白馬のプリンスくんには、どうやら好きな人がいるらしい

兎束作哉

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第1章 幼なじみに恋人ができた

08 ついてるよ

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「映画どうだった?」


 シアターから出て、予定していたカフェに行くことになった。
 しかし、SNSで人気沸騰中のカフェにはすでに待ち列ができており、俺たちはその最後尾にならんだ。
 すでに十五分。俺たちの後ろにも続々と人が並び始め、一番後ろが見えなくなった。列は一時間待ちらしい。
 燈司は「こんなに並ぶと思わなかった」と、違う店でもいいと提案したが、デートにはこういうアクシデントがつきものだと思ったので俺はこのまま並ぶことを選んだ。だが、すでに根を上げそうなくらいお腹が鳴っている。


「映画? うーん、恋愛ってのがよくわかんねえから。ああ、でも、キスシーン良かったな」
「キスシーン良かったって、どこに注目してんのさ」
「いや、なんか。キスってどんな感じなのかなーって思って」


 列に並びながら、燈司に振られた質問に答えた。
 俺の答えは、燈司にとって予想外のものだったようで首を傾げている。まあ、こういう時、普通ならキスシーンなんて言わないだろう。もっと映画の内容とか、どこにキュンキュンしたとか。俺も気の利いたことを言えたらよかった。


「凛って欲求不満?」
「はあっ!? 何でそうなんだよ。よよっ、欲求不満って」
「だって、キスシーンが気になったんでしょ? 凛にもキスしたい相手がいるのかなあって思って」
「興味があるつっただけだし。別に、今すぐにキスしたい相手もいない。つか、そういうのって恋人同士でするもんだろ? 燈司はどうなんだよ」
「俺?」


 燈司は何故か自分に質問が返ってくると思っていなかったのか、さらにコテンと首を傾げた。


「燈司以外誰がいるんだよ。ほら、お前は恋人持ちなんだろ? そういうことも、いずれするんじゃねえの?」
「うーん、したいとは思うけど相手のこと考えて同意を得てからね? 今のところ、俺の恋人はキスしたいとは思ってないみたいだし」
「もしかして、直接聞いたのか? キスしたいって」
「まさか。聞くわけないじゃん」


 何を言うんだと、燈司は顔を赤くした。
 なんだか先ほどから会話がちぐはぐしているのは気のせいだろうか。


(まあな、思春期だしな。燈司だってキスには興味あるよな……)


 でも、燈司らしい。キスするにしても、相手の気持ちを尊重し、同意を得てからしようとしている。キスするとき「キスしていい?」と天使のような声で聴くのだろか。俺だったら、そんなふうに言われたらすぐにOKしてしまう。
 俺は、自分の唇に指を当てながら想像した。燈司が「キスしていい?」と上目遣いで聞いてくることを。


(――って、何で俺が燈司とキスするみたいになってんだよ!!)


 相手は俺じゃない。燈司の恋人。
 燈司は甘いテノールボイスで恋人に聞くんだ。「キスしていい?」って。
 俺の指の腹に触れるのは、がさがさとした自分の唇。俺は燈司のように、リップクリームを塗ったことないし、常備していない。
 舌で舐めて潤いを与えようとすると、乾燥した唇には逆効果だったのかぱっくりと割れ血の味がにじむ。


「凛、口……血ぃ、出てる」
「舐めたのが悪かったかもしれねぇ……」
「ああ、乾燥した唇舐めたらそりゃ痛いよ。はい、リップクリーム」


 燈司は鞄からリップクリームを取り出し俺に差し出した。それは、いつも燈司が使っている白いリップクリームだ。確か蜂蜜の匂いがする。


「いや、お前が使ってるやつじゃん」
「嫌……? でも、痛そうだし」
「ああ! いや、俺が嫌なんじゃなくて、お前が嫌かなって思って。ほら、お前が使ってるやつだし、その間接キス? になるじゃん。嫌じゃねえの?」


 なんで俺はこんなに慌てているのだろか。
 燈司は、リップクリームを差し出したまま固まっている。燈司もきっと差し出したはいいものの、間接キスになってしまうことに戸惑っているのだろう。
 いくら幼馴染とはいえ、リップクリームをシェアするのは違う気がする。歯ブラシ忘れても、自分の歯ブラシ差し出さないだろうし……


「いや、嫌ならいいんだけど。凛がね……」


 燈司はそう言ってリップクリームを鞄に戻そうとする。
 俺はそれを見て、なぜか反射的に身体が動いた。彼の細い手首を掴んで、リップクリームを引き抜きふたを開ける。きゅぽんと音が鳴り、ふんわりと甘い蜂蜜の匂いが漂う。


「幼馴染の善意はむげにできないよな! ありがとな、燈司」


 使い方が分からないので、とりあえず回して伸ばし、俺は楕円を描くように口に塗った。唇からはみ出し、口の周りがべたべたする。


「蜂蜜のリップクリームっていいよな。俺、この匂い好きだわ。あと、なんか保湿効果ありそう」


 使い終わったリップクリームにふたをし、燈司に押し戻す。
 燈司は驚きつつも「それは、よかった」と受け取ってくれた。俺は、耐えきれなくなってまた笑う。
 燈司もつられて笑っていた。そう笑うしか、この空気をどうにかできなかったからだ。


(間接キスだよな……よかったのか、これ)


 だが、内心俺はバクバクと心臓が鳴っていた。幼馴染と間接キスしてしまったのだ。


(恋人にキスする前に、間接キス奪っていいのかよ。俺、ちゃっかり燈司の恋路邪魔してね?)


 燈司の恋人がまだ誰かわからないが、もしバレたら殺されるかもしれない。
 俺たちは、列が前に進み間が空いていることに気づき、慌てて列を詰めた。それから会話はめっきり減ってしまった気がする。
 
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