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番外編SS
レティツィア・アルコバレーノの好奇心
しおりを挟む「おいひいです」
「レティツィア、食べながらしゃべらないほうがいいかも。ほら、こぼれてる」
両手に肉料理を握った、ファルファラ王国第一王女のレティツィア・アルコバレーノは、口の端に肉汁を垂らしながらもごもごとしゃべっていた。俺はそんな彼女の口の端をハンカチで優しく拭いてあげる。
彼女は細い喉を上下させ、俺にその美しい夜明け色の瞳を向けてきた。
「ありがとうございます。ニルくん!」
「いいよ。お礼なんて。そんなにこの肉美味しいの?」
「はい! ファルファラ王国では生産されていないスパイスが使われているみたいなので。似たような調理方法の肉料理はありますが、やはりスパイスが違いますよね。あと、似たような料理方法とは言え、使っている火……炭で焼いているのがポイントでしょうか。肉の下処理も上手で、味がとてもしみ込んでいます! 屋台とはいえ、この値段で出すのはもったいないかと思うんですよね」
「そ、そうなんだ……」
よく回る口でレティツィアは、手に持っている肉料理について説明を始めた。
セシルは、アルチュールに連れられてまた変わった食べ物が売っている屋台に連れていかれてしまった。ハネムーン中なんだけどなあ、と何度思ったことか分からないが、修学旅行だと思えばそこまで気にする必要がなくなった。まあ、その場しのぎにそう思い込むことにしているだけなんだけど。
ゼラフは離れた位置で、俺とセシルを交互に監視していた。
彼を連れてきた理由は、俺の護衛騎士だからっていうのもあるけれど、こっちに来て話してもいいのに……と、彼が一人でいるのが気になってしまったのだ。セシルがいるときは空気になってくれないのに、俺がレティツィアと話しているときは空気になるのか、と不思議だったのだ。
「彼……ゼラフさん。ニルくんの騎士なんですよね」
「そうだよ。といっても、学園卒業してから騎士になったばかりのね。もともとは魔法科出身の凄腕の魔導士だったんだけど。いろいろあって」
「そうだったんですね。ほら……あーえと、思い出したくないかもしれないんですけど、魔塔の一件でお会いして。あまり、喋ったことがないので、どんな方なのかなあーと気になっていまして」
レティツィアは、喋っては肉を食い、喋っては肉を食いと繰り返していた。
アルチュールも、王太子とは思えないくらいセシルを振り回してからかっているが、レティツィアもレティツィアで、王女らしくないなと思う。
別に、王族はこうあれという基準はないし、俺たちの前では自然体でいてほしいのだが、あまりにリラックスしすぎているななんて思うのだ。セシルに関しては、抑圧が多すぎて彼自身感情を表に出すのが苦手中の苦手だが、アルチュールはオンオフを切り替えられるタイプなのだろう。
そもそも、もしかしたらレティツィアは王女らしく育てられていないのかもしれないけれど。
(ファルファラ王国に留学にいったけど、結構みんな自由人だったしな……)
あの風紀が乱れまくった学校を思い出しながら、俺は乾いた笑いを漏らした。
授業が始まっても先生はだいたい遅れてくるし、なんなら学生も全員揃っていない。校内での情事は当たり前というか、学校ですらそうだったのだが……まあ、城下町や、ファルファラ王国の港も似たような感じだった。もちろん、路上で致しているわけではないのだが、気さくで性善説に従って防犯意識の低い店もちらほらとあった。
サテリート帝国、アルカンシエル王国、ファルファラ王国と三か国をめぐっているが、その国その国で特徴があるし、生活も違う。
だから一概に、王族はこうあれという明確なルールはない。もちろん、ある程度のマナーと教養は身につけなければあならないものではあると思うが。
レティツィアは、ゼラフのことが気になるようで、眉をギュッと中心に寄せつつゼラフのことを凝視していた。
(そっか、そういえば、二人の接点ってそれなのか……)
確かに思い出したくない話ではあるが、魔塔の一件で、レティツィアはゼラフと顔合わせをしている。だが、あの時はいろいろと忙しかっただろうし、それどころじゃないだろうから、彼の情報を書類として手に入れていたとしても、それ以外何も知らないんじゃないかと。
そのうえ、ゼラフは魔塔側についていたんじゃないかという疑惑もかけられていたし、うかつに他国の王族に近づけさせられなかったのではないか。とはいえ、最後は共闘していたわけで、彼の存在は少なからず知っていると。
「モントフォーゼンカレッジの出身であれば、魔法科に所属していたってことですよね」
「そうだね」
「でも、騎士に? 彼は剣の腕もいいってことですか?」
レティツィアは目を輝かせて、ゼラフを見ていた。
ゼラフは一瞬目が合いつつもパッと逸らして、他人のふりをする。俺は、なんともないのだが、ゼラフからしてみれば、レティツィアは非常に関わりにくい相手なのだろう。
アルチュールですら、彼は苦手としているのに、彼女のような純粋な人間に目を向けられたらゼラフは平常心ではいられないだろう。ゼラフみたいなタイプに一番よく効くのは、レティツィアな純粋なタイプなのだ。
だから、彼は目が合った瞬間に顔を逸らしたのだろう。
(あー分かるけどさあ……)
レティツィアが、ゼラフに興味を持つのも無理ない。彼女は純粋に強い相手と戦いたいと思うような少女だからだ。
ゼラフが俺の騎士だという話題を出せば、食いつかないわけがない。
「腕はいいよ。ほら……ああ、言ってなかったっけ?」
「何がです?」
レティツィアはきょとんとした顔で俺を見ると、小首をかしげる。
サテリート帝国の騎士団のやらかし、というかあの元副団長のことをレティツィアに詳しく話していなかった気がするのだ。父が、次の副団長を任命しない理由の大本がそれであり、ゼラフも俺の騎士になるまでに父のスパルタ教育があった。本当に今でもゼラフがあのスパルタに耐えたのかと思うと以外で仕方がなかった。
(それくらい、俺のことを思ってくれているって証拠だろうけど)
そう考えると恥ずかしくて仕方がない。
ゼラフは、今でこそ涼しい顔をしているが、彼の努力を俺は決して知らないわけじゃなかった。
知っていても、声をかけなかったのは彼がきっとそれを嫌うだろうから。これまですべてうまくやってきた。だからこそ、出来ないこと、努力することを恥ずかしいと思ってしまっていたタイプがゼラフだ。
俺が、頑張っているね、なんて何の薬にもならないし、むしろ彼の羞恥心とプライドを傷つけるだけの行為だった。
だから、俺は無視していたし、ゼラフが頑張っているということを今になっても口にしていない。
俺は、レティツィアに騎士団で何があったかを軽く説明した。彼女は、うんうんと頷きながら聞いてくれすぐに理解してくれた。
何とも我が国の恥ずかしい話を聞かせる羽目になってしまったわけだが、彼女は「それは、その、大変でしたね……」と聞いて申し訳なかったというように眉尻を下げた。
「そんなこともない……って言えたらいいんだけど、そういう問題じゃないからね。こればかりは……」
はあ、とため息がそうになったため、何とか飲み込んで俺は笑って見せる。
「でも、ニルくんの強いお父様をうならせるほどの実力は持っているんですよね」
「唸らせるっていうか、センスはいいと思うよ。まあ、父は無敗の騎士団長なわけだけど。ゼラフのことは認めてると思うから。ゼラフも強いと思う、けど」
「実際に戦っている姿とカ、ニルくんを護る姿とかなかったんですか?」
「うーん、ないかな。というか、そんな刺客に狙われるような生活は嫌かも」
「あっ……ですよね、すみません」
ついついヒートアップして、レティツィアはあれこれ俺に質問を投げてきていたが、はっと気が付いたように口を閉じた。別に聞いてくれてもいいのだが、確かにズカズカと土足で入り込まれているような気持ちにはなった。
俺はいいけれど、ゼラフは嫌だろうなと彼を見る。
ゼラフは、俺が彼のほうを向くとふいっと顔を逸らしてしまい、セシルとアルチュールのほうを見ていた。
「ついつい、気になってしまうんですよ。自分より強い騎士がいるのかなって考えたら、ワクワクしてしまって」
「戦いたいってこと?」
「そうですね。端的に言えばそうです!」
「端的にって……ゼラフと話したい?」
「えっ、いいんですか?」
「聞いてくることはできるけど、ゼラフが嫌だって言ったら諦めてね」
はい、とレティツィアは子犬のように尻尾を振って目を輝かせた。
果たしてゼラフが、王族であるレティツィアの申し出を断れるだろうか。俺は、断れないだろうなあ、と思いながら近づき、ゼラフの肩をちょいちょいとつついた。
「んだよ」
「あ……あれ、機嫌悪い?」
「別に? 随分と楽しそうに話してたじゃねえか」
「まあ、悪い子じゃないし。それに、俺たちが留学先で出会った王女様だから。もともと、男装していて」
俺がそういうと「男装?」とゼラフは首をかしげる。
そういえば、この話もしていなかったかと思い出し、俺は説明するかどうか迷った。だが、ゼラフは察してくれたらしく「また、そのうち聞くことにする」と言って話を切り上げてくれた。
「んで? 俺を呼びに来た理由はなんだよ」
「あーえっと。レティツィアが話したいんだって」
「何で」
「いや、ほら、ゼラフも騎士の端くれだから。彼女、騎士のことが好きというか、強い人に惹かれるタイプっていうか」
「惚れたってことか?」
「待って、それは自意識過剰すぎない?」
何でそんな言葉が出てくるんだ、とツッコミを入れたくなったかが、ゼラフは「嘘嘘」と冗談めかして言うと「まーいいけど」と、死微支部と言った感じで了承してくれた。
「嫌だったら、俺が断るよ? 第一、俺がゼラフとしゃべりたいって……君の了解も得ずに彼女に効いちゃったわけだし」
「別にんなことかまわねえよ。ニルが、いつも頭より先に身体が動くタイプだって分かってるからな」
「お、おっしゃる通りで……」
遠回しに、怒られている気にもなったが、ゼラフは一応彼女と話してもいいと言ってくれたので、彼の服を引っ張ってレティツィアのもとへ連れて行った。
セシルとアルチュールはまだ二人で何かしている様子だったが、あの二人を二人だけにしておいてもいいのだろうか。腐っても、皇太子と王太子が護衛もつけないなんて。
近くに控えているとはいえ、刺客が今飛び出して来たら危険なんじゃないかと思う。
かといって、あの二人が黙ってやられるようなタイプじゃないことも俺は知っていた。あの二人のことは、俺がちらちらと見ていればいいかと、考えながら、いざゼラフとレティツィアの顔合わせに、俺は緊張してしまっていた。
レティツィアは夜明け色の瞳をキラキラと輝かせてゼラフを見上げている。こう見ると、彼女とゼラフの身長差はかなりあるんじゃないかと思った。
「ゼラフさん」
「……それで、レティツィア王女、俺に話ってなんだ?」
「別に話す内容はありません!!」
「は?」
俺も、ゼラフと同じように声が漏れそうになった。
レティツィアはふんす、と鼻息を荒くしながらも、何も話すことはないとはっきり言った。なら、何で呼んだんだ、と突っ込みたくなるような彼女の言動に、俺は「レティツィア?」と彼女の名前を呼ぶ。
「話したいとは思ったんですけど、これと言って話題が思い浮かばなくて! でも、私のもとまで来てくれてありがとうございます」
「お、おぅ……おい、ニル、こいつはいったい何なんだよ」
「何なんだって言われても……天然ちゃんっていうか、猪突猛進ガールというか……」
レティツィアのことを説明しようとすれば、必ず王族っぽくない言葉が出てくる。彼女もまた、本当に王族らしくない少女であり、自由に生きていると俺は羨ましささえ覚える。
セシルと重ねてしまうことがしばしばだが、やはり、セシルともアルチュールとも違う、異国の王女様だ。
かといって、セシルの苦しみが理解できないわけじゃないのだが……
ゼラフは困惑気味に俺に耳打ちをしたが、まさか俺もレティツィアが何も考えていないなんて思わなかったのだ。
それでも、彼女は純粋な瞳をこちらに向け続けてくる。本当に変わった子だと思う。
ゼラフは、参ってしまったようで、額に手を当てて項垂れていた。
「どうしたんですか、ゼラフさん」
「レティツィア、一応ね、ゼラフは二つ上なんだ」
「一応ってなんだよ、ニル」
「だって、一応じゃん……同級生だったし」
「ということは二年留年ですか」
レティツィアのストレートパンチが飛んできたが、ゼラフはそれをすれすれで交わす。
「一年留年で、一年遅れて入学したんだよ。言っておくが、試験に落ちたからとかそういうんじゃねえからな」
「なるほど」
「本当に分かってんのか……?」
呆れたようにそういって、ゼラフはレティツィアの顔を見つめていた。
しかし、彼女は顔色を変えることなく彼を見つめ返していた。ゼラフは、やはりと言っていいか顔を引きつらせて「こりゃ、生粋の天然だな」と口にしている。
(まあ、なんだかんだ平和だし、あべこべな会話でも俺はいいんだけど)
困惑気味なゼラフを横目に、俺はレティツィアの嬉しそうな顔が目に飛び込んでくる。
彼女は本当に純粋に、ゼラフと話せたことが嬉しかったのだろう。ゼラフもその気持ちを受け取りつつも、気持ち悪さが勝ってしまっていたのだろう。こんなタイプに一度も出会ったことがないから。
レティツィアは片手に持っていた肉をずいっとゼラフに差し出して、夜明け色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「ゼラフさんも、肉食べます?」
「や……いや、遠慮しておく」
ゼラフは、過去一テンションの低い声でそういうと、首を弱々しく横に振ったのだった。
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