一人二役男装令嬢は、一目惚れしたと迫ってくる鈍感暴君様と婚約破棄したい

兎束作哉

文字の大きさ
22 / 45
第3章

01 閉じ込められた小さな星



「まあっ、来てくれたのね。二人とも」
「ご無沙汰しております。お母様」
「もう、堅苦しいわ。ね、べテル。イグニスもこっちに来なさい」


 ベッドの上で優しい笑みを浮かべ、手招きする薄いサーモンピンクの髪の女性は私たちのお母様、テラ・アジェリット公爵夫人。今は、療養生活のため公爵家の別荘にいて屋敷のほうに顔を出すことはない。また、使用人はお母様が全て決めており、別荘は公爵家とはまた違う雰囲気に包まれていた。
 優しい笑みとは裏腹に、お母様は私をべテルとしてしか見ていなくてその眼には狂気が渦巻いている。


「母上、お変わりないようで」
「ええ。息子二人がみにきてくれたんだもの。元気出るわ」
「あの、ペチカは……」
「何? べテル」
「ひっ……」


 優しく細められていた目が、一瞬ぎろりと私を射抜く。私の中にいる押し殺したペチカが見透かされたような気分になり、私は口を閉じる。
 お母様は、歪な愛情を私……べテルとお兄様に向けている。皇族の親せきということもあり、その魔力量は偉大。とくに精神に干渉する魔法を使える唯一の魔導士でもあり、そのせいもあって短命ともいわれてきた。代々精神に干渉できる魔導士は自らの精神を病み自滅することが多いらしいから。きっと、お母様も例にもれず、その歪な愛情は、お母様の魔法から影響した性格なのだろうと結論付ける。でなければ、息子に……娘にこんな仕打ちはしないだろう。


「ペチカなんて子は知らないわ。私と病弱なところだけは似ていて、家に引きこもっているんでしょ。這ってでもここには来ないわ。それに、ここには絶対に一歩も踏み入れさせないわ」
「……お母様」
「べテルだけでいいのよ。双子として産んじゃってごめんなさいね」
「……」


 実の親にそんなことを言われるのはさすがに傷ついた。ペチカが生まれてくるべき存在じゃなかったといわれているような気がして、じゃあ今ここにいる私は誰なんだとわからなくなる。
 こんな気持ちになることくらい予想できたのにここに来たのは、やはり実の親だから……母親が病弱で、長くないと聞かされたら見舞いに行くものだろう。それが、私として見てくれなくても。
 お兄様は、私の震えに気づいたが、お母様の手前かばうことはしなかった。もし庇いでもしたら、またその時お母様が娘に向けた嫉妬で暴走してしまう可能性があったからだ。
 まだ私が幼い時、べテルとしてではなく、ペチカとしてここを訪れたとき部屋にあったガラスがすべて割れるくらいお母様が暴走した。なぜ、ペチカが来たのかと、べテルはどこにいるのかと、そういって暴れた。それを覚えているから、私はべテルとしてしか、ここにこれなかった。


「べテルは今何しているの? 憧れの騎士になれたんでしょ?」
「はい……近衛騎士団の団員として」
「まあ! それじゃあ、イグニスと配属は同じ? そのうち、皇太子殿下専属の護衛になれるかもなのよね。やっぱり、男の子はそうじゃなきゃね。かわいいご令嬢とのお見合いも考えているから期待していてちょうだい」
「わた、僕は、見合いなんて!」


 ふふふ、と夢を語るように言うお母様が怖かった。
 本当に私を男として、べテルとしてしか見ていないのだと。皇帝陛下が男装を黙認してくれているだけで、本当にご令嬢たちと結婚できるわけじゃない。戸籍としては、女のままだ。二つ戸籍があるわけでもない。身分を偽っている時点でもおかしいのに、婚約なんてことは絶対に――
 お兄様も「まだ、べテルには早いんじゃないですか?」とフォローを入れてくれるけれど、お母様は全く聞く耳も持たなかった。結局は、べテルもお母様のかわいいかわいい愛玩具で、着せ替え人形なのだろう。お母さまの望むとおりに生きなければならない。もし、べテルが生きていたとしたら、それをべテル本人が背負うことになっていたかもしれない。だったら、私でよかったかもと。
 お母様は先が長くないけれど、それでも生きているうちは、私はべテルとして生きていかなければならなない。
 もちろん、ペチカとしての婚約の話もあるが、ここではそれを言えない。お母さまが屋敷から出ることはないけれど、どういう情報網でか情報は仕入れている。


「早くないわよ。女は旬が短いとかいうけれど、男だってそうじゃない? 若いうちに子孫を残すこと……ねえ。べテルもそう思うでしょ?」
「僕……は」


 気持ち悪い。
 そうかもしれないけれど、それを押し付けないでほしかった。旬とか、旬じゃないとか。確かに結婚は早めにと言われているし、子孫も早めに残せというのが貴族の中の暗黙の了解みたいなもので、それを誰かがおかしいということもない。だが、人生はそれだけじゃないだろう。
 人の人生を勝手に決めないでほしかった。私の人生だけじゃなくて、べテルの人生までレールを引いて……
 爪が食い込むぐらいこぶしを握って、私は耐えた。この面会が終われば帰れるのだ、それまでの辛抱だと。


「ああ、でも気に食わないことがあるのよね」
「な、ん……ですか」
「その、ペチカ? あの子が、皇太子の婚約者になったっていう話」
「……あ」


 お母様から、ペチカの話が出てくるとは思わず、私とお兄様は顔を見合わせた。
 しかし、やはりと言っていいのか、敵意を感じられるとげとげしい言い方と表情に、私は苦笑すら隠して「ペチカの話ですか」と乗れば、またそれでお母様の機嫌が悪くなる。


「ええ、あの子ね……どんな手を使ったのか知らないけれど、皇太子の婚約者になったって聞いてびっくりしたの。釣り合うわけがないじゃない。それに、ほかの男もひっかけているって噂に聞くし。貴方たちの評価が下がるのが怖いのよ。あの子のせいで、貴方たちまで被害を被るのが、私は胸が痛いの」
「そんなことないですよ……」
「あるのよ! べテル! べテルは私の言葉には必ずうなずくのよ! 貴方は誰? 私のべテルじゃないの? べテルはね、あの子のことなんて考えないの。それに、何? さっきから気になっていたけれど、髪が長いじゃない! もしかして、男が好きなの? 男に好かれようとしているの? そんなの私は許さないわよ。今すぐ切りなさい、髪を。それに内またなんて、女の子みたいじゃない! どうしちゃったの、べテル。私のべテル!」
「母上、落ち着いてください」


 お兄様が、お母様をなだめるけれど、お母様の怒りは収まらず、つばをまき散らしながら、私を指さし「貴方は誰なの?」、「べテルを返して」と叫ぶ。怒号は部屋に響き、私の居場所を奪っていく。指をさされ、すべてを否定された気持ちになり、浴びせられる罵倒は、ペチカの存在を否定する。
 私だって……私はお母様から生まれた、お母様の娘で、べテルの姉なのに。どうして私のことは見てくれないのだろうか。私の存在を否定して、その上、殿下との婚約さえも汚らわしいという。釣り合わないという。
 責められているのが、明らかにべテルではなく、ペチカである私だとわかっているからこそ、私は言葉も出なかった。
 耳に入ってくる声はすべてナイフで、鼓膜が切り裂かれるような痛みと、全身に刺さるトゲに涙が出そうだった。お母様の癇癪はその後数分続き、疲れたように眠ってしまってからは死んだように動かなくなった。
 その後、すぐに部屋を出て、私は倒れるようにお兄様にもたれかかってしまった。


「おにい、さま……ごめんなさい」
「ううん、謝らないで、ペチカ。大丈夫、大丈夫だから……」


 泣かないで、とすでに流れていた涙をぬぐってくれるお兄様。それでも、あふれた涙はとまらなくて、嗚咽を漏らすことしかできない。お兄様の胸を濡らしてしまい、それもそれで罪悪感が膨れていく。
 私は生きていちゃダメなのかと、そんな気持ちにさえなる。
 近衛騎士団の訓練の中で浴びせられる言葉なんかよりも、殿下の女性差別の言葉なんかよりもよっぽどひどい。実の親に言われる言葉がこんなにも深く刺さるなんて思ってもいなかった。けれどそれに反発すれば、さらに私という存在を否定される気がして怖かった。
 こんなことなら、べテルなんて死んでしまえと……虚像の弟に剣を向けたくなる。それでも、本物の弟のことは愛していたし、私が嫌いなのは、べテルという虚像の弟を演じている私なのかもしれない。


(だめだな……私……)


 一番ショックだったのが、自分を否定されたことよりも、殿下との婚約を祝福するどころか釣り合わないと言われたことだった。それが、自分の中で一番驚愕の事実だった。そして、それと同時に彼に会いたい気持ちが出てきて、お兄様にすがりながら小さく、彼の名前を口にしていた。


「……ゼイン」


 私はこんなに弱い人間だったのだろうか。いつから、こんなに弱くなったのだろうか。
 ペチカ・アジェリットという小さな女の子は、お母様に否定され、その輝きを失いかけていた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく

星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。 穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。 送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。 守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。 ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。 やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。 ――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる―― (完結済ー本編10話+後日談2話)

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。