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第3章
02 未来の皇帝陛下の騎士
「――べテル、ベテル・アジェリット!」
「……っ、は、はい」
「……どうした、顔色が悪いが。まだ体調がすぐれないか?」
「い、いえ。もう大丈夫です」
「大丈夫そうには見えないが……はあ、まあしっかりしてくれ。騎士としての自覚をだな」
「わかっています。殿下。ご心配いただきありがとうございます」
お母様との面会後、数日ほどまた休みをいただいて、仕事に復帰したが、あの日言われた言葉がまだ刺さっていて、苦しくて、でもそれを話せる人間なんて限られているから自分の中で飲み込むしかなかった。お兄様は、あの後気を使って、話を聞いてくれるけれど、お兄様だって自分に向けられている異色の目に耐えるのはつらかっただろう。お父様にもあんな愛を向けていたのだろうか。それとも、子供である自分たちにだけ? もうわからないが、お母様が異常であることは、公爵家全員が知っていることだった。だから、お母様の機嫌を損ねないように細心の注意を払って生活している。
殿下に顔色の悪さを指摘され、まったくその通りだったから、お気遣いありがとうございます、とだけ言って殿下の前に書類を置く。腰に携えられた剣の重みも久しぶりな気がして、べテルに戻ったんだなと実感させられる。最近はペチカでいるときが多かったから。
殿下は私の顔を見て「休みをもっととっても良かっただろう……」とつぶやいて書類に目を通す。
「殿下は僕と違って、いい顔をしてますよね。最近」
「そうか? まあ、そうかもしれないな」
「……姉と、うまくいっているからですか?」
自分で自分の話題を振るのはどうかと思ったが、慣れてしまえば別人として扱うことができるのではないかと割り切って質問する。殿下は、ペチカの話が出ると頬を緩ませて「順調……だろうな」と確信はないが、といった感じに答えた。殿下が私のことを好いてくれるのはとてもうれしかったし、それが癒しになった。もっと聞いていたいところだったが、ペチカとべテルの境界線があいまいになる気がしてやめた。
「ベテル・アジェリットは、そういう話を聞かないのか?」
「姉から、ですか……? はい。姉は多くを語りませんから。双子とはいえ、そういうことは言わないのではないでしょうか」
「そういうものなのか……まあ、そうかもしれないな。俺も別にあいつと話すことはないしな。だが、貴様らは仲がいいと思っていたが、違うのか?」
「おに……兄上とは仲がいいですし、姉とも仲がいいですよ。ただ、まあ……ちょっとややこしい事情はありますが」
ややこしくしているのはお母様であって、私たちに何の問題もない。いや、べテルが死んでいるのに生きていると偽っている時点で、すでにややこしい兄妹ではある。それを、殿下に打ち明けられないから困るのだが。
殿下は追及してこなかったが、代わりにじっと私の顔を見た。
「な、んですか。殿下」
「いや、本当によく見れば、ペチカと顔が似ているな」
「双子ですから」
「双子にしてもだ。まるで、ペチカが二人いるようだな」
と、殿下は言って笑った。いや、私は一人で十分だ、と言いたかったが、殿下からしたら別にどちらでも、どうでもいいのだろう。
気づかれないだけましだが、今の殿下なら言ってしまってもいいのではないかという気になる。しかし、お母様のように豹変したら……と思うとうかつに口にできない。そのつらさはずっと胸の奥に秘めておかなければならないのだ。
「……貴様が、近衛騎士団に入ってすでに三年は経つが。変わらないな、貴様は」
「というと?」
「十七の少年が近衛騎士に入ると聞いて驚いた。それと同時に、貴様のようなひょろがりの女のような奴に騎士が務まるかとも思った。舐められているとな。いずれ、自分の周りを守る騎士になるのに……これでは、俺の威厳にかかわると」
「そんなこともありましたね。それで、決闘……あの時は引き分けでしたけど、負けたようなものでした」
「貴様が負けを認めるなど、明日はやりが降るのか?」
座れ、と言われ、私はソファに腰を掛ける。
ベテル・アジェリットとしての私も殿下はかなり受け入れてくれていた。
三年前にさかのぼるが、殿下の言った通り最年少で近衛騎士団に入団した私は、すぐに殿下に目を付けられいちゃもんをつけられて決闘を申し込まれた。あの時は変な自信があって、女で、十七歳で近衛騎士団に入団できたんだから、殿下にだって勝てるだろうと……無知で無謀もいいところだったと思う。
決着は、お兄様の介入でつかなかったけれど、あの時も、今も私は殿下に剣で勝つことはできていない。いずれ超えたいし、超えてこそ彼を守るに値する人間になれるのではないかとすら思っている。だから、剣をふるうこともやめられない。
「負けというか……殿下が強いのはもう十分理解しているというか。だからこそ、いつかは勝ちたいと思っているんですよね。これは、僕の夢で目標なんです」
「……っ、ハッ、貴様は笑うと本当にペチカに似ている」
「あ、えっと……双子ですから。それに、殿下、姉に顔が好きだとか言いましたね。僕の顔も!」
「まあ、その好きだな……だが、貴様は、その顔がいいだけで、恋愛的に好きという意味ではないからな? 誤解するなよ?」「わかってます。では、兄上の顔も好きなのですか?」
「違う。イグニスは貴様らとは違うだろう」
確かに、お兄様はお父様の遺伝子を強く受け継いでいるからお父様似だけれど、私はお母様似の顔をしているし。けれど、お兄様のはかなさとか、意地悪さはお母様似なのかもしれない。
また顔の話になってしまったので、私は話を変えようかと思っていると、殿下が急に私に手を伸ばしてきたので、思わず手を払いのけてしまった。
「あ、すみ、ません……なんでしたか?」
「いや。本当に似ていると思ったんだ。そうやって、俺のことを拒むところも」
「すみません。姉と似ていて」
「いいんだ。貴様はもう知っていると思うが、俺の専属の護衛にというう話がじきに上から伝えられるだろうが、その点についてはどう思っている?」
「殿下の護衛……それは、兄上とということですか?」
「ああ。剣技と魔法を兼ね備えた魔剣騎士イグニス・アジェリット。そして、剣技と素早さを兼ね備えた疾風の騎士ベテル・アジェリット……兄弟で護衛など前代未聞だが、俺は全く問題ない。むしろ、うれしいくらいだ。こうして貴様をここに呼ぶのもいずれ近くで働いてもらうためだ」
殿下はそう言ってうれしそうに笑っていた。
疾風の騎士……なんて、ダサいようで、微妙にかっこいい名前で呼ばないでほしいが、私の瞬発力や、素早さを褒めてくれるのはうれしかった。殿下なりの誉め言葉なのだろうと受け取って、私は心の中でガッツポーズを決める。
(でも、そうか……この話が、殿下から……)
その話がいつかされると思っていたが、今日殿下に言われるなんて思っていなかった。殿下は、ペチカとべテルを別人として見ている。だから、ペチカとの婚約は続行で、そしてべテルを自分の護衛にしようとしている。だが、選べるのは一人だけだ。
べテルとしての私を選ぶか、ペチカとしての私を選ぶか……どちらかしか選べないとしたら殿下はどちらを選ぶだろうか。そんな選択を迫りたくはないが、私は一人しかいない。
けれど、べテルとして抱いた夢である皇太子の……未来の皇帝の護衛なんて一生回ってこない話だろう。ここでければ、二度と声をかけてもらえなくなる。お兄様とも肩を並べられて……それは、騎士としての冥利に尽きる、けれど。
「どうした? ベテル・アジェリット。もしかして、不安か?」
「いえ。大変喜ばしいことだと思って。僕が目指していたところでもありますし、殿下の……未来の皇帝陛下の騎士になれるなんて、これ以上ない幸せだと思うので」
「なら、この話は――ん?」
「何ですか?」
笑顔だった殿下の顔が一瞬にしてこわばった。そして、私の首筋をつぅとなぞって、眉を顰める。
そこに何があるのかと気になっていれば、殿下は薄い唇を開いてルビーの瞳を光らせた。
「ペチカには言っていなかったがあの夜……ペチカの首筋にキスマークを残したんだが。まあ、本人にいえば怒られるだろうと思って黙っていたが……なぜ貴様の首筋は同じように赤くなっているのだ? ベテル・アジェリット」
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