一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第2部3章

06 未遂

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「なーんか、お嬢。最近機嫌いいよな」
「そうかしら?」
「やべえ、槍振ってきたらどうしよう……」
「今、機嫌がいいから何を言っても許してあげるわ。大抵のことはね」
「それがこえーんだよ。何か言ったら、地雷でドッカーンって!」


 ひぃいっ、と震えあがるように、ゼイは大げさなリアクションをとる。いつもなら、めんどくさい、と流していたところだけれど、最近は彼の言う通り調子がいいので、そこまで気にならなかった。心に余裕があると、こんなにも穏やかで、すがすがしい気持ちを保てるとは思ってもいなかった。肌の調子もいいと、リーリエに言われ、ますます絶好調という感じで、足が軽かった。
 建国記念日パーティー以降、私の悪い噂や、番契約を切る云々の話を話題にしているという話を聞かなくなった。陰で言っているのはまた別として、令嬢たちからも、ぜひお茶会にて、殿下の話が聞きたいとも言われ、お茶会に行くか検討中である。あの日の何かが、周りの人たちの心を動かしたのは確実であり、それがうまい具合に働いて、声をかけられるようになった……そんな結果に結びついたと。


(殿下の話って……恋愛の話よね?)


 私は、彼の婚約者だから、殿下のかっこいい話とか聞いても周りの人間は特に面白くもないだろう。なら、殿下と私の話を、恋愛の話を聞きたいのではないかと勝手に解釈した。まだ、いつお茶会に参加するか決めていないが、人と話せるのは楽しみである。


「あんまはしゃいでコケんなよー」
「こけたら貴方の責任ね? 減給するわよ」
「……容赦ねえ。まあ、お嬢が幸せなら、それでいーけどさあ」
「何? 恥ずかしいこと言うわね」
「一応、これでも感謝してるし。つか、オレのタイプだし……」
「私には殿下がいるのでお断りします」
「分かってるよ! んなこった!」


 ぎゃんぎゃんと騒がれても、なんと思わなかった。遠くで犬が吠えていても、何で吠えているのか考えないくらいには、ゼイが後ろでぴーちくぱーちく言っているのは気にならなかった。


(リーリエと、後で合流しましょう。ゼイにも、何かプレゼントして上げられたらいいわね)


 今日は、久しぶりに、帝都にちえ、買い物を楽しんでいた。
 殿下は溜まりまくっている書類を片付けることで必死らしく、マルティンにも「殿下と、わたしを思うなら来ないでください」と言われてしまった。どうやら、相当ため込んでいるらしい。


(確かに、前もそんなことあったけれど、頑張っている殿下に差し入れしたら大変なことになったからね……)


 もうあんな思いはしたくないし、そういったということは、やっぱりマルティンは知っているのではないかと思い、恥ずかしくなった。それ以上考えるのはやめようと、自分に言い聞かせた。
 また、イーリスも誘ったのだがやはり研究第一のようで断られてしまい、ゼイとリーリエを連れて町まで来ていた。リーリエは頼んだものを買いに並びに行ってくれているので、後から合流する手はずだ。


「なんか平和だなあ」
「平和が一番でしょ……でも、まだ冷戦状態。戦争は完全には終わっていないのよね」
「何だっけ? 帝国と、フルーガー王国? のいざこざか?」
「ええ。ゲベート聖王国を滅ぼしたことで悪化。フルーガー王国は、ゲベート聖王国と深い交流があったらしくて。滅ぼされたことに怒って……」
「そりゃ、ちょっと違うと思うぜ?」
「何が?」


 静かに聞いていたゼイは、空に向かって腕を伸ばしながら、最後にはふああ……と大きなあくびをして、目をこすりながら話をつづけた。


「フルーガー王国にとって、ゲベート聖王国は用心棒みたいな。最終兵器みたいなもんだったんだよ。魔法が使えるからな。ゲベート聖王国は、フルーガー王国の支援を受けてて、まあ相互関係。何かあったら互いに守りましょうって感じ」
「それが、深い交流って言うんじゃないの?」
「いーや。それが実際、フルーガー王国がゲベート聖王国を搾取してたって話だぜ? 魔導士を完封できる術を持ていたとか何とかで。でも、魔導士は偉大だからな、いなくなられたら、国の戦力がかけるわけで。言っちまえば、帝国にその武器庫を破壊された、みたいな感じなんだろう」
「……複雑なのね」
「搾取する奴がいれば、搾取される奴がいる。俺たちも、ゲベート聖王国にひどい仕打ちを受けていたからな、因果応報だろう」
「そう……なのかしら」


 何故その背景を知っているのかは、彼が長生きしているからだろう。噂を耳にしただけなのか、それとも実際その目で見ていたのか分からないが、フルーガー王国、ゲベート聖王国、そして私たちの国フォルモンド帝国の三つの国の関係は、想像以上に複雑になっているのかもしれない。そして、私たちはその表面をなぞっているだけで、本質的なところを見逃していると。


(じゃあ、武器庫を壊されて、フルーガー王国は怒っているってこと?)


 それも、理不尽な話だ。
 ゲベート聖王国の生き残りが、フルーガー王国に逃げ延びて、帝国に復讐しようとしているのなら分かるのだけど……
 やはり、私たちが知らないだけでもっと複雑に絡み合って、捻じれた思惑が交差しているのかもしれない。ゲベート聖王国の生き残りは少なからずいるだろうし。そんな風に、歩道を歩いていれば、カツンと、何かが足元で鳴る。特に気になったわけではないので、その後も普通に歩こうとすれば、ゼイが後ろから叫んだ。


「お嬢、それ以上前に行くな!」
「え?」


 一歩踏み出せば、ヴオン、という音ともに、足もとに魔法陣が浮かび上がった。何の魔法陣かと思い、その場で固まっていれば、ゼイが、獣のように、とびかかり、その魔法陣を切り裂いた。


「な、なに!?」
「……転移魔法。それも、かなり高度な魔法だな。お嬢、人通りの多いところに行くぞ」
「な、何で?」
「狙われてんだよ。なんでか知らねえけど!」


 ほら、と手を掴まれ、私はゼイに引っ張られるようにして走る。
 先ほどまで聞こえていた町の生活音がぴたりと止まり、何者かに囲まれている気配がした。だが、振り返っても誰もいない。私を追いかける足音だけが迫ってくる。ゼイがいなければどうなっていたことか、想像にかたくない。
 ずんずんと町を抜け、町のはずれまでたどり着いたところで、ゼイは立ち止まると、胸に手を当てて深呼吸を繰り返していた。息切れしているとかそういうことではなく……明らかに異常だった。カタカタと体が震えており、その目は血走っているようにも見えた。
そして、ゼイは私を見て言ったのだ。

 ――逃げろ、と。

 見ればいつの間にかゼイの頬に痣のようなものが浮かんでおり、それが彼を蝕むようににゅるりと動いた。


「い、いつの間に……ゼイ!」
「お嬢、逃げろっ!」
「逃げるって言ったってどこに」
「……竜殺しの毒じゃねえか。くそ、誰だよ……こんな魔法使える奴!」
「魔導士、魔導士が近くにいるの?」
「なあ、お嬢、なんか恨まれるような真似したか?」
「す、するわけ……いや。ううん……私が、殿下の番だから?」
「んじゃ、それかもな……とりあえず、オレこれ以上動けそうにねえから……ど、すん……」


 どうしようもない。護衛など、ゼイしかいなくて、ゼイが動けなくなったのなら、誰が私を守るというのだろうか。私に力があれば、その魔導士の相手もできたのだろうか。数も分からない。その姿も分からないというのに……


(逃げろ……逃げればいいの?)


 立ち止まっている方が危ない? でも、ゼイを置いて逃げられるの?
 ゼイの顔色はますます悪くなっていき、今にも死んでしまいそうだった。いつ、そんな魔法がかけられたのか分からない。もしかすると、先ほど魔法陣を切り裂いたときに、そうされると見越して、あの魔方陣に何か魔法がかけられていたのではないかと。
 そんなことを分析している暇などないのに、私の頭はフル回転で、この状況の打開策を考えようとしていた。
 だが、ゼイの犠牲を無駄にしないためにはここから逃げるのが一番だと、私は後ろに一歩下がる。すると、先ほどと似た感覚が足元から伝わってき、先ほどよりも大きな魔法陣が、ヴオンッと音を立てて現れる。


(待って、逃げようがないじゃない)


 魔法陣は瞬く間に白く発光し、私の身体を包み込んでいく。このまま、どこに連れていかれるんだろうかという恐怖と不安、絶望に包まれ、私はどうにか魔法陣の外に出ようとするが、魔法陣を包むように、白いローブを羽織った男たちが囲む。先程まで気配すら感じなかったのに、いつのまに――と、私が魔法陣の中心で立ち尽くしていた時だった。
 うなじがピリッと熱くなるような感覚を覚えたのは。そして――パリン! と、空が割れるように、その亀裂から真紅の星が落ちてくる。


「――ロルベーアッ!」
「……っ!?」


 ズサッと音をたて、私を囲んでいたローブの男たちは鮮血のか便をまき散らしその場に倒れ、私の目の前で、殿下の白い剣先が、魔法陣の中心に突き刺さると、先ほどよりも大きなガラスが砕けるような音をたてて、魔法陣が粉砕された。パラパラと光の粒子となって消えていく中、その中心にいた、真紅の彼は、顔を青く染め、立ち尽くしていた。


「アイン!」
「……ロルベーアっ」


 突き刺さったままの剣をそのままに、彼は一目散に私に駆け寄り、ぎゅっと力の限り私を抱きしめた。
 体が震えていたのは、私だったか、殿下だったか――血の匂いと、汗のにおいがまじりあった空間で、私は恐怖に震え彼を抱きしめ、抱きしめられ、そのまま気を失った。


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