幼馴染の君は勇者で、転生モブAの僕は悪役令息の腰巾着~溺愛なんてしないで、世界を救いに行ってください勇者様!!~

兎束作哉

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第1章 君は勇者

08 幼馴染は遠い存在になって

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「――テオ?」


 これだけ、うるさい人の声の中で、その凛と鈴のようにはっきりとした声だけは聞こえた。僕の名前、愛称。


(アル、アルだ……!)


 名前を呼ばれただけで確信した。覚えていてくれたことを。嬉しくなって、はしゃぎまわりたい気持ちを抑える。ここではしゃいだら、ロイファー家の名に傷がつくと思ったからだ。もう、村にいたときのテオフィルじゃなくて、テオフィル・ロイファー。由緒正しき伯爵家の人間。
 息を吐いて気持ちを落ち着けつつ、僕はにこりと笑ってみた。その笑顔が、アルフレートに見えたかはわからない。ただ、一瞬だけ見えたその顔は、いくらか大人びていて、目線からしてかなり背も伸びているのだろうと思われる。僕も身長は伸びたが、緩やかにだ。


「見えたのか、テオフィル」
「は、はい。見えました。変わってないです、アル……アルフレート勇者様」
「そうか。よかったな」


 と、伯爵は僕に優しくそういってくれた。伯爵はまだその姿を見ることができていないらしい。じゃあ、やっぱり、僕は奇跡的に見えたんだ、とむねがたかなる再会を果たせたと思った。

 それだけで十分。もう少し話していたいが、あの人ごみの中割って入れないし、アルフレートだってあそこから脱出することは困難だろう。
 隣でルーカスが「ぼくも、勇者様みたい!」と言って、地団太を踏む。かなり機嫌を損ねているのか、駄々をこねはじめたので、伯爵は僕に目配せしルーカスの手を引いてあの人ごみへと近づいていった。

 僕は、ただ会場の隅のほうでアルフレートの人気っぷりを、後方彼氏面のように見ることしかできなかった。

 みんなが知っているのは、勇者アルフレート・エルフォルクだ。彼が勇者じゃなければ、きっと誰もアルフレートのことを特別に見ないだろう。けど、僕はアルフレートがただのアルフレートだったときを知っている。そんな優越感に浸りながら、あくびをしていると、人の波がこっちに近づいてきている気がした。
 その人の波を連れて歩いていたのは、もちろんアルフレートで、僕に気づいたのか手を振ろうと右手を前へ出す。だが、行く手を阻むように、何人かの令嬢が彼の前に立ちふさがった。


「初めまして、勇者様。私は侯爵家の……」
「はじめまして! 勇者様。私は、伯爵家の――」


 令嬢たちは、後ろに控えている親の目を気にしながら挨拶をする。周りの人の目は気にしていないようだ。
 アルフレートは機嫌のよかった顔に、一瞬だけ眉を顰め、令嬢たちを一瞥した。でも、邪険にできないと思ったのか、優しいアルフレートは自ら名を名乗る。


「初めまして、かわいいレディ。俺は、エルフォルク公爵家……アルフレート・エルフォルクっていいます。よろしくね」


 そうアルフレートは言うと、得意の笑顔を振りまいた。令嬢たちは、ぽうぅ、とその笑顔に見惚れ、慌ててお辞儀をする。内心キャーと騒いでいるに違いないだろう。
 アルフレートはどちらかっていったら、もう少し元気で、でも天然人たらしで。王子様タイプではなかった。しかし、今目の前にいる彼は、本物の王子様のように輝いていた。令嬢たちのハートを射止めるにはそれで十分な破壊力。僕まで、その圧倒的なオーラに胸がときめいたほどだ。


(変わっちゃったのかな、アル……)


 一体、数年でどうすればこんなキラキラとした王子様オーラをまとえるようになるのだろうか。
 そういう加護がついているのだろうか。
 そんなことを考えながら、突っ立っていると、ようやく、人を振り払って出てこれたアルフレートが目の前にまで来ていた。


「あ……」
「テオ、だよね。テオ、覚えてる? 俺のこと」


 と、アルフレートは先ほどの振る舞いは嘘のように、数年前のただのアルフレートとして僕にしゃべりかけてきた。

 もちろん、周りの目はある。だが、今回はさっきのように割って入ってくる人はいなかった。アルフレートが興味を示した人間は誰なのか、鋭く厳しい目で見ている。
 久しぶりの再会なのに声が出ない。それどころか、監視されているようで息が詰まる。
 アルフレートは周りの目を気にしないんだろうけど、僕は気になって仕方がなかった。伯爵家に初めて来たときもそんな感じだったから。それを思い出して、身体が硬直しているのだろう。
 ラピスラズリの瞳がこちらを優しく見ている。口にはしなかったが、再会を喜んで、ハグしてきそうな勢いだった。昔のアルフレートだったら、そうしただろう。彼も大人になったんだ。


「アル……アルフレート・エルフォルク公爵子息様、お初にお目にかかります。僕は、ロイファー伯爵家の息子テオフィル・ロイファーといいます。以後お見知りおきを」
「……っ、テオフィル…………ロイファー」


 僕は、にこりと笑って手を差し出した。周りの視線がうっとうしい。
 本当は僕だって抱き着きたい。けど、周りのせいにする。
 教えられたとおりの貴族の挨拶。自分の家も名乗って、軽く会釈。感情の読めない表面上はやわらかい笑みを浮かべて。完璧だ。周りの人間は誰も文句を言わない。
 アルフレートと僕の関係を知っている人はここにはいないだろう。伯爵は知っていたとしてもそれを公にはしない。それはメリットにはならない。だって、それは平民を養子として迎え入れ、それを利用していることになるから。体裁が悪いから。
 だから、周りの人からしたら、僕たちは初対面の相手同士になる。アルフレートが気になった令息に声をかけた。そんな関係に見えているだろう。
 ただ、目の前の彼をのぞいて。


「あ……」
「テオフィル・ロイファー伯爵子息、初めまして。俺は、アルフレート・エルフォルク。一応、勇者をやってる。よろしく」


 僕の差し出した手をアルフレートは握り返した。
 一瞬傷付いたような顔をしたが気のせいか、と僕は思ったがその手を握って、想像を絶するほど彼が動揺していることに気づいた。彼は顔に笑みを張り付けている。それでも、その手は信じられないほど震えていた。笑顔を保っているのでも精いっぱいだと、そう僕に訴えかけてきている。
 ヒュッと喉から音が鳴る。心臓が止まるかと思った。


(アル、違う。違うんだよ、アル……)


 言い訳をしようにも、周りに人がいすぎてできない。本当はすぐにでも覚えているっていいたいのに、僕がとった行動は、体裁を気にする他人としてふるまうこと。
 一瞬の彼の傷付いた顔が、取り返しのつかない絶望した顔が、脳から離れない。
 アルフレートは何事もなかったように笑っている。けど、今度はこっちが笑えなくなってしまった。
 それから、一通り挨拶が済むと、列をなすようにアルフレートの周りにまだ幼い令嬢や令息たちが集まってくる。彼らは、アルフレートに好かれようと話題を振ったり、媚びを売ったりと忙しかった。彼は見る目があるから、そういうのが全部お世辞で、偽物だと見抜いているだろう。でも、優しいからそれをすべてはねのけたりはしない。すべて受け入れて、笑っている。それがアルフレートだ。

 僕は疲れてしまって、テラスのほうへと移動する。
 外は涼しくて、夜空には白いペンキを飛ばしたように点々と星が輝いていた。会場が明るいためか、故郷で見た星空よりも味気なくて、星の光が十分に見えない。吹き付ける風はバカみたいに寒いのに、月は雲に隠れていた。
 下を見ると、誰もいない庭園の噴水が見え、近くに赤い薔薇の蕾がいくつか見えた。そういえば、王族が赤髪だったことを思い出し、いつか王太子とも会うのかな、とかも思ったりした。だって、アルフレートの勇者パーティーの仲間だから。


「ダメだなあ、僕……」


 手すりに手をかけ、うなだれる。あれだけ会いたがっていたくせに、いざ前にしたら、喋れなくて。他人のふりをして、傷つけた。

 忘れるわけがないし、すごくうれしかった。顔をみれるだけでも、ただアルフレートが息をしているだけでも。それだけで、嬉しかったのに。
 涙が出てきそうになる。いや、もう半分流れている。ぼやぼやとした視界。このまま会場に戻ったら何事だと思われてしまう。伯爵にも迷惑をかけるかもしれない。

 僕はどうにか泣き止もうと、目もとを擦っていると、タン、と後ろから足音が聞こえた。テラスは誰でも出入り可能になっていて、使用中はカーテンにリボンを結んでおくのだが、それもしてこなかったから、誰か来たんだろう。僕はすぐにいくので、と振り返りまた息が止まった。


「アル」
「……テオ」


 眉を下げて、僕の名前を呼んだのはアルフレートだった。
 どうしてここにいるのだろうか。驚きと、興奮にまた言葉がのどに詰まる。言いたいことも話したいこともあるのに。
 会場で見てしまった、アルフレートが。幼馴染が遠い存在のようになってしまったのをみて、僕は足がすくんだのだ。生きる世界が違うって。彼は主人公なんだって。


「テオ、やっぱり、覚えていてくれたんだね」
「……わ、すれるわけないよ。アル。大きくなったね」
「何それ。テオは俺のお母さんかなにか?」


 アルフレートはそんなことを言いながら僕に近づいてくる。体は逃げ腰で、でも、アルフレートを抱きしめたくて。矛盾したこの思いに蹴りをつけられなくて。
 目の前まで来たアルフレートを僕はただただ見つめることしかできなかった。


「……変わってなくてよかった。テオは、テオのままだ」
「アル、アルは」


 するりと僕の頬を撫でる。
 ラピスラズリの瞳には僕だけが映っていて、彼の愛おしそうに僕を見る顔が、僕のはちみつ色の瞳にうつる。あの夜みたいだ。互いのことが唯一とか、特別とか。あの子供のころに戻ったみたいな。


「アル、ごめん。さっきは他人のふりなんかして。でも、ちゃんと、覚えてて、ね。だから、ちが、アル。アル……」


 ようやく張り付いた言葉がはがれだして口から出る。それを聞いてか、アルフレートは優しく頬を緩めた。片手だったところを、両手に、僕の頬を両側から撫でる。


「テオ、俺はね――」
「勇者様何処にいらっしゃるのですか」


 僕たちを引き裂くように声が響く。カーテンの向こうで揺れる人影に、声。僕はびっくりして声が漏れそうになった。それをアルフレートはふさいで、空いている手でしーと人差し指を口元にあてる。


「ごめん、テオ。話していたいけど……」
「あ、アルは悪くないよ。そうだ! 僕も、はく……お父様に話さなきゃいけないことあったんだ。じゃあ!」
「テオ!」


 どちらかが先にここからでなくちゃいけなかった。二人でいるところをみられたら、また何か言われるだろうから。
 僕は、ぶつかるようにアルフレートの隣を通って会場に戻る。
 もっといい方法はあったはず。でも、今の僕には思いつかなかった。アルフレートを置いてきてしまったこと、避けるように置いてきてしまったこと。全部後悔している。

 この後悔が、その六年後まで続くとはこの時の僕は知らずに――



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