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第1章
06 強さの証明
「審判は、俺が務めるでいい? 寸止めか、先に相手に剣を手放させるか、もしくは、降参させるのかのいずれかで勝敗を決定する。ふふっ、こういうの久しぶりだから、楽しみだね」
「兄上、本当に……」
寝癖のような銀色のハネ毛がぴょこぴょこと動いた気がした。それだけではなく、心から楽しんでいるようなお兄様の表情がまた腹立たしい。
(でも、今はそんなことに気をとられている余裕はない……)
「久しぶりですね。殿下と剣を交えるのは」
「久しぶりというか、貴様がムカついたあの時以来だ」
「今もムカついていると?」
「違う……今日はただ単に、そういう気分だったからだ」
殿下はするりと剣を鞘から抜き、太陽にかざす。
初めて殿下と剣を交えたのは、私が近衛騎士団の入団試験に受かった時だ。すでにお兄様は、殿下の側近として使え、それを追うように私は入団したわけだが、何でもその時、殿下の癪に触ってしまったらしく、決闘となった。
細身、華奢、小柄……まぐれで近衛騎士団に入れたのだろうと、殿下は思ったらしい。実際、私のことをまぐれだという人は多かった。だからこそ、自分恩力で這い上がり、証明し、その座に座り続けようと思ったのだ。
その時は、まだ技量が足りず、そして、入団できたという満足感からか、慢心していた。だから、帝国一強い殿下にも勝てるのではないかという淡い期待もあった。だが、戦ってみれば、彼が戦争今日とも言われる理由が分かるほど、隙のない立ち振る舞いに、相手のすきを狙った攻撃。パワーもスピードも、分析力さえも何一つ歯が立たなかった。それでも、鍛えてきた成果はあり、押されつつも、圧倒的な力を前にあきらめようとは思わなかった。そうして、なぜ勝てたのかはいまだに分からないが、あれはまぐれな勝利だった。運が私に味方したといってもいい。だが、あの時、殿下が怪我をしていたという話を聞いてからフェアじゃないということになって、たぶん、運も何もかも味方していなければ私は勝てなかったと思う。実際、それは勝ちではなかった。
(気分で、決闘を申し込まれるって、本当に、殿下は気分屋なんだから……)
それでも、この機会というのは私は嬉しく思った。だって、あれからどれほど強くなったか、自分を試せるのだから。
「ねーねー、二人とも。この際だから何か賭けたら?」
「なっ、兄上!」
「ほう、良いな。イグニスも、時々いいことをいう」
「時々って。ね、ベテルも」
と、お兄様は私にウィンクを送る。一件、私にとって不利なものであり、邪魔なものではあるが、この場合のお兄様はきっとフェアだろう。両者ともにメリットがあることだと。私にも、殿下にも。だから、私は頷いた。
殿下は、何を提示するか考えているようだったが、私はもう決まっていた。
「じゃあ、僕が勝ったら、姉との婚約を破棄してください」
「何だと? ベテル・アジェリット。貴様に何のメリットがある」
「姉の身体のためです。病弱には見えないと言えど、殿下の暴走を姉が止められるとは思いません。それに姉には好きな人がいるので、政略結婚ではなく、恋愛結婚を選ばせてあげたいのです」
「ペチカ・アジェリットに好きな人がいるだと?」
とっさに口から出た言い訳だったが、さすがの殿下もこれなら諦めてくれるんじゃないだろうかと思った。実際、殿下も押し付けられたような政略婚なわけだから、これで大人しく引いてくれればと思ったのだ。
だが殿下は剣を構え、私の言葉に意見するようにスッと私を見据えた。
「そうか、そうだとするなら、なおさらだな」
「はい?」
「ベテル・アジェリット。俺が勝ったら、貴様が、ペチカ・アジェリットとのデートのセッティングをしろ」
「は、はあ!?」
言っていることが分からず、お兄様に関しては、耐えきれないと腹を抱えて笑っていた。しかし、殿下だけは真剣だった。
(何で、私が私と殿下のデートのためにセッティングをしないといけないわけ!?)
デートをしたい、という殿下の思いも謎だったが、それよりも負けたら私は殿下とデートをしなければならないという事実に困惑した。デートなどしたことがないのに、セッティングまで任される気持ちになってほしい。
(でも、勝てば、婚約破棄してくれるのよね。だったら、勝つしかないじゃない)
これは負けられないと思った。
幸いにも、負けたら婚約破棄をしろとなどいうなではないため、まだ可能性としてはある。
剣を構え直し、相手を見据える。
お兄様の、初め、という凛とした声とともに、私は地面をけった。殿下の剣に比べると細身で、刀身が長い。間合いさえ詰めれば――と思うが、それは簡単にはいかない。
剣を互いに交わらせると、ぎぎと鉄同士の擦れる音が響く。それだけならばいいが、殿下の攻撃は私には重いためか、手も腕も痺れてくるのだ。それでも、私は剣を振り続けた。殿下の隙をついて、その懐に入り込もうとするのだが、なかなか上手くいかない。それどころか、私の攻撃はことごとくかわされてしまい、逆に私が隙を見せてしまう始末だ。
「どうした。こんなものか、ベテル・アジェリット」
「クッ、まだまだっ! ハアッ!」
その余裕な顔を、敗北の絶望で塗り染めたい。
殿下は、戦争がなくなり丸くなったとは思う。それでも、当たり散らすし、ノンデリだし、女性の扱いになど慣れていない紳士からほど遠い人間だ。けれど、剣を持たせれば、男性は恐怖し、女性は歓喜するくらいかっこよくなる。顔だって、いい。
(顔だってって、私も殿下と同じみたいな!)
邪念を払いつつ、私は殿下に攻撃を仕掛けるが、すべて読まれているように片手で握った剣に弾かれてしまう。だが、何度か間髪入れずに攻撃すれば、殿下も徐々に隙が見え始める。私の得意分野が生きる瞬間だった。
重い攻撃に痺れた腕に鞭打ち、私は殿下の剣をはじく。そして、彼の懐に入ることができた。
「とった!」と思ったその時だった。
「甘いぞ、ベテル・アジェリット」
「……ッ!?」
先ほどまで、そこになかった彼の剣が、私の首を切り落とさんと間近まで迫っていた。もしかして、殿下は押されているふりをして、私のこの隙を狙ったというのだろうか。何処まで計算して、私の戦い方の癖を理解して……
「まだまだだな。ベテル・アジェリット」
そして、そこまで――とお兄様の声が響く。
私は剣を握ったままその場に踏みとどまった。殿下が剣を鞘に戻し、体勢を戻した後、自身も体を起こして剣をしまう。
(今回は、いったと思ったのに……)
勝った――そう思った瞬間に告げられる敗北。最後のその一瞬まで勝ちと思わず、敗北が常に背中合わせであることを理解し続けていなければ、きっと……この意識を変えなければ、私は勝てないとそう思ってしまった。
憎いことに、まだ何も私は殿下の足元にも及んでいない。
勝てると思っていた自分が恥ずかしいくらいに。
(男女の体格の差は、絶対に理由にしたくないし、それを言われたくない。ベテルとして歩んできた道が、否定されるのも嫌だ)
それなりには心にある騎士魂というか、騎士の意識が、プライドが、傷ついて、私が下を向いていれば、グイッと私の顎は捕まれ強制的に上を向かされる。太陽の光が反射し、白く輝いている殿下が目に飛び込んでこれば、彼は爽やかな笑みで私を見つめていた。
「俺の勝ちだが、しっかりと約束は守ってくれるよな。ベテル・アジェリット」
「は、はあ……はい。殿下の言う通りに」
「……」
「あの、まだ何か?」
「いや? 本当に姉弟顔が似ていると思ってな。間近で見たわけではないが、そっくりだ。貴様らが互いの服を着ていたら、見間違うかもしれないな」
と、殿下は私から手をはなす。
ベテルがペチカの服を、ペチカがベテルの服を着ていたら……なんて、絶対に成立しない。だって、一人しか存在しないのだから。
「あーあ、負けちゃったねえ。ベテル」
「兄上……まだまだ鍛錬が足りないせいです。次は必ず……」
「勝てると思ってるの?」
「……勝ちますよ。いずれ……勝ちたいんです。ベテルとして」
デートが楽しみだな、と背を向けて歩いていく殿下に、私は何か言えただろうか。
目指すべき道はそこにはっきりあるけれど、それが、ペチカではなく、ベテルとしての道だと示されていて、これでいいのかという気にもなってしまった。
お兄様は、そんな私を見てか、優しく頭を撫でると、「ペチカ」と私の本当の名前を呼ぶ。
「ゼインとのデート楽しみだね」
「なっ、お、お兄様の馬鹿ッ!」
せっかく忘れていたのに!
ニヨニヨと笑うお兄様の胸倉をつかみ、ぶんぶんと前後にゆするが、お兄様は終始楽しそうに「デート」と口にしていたので、腹が立って仕方がなかった。
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