24 / 45
第3章
03 胸……胸!?
「え……?」
(――な、なにそれ!?)
顔に出ないように必死に取り繕うが、するりと首筋を撫でられれば「ひゃぁあっ」と女の子の時の声が出てしまう。それを聞いて、殿下も驚いたように目を丸くし、驚いた猫のように毛を逆立てた。
「で、殿下、触らないでください。首、苦手なので!」
「す、すまな……いや、まて、話を逸らすな!」
と、殿下はトンと私の胸のふくらみより上を指さした。さらしを巻いているとはいえ、あまりそこをつつかれるとまずい気がして、殿下に抗議の目を向けるが、殿下も殿下で目を光らせて私の意見をはねのけようとしていた。
まさかそんなことをされていたとは思わなかった。一週間ほど空いているのに、そんなキスマークは残るものなのだろうか。わからない、かまをかけられているかだけかもしれないが、それにしては驚き方が意識的ではなかった気がする。そんな分析はさておき、この状況をどう切り抜けるかが重要だった。
「話はそらしていません。これは虫刺されです」
「ペチカにキスマークを残したところにか? それとも貴様は男色……」
「殿下とは違うので!」
「俺も違うが!?」
言葉に言葉を重ねるようで、両者ともに息を切らす結果となってしまい、ヒートアップした会話を冷ますように、殿下は髪をかき上げて椅子に座りなおす。
私も座り直し、内また気味になっていたので、足を開き気味に座り殿下を見る。
やっぱり折れてくれないし、だまされてくれない。懐疑の目を向けられてしまい、私は言い訳に困った。お兄様がいたらこういう時すらすら~と嘘をついてくれるんだろうけれど、あいにくお兄様は出張で今ここにはいない。殿下の頼みごとを聞いての出張なので仕方がないのだが、心細さもある。しかし、こういう場面にはこれから多く出くわすだろうし、いくら鈍感とはいえ気づかないわけもなく、いずればれるかもしれない私の正体をどう隠し続けるかは私の演技にかかっている。
とはいえ、お母様に指摘されるくらいには、男になり切れていないところはあるので、殿下が気付かないだけ過ぎるのだが。
「はあ……まあ、そういうこともあるのか」
「はい。あると思います!」
「威勢が良すぎるぞ……だが、あやし……いや、疑うのはよくないな。貴様はよくやってくれている。そんな貴様を疑うなど、心が痛む」
「うっ……」
そんな、聖人みたいな顔をされて見られるとこっちも胸が痛みますが!?
殿下がべテルに甘いのも私に甘いのも知っているが、そんな人をホイホイ信じるタイプだっただろうか。殿下も変わってきているといえば変わってきているのだが、それにしては豹変しすぎじゃないだろうか。
(いや、もともとの性格に戻りつつある、っていう言い方が正しいかもだけど……)
裏切られる前の殿下は、恐怖の象徴と言われていなかったし、戦争の英雄としてたたえられていた。あの裏切りさえなければ殿下はそうやってずっと慕われ続けていただろうに。
「ありがとうございます」
「何に対しての感謝なんだ?」
「いえ……殿下の広いお心を感じて、はい。まあ……その、殿下が姉とよろしくやっているのはいいことだと思います」
「ああ、そうだな」
と、殿下はどことなく寂しそうに言う。そういえば、べテルとしてこっちに戻ってきたから、殿下がペチカにあわせてくれ! と言わなくなったような気がする。いや、一週間ほどしかたっていないし、そんな頻繁に会いに行くようなタイプじゃないと思うが。
殿下のほうをちらりと見れば、なんだか我慢しているようなそんな感じが見て取れた。あの殿下が我慢を覚えたなんて感激なのだが、ペチカに会いたがっている殿下を見ていると会わせてあげたい気持ちにもなる。私も、べテルとしてじゃなくて、ペチカとしてまた彼に会いたいとは思うし、そんな感じで約束はしたし。
「わ……姉に会いたいんですか?」
「そう見えるか?」
「はい。なんだかさみしそうで。婚約者なんですからたくさん会いに行ってあげればいいんじゃないでしょうか!」
「いや、それは困ると言われたんだが」
「あ……確かに」
思わず会いに行ってあげればいいと言ってしまったのだが、私が公爵家を行ったり来たりしないといけない話になり、それはそれで困るなと言ってみて思った。しかし、殿下は「会いたいな」とつぶやいて、それを実行しそうな勢いだったのでとりあえずとめにかかる。
「えーあーそりゃ、会いにいってあげればいいと思いますけど、姉の負担にならないように」
「それは善処する。嫌われたくないしな……だが」
「だが?」
「……今会いに行くと愛おしさで死んでしまうかもしれない、俺が」
「俺が……はい?」
殿下は片手で顔を覆い隠すと、大きなため息をついた。
嫌われたくないという言葉までは理解できたが、今会いに行くと愛おしさで死んでしまうかもしれない、という言葉がわからなかった。殿下がそんなことで死ぬだろうか。あまたの戦場を駆け抜けてきた男が、私にあって?
ないない、と否定したいのだが、目の前の殿下はそれを否定してくれるような様子はなく、聞いてくれるか、というような前のめりな姿勢で私のほうを見た。
「この間な、貴様の姉と……まあ、いろいろあってな、一線超えてしまったんだ。それから、俺は彼女を見る目がさらに変わった。俺のために腰を振って、揺れる胸がだな! 俺をどうしたいんだ……くっ。最高だと思わないか?」
「……あ、あの、殿下」
それこそ、爆発という言葉が似合うように、彼は両手で何かをつかむような形でしゃべり始める。それを当の本人に聞かせていることとはつゆ知らず、あの夜のことを回想するように私に言って聞かせた。私はというと、沸騰寸前でその話を聞き流そうとするが、殿下は私に抱かれたあの夜のことを鮮明に覚えているようで「今度は優しく俺が抱く」だの、「あんなきれいな体見たことがない。俺だけのものなのか?」だのいうので正直勘弁してほしかった。合間合間に、かわいい、好きだ……愛おしい……なんていうものだから、もういたたまれなかった。
「殿下!」
「なぜ、貴様が赤くなっているのだ? ああ、姉とのこんな話を聞かされるのはいやか」
「はい、嫌ですね。聞きたくもありません! それは、姉本人にぶつけてください」
「嫌がられるから、貴様に言っているのだろう。イグニスはどうせ聞いてくれないからな」
「僕も嫌ですけど!?」
本人だから。本人も嫌がるけど、べテルもきっと嫌がりますが?
男だから話してもいいと思っているのならそれもやめたほうがいい。そして、お兄様の解像度が高いのも、殿下らしいとは思った。
(そんな、私、あの日のこと、あまり、覚えていないのに……)
私のほうが媚薬を飲んでしまったのではというくらいあまり覚えていない。殿下のために必死になったことしか覚えていなくて、逆に殿下が何でそんなにはっきりと覚えているのかと。
もしかしたら、自分から動けなかった分、私のことを観察していたのかもしれない。それならつじつまが合う。
「あの時、貴様の姉に縛られていたからな。俺の上で揺れる胸に触れたかった。柔らかそうだった……」
「……」
なぜか胸への執着を熱く語り、そして殿下は私の顔を見て、これ以上話したら機嫌が悪くなるだろうなと察してくれたらしく席を立った。机の上に置かれた山積みの書類を見て、ため息をつきつつも仕事に戻ろうとする殿下の姿勢はとてもよかった。
何か手伝えることはないだろうかと私も立ち上がり、殿下のもとへ向かおうとすれば、珍しく足元の不注意で躓いてしまい殿下に倒れ掛かる形で受け止められる。その時、彼の腕がちょうど自分の胸に当たり、これもまた珍しく緩く巻いていたさらしがほどけて彼の腕に胸を押し付ける形になってしまった。
「なっ……」
「ベテル・アジェリット?」
ささっと大切を立て直し距離をとったが、殿下は自分の腕と私を交互に見て口を開いた。
「ベテル・アジェリット、貴様、胸が……」
「ありません。気のせいです。殿下! ああ、そういえば、稽古に付き合ってほしいと呼ばれていたんでした。では、また!」
おい、待て! と後ろから聞こえたが、脱兎のごとく私は部屋を飛び出した。あのままいたら問い詰められただろうし、それに何より、ペチカだということがばれてしまっていただろう。今ですら怪しいし、飛び出した時点で疑惑が膨れ上がるに違いない。今度どうやって顔を合わせればいいのか……お兄様に、男性に一時的になる魔法をかけてもらって、彼の前で脱ぐか……いろいろ考えたが、まずは帰ってこないことには相談すらできない。
とりあえず、さらしを巻きなおそうと宿舎に戻ろうと曲がり角を曲がると、とびだしてきた人物に正面衝突してしまい、私は後ろによろけ尻もちをついた。
「……い、てて……」
「何だ、君か……ベテル・アジェリット……いや、ペチカ・アジェリット公爵令嬢」
「……貴方、は」
顔を上げ、聞きなれた不穏をまとう声に、私は目を見開く。そこには、愉快そうに口をゆがめているディレンジ殿下の姿があった。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく
星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。
穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。
送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。
守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。
ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。
やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。
――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる――
(完結済ー本編10話+後日談2話)
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。