みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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番外編SS

君の好きなものを教えてよ

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「……ヨル、何してるの?」
「カニをつついてる」
「いや、見ればわかるんだけど」


 浜辺に一人ぽつんといた彼に声をかけると、こちらに一瞬顔を向けたものの、目の前のカニに集中しているのか、ツンツンと指でつつくのを止めなかった。

 ヨル――ドラーイコルク島に流れ着いた記憶喪失の青年。
 日の光を浴びると透ける透明な髪に、不思議な瞑色の瞳は見ていると吸い寄せられそうになる。
 彼は、騎士団の天幕にいるはずなのだが、抜け出して浜辺に来ているようだ。それを見つけた俺は本来ならば連れ戻さなければならないのだろうが、どうも、彼を見ているとそういう気にならなかったのだ。
 俺はヨルに近づき、彼がつついているカニを見た。
 カニは赤黒く、もっというと茶色に近い色をしていたが、大きなはさみと左右についた目がよく動いていた。そんなカニの甲羅部分をヨルは先ほどからずっとつついているのだ。まるで、子どもが興味のあるものに夢中になっているような光景だった。
 とはいえ、彼は十九歳と言っていたし、それなりの年頃だ。
 でも、たまに不思議ちゃんタイプの男性はいるし、ヨルもそれに当てはまるのだろうか。


(なんというか、ヨルって幼いよな……)


 顔立ちはきりりとしていて、王子様タイプなのにどこか幼さを感じずにはいられなかった。かっこいいのに童顔という不思議なバランス感覚を保っており、一見大人びた発言をしたかと思えば、子どものように、また猫のようにすりすりとすり寄ってくることもある。
 ヨルという人間について、俺はいまいち把握できていなかった。


「カニ好きなの?」
「え? 食べるかってこと? ニル、それは怖いよ」
「い、言ってないよそんなこと!! ヨルが、カニのことあまりにも真剣に見ててつつくから気になっちゃって……!!」
「食べない?」
「だから、食べないって」


 ヨルはとんでもないことを言い出し、どうなの、と俺を見てきた。
 まるで、俺がカニに興味を示したのは食べるためだと言わんばかりに。そんなわけないだろう、と俺は否定し、彼の隣に腰を下ろす。
 白い砂浜の上に、血色の悪いカニは目立つ。カモメはカニを食べたりしないのだろうか、なんて考えながら俺は永遠とカニをつつき続けるヨルのことを見ていた。
 長い指で、カニの甲羅をツンツンして、カニがはさみで威嚇すればパッと手を放す。そんなことをヨルは無表情で繰り返していたのだ。俺には何が面白いのだかさっぱり分からなかったが、ヨルは飽きずに続けている。
 波の音は穏やかで、吹き付ける風も、照り付ける太陽の熱さを緩和してくれるような気がした。
 天幕に戻らなければならないことはすっかり忘れていたが、心と体を休める時間も必要だろう。


(…………………………………………って、気まずい!!)


 ヨルのことを知るために近づいたというのに、ヨルは俺に興味を示すのではなく、カニに興味を示していた。
 そのため、こちらから何か話しても無視されるのではないかと思ってしゃべりかけることができなかったのだ。
 波の音が絶えず聞こえており、俺は、膝を丸めたままヨルの様子を窺っていた。すると、ヨルのほうから、視線は合わせてくれないものの「ねえ」と話しかけてくる。


「何でニルは俺にしゃべりかけてきたの?」
「そ、それって……俺にしゃべりかけられて嫌ってこと?」


 ついつい被害妄想が口から飛び出してしまったが、実際にどうなんだ、とヨルを見る。
 彼は、記憶喪失になっているわけだし、精神状態が不安定だろう。それなのに、俺は距離をいきなり詰めることをしてしまった。それが、彼の警戒心を一気に押し上げる結果となってしまったのではないだろうか。
 俺が、ヨルを見ていると、またふいっと顔を逸らされたが「別に、嫌じゃないよ」と答える。ヨルは、ツンツンとつついていたが、今度は指を引っ込めるタイミングをミスったのかカニのはさみに挟まれていた。
 痛そうな顔を一瞬したものの、ヨルはカニに指を挟まれながら続ける。


「嫌じゃないよ。ただ、俺に興味あるんだーって思って」
「そりゃ、あるよ……あるって、言い方があってるのかとか、俺にはわからないけど。君のこと、知りたいって思ってるよ」
「……なんで?」


 ヨルはさらに俺に質問を投げてきた。
 何でか――その質問に対し、俺はなんて答えるのが正解だろうかと考えてしまう。素直に答えればいいのに、答えを探して、相手の機嫌を窺おうとするのは俺の悪い癖だと思う。
 ヨルはこたえられないのか? と怪訝そうな顔になっていた。


「君のこと……だから?」
「何それ。意味わかんないよ」
「えっと、なんだろう。俺も、自分でどう説明すればいいか分からないんだけど。君のことが気になるんだよ。気になって、しかたがないっていうか。ついつい、いたら話しかけたくなっちゃうっていうか。おせっかいだって思ってるんだけど、君の記憶が戻る方法を一緒に探してあげたいとかも思っちゃって」


 話し出すと止まらなかった。
 あれこれと思っていることが、一つの線にならないうちにこぼれていく。
 それを無理やりつなぎ合わせて、口にして。歪な言葉が口から出たが、どれも本心だった。
 彼の心に寄り添ってあげたいし、記憶が戻らないと悩んでいるのであれば、俺はその記憶を取り戻す手助けをしてあげたい。
 ヨルの指を挟んでいたカニは、ヨルから手を放し、トコトコトコと横歩きで浜辺を横断していった。ヨルは、その様子を目で追いながら「お節介」と小さくつぶやく。


「あはは、やっぱり、お節介だよね。気にしないで……というか、嫌だったらそういって。俺は傷つかないから」
「傷つかない人間なんていないでしょ。てか、別に嫌じゃないし……おせっかいだとは思うけど、俺にとっては嬉しいものだし、嫌じゃない、よ……ニル」


 ヨルは、許しを得るように俺のほうを見て瞳を輝かせた。
 そんな目で見つめられてしまえば、俺は何も言えなくなって言葉より先に身体が動いた。
 ボホッと砂浜が音を立てる。


「ニル、ちょっと、今のはびっくりするって」
「ごめん……なんか、抱きしめたくなっちゃった」


 俺は、抱きしめるつもりでヨルにタックルをかまして、彼を押し倒してしまった。
 白い砂浜はヨルの身体を受け止めている。彼の髪は白い砂の上に広がると、さらに透き通って見えた。


「……殿下に怒られるよ」
「大丈夫だよ。セシルは怒らない」
「信用できない」
「まあ、そうだよね。さすがは、セシルに剣を向けられたことがあるヨル。分かってるじゃん」
「それ、嬉しくないんだけど……でも、殿下がニルのこと好きなのは知ってるから」
「知ってる?」


 俺が聞き返すと、ヨルは「知った」と言い直した。
 別に、知っているというのでもあっている気がするが、何故言い直したのだろうか。
 彼は、瞑色の瞳で俺を見上げると、その白い瞳孔を揺らした。


「殿下が、嫉妬深くてニルのこと好きなのは見てて分かるから。俺も、一応男だから……ニル、怒られたくないなら今すぐ退いたほうがいいよ」
「なんか、それ、今からヨルが俺のこと襲うみたいだね」
「……笑ってる場合?」


 まあ、このままだと重いかとも思ったが、ヨルが「自分は男だ」なんて言い出すのが俺にとっては何だかおかしかったのだ。
 なぜかは理由がはっきりしないものの、ヨルがそんなことを言うのだと、思ってしまった。
 ヨルは、俺がバカにしていると思ったのか、グイッと俺の腕を引っ張ると、今度は俺を押し倒した。一瞬にして立場は入れ替わり、彼の逆光した顔がすぐそこにあった。


(やっぱり、きれいだな……)


 目鼻立ちが整っている端正な顔。セシルと似ているけれど、彼とは違って幼さを感じる。
 白い陶器のような肌は、少し病弱なのかな? と思わせるほど白くて、薄い唇はセシルの唇とよく似ている気がする。


(ヨルは、セシルと全く関係ないのに……)


 セシルが、ヨルに剣を向けた理由として、もう一つ俺はあるなと今頃になって思った。
 セシルは、ヨルを自分と似ていると重ねたのではないか……と。だから、俺にべたべたしている、俺似の男――という目で見てしまい、剣を抜いたのではないかと思う。
 単純に、俺もセシルの顔が好きだし、ヨルに感じていたものの一つとして、セシルに似ているなという点があったので、今合点がいった。
 だからといって、何か問題があるわけじゃない。
 ヨルはヨルだ。


「……何笑ってるの、ニル」
「ううん、ごめん。ヨルの顔がセシルに似てるなーって思って」


 手を伸ばし、彼の頬に触れる。すると、彼の俺よりも大きな体がぴくりと動いたのが分かった。身体が一瞬強張ったようなそんな反応に、俺は手を引っ込めようかと考えた。
 だが、ヨルは猫のように俺の手にすり寄り「大丈夫」と口にした。それは、まるで自分に言い聞かせているようにも見える。


「ごめんね、いきなり触っちゃって」
「大丈夫。ニルだから」
「俺じゃなかったらダメってこと?」
「……多分」
「多分って」


 ヨルからしてみても、自分がなぜそのような行動をとったのか理解できなかったのだろう。
 けれども、彼の瞳には何かを訴えかけるような寂しさが見てとれ、俺は言葉を失った。


(何で、寂しそうなんだろう……)


 その瞳で、見つめられると胸がきゅっと締め付けられる。
 彼は、自身の奥にある不安というのを口にしたりしなかった。でも、俺にはその不安や悲しみ、寂しさが伝わってきて、なんて彼に言葉をかければいいかまた分からなくなってしまう。
 彼の欲しい言葉をかけてあげたい――そう思うが、それは、彼が望む言葉であって、俺の心から出た言葉ではない。ある意味不誠実だ。


「ヨル。君は何が好き?」
「いきなり、何の質問? 好きって、何……」
「えーっと、好きな食べ物とか。記憶にある範囲でいいよ。思い出せないなら思い出せなくいいんだから。カニ……とか触ってたから、生き物が好きなのかなって思ったりして」
「好きなものか……」


 ヨルは、ちょっとの間だけ、眉をひそめていたがその後は悩むように首をゆっくりと曲げていく。
 波の音が耳に戻ってきて、俺は彼の回答を待った。
 また、暫くするとヨルは俺のほうを向き直って、俺を押し倒したまま俺の鼻をちょんと人差し指で触った。


「ニル」
「え?」
「ニルが好き」
「え……えっと、冗談?」
「冗談で好きっていうほど、俺、薄情な人間じゃないよ」


 ぷくぅ、ともいうように彼は頬を膨らました。


(そう、だよね。俺も、お世辞とか、好きでもないのに好きって言わないもんな……)


 当たり前の感情か。
 いや、当たり前ではないのかもしれないが、少なくとも俺は好きでもない相手に対して好きとは言わない。彼の言うように薄情というか、中身がなくて、その場しのぎの言葉になってしまうから。そんな言葉はすぐに見抜かれて人間関係を終わらせてしまう。
 ヨルは真剣に俺を見下ろして「ニルが好き」という。
 だが、なぜ彼は俺が好きなのか理由を教えてはくれなかった。


(孵ったばかりのヒナが初めて見る生き物に対して母親と認識するあれに近いのかな……記憶を失って、すぐに見たのが俺だったから)


 そんな理論が果たして成り立つのかどうかは分からない。
 でも、彼に好かれている印象も懐かれている印象もあった。しかし、それは俺だけじゃなくてゼラフもそうだ。
 あの場にいたのは、俺とゼラフとレティツィア。だが、そうなるとレティツィアも好かれていないとおかしくないか? という話になる。


「俺が、好きなの?」
「うん」
「理由とか、聞けたりする?」
「……好きだから」
「うーん、それは理由じゃないかな」


 小さい子が答えるような回答を返し、ヨルは俺の頬を撫でた。それは、先ほど俺が彼にしたような行為だった。それをなぞるように、ヨルは俺の頬を撫でて、最後にコツンと額をぶつけた。キスしてしまいそうな距離に唇があって、俺は当たりませんようにと唇を引っ込めた。
 それに気づいたのかヨルは「さすがに倫理観がある」といって俺から退いた。


「ニルが好きっていうのは、好きだから」
「こ、言葉って難しいね」
「嘘じゃないよ。俺はニルが好きだよ」
「それって、恋愛的な意味で? ライク? ラブ?」


 ヨルは、二本の足でしっかりと立って眼前に広がる大海原を見ていた。風が彼の髪をそよそよと揺らしている。
 ヨルは、海のほうを眺めていたが、その瞳はずっともっと遠くを見ている気がしてならなかった。彼はどこを見ているのか、俺には彼の横顔を見ることしかできなかったから、彼の心は分からない。
 俺も立ち上がって海を見る。透き通ったコバルトブルーの海は、白い砂浜に寄せては引いてを繰り返す。先ほど、ヨルが逃がしたカニも、波打ち際を歩いており、一際大きく押し寄せた波に吸い込まれて行ってしまった。


「好き」
「うん、理由は聞かないでってことだね」
「……好き、ニルのこと、好きだよ」
「あはは、恥かしいなーもう」


 こたえられない理由が彼にはあるのだろうと俺は察した。だから、それ以上詳しく聞くことはしなかったし、彼に質問を投げなかった。
 ただ、俺の頭の中で「好きだよ」という言葉を言ってくれる人の顔が、そのときはフィルマメントだった。まだ彼は、あうーとかあやーとかしか喋れないし、俺の名前だって「にー」が精いっぱいだ。そんなフィルマメントが俺のことを好きだって思っていてくれたとしても、好きって言ってくれる年じゃないのに、俺はフィルマメントにい好きと言われること想像してしまった。


(なんかおかしいな……)


 ヨルの隣にいると、なんだか優しい気持ちになれたのだ。広い海のような、広い空のような穏やかな心になれた、というべきか。
 彼の隣にいるというよりは、彼が隣にいてくれるというほうが正しいだろうか。
 またグルグルと頭は回ったが、一回すっきりしようと俺はうーんと大きく背伸びをしたのだった。


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