一年後に死ぬ予定の悪役令嬢は、呪われた皇太子と番になる

兎束作哉

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第3部1章

04 奴隷の少年

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(助けてって……助けろって?)


「おい、汚い体で、お嬢に近づくなよ!」
「ゼイ、やめなさい」
「つっても、お嬢! こいつが流行病持ってたらどうすんだよ。オレはかからねえけど、お嬢はそういう耐性ないんだからな!」
「わかっているわ。でも、弱者に怒鳴るのはやめて」
「……」
「守ってくれたのは嬉しいわ。感謝している。ありがとう、ゼイ」
「…………へーい。お嬢が言うなら、従うしかねえよな」
「ありがとう」


 グルルルル……と、威嚇するように唸ったゼイを鎮める。確かに、流行病を持っていたら感染してしまう可能性だってある。ゼイは竜人族だからいいが、私は耐性がない。そんな考慮が垣間見れて、ゼイって意外と紳士なのではないかと思わされる。失礼ながらも。
 物わかりのいい人でよかった、と私はゼイにお礼を言い、再び灰色の少年と向き合った。
 よく見ると、その足と手にはさび付いた枷のようなものがはめられており、身体からは悪臭、生気のない、そのビー玉の瞳は、助けを乞うているのに全く他人に期待していないようにも思えた。


(何、この気持ち悪さ……)


 すでに人間を辞めているような、そんな得体の知れなさというか、気持ち悪さに、思わず目も合わせたくなくなる。しかし、助けを乞うている相手をはねのけて無視するのは、私の精神的にもよくなくて。


「助けてほしいの?」
「……はい」
「誰から? 何から?」


 なんだか、悪役っぽいな、なんて思いながらも、私はかがみ、彼の顔を見た。汚れを落とせば、それなりにきれいそうだし、痩せているとはいえ、そこには確かに筋肉がついている。
 そんなふうに、少年のみ定めをしていれば、曲がり角から、小太りの男が、こちらに走ってきた。


「追いついたぞ。勝手に逃げるとは、この奴隷が!」


 持っていた鞭のようなもので少年の身体を思いっきりたたきつける。ぐあっ! と痛そうな声を上げながらも、少年はされるがままだった。


(ひどすぎる……) 


 私たちの姿が見えていないのはもちろん、その扱いが、どう考えても奴隷と飼い主というように見えたからだ。帝国では、奴隷制を禁止している。しかし、かいくぐって奴隷を買うような貴族もいると聞く、その貴族がこの男なのだろう。他にもいるのかもしれない。汚い世界を目の当たりにし、自然と怒りがわいてき、私はぐっとこぶしを握った。


「ゼイ……」
「へーい、お嬢」


 私の一言で、すべてを察したゼイは、男が鞭を持っている手をけりつけると、よろけた男の手をひねり上げ、後ろで拘束した。


「な、何をする。ワシを誰と思って」
「さあ、誰だか分からないけれど。私より階級が低いことは分かるわ」
「お、お前はどこの誰だ! こんな無礼が許されるとでも!」
「あら、ご存じないのかしら。メルクール公爵家の一人娘……ロルベーア・メルクールよ。知らないとは言わせないわ」


 サッと、持っていた扇子で口元を覆い、見下すような視線を男に向ける。私腹をたんと肥やしたような出っ張った腹は、ベルトが上手くしまっていないようで、髪の毛もべったりと塗ったポマードが光っていて見栄えが良くない。貴族ということがかろうじてわかる程度で、みっともないの一言に尽きた。


「ろ、ロルベーア・メルクール……」
「そう、ロルベーア・メルクール公爵令嬢。聞いたことあるでしょ? 皇太子殿下の婚約者でもあり、未来の皇后候補……まあ、そんなことはどうでもいいわ。奴隷は、帝国で禁止されているはずだけど?」


 私がそういうと、男は震えたように「それはーいえ、これは使用人がですねえ」と話を変えた。
 やはり、私の名前――……メルクール公爵の威厳というのはまだしっかりとあるようだった。失墜しかけたときもあったけれど、お父様の頑張りもありかなり回復傾向にはあるのではないだろうか。それに、私の悪評か、それとも皇太子の婚約者という肩書からか、男は私に強く出られないようだった。見るところによれば、お父様と年齢は大差ないのだろうが、それでもよっぽどお父様の方がましで、ただの令嬢である私にぺこぺこと頭を下げるしかないところを見ると、やはり肩書を持っている、階級が上の人間には簡単に逆らえないという感じなのだろう。


(それでも、弱いものに対してはあたりが強くて……強者に媚びへつらって)


「反吐が出るわ……」
「お嬢、こいつどうする?」
「別にどうもしないわ。私に何かしてきたわけじゃないし……それで、その奴隷をどうするつもりだったのかしら」
「ど、奴隷じゃありませんよ。だから、使用人で」
「まあ、いいわ。いくら?」
「いくらとは?」


 男は、はて、といった感じで私を見てきた。察しが悪くて、話すのめんどくさい。
 さすがにこの男に扱き使われ、搾取され続けるのはかわいそうだと、私は灰色の男を見る。私に見る目があるならきっと。
 私は、ゼイに指示を出し、持ってきたお金を貴族の男に投げつけた。


「それで足りるかしら」
「な、こんな大金、何に」
「察しが悪いわね。私が、貴方の使用人を買い取るって言っているのよ。奴隷としてではなく、メルクール公爵家の使用人として。何か文句あるの?」
「いいいいえ、滅相もございません!」


 ハッハッ、と気色の悪い息の切らし方をしながら、地面に落ちたお金を一つ残らず回収し、男は何度か頭を下げて、私たちのもとを去っていった。嵐のようだった……髪を固めるためのポマードのにおいも最悪で、多少格好悪くても、早くその姿を私の前から消してほしかった。


「よかったのか、お嬢」
「何がよ」
「あんな大金。奴隷制がダメっていうなら、それで脅して、その男ぶんどればよかった話じゃねえの?」
「なんか文句を言ってきたらめんどくさかったからよ。お金で買えるのなら、安いものだわ。早くどこかに行ってほしかったし……見ていて、本当に腹が立つ」
「オレもどーかん。いやあ、あのまま殺してもよかったがなあ」
「殿下みたいなこと言わないで。私は、血は嫌いよ」


 私がそういうと、ゼイは、じゃあやらね、と考えを改め、頭の後ろで腕を組んだ。
 ゼイがいてくれたから、強く出られたのもあるな、なんて思いながら私は、その場にうずくまっていた灰色の男に視線を戻した。


「もう行ったわよ」
「……」
「顔を上げなさい。いつまで、そうやって這いつくばっているつもりなの」


 私がそういえば、もぞもぞっと男は動き、顔を上げた。今のように、何度も鞭で打たれ続けていたためか、別に何ともないような顔をしている。精神がきっと麻痺しているのだろう、と私は彼が哀れになってきた。


「助けてあげたの。貴方を」
「俺を、助けて……くださった」
「聞いていなかった? まあ、お金で買ったのだけど。それはどうでもよくて……よくないか。貴方、名前は?」


 やっていることは、もしかしたらあの男と一緒かもしれない。けれど、あの男のように、この少年を扱き使うつもりなど一切ないただ私が、気になった、私が彼を欲しいと思ったから買っただけの話だ。
 やっぱり、悪役に向いているのかもしれない……なんて思いながらも、顔を上げ、私の言葉をうけ、どうにか自分の案前を口にしようとする少年を私はじっと見つめていた。
 かすれた声で、でもはっきりとその名を口にする少年は、自分の名前に少しだけ誇りを持っているようにも思えた。


「……シュタール」
「シュタール? それが、貴方の名前なのね」
「はい……そうです。ご主人様」


と、シュタールと名乗った、その少年は、私の方をジッと見つめ、新たなご主人だと、私に忠誠を誓うように、膝をつき、頭を垂れた。その姿は、様になっていて、普通の奴隷や、平民とは思えないオーラを感じ、私はごくりと固唾をのみこんだ。

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