やっているような恋人や、愛情表現のキスではない。
そう、言い聞かせ、俺はごくりとつばを飲み込んだ。
セシルが俺の肩に手を置き唇を近づけてくる。
さらりと、彼の前髪が、揺れる。まつ毛が長くて、いつまでも見ていられる端正な顔。
口の中が渇きそうだったが、俺は目を閉じた。きっと、目を開いていては俺は恥ずかしさから倒れてしまうだろうから。
誓いのキス――それは触れるだけのものだった。
ふにゅ、と彼の唇が俺の唇に触れた感覚がする。熱くて溶けそうな、唇の感触に俺は溶けそうになっていた。
この時間が永遠に続けばいいのに。
そう思っていたが、俺はすぐに前言撤回することとなる。
「……ん?」
(長くないか? え、絶対に長い……!!)
誓いのキスは、本人たちにゆだねられているため正確な時間はない……が、明らかに長かった。
突き放すことも途中で離れることもできず、俺はうっすらと目を空けていた。すると、その隙間から、彼の夜色が差し込んでき、俺はどきりとして目を見開いた。
(セシル……!!)
彼は、目を開いて、俺にキスを続けていた。
ただ触れているだけ。深いものでもなければ、舌を差し込むようなこともない。ただ触れているだけなのだが、明らかに時間が長すぎる。
うっとりとした表情でセシルは俺を見つめており、何を考えているかだいたい察した。
「……がい……ながいって、セシル」
うっすら開いた唇から掠れるような声で、俺はセシルに訴えた。
目が合っているため、もはや他のことが気にならないというか、この目の前の彼をどうにかしなければという思いで、俺はセシルを見つめていた。
そろそろ長いと、来賓が苦情を入れてくるかもしれない。
俺はセシルの肩に置いていた手の指をペシペシ叩いて、離れるよう急かした。するとようやく、彼は俺から離れたのだ。
「ちょっと、セシル長い」
「いいだろう。今日という日は、誓いのキスは人生に一度きりだ。堪能しなければ」
「ひ、人前で……っ」
「本当はもう少し長くしていたかった。ニルが、目を開けてキスなんて珍しいからな」
クスクスと笑って、セシルは俺の頬を撫でた。
だから、人前でと思ったがここで暴れて場を白けさせてはいけないと我慢する。
セシルの行動がいつも突拍子もなくて、かっこよくてどうしようもないのは今に始まった話じゃない。
名残惜しそうに見つめられては、俺も本音を言うしかなかった。
「……だよ」
「ニル?」
「俺も……永遠に、この時間が続けばいいと思った。キス……セシルとのキスが好きだから」
「……もう一度しよう」
「それはダメ。ほら、これで、俺たちは家族になったわけだから、俺の伴侶様……ちゃんと皆に伝えないと」
俺たちは、結婚証明書に署名をした。
これで、俺たちは家族となったのだ。
家族になった実感はまだ分からない。結婚式を執り行ったからと言って、俺たちの関係に新たな名前がついたこと以外は変わらない。
それでも、セシルとようやく結ばれたのだと、その事実は確かだ。
俺は、セシルを促し、会場を見渡した。
会場に響く拍手は暖かなもので、皆が皆、俺たちのことを祝福してくれているのだと分かる。
もしかしたら中には、見えないところで元宰相のように、俺たちを祝福するつもりのない人間もいるかもしれない。悪意の元凶を摘み取ったからと言って、そこら中に種は落ちている。それが芽吹いて新たな花が咲く。
悪意という花は摘み取っても、摘み取っても生えてくる雑草のようなものだ。
(それでも――)
一望し、俺はほっと息を吐いた。
この瞬間、認められたし、認めさせたのだと感動したのだ。
前世を思い出した時、一度も考えられなかった景色。自分の生死がどうなるか、セシルと卒業するまでをゴールにしていた俺が、今この場に立っている。
ゲームで言えば、アイネとセシルが結ばれ、たっていた場所に俺が立っているのだ。とても不思議な感覚だった。
アイネに申し訳なさはないし、彼も彼で主人公でありながらも自我がある。何に恋し、興味関心を持って生きているか。彼は、ゲーム内の主人公でも、コミカライズの主人公でもない。たった一人の人間だ。
「幸せだな」
「幸せ……そうだね。幸せだよ」
これは、未来を歩むための一歩だ。そうだったとしても、この場に立って、ここで幸せを感じたこの瞬間、今日、意味がある。
セシルは、会場を見たまま、俺の指に自身の指を絡めた。俺はそれに応えて、小指を絡ませる。俺たちにだけわかる秘密のサインみたいで、なんだかちょっとドキドキしてしまう。
その後、二人で真っ赤な絨毯が敷かれたバージンロードを歩く。
降り注ぐフラワーシャワーは、色とりどりで、俺たちの瞳を彷彿とさせる寒色もあった。フラワーシャワーの中、俺は、父を見つけ、そして、ゼラフを見つけた。
この会場の中から知り合いを全員探すのはこの短いバージンロードでは不可能だろう。
この後行われる披露宴で、皆に会えたらいいと思う。
俺たちは、花びらを頭にくっつけながら、バージンロードを歩き終わり、式場を後にした。ぱたんと扉が閉められてようやく一息つく。
「ふぅ……緊張した」
「そうは見えなかったが?」
「セシルも緊張してたでしょう? 俺の目はごまかせないよ?」
「ああ、多少はな。だが、お前とほぼほぼ同じ気持ちだ」
俺の髪に乗っているピンク色の花びらを取りながらセシルは微笑んだ。
会場の神聖な空気や、神秘的な光とは違い、会場の外は日常感あふれる空気と光に包まれていた。式場で見たセシルと、今のセシルはやはり違う気がする。
式場では、俺たちが家族となったことを証明するための顔をしていたからだろう。そういうセシルも好きだ。
でも、やっぱり素のセシルが、気取らないセシルが俺は好きだと思う。
俺も、セシルの髪の上に乗っていた花びらを取ってフッとその場で吹く。すると、風邪に乗せられ、空いていた小窓から外へ花弁は飛んでいってしまった。
「緊張よりも幸せが勝った。ニルもそうだろう?」
「そうだよ。緊張してたけど、セシルがあまりにも幸せそうにするから。ああ、俺も幸せだなって思ったんだよ。君と結婚できてよかったって」
俺がそういうと、セシルは「幸せだ」と再度言って俺の頬に何の前触れもなくキスを落とした。
「……っ、し、式中もだけど。セシル、キスが長すぎ」
「先ほども言ったが、人生に一度きりなんだぞ。堪能しなくてはもったいないだろう」
「だからって、絶対長いって思われたよ。もぉ~」
「仲がいいアピールをしたほうがいいだろう。実際に、仲はいいが。それを見せつけなければならない。もしも、仮にの話だが側室をという話が出たらお前はどうする?」
「嫌だけど……」
結婚式の後に、そんな話をしないでくれ、と思ったが、セシルの言いたいことはそれとは別にあるらしい。
「俺たちの中をアピールし、なおかつ俺がニルに惚れていて一途ともなれば、側室に立候補するやつはいないだろうし、側室をと勧めてくる輩もいなくなるだろう」
「牽制って意味……ね」
「その通りだ。もちろん、俺はニル以外と夜を共にする気はない。同じ部屋で寝ることもな」
と、セシルは言って、俺を安心させるように頭を撫でた。
それで赦してもらえると思ったら大間違いだ、と言いたかったがほだされてしまっ自分がいる。
確かに、あの誓いのキスで、セシル側がキスを続行したというように見えるだろう。そうとなれば、セシルが俺に対して一途であり、手を出してくる輩はいなくなるだろうと。
まあ、そんな建前というか彼の作戦は百パーセント中の十パーセントにも満たないだろう。ただただ、俺とあの場でキスをしていたかった。それが、セシルの本音だ。
(いいよ。許してあげる。今日は特別だから……)
俺は小さい男じゃない。
これくらいのことなんてことないのだ。
「まあ、この披露宴パーティーの後、初夜を共にするわけだが……」
「しょ、初夜!?」
「何をそんなに驚いているんだ?」
「え、いや、でも俺たち、男女の夫婦じゃないし……」
「形式的なものだ。嫌ならそのまま寝てもいい」
「うぅ……いや、びっくりしただけだから。そ、そっか……」
すっかり頭から抜けていた。
初夜、というが俺たちの初夜はとっくの昔に終わっている。
でも、伴侶となって初めての夜といえばそうなるのかもしれない。何だかそう考えると甘美な響きであり、今から緊張してしまう。もう何度身体を重ねたかわからないのに、初心にかえったようでドキドキしてしまう。
「うん、楽しみにしてる」
「フッ、楽しみか。俺も張り切らなければな」
「は、張り切るって初夜を?」
俺が問い返すと、ああ、と短くかえってくる。その顔はまた幸せそうで、緩みまくっていた。
セシルは変わらない。セシルだ。
そう思うとなんだか安心でき、俺は彼の手を取った。その左手には銀色の指輪が光っている。
「さっきも誓ったけど、これからも末永くよろしくね。セシル」
「それはこっちのセリフだ。永遠を誓う、ニル」
「うん、永遠に」
死がふたりを分かつまで。
俺は、先ほど恥ずかしがっていたことを忘れ、彼とキスをした。誰にも見られていない。静かな場所で唇を重ねる。
あの場と違って永遠がここにあるかはわからない。でも、確かに相手の体温を感じ、幸せに満ちていた。
セシルは俺だけのものになって、俺はセシルだけのものとなった。それを、ようやくみんなに認めてもらったのだ。
唇が離れていくその瞬間が寂しい。俺は目で辿って、それから夜色の瞳とぶつかった。そうして、俺たちは微笑んで、こつんと額をぶつけたのだ。
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