一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第1部2章

08 状況把握

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「――ん、ここは?」


 ピチョン、ピチョン、と水が滴るような音が聞え目を覚ます。


(どこよ、ここ……)


 何となく、自分が誘拐されたのだけは理解できた。しかし、何故誘拐されたのか。ここがどこなのかはさっぱり分からなかった。誘拐された理由を思い浮かべてみるが、公爵家の公女であるから、という理由が妥当だとして、何故今だったのか、狩猟大会という今日を選んだのか。お金目的にするのなら、狩猟大会で得られる大金の方が手っ取り早いだろうに。
 また、多分だが、魔物の騒動も私を攫った奴らの仕業だろうと考えた。敵国のスパイが紛れ込んでいた。しかし、狩猟大会とは言えど、皇宮主催のもので、厳しい荷物チェックがあるはずなのだ。それをくぐり抜けて魔物に関する何かを持ち込み、かつ、自分が敵国のスパイであることがバレないように潜入したとなると、かなり前々から計画が練られていたと言うことになる。
 原作にはなかった……はずのストーリーだ。
 私は、身体が動かせるかどうか確認してみたが、靴は脱がされ、手は後ろ手に縛られていた。身体の中に巡る魔力を活性化させてみたが、どうやら私の手を縛っている紐には魔力無効化の効果がかかっているらしい。用意周到だ、と感心しつつも、逃げる方法が分からなくなり混乱する。幸いにも、縛られて、ごつごつとした地面の上に座らされているだけなのでどうにかして立ち上がれば、周りを確認することはできるだろう。しかし、先ほどの奴らが来たら何をするか分からない。騎士に扮していたが、あの紋章があったため、この近辺にアジトらしきところがあって、そこを警備しているのだろうと思った。あの騒ぎに応じて、帝国の騎士を装って近付いてきた、ということか。正体を隠す気はないらしい。バレても問題ないと思っているのか。


(さて、どうするかしら……)


 冷静なようで、全く冷静さを取り戻せずにいた。下手に騒げば、敵国の奴らが来るだろうし、かといって状況把握をしないままここにいては、何をされるか分かったものじゃない。けれど、出来ることと言ってもすくなくて。
 まずは、この拘束具を外すところからだ、と思い腕を動かしてみたがびくともしなかった。しかし、左手がチリッと熱くなり、またうなじから頭にかけて何かが駆け巡ってくる感覚を覚えた。


『――じょ、公女』
「でん……っ」


 それがはっきりと、直接脳内に聞えてきたため私は思わず声を漏らしてしまいそうになった。岩陰の向こうから、コツ、と足音が聞えたため、目を閉じて気絶したフリをする。その間にも、私に呼びかける声は止まず、ますます大きくなっていった。


『公女、聞えるか!?』


 それは、殿下の声で、少し電子音が混ざっているようにも思えたが、はっきりと鮮明に彼の声だと脳が認識した。耳から聞えてくる感じはなく、近くにいる感じもない。所謂テレパシーとかそういうものなのだろう。しかし何故? と思っていれば、心を読んだかのように、殿下がそれに応えた。


『俺達が番だったのを忘れたわけじゃないだろうな?』
「ま……まさか」


 どのように、テレパシーを使えばいいかわらからず、口が動いてしまうので、取り敢えず念じて殿下に私の声が跳ぶようにとイメージする。
 確かに、番は離れていても心が繋がっていればテレパシーで話せるとか何とか、説明を受けた気がする。番という関係や、番となったときどんな効果が現われるのか、まだまだ知らないことだらけだと、改めてあれがただの儀式ではなかったことを再確認する。


『で、殿下、私の声聞えますか』
『ああ、聞えるぞ。公女の声は、愛らしいな』
『冗談を言っている場合ではないです!』
『冗談じゃないぞ。それで、公女何処にいるんだ』


と、いつもの調子で、殿下の声が聞える。

 殿下は、状況を把握していないのだろうか。いや、あの殿下の事だから把握しているはずだ。それでも彼の心には余裕があり、会場にいない私を探しているに違いないと。


(……って、なんで殿下が私のことを探しているのよ)


 試しにテレパシーを使ってみただけかも知れない。深い意味は無い。
 ミステルが起こしたこととはいえ、イーリスのドレスには紅茶が零れ、ドレスを着替えることになった。原作通りに進むように、何処か補正されている気がするのだ。だから、私はてっきりイーリスと合流した後、私に話し掛けてきているのではないかと思った。
 もしかしたら、物語に書かれていないだけで、ロルベーアはあのお茶会の後に誘拐されていたのかも知れない。真実はどうか分からないが、私は今不味い状況だということには変わりなくて。


『殿下、殿下は今どこにいるんですか』
『俺の事を探しているのか? 俺は、ひとまず会場に戻ってきたぞ。近衛騎士団だけでは、歯が立たないというのでな。そこまで強い魔物ではなかった。だが、ドラゴンを卵の状態で持ち込むヤツがいたとはな……』
『そ、そうなんですか』


 殿下の口ぶりからして、その魔物……ドラゴンは倒せたに違いない。しかし、殿下は今会場にいると言うことだ。私を探して動いているわけではない。何処か期待していた分、落胆し、胸がキュッとなる。頼れるのが彼しかいない以上、彼に縋るしかないのだが、借りを作りたくはないと思った。
 お父様が会場に戻ってきていて、私を探してくれていれば――いや、これも希望がもてない。


『それで、公女は今どこにいる?』
『わ、私は……』
『早く言え。公女が不味い状況であることは察しがつく。公女に貰った指輪が、あり得ない方角を指しているからな』
『え……?』
『今むかっている最中だ、早く言え。何をされた』
『な、なにをって』


 てっきり会場にいるかと思った殿下は、私を探してくれているらしい。殿下の声しか聞えないため、殿下の周りの音を聞くことはできなかった。だから、会場にいる声とか、走っている音とかそう言うのは拾いあげられない。しかし、殿下が私を探していて、私が不味い状況であることを知っているのは何故だろうか。


『殿下は、何故私がそのような状況であると知っているのですか?』
『聖女から聞いた。お茶会でのことを謝りたいと、だが公女を見失ったと言っていた。それにあの騒ぎだったしな。公女が見当たらないと……公爵も会場に戻ってきたが、慌てていたぞ?』
『お父様が……』
『どうせ、あの騒ぎの最中に誘拐でもされたのだろう。それで、公女、誘拐したヤツの顔は見たか?』
『あ、あの、なんでそんなに状況把握が早いのですか? それに、今、殿下は一人なんですか?』
『マルティンには事情を伝えてきたぞ。公女が誘拐されたかも知れないと。時期追いつくだろう』


と、殿下は淡々と答える。ということは、彼は今一人だと。何故そんな無謀なことをするのだろうか。殿下は、一応、帝国の未来を背負っている皇太子であるというのに、護衛もつけず、単独で私を探しに来ている。自分の命よりも、私を優先して? たかが公女のために? 番だから? そんな考えが頭に浮かんでは消えていく。ただ、無謀である、ということは頭から抜けず、思わず心の中で叫んでしまう。それが、殿下にも伝わったのは、フッと馬鹿にするように笑われた。


『俺を誰だと思っている。戦争の英雄だぞ? 部下とはぐれ、一人で死線をくぐり抜けてきたことだってあるんだ。これくらい、造作でもない』
『造作でもって……』
『それで、公女、状況を説明してくれ』
『……攫ったのは、この間殿下を襲った暗殺者と同じ紋章が甲冑に刻まれていたため、多分敵国の人間だと。場所は、洞くつのような場所です。水音がしましたが、それ以上は』
『公女は?』
『魔法が使えない状態です。今は裸足で、でも拘束されているのは手だけです』
『そうか。何もされていないんだな』
『何もって』
『公女を狙った理由は何となく分かる。番は、他の男に触れられるだけでも精神的、肉体的苦痛を受ける。まあ、一種の拒絶だな。そして、他の男と性行為をすれば、子供が産めなくなり、廃人同様になる』
『……っ』
『公女、必ず助けにいく。だから、それまで耐えろ――』


 そういうと、殿下の声は次第に遠くなり、聞えなくなってしまった。殿下、とどれだけ心の中で叫んでも彼が応答してくれることはなかった。
 ギュッと、縛られた手を握り、あの指輪に触れる。この指輪がある限り、彼は私の場所までたどり着けるだろう。しかし、時間が無いようにも思えた。
 番の最大のデメリットを忘れていたからだ。殿下に言われて、それが現実味を帯びてきた今、私には一刻の猶予もない。私を襲ったのが男だったから。あの時触れられて、耳が遠くなったような違和感の他に、少しの目眩と吐きけがした。あれは、番がいるからこその拒絶反応だったのだろう。別に、番を愛しているわけでもないのに、番以外を受け入れない身体になっていたなんて。


(でも――助けに来てくれるって)


 必ず助けにいく。その言葉だけが、今私の唯一の希望だった。殿下が私の為に動いてくれているこの状況に安堵感を覚えつつも、彼がまたイーリスト接触したという事実に対し、もやっとした。
 そこまで考えて、はたと気づいた。彼が私を助けに来ることが分かっていながらも、安心感を覚えている私はもう、彼を求めてしまっているのだろうかと。番としての本能なのだろうか。それとも――私だって彼のことを愛しているわけではないが、自分の危機に駆けつけてくれるということは単純に嬉しいのだ。
 そんなことを考えていると、こちらに近付いてくる足音が大きくなり、私は顔を上げた。


「目覚めたか、ロルベーア・メルクール公爵令嬢」
「貴方たちが、私を誘拐した犯人?」


 平然を装って。
 現われた黒いローブを羽織った男たちは、私に冷たく見下した、舐めるような目を向けてきた。

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