一人二役男装令嬢は、一目惚れしたと迫ってくる鈍感暴君様と婚約破棄したい

兎束作哉

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第2章

02 お似合いじゃないですか

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 夜会の楽しみといえば、貴族との交流、そしてダンスだろう。
 会場の真ん中で光を浴び輝きワルツを踊っている男女を見ると、感動から声が出なくなってしまう。一応この日のために練習はしてきたのだが、ダンスは下手で踊れる自信がなかった。けれど、殿下の婚約者としてそれはまずいだろうという気持ちもあって、踊らなければという強迫観念に襲われる。


「貴様は踊らないのか」
「踊らないって、貴方がいるのに?」
「それは、ダンスのお誘いか?」
「違います。というか、殿下……ゼインは踊れるんですか?」
「俺にできないことなどない」
「あっそうですか。すみませんね、いらぬ心配でしたね」


 そうだった、と。この人は何でもできるのだ。ぼんやりと遠くを見ているようで、でもワルツを踊る貴族たちを眺めながら手に持っていたスパークリングワインをくるくると動かしている。私はお酒が苦手でぶどうジュースをちまちまと飲んでいるのだが、少し渋みがあってあまり進まなかった。
 殿下がたまにこちらをちらちらとみるので、これはダンスを踊ったほうが……と思ったのだが、誘うような勇気もないし、醜態をさらすぐらいなら踊らないほうがいいと、どうにか殿下の意識をダンスからそらそうと思ったが難しいらしい。


「フッ……」
「な、なんですか、いきなり笑って。怖いです!」
「いや、貴様は踊れないのだろ? ペチカ」
「なんでですか。踊れますけど。ちょっと今日はコンディションが良くなくて」
「嘘をつくな。目が泳いでいる」


 と、指摘され、私は目を覆う。こんなことしても意味がないとわかっていても、私は指摘されることが嫌いだった。プライド的に、というのもあるし、殿下には言われたくなかったのだ。もしかしてまたお兄様が情報を流したんじゃ、と思ったが、そこまでお兄様も意地悪じゃないだろう。
 私の態度がそういうふうだっただけ、それだけなのだ。


「別にいい。無理に踊れとは言わない。苦手なことが一つや二つあるのが人間だ。それに、そっちのほうがかわいいだろ?」
「か、かわいい……?」
「ああ、かわいいと思う。人間らしくて」
「あ、ああ、そうですか。そっちですか」
「そっち以外何がある?」


 きょとんとした目を向けられ、私は自分がかわいいと言われたのではないかと勘違いしてしまった。それが恥ずかしくてぐっぐっとジュースを飲んで口をふく。それを見て「男みたいだな」と、殿下は丸い目で私を見た。つい癖が出てしまい、慌てて取り繕おうとするが、遅かった。殿下は、眉間身眉をひそめ、私のほうを見たかと思うと「べテル……」とつぶやく。冷汗が背中を伝っていき、気が気じゃなかった。


「べ、べテルは。今日は家でお留守番なんですよ。こういう場が苦手でって」
「あいつがか? まあ、確かに……だがそれは貴様も同じだろ。ペチカ」
「そ、それは、ゼインが出席するから」
「俺が?」
「は、はい……何か、おかしいことでも?」
「いや、フッ……いや、そうだな。そうか」


 と、殿下は口元を抑えながらこらえきれない笑みを漏らす。


「何笑っているんですか」
「いや、俺のために来てくれたのかと思うと、愛おしくて仕方ない。ペチカ。ありがとう」
「なっ、別に、ゼインのためとか、ではなくて、ですね。婚約者としての責務を……」
「婚約破棄をさせようとしているのにか?」
「それでも! 責務は、責任はしっかりと全うするべきですから」


 私がそういうと殿下の顔に少し影が差した。口を開いたかと思えば閉じて先ほどとは違うトーンで「そうか」とつぶやいた。またまずいことを言っただろうか。理由を尋ねたかったが、怒らせたのにさらに火に油を注ぐことはしたくなくて、ジュースが空になったことを言い訳に、私はその場を離れてしまった。いったそばから言った言葉を否定するような行動をとってしまい、自分でもどうかしていると思った。これまで、殿下にどんな言葉を浴びせられても、またこちらが浴びせてもなんとも思わなかったのに、なぜ今彼の顔色を窺っているのだろうか。
 婚約者と、守るべき主人は違うのだろうか。
 誰も知り合いがいない会場に一人飛び出せば、どうなるかわかっていたはずなのに、すぐにも私は知らない貴族たちに囲まれ、ジュースをとってくる騒ぎではなくなった。ドレスということもあって動きにくく、自分より背の高い人たちの間から殿下は見えなくなっていた。帰ろうにも、彼が場所を移動していたら見つけられないのに……


「――あら、誰かと思えば。病弱令嬢のペチカ・アジェリット公爵令嬢じゃありませんか」
「……誰?」


 耳を貫いたのは、高いソプラノボイスで、振り返るとそこには青色の髪が透き通る令嬢が立っていた。家紋の彫られた扇子を口元に覆っていたので、どこの令嬢かわかり、私は騎士としての挨拶をしようとして一瞬止まり、令嬢としての挨拶に切り替えて会釈する。


「エーデルシュタイン伯爵家のご令嬢ですよね。初めまして、アジェリット公爵家が娘、ペチカ・アジェリットといいます」
「……公爵令嬢なのに、まったくなっていない挨拶ね。みんなそう思わない?」


 と、いつの間にか彼女の後ろにいた家紋もわからないような令嬢たちが、そうですね、と笑いながら私を見る。なんとなく、バカにされているのも、彼女に目をつけられたというのもわかったが、よくもまあ私のことを知っているとそっちのほうが驚きだった。


(夜会にもお茶会にも出ていないのに。噂が独り歩きしている私によく話しかけようと思えるわね……)


 その度胸は褒めるべきだろう。だが、本当に目的がわからず首をかしげていれば、彼女の癪に障ったらしく、パシンと扇子がとじられる。


「どんな手を使って、殿下の婚約者になったのかしら」
「ゼイン?」
「まあっ、もう名前で呼ぶ関係なの!? 信じられないわ」
「え? な、なんですか」


 わざとらしく声を上げて、後ろに下がる彼女を、後ろに控えていた令嬢が受け止める。これじゃあ、私が悪者だし、彼女のほうが病弱に見えるのだが。令嬢はみんな驚くようなことがあると倒れるほどひ弱なのだろうか。ということは、やはり私は令嬢っぽくない? と、胸のあたりがざわざわする。


「コルリス様、大丈夫ですか」
「コルリス様! あなたのせいよ!」
「私のせい、なのでしょうか……ええっと、コルリス・エーデルシュタイン伯爵令嬢?」
「わたくしの名前をきやすく呼ばないでくださいまし! あなたのような人、殿下にふさわしくないのよ!」
「そうですか……」


 じゃあ、なんて呼べばいいのだろうか。
 だが、問題はそこじゃなくて、コルリス嬢が殿下に思いを寄せているというところだろう。私にこうして突っかかってきた理由が殿下だった。ならば考えられることとして、彼女が言った通り、彼女は殿下の婚約者の座を狙っていると。殿下も罪な人だと思うけれど、どうしてみんなあんな気分屋暴君のことが好きなのだろうかと呆れてしまう。殿下でいいのなら、と、私の席を譲ってあげたい気持ちにも一瞬なったが、それを口にする前に、のどにその言葉がつっかえてしまった。


「え……?」
「どんな方法を使ったか知りませんけれど、わたくしのほうが殿下のことを愛しているので! あなたみたいな泥臭いような女なんかに――」
「――誰が、誰のことを愛していると?」
「……ゼイン?」


 ふわりと肩を抱き寄せられ、彼の胸に倒れ掛かる形で私は一歩後ろに下がる。その声と威圧感、コルリス嬢たちの視線と表情の動きからすぐに彼が来たのだと悟った。どうしてここにいるのが分かったのかと聞きたいところだったが、コルリス嬢をかばっていた令嬢たちは委縮してしまい震えていた。やはり、恐怖の象徴である彼を前にしたら、令嬢たちは小鹿も同然だ。プルプルと震えていて、なんだかかわいそうになってくる。


「それで、エーデルシュタイン伯爵令嬢。誰が誰のことを愛していると?」
「ぜ、ゼイン殿下、わたくしは――っ」
「いいじゃないですか。お似合いだと思いますよ」
「は?」
「え?」


 殿下とコルリス嬢の視線が同じいタイミングでこちらに注がれる。私はにこりと笑って、殿下の手を払いのけ、コルリス嬢に一歩近づく。彼女は警戒して一歩下がったけれど、それ以上は固まってしまって動かなかった。


「ゼインは、とっても気分屋で暴君だけど、貴方がいいっていうのならお似合いだと思いますよ」
「え、ええ、ぺ、ペチカ嬢、あなた……」
「おい、ペチカ!」
「お似合いだと思うので。私はお邪魔だと思いますから、この辺で」


 おい! と後ろから聞こえてくる声は聞こえないふりをして、私は人の間を縫ってその場から離れた。面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったというのもあるけれど、なんとなくあの場にいるのが面倒というより気分が悪かった。殿下への愛を語るコルリス嬢と、婚約破棄を望む私。それに挟まれる殿下を見ているのも、自分がそこに立っているのもなんだか変な気がして、釣り合わない気がして。
 コルリス嬢は、きれいだったし、人脈もあるようで、自信にあふれたその姿はとても美しかった。それに比べて私は……と、負けている気がしてならなかったのだ。釣り合っているのか。婚約者とは名ばかりで、愛もない……と思う。そんな私が隣にいていいのかと思ってしまった。でも、彼を残してきたのは悪かったかな、と少し罪悪感もある。


(何、このもやもやとした気持ち……)


 コルリス嬢のほうが釣り合う、お似合いだといったくせに、私の胸はチクチクと痛んでいた。そして、分厚い雲が覆うように、私の思考を乱していく。なんでこんな気持ちになってしまったのかわからずに、私は誰もいないだろうバルコニーに向かって足を進めた。今はただ、一人になりたかった。
 

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