42 / 45
エピローグ
今も昔もこれからも
「ペチカ」
「お兄様!」
「近衛騎士団のみんなにお別れはすんだ?」
「はい。なんか祝福されちゃって。てっきり怒られるのかなあって思ってたんですけど……あはは、ずっとバレていたみたいで」
「まあ、そうだろうね。逆に気付いていなのはゼインとペチカだけだったんじゃない?」
お兄様はすがすがしい顔でそういうと私の頭を撫でた。
お兄様の謹慎処分は無事に解かれ、殿下の護衛としての仕事に復帰した。お兄様は何も変わらない顔をしていたけれど、お母様の一件からかなり怒っていたようで、でも今はそれすらもすっきりと割り切ったような顔をしている。
あの後、べテルの頭蓋骨はお兄様と一緒にお墓へもっていき、お兄様の魔法で無事土に埋めることができた。いつ掘り起こされたのだと考えるも恐ろしく、そこは考えないようにしたが、眠っていたべテルを起こしたお母様と、ディレンジ殿下の行為は許されるものではなかった。もう二度と同じようなことが起こらないよう祈ることしかできないが、べテルが天国で自分の思うように過ごしてくれればいいなと思いながら手を合わせた。
お母様の葬式は簡易的に済まされ、あとはお父様がすべてやってくれるとの話だが、お別れができたようなできなかったようなあいまいさに、後味の悪さが残った。もうすべて断ち切ったと思っていたのにまだお母様にされた仕打ちが体に残っているようで、しばらくは悪夢にうなされながら過ごした。そのたび、お兄様に抱きしめられて、大丈夫だからと言葉をかけられて……私は、完全に男装騎士ベテル・アジェリットから解放された。もうすっかり悪夢も見なくなって今は平穏な日々を送っている。
「後ペチカ、もう騎士服じゃないんだから大股で歩くのは禁止。走るのも禁止。顔面強打なんて笑えないでしょ?」
「お兄様厳しすぎます! だって、ずっと男装して……べテルとして生きてきたのに!」
「文句を言わない。女の子も女の子で大変なんだから。それをペチカはもっと知るべきだよ」
と、お兄様はすっと開いていた私の足を閉じるよう自身の靴をぶつけた。
近衛騎士団のみんなにお別れがすみ、私は剣を握ることも、騎士服に手を通すこともなくなった。その代わり、私がずっと着たかったドレスを着て、かわいいアクセサリーをしてペチカ・アジェリットの人生を楽しんでいる。確かに、女の子らしくしないといけないと講師の人に言われたが、女らしくとか、男らしくとか性に合わない気がした。まあ、ある程度は身に着けるべきだと思うけど。
「私は私ですから」
「……っ、そうだね。ペチカは、ペチカだもんね。でも、ダンスでゼインの足は踏まないように」
「まだ言いますか!? 別に、踏んでないですよ!?」
「ほんとかなあ。じゃあ、今度俺と踊ってみる?」
「なぜお兄様と? というか、お兄様もそろそろ婚約者を見つけなければならないんじゃないですか? 私ばっかり色々言いますけどね」
「そうだねえ、それもまたゆっくりと……ふふ」
お兄様は、どこか遠くを見て笑っていた。その笑みが何を表すのかわからなかったが、お兄様もそろそろ自分のことを考えなければならないと思った。一つは、私がお母様にとらわれていたせいで心配をかけ、それどころじゃなかったということもあるけれど……お兄様もお兄様で自分の人生を歩んでほしいというか。
「私は、お兄様にも幸せになってほしいですよ」
「ペチカは優しいね。その気持ちだけで十分だよ。もしペチカと血がつながっていなかったら、俺はペチカと――」
「絶対に断固として、俺は認めない」
グイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、目の上にまぶしい黄金が揺れる。
「ゼイン」
「貴様ら、兄妹が仲がいいとはいえ、血がつながっていなかったら……と。イグニス、貴様には失望したぞ。妹を……」
「もう、ヤケになっちゃってさ……冗談で言ったに決まってるじゃん。ゼインは頭固すぎ」
ひらひらとお兄様は手を振って、次にうんざりというように肩をすくめた。
確かに冗談には聞こえたけれど、すべてが冗談には思えなかった。お兄様はいつだって何を考えているかわからない。もしかしたら、そこにお兄様の見られたくない弱みがあるのかもしれない。
そんなふうにお兄様を見ていれば、俺を見ろと言わんばかりに、彼は私の顔を強制的に上を向かせる。ゴギ、と痛い音が首からなったが、彼のルビーの瞳を見て、痛みも何も吹き飛んでしまった。じっと、これまた疑心の目で私を見ている。
「貴様も、貴様だぞ。ペチカ」
「え、何がですか?」
「実兄にときめいていなかったか?」
「ま、まさか!」
お兄様に私がときめく? そんなわけない。
私は、殿下にそれは見間違いだというが、殿下はそれを半分くらいしか信じてくれず、お兄様の前で見せるけるように口づけをする。上を向いていることもあってうまく呼吸ができなくて、入ってくる舌に蹂躙され、溢れれた唾液が耳のほうまで落ちてくる。じゅ、じゅるっ、と吸うように殿下はそれらをなめとって、腰が砕けた私の腰を支え、お兄様のほうを再度にらみつけた。
「ペチカは、俺のものだからな」
「誰も取らないよ。でも、ほどほどにしてあげてね。男の嫉妬は醜いから」
「……うるさい」
じゃあね、とお兄様は笑いながら私たちに背を向けて邪魔者は退散するよといってしまった。まだたくさん話したいことがあったのに、これも、それも殿下のせいだと、私は火照った顔で殿下をにらみつけた。
にらみつけられたくせに殿下の顔はどことなく満足そうだった。
「ゼイン、ひどいです」
「いいだろ。もとはといえば、近衛騎士団にあいさつした後すぐに帰ってくるといった貴様が油を売っていたのが悪い」
「また人のせいにして……まあ、でも変わりましたね。ゼイン」
私がそういうと、殿下は首を傾げた。
前は三分遅刻しただけでナイフが飛んできたのに。彼自らむかえにきてくれて……嫉妬のキスは余計だったかもしれないけれど、ものに当たることも、人を傷つけることもしなくなった。彼の心に余裕が生まれ始めた証拠だと。
(裏切りの話は今もよく聞けないし、思い出したくもないかもしれないから聞かないけど……でも、彼の心の傷を少しでもいやすことができるのならそれで……)
深くは聞かない。私は、その現場を見ていないし、それは殿下の傷だ。だから私は今の殿下を好きで、昔の殿下に戻っていっている彼を好きでいようと思う。
「何笑っている」
「いえ。本当に私が好きなんだなと思いまして」
「す、好きに決まっているだろ。今も昔も、ずっと好きだ」
「え、あ……」
「何を恥ずかしがっている。貴様が言ったことだろ?」
「ストレートすぎるんですよ。なんか、ゼインのイメージと違います」
「それでも、俺だが?」
と、殿下は何を言うんだというように丸い瞳を私に向けた。
確かに、殿下は殿下だけど、こんなふうにストレートだったかと。日に日にストレートさが増していって、ド直球なその球を私は受け止めきれるだろうかと心配だ。今ですら、こんなにも胸が高鳴ってドキドキしているのに。
殿下は覚悟しろというように私を抱き上げる。先ほど腰が砕けてしまったため、十分に抵抗できず、軽々と私は持ち上げられてしまった。
「これからも大事にする。俺は俺だ。ペチカもそうだろ?」
「私も?」
「ああ。ペチカは、ペチカだ。気の強くて、はねっかえりの強いところも、すべて愛おしい……きっと、貴様が女だろうが男だろうが、そういうところに惚れただろう。そして、わかりやすく顔を赤くするところとかも、可愛らしい……」
「もう、ゼインおろしてください!」
「また、いつでも剣を握ればいい。近衛騎士団を脱退したとしても、貴様が剣をふるうことが好きなら……いつでも相手になってやる。それに、まだ俺に勝てていないだろ?」
挑発的に笑う殿下の言葉で、私は前に抱いた夢を思い出した。夢というよりかは目標で、殿下がそれを覚えていてくれたことに、私の胸はまた違う意味で熱くなる。
「はい。いつか貴方に勝ちます。絶対に」
「ああ、待ってるぞ。手は抜かない」
どんな私でも殿下は愛してくれる。強い私も、弱い私も。私が私である限り……
殿下のほころんだ笑みにこたえるよう私も微笑み返し、頭突きをするように私は愛しの王子様に唇をぶつけた。
「愛してますよ。ゼイン。今も昔も、これからも」
それは、殿下に向けたまっすぐなペチカ・アジェリットの折れない剣だ。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
お兄様はやさしく笑って、逃げ道だけをなくしていく
星乃和花
恋愛
縁談に悩む子爵令嬢リゼットが助けを求めたのは、名門侯爵家の長男アルフレッド。
穏やかでやさしく、理想のお兄様のような彼は、「君のことは僕が見ている」と甘く手を差し伸べてくれる。
送り迎え、花や手紙、完璧なエスコート。
守られているだけのはずが、気づけば周囲には「彼女はもうノースウェル侯爵家のもの」という空気ができあがっていて――。
ふわふわ優しいのに、実はかなり策略家。
やさしく逃げ道をなくしてくるお兄様系ヒーローに、恋愛に疎い令嬢がじわじわ囲い落とされていく、甘くて幸せな溺愛ラブストーリー。
――「待つよ」と言いながら、外堀はきっちり埋めてくる――
(完結済ー本編10話+後日談2話)
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。