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第1部1章

04 深入り禁物な男

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「――ん、んん……」
「起きたか、公女」
「……んっ!?」


 朝から聞きたくない声を聞いて私は飛び起きた。何もきていない自分の身体をぺたぺたと触り、顔をぺたぺたと触り、私は血の気が引いた。昨日ことを嫌でも思い出してしまったからだ。


「どこに行く、公女」
「帰らせて頂きます」
「裸でか?」
「……」
「ドレスなら後でメイドにでも持ってこさせよう。今はもう少しベッドの上にいろ」


 殿下のごつごつとした男らしい手に腕を捕まれ、私はベッドから降りることも出来なかった。後ろにいるであろう殿下がどんな表情で、何を思ってそういっているのかは分からなかったが、この男と同じ部屋で空気を吸っていることすら、今の私には耐えがたかった。
 この男は、私を強姦……抱いたのだ。私の心は同意していなかったが、番補正なのか、彼を受け入れてしまった。行為自体は一度だけだったけれど、それを鮮明に覚えている。でも、彼は私の中に入ってからそこまで時間を経たずして射精した。


「……殿下は、早漏なのですか?」
「いきなり何を言い出すかと思えば、公女。それはもう一戦したいということか?」
「一戦とかいう言葉でくくっているじたい、おかしいと思うのですが殿下」
「俺も相当たまっていたんだろうな。俺の欲を発散できる女などそんなに存在しない。これでも公女のことを気遣って一戦だけにしたというのに。公女は俺の配慮にも気づかないんだな。さすが、初めてといったところか」
「……」


 全てユーモアで返してこなくていいし、会話もしたくなかった。ただ非を認めたくないのか、事実を認めたくないのか、殿下の方をちらりと向けば、私と同じで衣服を纏わぬ裸でこちらを見ていた。昨日は暗くてよく見えなかったけれど、殿下の身体には無数の傷があり、新しいものから古いものまで、斬りつけられたのか、焼かれたのか、刺されたのか。想像もしたくないような痛々しい傷がが彼の身体にはいくつもあった。


「すごい筋肉……」


 あまりにも痛々しくて見ていられないと思っていたのだが、鍛え上げられた身体は前世ではみることもできないほど割れており、厚い胸筋には思わず見とれてしまった。そんな風に見とれていれば、言葉が出ていたようで慌てて口を塞ぐ。しかし、気づいたときには遅かった。殿下は一瞬驚いたように目を見開いたあとすぐに不敵な笑みを浮かべたかと思うと私の身体を引き寄せて抱きしめてきた。


「もっと近付いてもいいぞ。番なんだ、特別に触れるのを許可しよう」
「い、いりません」
「公女が、こんな身体に興味を持つとは思わなかった。男は皆こうだろう」
「わ、私の知る男性はこんなふうに自分の身体を見せびらかしたりしません」
「男を知っているのか」
「また、その話ですか。違います。殿下が、特殊なんです」


と、私は苦し紛れに言い訳をする。しかし、その言い訳がよかったのか、殿下は「そうか」と何処か納得したように言葉を漏らした。

 これでようやく解放されると思いきや、殿下は私の手を自分の胸筋に持っていくと触るように促してきた。


「そんなに好きなら幾らでも触れ。公女はもの好きだな」
「なっ……」


(何いってるのこの男!?)


 ふざけないで、と私が思わず手を振り払おうとするがそれを許さないというように彼の腕力には敵わずされるがままになってしまった。男らしい胸筋は程よく固く、筋肉の凹凸も見て取れた。傷をなぞるように指を滑らせれば少しくすぐったかったのか殿下が小さく声を漏らすものだから慌てて手を離した。


「……男に触れたのは初めてか?」
「そうですけど」
「……そうか」
「だ、だからさっきからなんですか。もの好きなのは殿下の方ではないですか?」
「俺の傷を見て逃げ出す女は多かった」
「え……」
「戦場にばかりいたんだ。こんな身体になってもおかしくないだろう。寧ろ、傷こそが勲章だ。傷のない奴は逃げ出すような奴か、後方で作戦を練っている奴だけだろう。俺はいつも前線で戦っていた。怖いだろうな。女どもはそういう世界を知らない。だが、男が、俺が戦わなければ、この帝国に平和は訪れないんだ」
「殿下……?」


 いきなりしんみりとした話をし出すものだから、聞き入ってしまった。もしかして、私にだけ話したこと? と少しだけ期待してしまった。
 どうせヒロインが現われたら用済みになる番なのに、殿下に深入りしたところで何も救われないのに。転生したときから決めていたことなのに、この男がいらないことを喋るから。


(知っている筈なのにね……結末も、そういう生い立ちも)


 最初から全部知っているくせに、それを初めて聞くような感覚だった。心を許してくれた? 一夜の関係で? 馬鹿馬鹿しいにもほどがあった。
 私が、疑いながら殿下の顔を見ていると、それに気づいたのか殿下は、肩に掛かった鮮やかな赤い髪を払って先ほどの意地悪な笑みを浮べた。


「にしても、昨晩の公女はとても美しかったな。初めてといっていたが、そうだとしたらかなり才能があるぞ?」
「……なっ、そんな才能いらないです。そ、それに、相性がいいのは番補正なのでは?」
「番補正? 公女はそんなものがあると思っているのか」
「な、ないんですか」


 私が恐る恐る聞けば、殿下はこれもまた面白い、といわんばかりに笑い出したのだ。


「あるわけがない。それに、これまで番として押しつけられてきた奴と一緒に寝たことはあるが、相性がとてもいいとは言えなかった。そもそも、勃たなかったこともあったしな。その点、公女は別格だ。感度もよければ、身体も華奢で美しい。かと思えば豊満な胸と、いい形の尻をしている。もみごたえがあるな」
「はあ……」


(えっ、じゃあこれって単純に相性がいいの……?) 


 ひっ、と悲鳴が漏れそうになった。
 そんなの聞いたことないから。ロルベーアはそりゃ、一回も抱かれなかったから、相性も何もなかったかも知れないが、もし、殿下がロルベーアを抱いていたらあの物語の結末は変わっていたのかも知れないのだ。ということは、物語を変えた? そんな都合のいい展開があるはずない。
 私は首を横に振り、自分の考えを否定した。


「と、とにかく殿下。相性は確かめたと思うので、今後一切私と関わらないで下さい」
「何故だ? 俺は、ますます公女に興味が湧いたんだが」
「だからです。殿下には私よりもいい人が現われると思うので」
「はあ……そんな、確定されていない未来のために、俺に投資しろというのか」
「はい」
「くだらないな……だったら今からもう一度抱いて、公女が俺から離れないようにすればいいか?」


と、殿下は私の上にのしかかってきた。

 真紅の髪が、カーテンのように私と殿下を包み込む。吸い込まれそうなその瞳を私は睨み付けて、自分の意思を表明する。
 この男は危険だ。
 私だって、物語ありきの世界だって知っているから、殿下が私を好きになるなんていう世界があるとは思っていない。私だって、そんな不確定でリスキーなものに投資できないのだ。


「もう一度申し上げますが、私は殿下の事を愛してなどいません。ましてやLIKEでもありませんから」
「なら、落としてみせる。そしたら、公女から愛の言葉が聞けるかも知れないしな」
「……」
「そう睨むな。俺も愛だの興味はないし、信じていないが、公女がそれを教えてくれそうだからな。俺の最後の一年が楽しくなりそうだ」
「……どうせ貴方は、私を恋愛ごっこの消耗品だと思っているんでしょう。可哀相に、愛など私じゃ手に入りませんよ。私は貴方の事が嫌いですから」
「いってろ、公女」


 殿下はそう言うと、ニヤリと笑い、私の唇を塞ぐようにキスをした。

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