一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部2章

04 海賊

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(――こっれの、どこが面白いことなのよ!?)


「敵襲!」


 響く野太い騎士の声。甲板にぞろぞろと出てくる武装した男たち。黒煙が上がっているところを確認しに行く部隊と、船を守るために、矢の嵐に耐える部隊に分かれているようだった。
 皆が一斉に動き始めた中、私は殿下の腕の中で身動きをとることが出来なかった。


「ちょ、ちょっと、殿下!」


 俺のそばから離れるなと、抱きしめられ、この状況で鼓動が早くなる自分があほらしく思えた。よくある、吊り橋効果ーみたいな。実際、もう思いは通じ合っていて、これ以上のロマンスは求めていない! ってくらいなのに、こんなピンチの状況で、高鳴る自分の鼓動が恥ずかしかった。命の危険にさらされているのに、死の恐怖よりも、この状況で殿下に守られているということに重点を置いてしまっていたからだ。


「殿下、敵襲です!」
「わかっている。海賊だろ? 全く、この船に誰が乗っていると思って」
「それは、わたしも思いました。ですが、海上はやつらのテリトリーでもあります。気を抜かず、早急に対処した方がいいかと……それと、先ほど妙な影を見つけたと、船員が」
「海洋魔物でも潜んでいるのかもしれないな。速度は落とさず、海賊はすぐに対処しよう。俺も出る」


 剣を腰に携えたマルティンが慌ててやってくると、殿下に状況を伝え、すぐに前線に出られるかと聞いてきた。殿下は私の様子をうかがいながら、マルティンの伝えてくれた情報に相槌を打ちながら、さらに詳しい情報を聞き出していた。一気に空気感が変わり、目の前で、人の命が散っていく戦闘が怒っているのだと思うと、先ほどの胸の高鳴りとは別に、ドクンドクンと、冷たく鼓動がうつ。
 周りが騒然としていて、私はただ茫然とその状況を見つめることしかできなかった。


(――どうしよう)


 殿下は、この状況でも余裕そうで、幾度となく視線を潜り抜けてきたんだなということが改めてわかった。マルティンも彼の補佐官として、戦場に出ているためか、いつもの頼りなさそうな男ではなく、指揮官の右腕としての責務を全うしていた。
 この場で、場違いで、役立たずなのは私だけだった。


「どうした? 公女、怖いのか?」
「……はい。恥ずかしながら」
「恥ずかしいことはない。他の令嬢だったら今頃失神しているだろうな。悲鳴を上げて、さらに場を搔き乱すかもしれない。血を見るだけでも倒れるようなやわな生物だ。気にすることない」
「殿下は、楽しそうですね……」
「ああ、そうだな。この船に、皇族が乗っていることを知りながら乗り込んできた海賊の面をぜひとも拝みたいくらいだからな」
「……」


 ハハハハハ、と不気味に笑う殿下の方が、海賊よりよっぽど怖かった。やっぱり、噂は噂通りで、血濡れの皇太子……戦闘狂と言われてもおかしくないのかもしれない。
 そんな会話をしている途中で、ドン! と大きな音が響いて船体が大きく傾いき、先ほどより甲板が騒がしくなるのが分かった。どうやら本格的に海賊が船に乗り込んできたらしい。 


「公女は危ないから、船室にいろ。マルティン、公女を安全な場所まで案内しろ」
「わ、わたしがですか? 殿下は?」
「指揮は俺が執る。公女に何かあったらただじゃすまないからな」
「あ、アイン!」
「大丈夫だ、公女。必ず戻ってくる」


 そうじゃなくて! と言いかけたが、殿下は私の元から離れ、金属音が響く甲板の方へ行ってしまった。遠くなっていく真紅を見ながら少しの不安と、残されてしまったという孤独感を感じていると、マルティンが「こちらへ」と私を誘導してくれた。


「で、殿下大丈夫かしら……」
「あー大丈夫だと思いますよ。その、ロルベーア様に……いいところ見せたいっていうのもありますし。あとは、単純に暴れ足りていないって感じなんでしょうね」


と、マルティンはハハ……と魂が抜けたように言った。本当にこの人にどれだけ苦労を欠けさせているんだと、マルティンの虚無な顔を見て思ってしまった。


(暴れ足りないってどういうことよ!?)


 詳しく聞けば、この間のシュニーの一件ではかなり手加減していたらしく、その反動もあり彼のうちに潜む、破壊衝動のようなものがふくらんでいったと。幼いころから、戦場に投げ込まれると、そういう表に出てきてほしくない衝動が生まれ、リミッターが馬鹿になると。


「まあ、殿下は強いので。帝国一ですよ!」
「そ、それならいいんだけど……」


 マルティンは、やつれた顔でにこりと笑いどうにか私を安心させようとしてくれた。自分でも思っている以上に、恐怖を抱いていたのか、マルティンの気づかいに、少しだけ心が和らいだ。
 マルティンに案内されながら船室に下がろうとすれば、まだ安定しない船内のせいで躓いてしまい、転びそうになったが、船室の扉が開き、待機していたリーリエによって受け止められた。


「お嬢様!」
「あ、ありがとう。リーリエ」


 すでに、船室に避難していたリーリエは、早く中へと、招き入れる。


「マルティンさんは?」
「わたしは、ここを守ります。中に、何人か騎士たちが待機していると思うので、ロルベーア様と、リーリエさんは、その方たちから離れないように!」


 声を張り上げ、マルティンは剣を鞘から引き抜く。船室と、甲板をつなぐ扉。ここを突破されれば、一緒に乗ってきた医師や、メイドたちにも被害が及ぶ。マルティンはここは一歩も通さないと、言うような意思を背中で示し、甲板の様子を見守っている。


「……アイン」
「不安ですか? ロルベーア様」
「え……っ?」
「先ほども申し上げましたが、殿下はフォルモンド帝国一のソードマスターです。無名の海賊程度では歯が立たないほどには強いです。そして、わたしはずっと彼を近くで見てきましたが……殿下はこれくらいでは、全く動じておりません。そればかりか、この状況を楽しんでいるようにも思えます」


 マルティンの言葉に、私は驚いて彼の顔を見上げた。心配そうな瞳はそこになく、殿下の勇姿を焼き付けるように、じっと甲板の方を見つめていたのだ。


(ああ、そうか……)


 この人は、自分の主人の強さを知っているんだ。


「それに、殿下は貴方のためならどこまでも強くなれる……そうでしょ? ロルベーア様」
「……え、ええ」


 一番信じてあげなくちゃいけない私が、殿下を信じ切れていなかった。でも、もちろん彼を弱いと思っていたからじゃなくて、ただ不安で。
 彼の姿をずっと隣で見てきたマルティンは、不安にならないのかもしれないけれど、私は彼の戦う姿を間近で見たことなんて数回しかなくて。彼の本機など見たことがなかった。
 でも、私のため、この船に乗っている人たちのために戦ってくれる殿下を信じてあげなければ、と私は祈るように手を重ねた。


「そうね、殿下なら、大丈夫よ。アインなら……」


 少しの不安。でも、それを包み込んでくれる彼は、甲板の上で必死に戦っている。ここからじゃあまり見えないけれど、武器しか装備していない屈強な男たちと、武装した帝国の騎士が戦っていた。どちらが有利かは分からなかったが、押されているようには見えなかった。
 キン、カキン! と金属音がけたたましく響き、いつその火の粉がこちらへ飛んでくるか分からず、足が震えていた。遠くても、こんなに怖いのに、直接対峙している人たちはどれほどの恐怖を抱えて戦っているのだろうか。これが、殿下の言っていた、女性の知らない世界。平和のために流す血。
 私たち女性は、男性の勇姿をもっと知るべきだ。男女格差がある世界だからこそ、互いに、互いのしていることを知るべきだと、心から思った。


(殿下は……)


 目まぐるしく交わる剣。そして、その中で、私はあの赤を見つけようと必死で目で追っていた。何度か、マルティンに下がってと言われたが、それが聞こえないくらいに、彼の姿を探していた。
 そうして、見つけた彼はあの日のように、無駄のない動きで剣をふるっていた。彼の圧倒的な検査履きの前に、海賊たちは手も足も出ず、その場に倒れこんでいく。
 しかし、刹那、現れた黒い物体が、横切る。殿下が気付かない視覚の隅から、その黒いローブを羽織った男が短剣を振りかざした。


「――アイン、危ないっ!」


 
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