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第1章 幸せな出会い
13 うまくやっていけそう?
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◆◇◆◇◆
「海沢くんが、男見せたねえ」
「やめてくださいよ。そんなんじゃないです」
幸は、顔をパッと明るくし、上機嫌でオレンジジュースの代金を払って帰って行った。彼女が悲しんでいる顔をしたから、寂しそうなかおをしたから、僕はそんな幸の顔に負けて付合うと言ってしまった。後悔していないと言えば嘘になるが、これ以上彼女の前で、違うも、別れようも言えないと思った。
幸が帰った後、ドッと疲れて、力なく僕は店の壁により掛かった。
田代さんは、「いいね、甘酸っぱいね」とどっちの味方か分からない言葉をかけてきたため、味方はいないものだと察する。
「田代さんはどっちの味方なんですか」
「俺? 俺は、どっちもの味方だよ。ほら、海沢くんの話も聞いたし、あの子の話も聞いたじゃないか。それで、付合うって言ったのは海沢くんだ」
「そうですけど」
「一度いったことは曲げない! それが男ってもんだ」
と、田代さんは悠々と語っていた。
一度も、男を見せなければと思ったことはないので、そもそも男の定義とは何か教えて欲しいところだった。でも、田代さんの言うとおり、一度いったことは曲げないのは自分に嘘をつかないと言うことにもなるし、相手を傷つけないと言うことにもなるだろう。
(複雑だなあ……)
幸のことは嫌いじゃないし、あの子の笑顔は好きだった。まだどんな子か分かっていないというのもあって、外見で全てを決めつけるのは間違っている。それでも、あの子の放つ無邪気な笑顔は、真っ直ぐなところは好きだった。
(恋なんてしたことないしなぁ)
淡い恋心を抱くことはあっても、それが恋だったのかただの勘違いで憧れだったのかも定かではない。そして、そう思っているうちにその人は僕から離れていったとかよくあったのだ。だから、本気で人を好きになったことはなかった。奇病持ちで、その人を愛せる自信がないというブレーキがかかっていたのだろう。
僕は、幸の飲み干したガラスのコップを流しに運んで洗う。装飾が施されているそのガラスは溝に汚れがたまりやすいため、入念に手洗いしなければならない。食器洗い乾燥機も最近壊れたみたいで、使い物にならないため手洗いでやらなければならない。今月の収入も赤字らしくて、経費から落とせないようだった。
元々自営業でやっていた田代さんのお店は、田代さんの亡き奥さんとの思い出がつまっており、店内の装飾やメニュー、お皿までかなりこだわられている。だから、お皿を一枚割っただけでも大惨事なのだ。何でも、海外旅行が好きだった奥さんがわざわざフィンランドから取り寄せたものだからだ。細かく青で画かれたフクロウや、花、果物など、お皿一枚に職人の感性が表れている。青色の装飾が多いが、青の中にパッと目を引くレモン色や青色と緑色の中間色もとても美しい。そのお皿にあうメニューを考えたのは田代さんだった。
「それで、海沢くん。上手くやっていけそう?」
「上手くって、僕恋人いたこと無いですよ」
「そうなの? モテそうなのに勿体ない」
田代さんはそう言って目を丸くした。
田代さんには奇病のことを言っていないから、何で恋人がいなかったのか、作らなかったかなんて知らないだろう。知っていたらこんな質問はしないだろうし、僕も変な心配をかけたくないからいっていない。
奇病は感染するものではなくて、その人個人のものだから、雇えないという会社やお店は少ないようだった。だが、奇病のレベルが高い人や、外見差別で断っているお店もあるとかで複雑だった。感染しない、でも店の風紀が乱れるから雇わない。そんな差別は今でも減らない。奇病に対する理解度が低いからだ。
「どうしたの。海沢くん」
「いえ、何でもないです。やっていけるかなあ、なんて」
暗い顔をしていたようで田代さんは心配そうに僕の顔を覗いた。僕は心配かけまいと、取り繕って笑顔を貼り付ける。
いけない、いけない。
重傷では無いものの、人にカミングアウトするのは勇気がいるし、もし仲がいいと思っていた人に奇病をカミングアウトしてそういう目を向けられたら、きっと耐えられないだろう。だから、まだ言わない。言えるときがくるまでまつ。そんな時がこなければいいとずっと願っている。今のところは重症化していない。
田代さんは「頑張りなよ」と気づいた様子もなく、目の端に皺を寄せて笑ってくれた。
幸との関係も先行きが不安だ。
連絡先を交換して、デートに行きたいと言われた。今夜にでも連絡すると言われて、まだバイトが終わっていないのにソワソワしている。
(何だかちょっとこういうの、楽しいな)
誰かと連絡を取り合うなんて滅多にない事だから、少し浮き足立っていた。すると足首にチクリとした痛みが走る。足首に手を当てながらしゃがみ込めば、そこには針で刺されたような痕が何カ所も出来ていた。奇病の症状だ。
軽度であれど痛いものは痛い。幸せを感じると、身体に異常が出る。それは、幸せの感じ具合によるから、今のように針の刺し跡や、カッターで切りつけられたような痕がいくことだってある。本当に、自分の身体にいきなり傷が出来るものだからこれは何年経っても慣れない。
「海沢くん大丈夫そう?」
「あ、はい。蚊に刺されちゃって。でも潰したので、田代さんの血は吸いませんよ」
「そうかあ。この季節でも蚊はいるもんなんだなあ」
と、単純な田代さんはまたも僕の嘘に騙されてくれた。
罪悪感が生れると同時に、心が軽くなるのは何でだろうか。これが、「幸せ」の治療法であるというのなら、僕は人生何度嘘をつかなければならないのだろうか。そんな不安を抱えながら立ち上がり、仕事に戻った。
「海沢くんが、男見せたねえ」
「やめてくださいよ。そんなんじゃないです」
幸は、顔をパッと明るくし、上機嫌でオレンジジュースの代金を払って帰って行った。彼女が悲しんでいる顔をしたから、寂しそうなかおをしたから、僕はそんな幸の顔に負けて付合うと言ってしまった。後悔していないと言えば嘘になるが、これ以上彼女の前で、違うも、別れようも言えないと思った。
幸が帰った後、ドッと疲れて、力なく僕は店の壁により掛かった。
田代さんは、「いいね、甘酸っぱいね」とどっちの味方か分からない言葉をかけてきたため、味方はいないものだと察する。
「田代さんはどっちの味方なんですか」
「俺? 俺は、どっちもの味方だよ。ほら、海沢くんの話も聞いたし、あの子の話も聞いたじゃないか。それで、付合うって言ったのは海沢くんだ」
「そうですけど」
「一度いったことは曲げない! それが男ってもんだ」
と、田代さんは悠々と語っていた。
一度も、男を見せなければと思ったことはないので、そもそも男の定義とは何か教えて欲しいところだった。でも、田代さんの言うとおり、一度いったことは曲げないのは自分に嘘をつかないと言うことにもなるし、相手を傷つけないと言うことにもなるだろう。
(複雑だなあ……)
幸のことは嫌いじゃないし、あの子の笑顔は好きだった。まだどんな子か分かっていないというのもあって、外見で全てを決めつけるのは間違っている。それでも、あの子の放つ無邪気な笑顔は、真っ直ぐなところは好きだった。
(恋なんてしたことないしなぁ)
淡い恋心を抱くことはあっても、それが恋だったのかただの勘違いで憧れだったのかも定かではない。そして、そう思っているうちにその人は僕から離れていったとかよくあったのだ。だから、本気で人を好きになったことはなかった。奇病持ちで、その人を愛せる自信がないというブレーキがかかっていたのだろう。
僕は、幸の飲み干したガラスのコップを流しに運んで洗う。装飾が施されているそのガラスは溝に汚れがたまりやすいため、入念に手洗いしなければならない。食器洗い乾燥機も最近壊れたみたいで、使い物にならないため手洗いでやらなければならない。今月の収入も赤字らしくて、経費から落とせないようだった。
元々自営業でやっていた田代さんのお店は、田代さんの亡き奥さんとの思い出がつまっており、店内の装飾やメニュー、お皿までかなりこだわられている。だから、お皿を一枚割っただけでも大惨事なのだ。何でも、海外旅行が好きだった奥さんがわざわざフィンランドから取り寄せたものだからだ。細かく青で画かれたフクロウや、花、果物など、お皿一枚に職人の感性が表れている。青色の装飾が多いが、青の中にパッと目を引くレモン色や青色と緑色の中間色もとても美しい。そのお皿にあうメニューを考えたのは田代さんだった。
「それで、海沢くん。上手くやっていけそう?」
「上手くって、僕恋人いたこと無いですよ」
「そうなの? モテそうなのに勿体ない」
田代さんはそう言って目を丸くした。
田代さんには奇病のことを言っていないから、何で恋人がいなかったのか、作らなかったかなんて知らないだろう。知っていたらこんな質問はしないだろうし、僕も変な心配をかけたくないからいっていない。
奇病は感染するものではなくて、その人個人のものだから、雇えないという会社やお店は少ないようだった。だが、奇病のレベルが高い人や、外見差別で断っているお店もあるとかで複雑だった。感染しない、でも店の風紀が乱れるから雇わない。そんな差別は今でも減らない。奇病に対する理解度が低いからだ。
「どうしたの。海沢くん」
「いえ、何でもないです。やっていけるかなあ、なんて」
暗い顔をしていたようで田代さんは心配そうに僕の顔を覗いた。僕は心配かけまいと、取り繕って笑顔を貼り付ける。
いけない、いけない。
重傷では無いものの、人にカミングアウトするのは勇気がいるし、もし仲がいいと思っていた人に奇病をカミングアウトしてそういう目を向けられたら、きっと耐えられないだろう。だから、まだ言わない。言えるときがくるまでまつ。そんな時がこなければいいとずっと願っている。今のところは重症化していない。
田代さんは「頑張りなよ」と気づいた様子もなく、目の端に皺を寄せて笑ってくれた。
幸との関係も先行きが不安だ。
連絡先を交換して、デートに行きたいと言われた。今夜にでも連絡すると言われて、まだバイトが終わっていないのにソワソワしている。
(何だかちょっとこういうの、楽しいな)
誰かと連絡を取り合うなんて滅多にない事だから、少し浮き足立っていた。すると足首にチクリとした痛みが走る。足首に手を当てながらしゃがみ込めば、そこには針で刺されたような痕が何カ所も出来ていた。奇病の症状だ。
軽度であれど痛いものは痛い。幸せを感じると、身体に異常が出る。それは、幸せの感じ具合によるから、今のように針の刺し跡や、カッターで切りつけられたような痕がいくことだってある。本当に、自分の身体にいきなり傷が出来るものだからこれは何年経っても慣れない。
「海沢くん大丈夫そう?」
「あ、はい。蚊に刺されちゃって。でも潰したので、田代さんの血は吸いませんよ」
「そうかあ。この季節でも蚊はいるもんなんだなあ」
と、単純な田代さんはまたも僕の嘘に騙されてくれた。
罪悪感が生れると同時に、心が軽くなるのは何でだろうか。これが、「幸せ」の治療法であるというのなら、僕は人生何度嘘をつかなければならないのだろうか。そんな不安を抱えながら立ち上がり、仕事に戻った。
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