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第2章
01 絡まないでいただけますか?
しおりを挟む煌びやかなシャンデリアの光に、目が眩む。私がいつも目にしているのは炎天の太陽。その下で汗水たらして剣をふるって、近衛騎士としての役割を全うする。それは、殿下周りの護衛だったり、皇宮周りの警備だったり。割り当てられた場所に配属されて業務をこなす。そういうのには慣れているけれど、人工的な輝きは目にいたいというか、自分がこの下にいてはたして輝けるのかなと思うと、やっぱりちょっと委縮してしまう。
サーモンピンクの髪は念入りに、数分で終わらせてしまう入浴も一時間以上かけて丁寧に体の隅から隅まで洗われた。公爵家のメイドは本当に気が利く人たちばかりで、そしてとても熱意にあふれている。私が、殿下の婚約者になったと言ったら目を輝かせ、そのあとメラメラと燃え上がるように、でしたら着飾らなければ! とこれまでの鬱憤を晴らすような勢いで私を着飾った。
あれだけ炎天下の下で動いていても肌はきれいだったらしく、何度も「化粧のノリがいいです。肌もつやつやで、化粧なんてしなくてもこれだけで勝負できます!」とか「もう、何着ても似合います。ああ、ネイルもしましょう! 指先までこだわらなくては!」とか。すべてお任せにして出来上がった、ペチカ・アジェリットは本当にお人形のように可愛かった。結い上げられた髪の毛も、それをふわりと着飾る赤いリボンも、ブルーのドレスはとてもよく映えた。着てみたいと思っていたドレスをわざわざ取り寄せてくれていたところにとても愛を感じ、鏡の前に立つのはとても楽しかったのだが、それ以外は気乗りがしなくて、こんなに着飾ったのに、これを着ていくところが……と。
「ペチカ・アジェリット」
「ペチカでいいです。フルネームは長いのでやめてください」
「ぺ、ペチカ……と呼んでいいのか?」
「私は殿下と呼びますけどね」
「……」
お兄様のエスコートもそこそこに会場入りすれば、すぐにもお兄様はご令嬢たちに囲まれ私はその輪からはじき出された。いってしまえば、こういった皇宮でのパーティー、夜会、令嬢たちのお茶会に参加したことは指を数えるほどもなく、久しぶりの夜会は、皇太子殿下の婚約者としての参加となった。
私を見つけるとすぐにパッと顔を明るくして彼が近づいてきた。シャンデリアの光を一身に受けた黄金の髪は美しくてほれぼれするけれど、できるならそっとしてほしかったなとも思う。
私が、殿下と呼びます、といっただけでしゅんと耳を垂れ下げた子犬のような顔をするから、どうしてほしいんだと思わずにらんでしまった。
「何ですか、その顔」
「怒っているのか、と思って」
「何を?」
「この間、胸をもませ……ペチカ!」
「ああ、もうこういうところでそういうの言うの、デリカシーがないっていうんですよ!? さすがの殿下も場所を選びましょうね!」
私のほうが声が大きくて、周りの視線を集める結果となってしまい、私はしまったと、彼の手を引いて、会場の端へと連れていく。思わず腕を強く引っ張ってしまったので、殿下の顔がゆがんだ。剣を日ごろから握っているから、それなりに力はあって、さすがの殿下も顔をゆがめている。
「す、すみません」
「貴様は、力が強いな……本当に病弱なのか」
「だから、この間も訂正しましたけど、それは嘘ですから。殿下は、私のこと噂でしか判断しない薄情な人なんですね。婚約破棄します?」
「しない。だが、そうだな……貴様のことはよく知らない。噂だけで判断するのは良くないな。すまなかった」
と、頭を下げられてしまう。
そこまでしなくていいと思ったし、そこまで言わせるつもりはなかった。だって、本当のことだったから。でも、心のどこかで彼の謝罪を聞き入れて、本当の私を見てもらえるような、これからの期待に胸が膨らんでいく。
私の知っている殿下は、恐怖の象徴はこんなふうに女性に頭を下げるような男ではないのに。でも、それが当たり前のことのようにも見えてしまう。
「頭、下げないでください」
「だが……」
「いいんです。あと、殿下らしくないです」
「貴様も、俺のことをよく知らないだろ」
「しって……知らない、ですけど。でも貴方はきっと、似合わない。その、頭を簡単に下げないでください。私なんかに」
「いや、貴様だから下げるんだ。嫌われたくないし、誤解したくない」
「……っ」
すっと向けられたルビーの瞳を見て、ドクンと胸が脈打つ。そんな真剣な顔で見つめられたことなんてなくて、私は口元を覆いながら視線をそらした。
(で、殿下が、今、すごく輝いて見えた……)
彼の髪色が輝きを詰め込んだような金色だからだろうか。でも、顔も輝いて見えた。かっこよく見えてしまったのだ。
おかしい、と両頬を抑えてみるが、心臓の音はドクンドクンと脈打つばかりで静まってはくれない。
殿下の言葉、一つ一つが胸に刺さって、温かいような、恥ずかしいような気持になるのだ。
「どうした? ペチカ」
「な、何でもありません。でも、ありがとうございます。そういってもらえるのはうれしいです」
「そうか。貴様の前では、素直でいたい」
「なんで、ですか」
「だから言っただろ、嫌われたくないと」
「どこまで、婚約破棄されたくないと、固執しているんですか。ほら、会場を見てください。たくさん私よりもかわいい令嬢がいるじゃないですか」
「婚約者がいるのに、俺に不貞行為をして来いというのか」
「そ、そこまでいってないですけど」
確かに、婚約者がいる状態でそんなことしたら殿下の評価が下がってしまうだろう。それは私としても避けたいところだった。
(それに、この夜会にはあの人も参加している。くれぐれも、殿下の評価を下げないようにしないと……)
「いたっ、な、何するんですか。殿下」
「眉間にしわが寄っていた。ベテル・アジェリットも似たような顔をする時がある。そこまで深刻に考えるな。流れるようになるときはなる」
「……いきなり触らないでください」
「気難しいな」
ピンと指で額をこつかれ、私は顔を上げて抗議する。殿下は、これくらいでなんだ、というような顔をしていたが、どこか楽しそうだった。確かに、根を詰めすぎだとか、肩の力を抜けとかお兄様には言われるけれど、それを殿下に言われる日が来るとは。
(かわいくない顔よね、でもそれって……)
かわいくなりたい。
でも、身についた男性としての生き方は私を女の子にはしてくれなかった。だから、自分がこの場で浮いているように見えて仕方がない。だからといって、ベテル・アジェリットというもう一人の私を否定したいわけじゃないのだ。
けれど、こういう場にいるのならペチカ・アジェリットという一人の女の子として楽しみたい、そんな気持ちはあるわけで。
「ペチカ」
「何ですか、殿下」
「殿下じゃなく……婚約者なのだから、俺のことは名前で呼べ」
「いきなりですね。でも殿下は殿下でしょう?」
「……じゃあ、俺もペチカ・アジェリットと呼び方を戻すが」
「ああ、本当にめんどくさい人ですね。わかりましたよ。ゼイン……殿下」
「ゼインでいい」
「……」
「ほら、呼べ」
それは命令なのだろうか。それとも、そう呼んでほしいという彼の気持ち?
上から目線で、彼が本当にしたいことというのはよく見えてこない。でも、彼がそういうふうにしか生きられない人間だってことも理解しているはずなのだ。ただ、それを私が気に食わないだけで。
(もっと、ましな言い方あるでしょうに……)
「――ゼイン」
「……っ」
「これでいいですか? ゼイン。あの、恥ずかしいので、私のことあんまり見つめないでください」
「ああ、それでいい。ペチカ」
幸せそうに笑わないでほしい。その顔を見ていると、胸が苦しいから。いっぱいになるから。
(貴方のその顔、見たことない、から……)
まだ、とくん、とくんと静かになっている心臓は落ち着いてくれなかった。それどころか、顔が赤くなって、熱くなって自分でもどうしたらいいかわからなくなる。貴方がそんなふうに笑うなんて知らなかったから? その笑顔が私にだけ向けられたものだから? わからない。でも今はただ――
(その笑顔を向けてくれていることに、とても喜びを感じている自分がいる……)
この胸の高鳴りは、暴君に抱いているこの感情は、ペチカ・アジェリットが初めて抱いた感情なのだろうと、私は胸の前できゅっとこぶしを握った。
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