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第1章
02 嫌いなヤツ
「何で、私……じゃなかった、僕に用事が」
「期待の超新星だからじゃないかな? ほら、ゆくゆくは皇太子殿下の直属の護衛に……」
「兄上だけで十分では?」
「そういってもらえると嬉しいけどね。第二皇子派の人間が増えてきている以上、我らが皇太子殿下の周囲はより固めないといけない」
「……かもしれませんけど。はあ」
コツコツと靴を鳴らしながら、赤い絨毯が敷かれた廊下を兄妹縦になって歩く。訓練場から皇太子殿下の執務室までは距離があり、呼び出されたともなれば早足で向かわなければならない。
にしても、なぜ呼び出されたのか、その理由についてお兄様は教えてくれなかった。ただお呼びである、といったがどうもお兄様は呼び出された理由を知っているようで、鼻歌を歌っていることから、お兄様にとって今回の用事というのはさぞ興味があり面白いことなのだろうと。
(私、嫌いなんですけど……)
ゼイン・ブルートシュタイン――アルタイル帝国の第一皇子にして、皇位継承第一候補の皇太子。すさまじい剣技と、冷酷さを併せ持つ、戦場の悪魔、または化け物とも呼ばれる戦闘狂。帝国の周りを血の海に沈め、国土を広げたときは、現在の皇帝も白目をむいたとか。彼がすごいのは、彼自身の強さだけではなく、戦略面でも。戦場で指揮をとる彼の戦略は、無駄が一切なく、味方兵の犠牲も少ない……が、それ以外を巻き込む、それ以外には目を向けない残忍さを持ち、人の心がないとも言われた。戦争に犠牲はつきものだと、はっきりとしており、内部の裏切り者に対しての罰は重かったとか。
現在は、大きな戦争はないが、反乱や国家転覆を企む噂があればすぐにでもその場に派遣されるくらいには忙しく、恐怖の抑止として名をとどろかせている。
しかし、問題はその恐怖の象徴であり、子ども女性嫌いなところで、そろそろ皇位継承をしなければならないというのに、彼には婚約者どころか、候補もいない。皇帝になるために伴侶が必要なのだが、婚約者候補は、一時期全員バッサリと捨てられてしまった。殿下自身に興味がないというも原因の一つで、皇帝になりたくないのではないかという噂までたち、これまで残酷なやり方が気に食わなかった皇太子反対勢力が、第二皇子を皇帝にと言い始めたのが、最近の話だ。
「ペチカは、ゼインのことが嫌い?」
と、お兄様は振り向くことなく聞いてきた。
ペチカ――と、私を呼んだことから、お兄様が求めている答えは、ベテルのものではなく、私……ペチカにということが分かる。この使い分けというのは、お兄様独特なもので、ベテルの意見は一切いらないという切り替えでもある。
「嫌いといいますか、苦手といいますか。ただ、感じはよくないですね」
「それは、彼が恐怖の象徴だから?」
「そうではなくて、上から目線なところが好きではありません。自分に従えという目も。そうですね、なんか鼻につくので」
「そっか。ふふっ」
「お、お兄様何で笑ったんですか!?」
「まあ、まあ。険しいね、って思って。ほら、ついたよ。ベテル」
話し込んでいれば、皇太子殿下がいる執務室の前までついた。そこはこれまで空き部屋とも、会議室とも違い異様な空気が漏れ出ている。
さすがは、恐怖の象徴。いるだけでも、圧倒的オーラが隠しきれていない。
お兄様は、開けるね、といって、ノックをしてドアノブに手を書ける。そうして、ゆっくりと扉を開けば、中からヒュンとものすごい勢いで何かが飛んできた。
「……ッ!」
すぐさま、剣を抜いてそれを弾けば、キンッという金属音をたて、ナイフが床に刺さる。
「皇太子殿下!」
「三分の遅刻だ。何処で、油を売っていた」
「ゼイン。これまた、刺激的な挨拶だね」
気づけなければどうなっていたことだろうか。
思わず、怒りの叫びを漏らしてしまったが、まったく当の本人は悪びれた様子もなく、眉間にしわを寄せて座っていた。
三分の遅刻で、ナイフが飛んでくるこの生活にも慣れてしまったが、それでも許容できるものではなかった。
お兄様はひらひらと手を振って殿下に挨拶をし、なんてことないというように流しているが、私は鞘にしまった剣の柄から手を離せなかった。
「俺は今イライラしている」
「聞いてないよ。ゼインのこととか。でも、謝ったら? いくら、ベテルが稀に見ない反応速度で対応できるからって。入ってきたのが、俺たちじゃなかったら死んでたと思うよ。それに、俺の弟に傷がついたら……」
「それほどまでの騎士だということだ」
「……だってさ、ベテル」
「僕からは何も」
こういうところだと、私は内心、彼がイライラしているよりも煮えたぎって、顔に張り付けた笑みがはがれ落ちそうだった。
危険極まりない。
「はあ……別に、貴様のことをそれまでの騎士だとは思っていない。ベテル・アジェリット」
「それではなくて、謝罪がききたいのですが?」
「……俺が褒めているというのに、その口の利き方は」
「おほめに預かり光栄です。皇太子殿下。用事がないなら帰ってもよろしいでしょうか」
「貴様、本当にそういうところだぞ」
じっと、赤い瞳に見つめられるが、私からしてみればいつものことで。ちょっかいというか、行き過ぎた言動ではあれど、私に若干甘いのが殿下である。その気持ち悪さが、私が彼を好きになれない原因なのかもしれない。
目をつけられたが最後――と、お兄様は言っていたけれど、本当にそうだった。
殿下はむすっとした表情をしていたが、用事を思い出したようで、足を組みなおすと、私たちを交互に見た。
「ここに貴様たちを呼んだのは、他でもない……今、俺はとてつもない苦痛に悩まされている」
「はあ」
「ふっ、ゼインが……」
私たちのリアクションが思ったものではなかったようで、こめかみがピクリと動いていたが、いちいち当たり散らかしてもいられないのだろう。殿下は、片手で頭を押さえながら、話を続けても? とにらみを利かせてきた。そんなにもったいぶる話なのだろうか。それと、お兄様は、その悩みの苦痛、種をわかったうえで笑っているようで、私だけが知らないらしい。お兄様は殿下の側近であるから、ただの近衛騎士である私に情報が回ってくるのが遅いのは分からないでもないが。
咳ばらいをし、特に私ににらみを利かせた後、殿下は、何だと思う? とあろうことか、私に話を振ってきた。こういうのがめんどくさい。
「何でしょうか……ああ、結婚じゃないですか。殿下が渋っていた」
「もう少し、ましないい方はなかったのか?」
「はい! 殿下は、全くそういう気がないので! そろそろ、結婚相手を見つけなければ!」
「……ベテル・アジェリット」
でも、事実だろう。
だから、殿下は言い返してこなかった。私が、強く出られるのは、お兄様がいるからで、ああ、でも、一人でもいつもこんな感じかもしれない。読まなければならない空気に意味などないのだ。もちろん、殿下が許容してくれているのを知っていて、私も大きく出ているだけの話だが。
「そうだ、結婚相手……婚約者を見つけろというのだ。勝手に選ぶぞと脅しまでかけてきた」
「はあ、そうでもしないと。殿下はてこでも動かないと。議会か、何かはしりませんけど、良い判断なのでは?」
「……」
「殿下、二十三ですよね?」
「ああ、二十三だな」
「そろそろ結婚しないとまずいですよ。本当に」
「ベテル・アジェリットには、いないのか、そういう人間が」
「何故、僕に?」
話をそらそうとしているのが分かった。だが、珍しくも、彼のルビーの瞳が、熱っぽくじっと見てくるものだから、鳥肌が立つ。
女性嫌いもあるが、もっと根本的に、結婚というめんどくさいことがしたくないというようにも見えてしまい、勝手に押し付けられる方がいいのではないかと思ってしまう。それで、結婚の話と――それだけなら、呼び出す理由には足りない。
私たち、アジェリット兄妹を呼び出す理由として、最も適切なものを早く出してほしかった。ただの愚痴に付き合っていられるほど、私も暇ではない。
「それで、殿下。はっきりとしてください。苦痛に悩まされているくらいで呼ばないでいただきたいです」
「違う」
「何が違うと」
私がずいっと殿下に近寄れば、彼は何故か恥ずかしそうに耳を染めていた。
そうして、もごもごと、言葉を濁すように、何度も唇をかんだのち、ぼそっとまるで、恥ずかしいことをいうようにつぶやいたのだ。
「その……見合いをすることになった。そして、ゆくゆくは婚約者になるであろう令嬢と……貴様の姉、ペチカ・アジェリット公爵令嬢とな」
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