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第1章
01 男装令嬢ペチカ・アジェリット
「はああっ!」
「ぐああっ!」
振りかざした剣は、相手が握っていた剣を手から離させ、そのまま振りぬいた。キン、と気持ちの良い金属音が響き、相手の剣は地面へと突き刺さる。
「勝負あったね!」
「……くっ、参った」
練習相手がその場でしりもちをつき、降参だと声を上げれば、ギャラリーは、おお、と感心したような歓声を上げる。
「さすが、期待の超新星」
「いやあ、それほどでも……あるけどね。でも、良かったよ。貴殿の剣さばき」
「そんな、言わないでくれよ。超新星殿にはかなわんですよ」
と、尻餅をついた相手に私は手を差し伸べた。少し戸惑いつつも、私の手を取って、相手の男は立ち上がる。
私たちをたたえるようなまばらな拍手が、訓練場に響く。
あちこちで「さすが、超新星」、「最年少近衛騎士……」、「見えなかったぜ、あいつの剣」など、賞賛の声が聞こえてくる。
「いやあ、さすがは最年少近衛騎士殿だ」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
「いやはや、本当に素晴らしい。ベテル・アジェリット公爵子息様。負けていられないよ。我々も」
「僕もまだまだですから。これからも高みを目指しますよ」
お互い頑張ろうと、もう一度握手を交わし、まばらな拍手が大きな拍手へと変わる。
この瞬間が好きで、近衛騎士のみんなが一体となる瞬間が何よりも気持ちがよかった。初めこそ、受け入れられるか分からなかったが、努力は人を裏切らないという……鍛錬を積んだ結果、私は最年少で近衛騎士に入団することが出来た。
ただ、本来の名ではなく、弟のベテル・アジェリットとして。
「やあ、今日も頑張っているみたいだね。ベテル」
「兄上!」
かすかな音さえも拾い上げる敏感な耳が、大好きな声を拾い上げ、私は剣を腰に下げながらその声の主の方へかける。訓練場のわきにいたのは、私とは違い、お父様譲りの美しいシルバーブロンドの髪を持つお兄様――イグニス・アジェリットだった。聞き間違うはずもない、美声。海よりも深く、宝石よりも美しい青色の瞳は、優しく私を見つめて微笑んでいた。
「兄上、いつからここに?」
「ペチカの試合が始まったくらいからかな」
「ぺ……」
「ああ、今はベテルだったね。可愛い弟の姿をたまたま通りすがりにみつけてしまってね」
「そうだったんですか。ありがとうございます。でも、まだまだですよ」
と、先ほどとは違う意味で私はお兄様に言った。
お兄様は、皇太子の側近で、剣術も魔法もたけた超エリート。アジェリット公爵家を継ぐにふさわしい人間であり、周りからの信頼も厚い。そして、何よりもオモテになる!
私の延長線上の天才であり、目標。それでも、男女の差というのは簡単には埋まらない。そのどうしようもないハンデを背負いながらも、私はお兄様の背中を追いかけてここまで来たといっても過言ではない。
「無理してない?」
「無理ですか? 剣術の特訓は欠かしたことありませんし、朝の走り込みも……」
「そうじゃなくて。ペチカは女の子なんだから。本当は可愛いもの好きで、甘いものいっぱい食べたいでしょ? 可愛い服を着たいって言ってたじゃないか。母上のせいで、髪の毛も伸ばせなくて」
「大丈夫です。無理ではないので!」
「……」
お兄様は、短い私の髪をすくいあげ、眉を垂れ下げた。
確かに、お兄様の言う通り、キラキラと輝くドレスや宝石、化粧とか、可愛らしいお菓子とか、お茶会とか憧れていないわけじゃない。憧れて、ベテルが生きていたら私はペチカ・アジェリット公爵令嬢として社交の場に出られたのだろうか。可愛い令嬢とお友だちになって、恋バナとか喋って盛り上がっちゃって……
(全く、恋なんてしたことがないけどね)
むさくるしくも、屈強な男たちに囲まれて生活しているが、かっこいいと思う瞬間はあっても、それは剣技が、とかの次元であり、それが恋だとは思わないのだ。
まあ、それは置いておいて、今の生活が嫌なわけでもなければ、自分に剣の才能があるとわかってからは、それに打ち込み、女性だから仕方がないかもしれないけれど小柄で、その体を使って自分よりも何倍も大きな屈強な男性を倒した時の快感は、きっとドレスを着たままでは得られないだろう。
ベテル・アジェリットの生活も悪くはない。
「ペチカがいいなら、それでいいよ。俺は、君の意思を尊重する。でも、苦しくなったらいえばいい。例えば、公爵家に戻った時、母上と対峙するときとか……ね」
「お母様と……」
公爵家にはあまり戻っていない。というよりも、近衛騎士団の騎士団員には寄宿舎が設けられており、そっちに……という感じなのだ。さすがにお兄様も、男ばかりの所に!? と驚かれたので、特別に……皇太子殿下の側近であるお兄様の権限で、良いところ、離れを使わせてはもらっているけれど、その特別扱いに恨まれたり、嫉妬されたりはないだろうか、とは少し懸念はしている。
「そうですね、お母様にいかなければならない、ですね」
「ペチカ」
「大丈夫ですよ。ここで、ビシバシ鍛えられましたので! お母様と話すくらい!」
「無理しちゃだめだからね。父上も、口にはしないけれど、かなり気にしているみたいだから。ペチカに、辛い思いをさせたって」
「……大丈夫です。心配ないです。でも、気にしくださってありがとうございます、お兄様」
今更、この生活が変わるわけじゃないだろう。
ただ、この間、お母様の体調がよくなく、病気にかかって……という話を聞き、お母様が死んだら、ベテル・アジェリットは事故で死んだことにし、ペチカ・アジェリットの体調が回復したと公言するともお父様は言っていた。こうも簡単に、軽く人の命を存在を扱うのは好きではなく、私としては、お母様がいなくなった後も、できるのであれば一人二役を演じていたい。ベテルも勝手に自分の存在を現世に作られて酷い迷惑しているだろうから、せめてもう一度死ぬときは、私の手で――
ぐっと剣だこの出来たこぶしを握り、私は自分の胸に誓う。
初めは、ペチカを捨ててベテルとして生きなければならない生活に嫌気がさしていたけれど、こうして、ベテルを演じることで得られた、見られた世界というのも、私は好きだ。今の私が、私は好きだ。ベテルも、ペチカも、私で、両方とも。
「そろそろ、私……僕は、戻りますね。一分一秒でも、鍛錬は欠かせませんから!」
「ちょっと待って、ベテル。ベテル・アジェリット」
お兄様に手を掴まれ、私はまだ何か用事があったのだろうかと振り返る。すると、お兄様は少し楽しそうに、愉快そうに口角を上げて私を見ていた。お兄様が、だいたいこういう顔をするときは、悪いこと……お兄様にとってしか愉快じゃないことが起きる前触れなのだ。
「な、何でしょうか。おに、兄上」
「ここに来たのは、そういえば理由があったんだ。ああ、すっかり忘れていたよ。君の話に聞きこんじゃって」
(絶対嘘ですよね!? その顔、絶対何かありますよね!?)
お兄様はにこにこと笑ったまま、手を離さなかった。ろくなことがない。そんな緊急の用時じゃないんだろうと、私は彼の手を振り払おうとしたが、力差があってびくともしなかった。さすがは、皇太子の右腕。細身の身体にはしっかりと筋肉がついていて、着やせするタイプだ。
(その爽やかな笑みで、馬鹿力って、まったくあってないですってば!)
お兄様は終始楽しそうに私が藻掻く姿を楽しんでいた。こういうところは、嫌いというか、好きにはなれなかった。お兄様の加虐心というか、意地悪なところは。
「あのー離してもらっても? 緊急の用でなければ」
「でも、命令なんだ。お偉いさんの」
「お、お偉いさん……」
「うん」
と、お兄様はもう一度にこりと笑った。
いやな予感がする。めちゃくちゃ嫌な予感がする!
背筋に生暖かいものが走って、頬を伝って汗が流れ落ちる。嫌な緊張というか、いやな予感はたいていあたるのだ。私もさすがに笑顔が保てなくなってきたとき、お兄様はそれを見計らっていたかのように口を開いた。
「皇太子殿下に会いに行くんだ。兄弟二人で」
「ひぇっ」
「君の嫌いな、皇太子殿下が、アジェリット兄弟をお呼びだ」
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