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第1部2章

06 招かれぬお茶会

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「――本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます。トラバント伯爵家のパティシエが腕によりをかけて作ったお菓子ですわ。皆様、今日は楽しんでいって下さいませ――……あら? ロルベーア嬢、お茶会に遅れてくるなんて、どこで油を売っていたのかしら」
「……お招きにあずかり、ありがとうございます。ミステル嬢」


 明らかな敵意の瞳。ターコイズブルーの瞳が細められ、酷く鋭くなったそれは私に突き刺さる。ミステル・トラバント伯爵令嬢が私の存在に気づき、わざとらしく声を上げれば、その声と視線を辿り、先に来ていた令嬢たちが一気に私の方に視線を向ける。そして、それまで緊張していた顔を恐怖や軽蔑といった感情を混ぜ見つめてくる。たかだか、少しお茶会に遅れたくらいだろう。それでも、それがまるで罪だといわんばかりに彼女は私に高圧的な顔を向けてくる。罪人だ、認めろと。


(どうせ、仕組んでいたんでしょう)


 既にお茶会の席は埋まっており、来ていないのは私だけといった所だろう。ということは、招待状に嘘の時間をかいて送った。分かってはいたものの、殿下の見送りで遅れてしまったこともあり、結局は間に合わなかった。本当にこしゃくな手を使ってくる、ずる賢い脇役だと思った。
 彼女につられ、他の令嬢たちもヒソヒソと「あのメルクール公爵家の?」、「最近皇太子殿下と番契約をしたっていう?」、「お茶会に遅れてくるなんて何を考えているのかしら」と聞えるか聞えないかの声量で話す。生きた心地がしない。
 何故そこまで嫌われるのか。ミステルの人心掌握術、彼女の顔の広さも要因の一つだろう。
 私は空いている席に座り、ミステルのほうをちらりと見た。勝ち誇った笑みを浮べ、意地悪そうに、口元を私にだけみせるように覆って笑う。どっちが悪女だか分からない。


「すみません、殿下の見送りに時間がかかっていました。殿下が私を離してくれないもので」


 そうわざとらしくいえば、周りの令嬢たちの興味は私に集中する。
 「あの冷酷無慈悲な皇太子殿下が?」、「ロルベーア嬢ともうそんな関係に?」、「羨ましいわ」、「もしかして、あの指輪の噂は本当?」と。


(指輪の噂は、本当に出回っているのね……)


 最悪。と思いつつも今回はそれが良い方向に動いてくれたことで、私は腹の煮を抑えることにした。視線をミステルに戻せば、彼女は悔しそうに爪を噛んでいる。やったらやり返さなくちゃ気が済まないと思った。ロルベーアはもしかしたらそんなことができなかったのかも知れない。お父様の言いつけを守って……でも、結局は我慢できずに癇癪を起こして、悪役令嬢の道まっしぐらに。


「あの、貴方が、ミステル様の仰っていた、ロルベーア様?」
「……っ」


 りん、と鈴が鳴るような小さな声でそう言葉を発したのは、ミステルの隣に座っていたヒロイン――イーリスだった。
 飴色の髪は光を受けて艶やかに七色の虹彩を放ち、黒い真珠の瞳は大きく見開かれ、ぱっちりとした二重に、長いまつげ、白い肌は陶器のようで毛穴もない。まるで生まれたての純粋無垢な天使のような少女がそこにいた。


(イーリス……)


 彼女――聖女の保護者である、ミステルの隣に座っているのは予想がついたが、それまで気配を消していたのか全く気づかなかった。しかし、意識してからは、そこにいるという存在感が凄まじく、ヒロインオーラというか、人外オーラのようなものが周りに浮いているようだった。一応設定的には、異世界から来た聖女、であるからか。
 私が彼女の愛らしさに見惚れていれば、返事がない私に困惑したのか、彼女の眉がハの字にまがっていく。そこで我に返った私は、ハッと、機嫌を損ねないように挨拶をする。


「初めまして、聖女イーリス様。ご紹介頂いているように、私は、ロルベーア・メルクールといいます」


 淑女として笑みも忘れず、私は挨拶をする。イーリスの顔はすぐにでも花が咲いたようにパッと明るく戻り、パンと優しく手を鳴らした。


「ロルベーア様、私は、イーリスといいます。今は、ミステル様が私の保護者? として、貴族社会のことや、この世界のことを教えて下さっているんですよ」


と、純粋に返事を返してくれた。

 噂通りの、優しくて純粋そうな子。さすがはヒロインといった感じだった。誰に対しても明るくて、優しくて、愛情があって。ロルベーアの怖そうな、不機嫌そうな顔とは真逆。まあ、ミステルの性根腐ってそうな顔ともまた違うけど。
 イーリスの挨拶に答えれば、彼女は黒真珠の瞳を細めて私に微笑みを向ける。可愛らしいとは思うけれど、その笑顔で殿下を射止めようものなら……


(――って、これじゃあ、私が殿下を意識していることになるじゃない。こんな、嫉妬みたいな)


 自分には合わないと思った。嫉妬も、殿下への気持ちなんてこれっぽっちもない。けれど、みすみす死にたくもない。色んな気持ちがぶつかって、絡まって気持ち悪かった。答えなんて出るはずのないそれに悩まされるくらいなら、きっぱりと割り切った方がいいのに。


「そうだったんですね。私も志願しようと思ったんですけど、残念です。ですが、ミステル嬢は社交界でも顔が広いですし、聖女様もすぐに馴染めると思いますよ」
「本当ですか!」


 嬉しそうに立ち上がるイーリス。周りの令嬢たちは驚いていたけれど、まだまだ貴族の作法もマナーも知らない少女だから大目に見ているのだろう。ミステルは少し顔を引きつらせつつも、「聖女様、座って下さい」と促している。大変そうだなあ、志願しなくてよかったなあ、と今になって思う。


「そういえば、聖女様。この狩猟大会では、もしかしたら皇太子殿下から贈り物が貰えるかもしませんね」
「贈り物、ですか?」


 話をころりと変えたのは、ミステルだった。何をわけの分からないことを言いだしたのかと思えば、狩猟大会の、男性から女性に獲物を捧げるあれのことらしい。しかし、殿下が聖女に贈り物をするなんてことあり得るのだろうか。
 周りも少し困惑しているようで、「殿下には番のロルベーア様がいるのに?」、「番に贈るんじゃなくて?」と広がっていく。ミステルは、それを一蹴りするように、次のように続けた。


「番に捧げるのは勿論ですが、一番の獲物は聖女様でしょう。何て言ったって、聖女様は帝国を救ってくれる言わば太陽のような存在なんですから。私達、御三家、星ではなく、皇族という恒星に並び立つ二つ目の太陽と言ったところでしょう。ですから、殿下が、聖女様に獲物を捧げるのは確実なのでは?」


と、ミステルは演説した。それを聴いて、すぐに考えを改める令嬢たちは口々に賛同していた。

 勿論、私はそんなことは全くなく、まず第一にイーリスが獲物を殿下から捧げて貰えることはないだろうと思った。いや、そうしなければならない流れになったら、殿下は自分の立場を優先するのではないかとは思うけれど。殿下も、皇太子として、聖女の存在のありがたみというか、存在の大きさは知っているだろうから。そうなったら、婚約者よりも、番よりも、聖女を優先するだろう。


(何か、嫌な予感がするわ……)


 言っていることはめちゃくちゃな気がするのに、整合性があって、納得してしまいそうになる。それに、ミステルの表情に余裕があってそれが正しいと言っているようでならない。
 もしかしたら私は、心の何処かで、殿下から獲物が貰えるものだと思っていたのかも知れない。だから、この話を聞いて――


「殿下から獲物を貰えるのは、ロルベーア様じゃないんですか?」
「え?」


 そんな意見がまとまってきた中、イーリスの何気ない一言で場が静まりかえった。私も思わず、え? と驚いて彼女を見てしまう。


「ええっと、ミステル様が番は婚約者よりも重くて、大切だと仰っていたので、婚約者でも、番でもない私に皇太子殿下が、贈り物を……というのは何だか違う気がして」
「いいえ、聖女様。婚約者よりも、番よりも、聖女様の方が位が高いのです。位の高い女性に贈るのが鉄則なんですよ。ねえ、皆様」


と、ミステルは呼びかける。令嬢たちは、おずっとした感じで頷き、ミステルは、イーリスを説得しようとした。しかしイーリスは納得できていないような顔で首を傾げている。そして、その黒真珠の瞳は私に向けられた。


「皇太子殿下の番の、ロルベーア様はどう思いますか?」
「私……?」


 スッと何処かを見据えたような、その黒真珠の瞳は私にどうなんだ、と強く問いかけてきた。
 ヒロインの目に射貫かれ、私はゴクリと固唾をのみ、渇き張り付く喉を開いて、口を開く。


「私は――」


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