みんなの心の傷になる死にキャラなのに、執着重めの皇太子が俺を死なせてくれない

兎束作哉

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第7部1章 大人になっていく僕らの試練

06 亡き母の故郷の調査

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 ――寒い。


「ニル、平気か?」
「うぅう、ちょっと寒いかも。俺でも寒いってことは、セシルはもっと寒いんじゃない? ほら、セシルって寒がりだし」


 馬車の中にいても、その寒さは以上だった。
 元ハーゲル男爵領に向かっている道中、俺は亡き母がくれた手袋をしながら身を縮めていた。身体がきゅっと縮こまり、震えが止まらない。一瞬、風邪を引いたかとも思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
 セシルより、一枚ほど布が少ないが誤差だと思っていたらこの始末だ。
 寒さには思ったより耐性があったと思ったのだが、どうやらそうじゃないらしい。


(俺、冬になるほうが元気になったし、寒いところに行ったほうが元気になる……とか思ってたんだけどな)


 俺の身体は、氷帝フリーレンの血が流れている。そのため、寒さに強く、弱った心臓も冬になると活発に動いていたような気もした。しかし、そもそも時期的に春ということもあり、本来であれば雪解けが始まってもおかしくない時期だ。俺の誕生日と、セシルの誕生日は後一か月も経たないうちにやってくる。
 それはそうと、男爵領に近づくにつれ馬車の中の温度も急激に下がり、俺は身を小さく丸めるしかなかった。
 息を吐くと、馬車の中ですら白くなり、カタカタと唇が震えている。こんなこと一度もなかったのに。


「熱は……ないな。むしろ冷たいくらいだ」
「ごめん、セシル。心配かけて」
「とんでもない。お前が、元気でいてくれると嬉しいが、無理する必要はないからな」


 俺と向き合うように座っていたセシルは、俺の額に手を当て熱がないかと図った。だが、熱はないようで「大丈夫そうだな」と言って離れていく。彼の体温を一度でも感じてしまうと、もう少し俺に触れていてほしいなんて言う欲が出てきてしまう。
 それを感じ取ったのか、セシルは、揺れる馬車の中立ち上がると俺の横までやってきた。


「狭いか?」
「ううん、狭くないよ。ありがとう、セシル」
「これくらいいい。お前が寒そうにしているのは見ていられない」
「ごめん……いや、ありがとう。本当に。何でかなあ」
「……元ハーゲル男爵領に何かあるのかもしれないな」


 セシルは、俺の片手をぎゅっと握った後、馬車の外を見た。窓の外に広がっているの雪原。
 しかし、俺たちが馬車で移動している道には雪が積もっていなかった。というのも、魔導士たちが事前に地面に対して火魔法を施してくれていたらしく、雪が積もりづらくなっているらしい。そういう使い方もできるのかと、俺は感心してしまった。
 とはいえ、霜や氷が張ることはしばしばで、そのたび、前を行く魔導士たちがその都度魔法で溶かしているらしい。さすがに、溶かしたところから凍っていくなんていうことは起きなかったが、それでもとても寒い地域だった。
 母が父との別居中にいたエヴィヘット公爵家の別荘も寒い地域ではあったが、それ以上に元ハーゲル男爵領は極寒の地というのにふさわしい土地だった。


(そういう理由もあって、ハーゲル男爵家のことはあまり知られていなかったんだろな)


 辺境の田舎の下級貴族。
 しかも、その当主や家の人間を含めて、サテリート帝国の領地を任されていたとしても皇室とのつながりは薄かったと聞く。
 閉じられた閉鎖空間の中、何が行われていたかも分からないとなれば、男爵家が何をしていたか皇室が把握しているわけがない。もちろん、領地の経営だったり、お金の問題だったりは、義務として皇室に書類を送っていたのだろうが、それ以外は説明の義務もなかっただろう。
 また、男爵家が他の領地からの難民を受け入れることもなく、そのうえ、領地の人間を外に出さないことで徹底的な情報統制がされていた。

 となってくると、ハーゲル男爵家の存在は社交界でも話題に上がらないし、皇室からしても問題がない貴族であればわざわざ辺境の田舎まで使節団を送る必要もなかっただろう。
 それに、第一に魔塔とのつながりが深かったため、皇室も領地民全員が凍死し、領地が壊滅するまで手を出せなかったのではないだろうか。


(セシルの言っていることは、正しいかも……)


 氷帝にまつわる何かがある。そして、俺が寒いと感じる理由が必ずあると俺は確信していた。
 弱く打っている心臓は嫌な打ち方をしている。


「不安か?」
「え? ああ、まあ、ちょっとね。でも、今回も父上はついてきてくれているし。なんだったら、父上のほうが不安なんじゃないかな?」
「メリッサ・エヴィヘット公爵夫人と駆け落ちする理由となった場所だからか?」
「うーん、そうだね。父上的にも、母上の話を聞いていたし、この領地にはいろいろと思うところがあるんじゃない? あの時、何をどれだけ聞かされていたか分からないけどさ。母上が死んで、それからかなり経つわけで……調査の理由も、母上絡みじゃないしね。でも、母上と結びついちゃったって感じで」


 言葉で言い表しにくいなと思った。
 実際に、父上に直接聞いたわけじゃない。父上が、今回の調査についてどう思っているかは正直分からなかった。父上との会話が減ったわけじゃないが、それでもあの人は弱いところを見せないから。


(頑固なところは、俺、父親譲りだもんな……)


 頑固というか、自分の弱い部分を見せないと決めたらとことん隠しとおす覚悟というか。
 父は、背負っているものが俺よりも多いのではないだろうか。
 俺がエヴィヘット公爵家を継がないと決まり、現在は騎士団長の仕事をこなしながら、養子に迎えた父方の兄弟、つまりは俺の従兄をエヴィヘット公爵家の当主にするために教育しているらしい。
 俺も実際、その人に会ったのだが、誠実で、父上が好きなタイプだなとは思った。もちろん、彼が演じているわけでもなく、元から人がいい人間だった話だ。父上がその人を選んだわけが会って一瞬で分かった。

 剣の腕もなかなかなものだったし、俺が継がないエヴィヘット公爵家を導いていってくれるだろう。
 父上としては、少しだけ俺が家を継いでくれればと思っていただろうから、その期待に応えられなくてごめんなさいとは思っている。その代わり、セシルと幸せになって皇太子妃……ゆくゆくは皇后という立場からセシルを支え、国をよりよくしていくことに貢献していきたい。
 それが俺にできる親孝行だ。


「後で、時間があったら話してくるか?」
「いいの?」
「ああ、話したいことがあるなら話しかければいい。親子なのだから」
「そうだね……時間があったらにするよ。父上も、忙しいだろうし」


 今のは少し言い訳に聞こえただろうか。
 別に話したくないわけじゃない。ただ、父上がどれほど忙しい人か知っているから、俺はあまり俺のために時間を割いてもらうのはと思ってしまったのだ。
 確かに、以前より親子の会話は減ったものの、父上が俺を気にかけて差し入れをしてくれるなどいろいろと気遣ってもらっていた。親子のつながりはまだあるのだと、俺は安心できたし、俺もまた父への感謝を伝えている。
 言葉を交わせなくとも、つながっているという感覚はあった。


「へっくしょん……」
「かわいいくしゃみ……じゃなくて、大丈夫かニル!」
「そ、そんな切羽詰まることじゃないでしょ。大丈夫だよ。ちょっと、鼻がむずむずしたの」
「寒いからだろう」
「寒いけど……へくちゅっ……寒い」


 かじかむような寒さに、俺は耐えきれず本音をこぼした。
 セシルは「ほら言っただろ」と言って俺横から抱きしめてきた。


「セシルが、抱きしめたいだけじゃん。口実作ったでしょ」
「…………なぜバレた?」
「バレバレだよ。でも、君は暖かいから……抱きしめられていると、眠たくなっちゃう」
「お前にいきなり抱き着くと、逃げられる可能性があったからな。こう……ニルは、黒猫みたいだ。気まぐれな黒猫だ」
「そうかな? セシルは、どっちかって言うと犬? ああ、でも、ゼラフに対しては警戒心強い猫みたいな感じかな」
「またヴィルベルヴィントの話か?」


 むすっとセシルは嫌そうに口を尖らせた。
 何も、ゼラフの話をしているわけじゃない。だが、名前を出すのもタブーなのだな、と俺はついつい笑ってしまう。


「何を笑っているんだ」
「ううん、相変わらずだなあって思って。少しは仲良くできないの?」
「できないな。たとえ、記憶がなくなったとしても、仲良くできない。どういう出会い方をしていても多分な」
「言い切るんだ」
「人には好き嫌いがある。俺にもあるということだ」
「本人が聞いたら悲しむんじゃない?」
「……あいつの肩を持つのか?」


 セシルはそう言いながら、俺を絞め殺す勢いで抱きしめてきた。さすがに痛くなって「ちょっと」と声を上げると、彼は俺の肩に頭を乗せ、ニ、三度すりすりと摺り寄せた。


「別にいい。お前が誰と仲よくしようとも、俺が一番であることには変わりないが。ヴィルベルヴィントは、お前に対してただならぬ感情をいだいているから危険なんだ」
「危険って。さすがに、人の配偶者には手を出さないでしょ」


 ゼラフにだって倫理観はある。
 セシルだって、ゼラフのことは俺よりも理解しているんじゃないだろうか。嫌いな人ほどよくわかるというときもあるし。分かりすぎて嫌だっていうのもあるかもしれない。
 二人でいるときに名前を出すといつもこうだ。少しは大人になってほしいけど、セシルだから無理なんだろうなとも思う。


(変わらないね……あっちはどうか分からないけど)


 まあ、ゼラフのほうも学生時代からさほど変わっていない。ただ、あちらは騎士になるために父上に立ち向かい、そして父上に認められたという事実があるので、前よりかは自分の立場や価値観が変わったんじゃないだろうか。でも、人の根本的な部分は変わらない。


「分からない。あいつは、何かあればお前を全力で守って駆け落ちするタイプだろう」
「ど、どんな偏見……セシルは?」
「条件をまず決めるか」
「条件って……」


 自分がどういうタイプに当てはまるのかという条件だろうか。
 俺が首をかしげていると、セシルはとある話をし始めた。


「どうしても勝てない相手が立ちふさがったとき、自分だったら大切な人とその脅威に対してどのような行動をとるか」
「えっと、それがゼラフだったら敵前逃亡……すべてを捨てて駆け落ちする、みたいな? そんな無責任なことするかな?」
「するだろう。あいつはお前のためだったら……お前の命が守れるのならわざわざ戦いに出向かず、逃げる方法を選ぶだろうな。たとえお前に、なぜ逃げたと恨まれることとなっても、お前を連れて逃げるんじゃないか?」
「はあ、本人に聞いてみなきゃわからないでしょ。セシルは?」


 自分たちではどうしようもない脅威が立ちふさがったとき、セシルは俺にどのようなアクションを起こすのだろうか。
 なんだか気になる話になってきて、俺はセシルのほうを見る。
 夜色の瞳はしばらく揺れた後、ふと目が閉じられた。


「俺は、責任から逃げられないだろう。脅威が立ちふさがったとき、俺はすべてを捨てて逃げられるほど強い人間じゃない。だから、立ち向かう。それが確実に負けるとしても、お前を逃がす時間をつくる」
「……本気で言ってる?」


 俺が訪ねると、セシルは唇を固く結んだ。
 一番いやなことだ。俺にとって一番許せないことだ。
 セシルが責任感が強く、皇太子として……あるいは、校庭になったとき脅威が立ちふさがったとき、自分は俺を逃がすための時間を作って死ぬと言っているのだ。
 それは、かつて俺がセシルを守ろうとして死にかけていた時と酷似する。あれほど、自分が嫌だと言ったのに、自分はいいのか。そういう意味では、俺たちは似た者同士なのかもしれないが、直接言われると、やはり納得できない部分があった。
 こたえてくれるまでセシルを見ていると、セシルは観念したように口を開いた。


「本当は逃げ出したいだろな。ニルと一緒に……でも、それが無理だとすれば、国が亡ぶその様をニルと一緒に見て死にたい」
「……っ」
「こんなの、皇太子の俺が言えるわけないだろう。どうせ死ぬと分かっていても、最後はニルと一緒がいいし、愛した国が亡ぶその様を眺めながら死ぬなんて。さっき言ったほうがよほどかっこいいだろう。皇太子としての責務も、お前の夫としての責務も果たせている気がする。でも、本当の俺は、もう無理だと分かったら、それで諦めてしまってもいいと思った。お前と最期を一緒に過ごせるなら、あとはどうなっても構わない。俺はかなり薄情な人間だ」


 そんなことない、と口にしたかったのに、彼の本音の部分に触れて俺は開いた口がふさがらなかった。
 きっと、以前のセシルならそれを伝えてくれなかっただろう。
 最初に言ったように皇太子としての責任という部分に目を当て、そして、俺を守って死ぬと。
 でも、彼の中ではそれは間違った選択なのだという。
 本当の自分はもっと身勝手で、すぐにあきらめてしまう人間だと。けれども、強欲だから俺と一緒に死にたいし、脅威が帝国を飲み込み滅ぼしていくその様を眺めてから死にたいというのだ。
 自分が守れなかった国がどうなるのか、死んでもなおその責任を魂に焼き付けるという、なんともセシルらしい回答だった。


(俺だったらどうなんだろう……)


 なんだか、アルチュールにも聞いてみたい話だが、さすがにこんな質問を手紙には書けない。彼はなんとなく、自分は殺される前に命を絶って、そして俺の命も奪う……とか言い出しそうだ。これも、偏見の塊に過ぎないが。


「ニル?」
「ん? ごめん、なんか言った?」
「いいや。こんな話をいきなりしてしまってすまなかったな」
「いいよ。ちょっと考えさせられる話だったし。あれだよね、その脅威が迫ったときに取る行動によって、その人の性格が出るっていう診断的なやつ。俺だったらどうなんだろうって考えたけど、セシルと一緒かも」
「そうか、一緒か」
「一緒だと思うよ」


 へへっと、なんとなく笑って返せば、セシルもつられて笑ってくれた。


(多分俺もそうだ。逃げるとか、誰かに殺される前に好きな人を殺すとかできないし……かといって、責任から逃れることだってきっと――)


 そんなことが起こらないとは限らない。
 でも、これはもしもの話。


「少し暖かくなったか?」
「うん、かなり温かくなったよ……くちゅっ。あ、ごめん、まだかも」
「フッ、ならば、もう少しこうやって身を寄せていてもいいか。お前を温めたい」
「セシルが引っ付いていたいだけ」
「いいだろう。お前の夫の特権だ。お前に抱き着けるのも、温める権利があるのもこの世界で俺だけだ」
「やたら唯一にこだわるね」


 当然だろう、とセシルはいう。でも、その声はいくらか優しくて、心地よかった。


「お前のことが好きだから。ニルのことを愛しているから。お前の一番じゃなければおかしくなってしまう」
「じゃあ、セシルとずっと一緒にいてあげなきゃね」


 寂しがりやな君の隣に、出来るだけ長い間ずっと。
 極寒の地を行く馬車はまたしばらくして目的地に着いた。ここから、本題だ。
 俺は、窓の外から見た景色に息を飲み、はぁ……と白い息を口から吐き出した。

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