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第1部 第1章 無一文と嫌われ者の第三皇子
01 不法侵入の末路
しおりを挟む「こーんなに、侵入しやすくっていいんかねぇ。高貴な方々のお屋敷が」
屋外パーティーときは、屋敷内部の警備が手薄になる。パーティー会場に入る際は、かなり念入りにボディチェックやら身分を確認されるがそれさえ通ってしまえば、あとは人ごみに空いている窓から屋敷内部に侵入することは容易だった。
派手な催し物でもしているのか、花火の音が笑い声に交じって聞こえる。まぶしいくらいに照明をつけて飾った会場では何が行われているのか全く分からなかった。少なくとも、自分とは程遠い世界の人間たちのパーティーだ。きっと、格式の高い貴族の誕生日パーティーか何かだろうと予想する。
俺――家無し無一文の元貴族、フェイ・シックザールにはもう一生味わうことのできない世界だ。
夜風に揺れた毛先の白い黒髪を耳にかけ直し、俺は木々を登って、二階のバルコニーに飛び降りる。
「よっと……窓が開いてるの、ここしかなかったんだよな」
バルコニーには枯れ葉が散乱しており、半透明なカーテンがゆらゆらと揺れていた。この部屋はもしかしたら使われていない部屋なのかもしれない。ただ、空気を入れ替えるために開けてあったとか……
(まあまあ、不用心なことで)
また、外から花火が打ちあがる音が聞こえる。自分の背に、赤やオレンジの光が焼きつく。その煩わしい光から目をそらしながら、俺はバルコニーから屋敷へと足を踏み入れる。
元貴族であっても、今外で行われているような派手なパーティーはしたことがなかったし、質素倹約かなんだか知らないけど、何か祝ってもらったような記憶はない。もっと正直に言うと、貴族だったころの思い出はあまりない。パーティーを渋るくらい、名も知れていなければ、お金もない最下層の貴族だったんだろう。それにもう、数年前に家が燃えて、家門ごと消えてしまったし。シックザールなんていう名は今後一生名乗ることはない。
家がなくなった経緯とか、それからどう生きてきたかもあまり覚えていない。家がなくなって以降の嫌な記憶は星の数ほどあるが、その日を生き抜くことで精いっぱいで、生きた心地はしなかった。今もなお、死んだように、足がつかない浮遊感の中生きている。こうして、貴族の屋敷に忍び込んで金目の物を盗んで闇市で売り払う生活を続けて、そんな繰り返し。普通に働くなんてこと考えたことはなかった。自分には向いていなかったから。
「しっかし、なーんにもない屋敷! 見掛け倒しかよ!?」
思わず声を漏らすほどに、その部屋には何もなかった。クローゼットやら、高そうな材質でできた引き出しやらを引っ張り出してみたが、そこには何も入っていない。むしろ、家具を持って帰って売ったほうがお金になるんじゃないかってくらいには、本当に何もなかった。
さらに屋敷の中を探索すれば、さすがに何か金目のものが見つかるだろうが、そこまでリスクを冒す勇気もなかった。ただ偶然にも入れた部屋に何かあればと。いつも、そうしてだいたい運よく金目のものが見つかるのだが、今回に限ってはハズレ部屋を引いたらしい。
警備隊に見つかる前に、帰ろうと高いクローゼットを蹴っ飛ばしてきた道を戻ろうとした瞬間、足元に光がさした。ゆっくりと背後の扉が開き、誰かが部屋に侵入してきたのがすぐにもわかった。背後に感じる存在感は、警備隊とかそういう生易しいものじゃない。同業……いや、暗殺者とかそういう類の――
「……っ」
「暗殺者かと思ったら、なんだ、コソ泥か?」
「……!」
逃げようと足を踏み込んだが、一瞬にして間合いを詰められてしまった。反応が遅れたこともあって、入ってきた何者かに、俺は口を封じられる。声を漏らす暇もなく掴まれ俺は心臓が飛び出そうになった。大きくて骨ばった男の手が、俺の口をふさいでそのまま持ち上げる勢いで力を入れてくる。あごの骨が曲がるような痛みと、恐怖に指先が震えているのが分かった。
(なん……なん、だ……)
暗くてその男の正体はわからなかった。ただ、ただものではないことはすぐにわかり、俺の人生はここで積んだ、と半分あきらめ状態でその男を見上げる。口だけではなく、鼻辺りまで手が来ているため、呼吸するのも苦しかった。盗みをしていればいつか罰が当たるだろうとは思っていたが、こんなところで……
そんなことを思いながら、最後に俺を殺すかもしれない、その男の面でも拝むかと見上げてみれば、バチっと鮮血のような赤い瞳と目が合ってしまった。恐ろしくも美しい、淀みのない赤が俺を見下ろしている。
「……ぁ」
「さっき、廊下から木からバルコニーに飛び降りる何かの影を見てだな。猫かなにかかと思ってきてみたんだが、猫にしては大きすぎたからな……で、こんな屋敷に何の用だ?」
「んんん!」
「口をふさいでるからわかんねえな。何言ってるか」
「んん!」
(バカ力過ぎるだろ!? てか、離せよ!)
唇を数ミリすら開けられないくらいの力って、どんなゴリラだ。そんな馬鹿力の持ち主は今まで出会ったこともない。
得体の知れない恐怖のあまり、俺はその男が赤い瞳を持っていることだけにしか気づけずにいたが、差し込んだ月明かりによってその男の瞳だけではなく姿が照らされる。その姿を見て、一瞬だけ呼吸の仕方を忘れてしまった。
「ん!」
「……なんだって?」
男はそう呟くと、もういいや、というように手を離す。そして、俺を床に落とすとため息をついて、俺の口をふさいでいた手を汚そうにズボンで拭いていた。よく見ればそのズボンも高級そうなもので、しわ一つない……のにも関わらず、そんなばっちいものでも触ったみたいに乱暴に拭うなんてどうかしている。汚くなったからもう履かないというのなら俺に譲ってほしいくらいだが……目の前にある長すぎる足を見て、俺では裾が余ることに気づき無意識に舌打ちを鳴らしてしまった。
(……めっちゃ足なげえ……じゃなくて! 金色の、髪……)
「こう、ぞく?」
「あ?」
「……っひ、いや。俺はただ、そ、じゃ!」
男に少しの隙が生まれたその一瞬をついて、俺はバルコニーへと駆け出した。先ほどのように恐ろしく早く間合いを詰めてくるものかと思ったが、追いかけてくる様子はなかった。俺はそのまま速度を上げてバルコニーから木へと乗り移り、その場から立ち去る。
屋敷の警備には全く引っかからない様子で木から木の上へと飛び移りながら屋敷から離れ、後ろを振り返った。先ほど侵入した部屋には明かりが点っており、あの男が警備隊でも呼んだのだろうか、中に人がいる様子が見て取れた。
(あの男……っていいや、あの人、皇族だ)
「待って、待て。いや、ないないない。俺、皇族に喧嘩売っちゃったってこと?」
確実に、姿を見られた。名前までは知られていないが、皇族の力さえあれば調べることも可能だろう。いろいろと偽造して、このパーティー会場に侵入したこともバレたらそれこそ……
金をちりばめたような黄金の髪に、宝石に鮮血を垂らしたような赤い瞳――それらを持つ人間はこの国、フォンターナ帝国には皇族しかいない。
ただの屋敷だと思って潜入したが、あの屋敷はもしかしたら皇族の別荘だったかもしれない。そんな下調べまではできておらず、そしてあろうことか皇族と鉢合わせてしまった。相手が武器を持っていなかったのが不幸中の幸いか、その場で首を切り落とされることはなかったが、あのバカ力だけでも頭蓋骨を粉々に砕けたのではないかとすら思う。命拾いをしたが、この数週間は盗みなんてせずにおとなしくしておいたほうがよさそうだ。
「てか、あの人誰だったんだ……?」
皇族の象徴と言える髪色と瞳の色をしていたが、表のパレードにちょいちょい出てくる皇太子や、第二皇子とも顔が違う。第四皇子はまだ幼いというし……となると、候補として挙げられるのは、一人しかいなかった。皇族と偽ることは法律上禁止されているし、偽っていたことがばれればすぐ罰則が下されるわけで。それに、あの圧倒的オーラと、輝かしい色は皇族そのもので。
「……嫌われ者の、第三皇子?」
帝国内で最近噂になっている嫌われ者の第三皇子――アーベント・ヴォルガ。
俺が鉢合わせたのはその人だったのではないかと、心臓が誰かに鷲掴まれるような思いをしながら、俺は夜の闇に姿を溶け込ませた。
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