元没落貴族の俺が、嫌われ者の第三皇子に執着されるなんて何かの間違いであってくれ

兎束作哉

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番外編SS

俺、アンタの恋人ですよね!?

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「おい、フェイ。ヤるぞ」
「殿下、俺たち恋人ですよね!?」
「ああ? だから、ヤるんだろ。さっさと、部屋にこい」


 あまりにも直球、てか、色気のない誘い方だし、何その溢れんばかりのセフレ感!! いや、違うんだろうけど。
 洗濯物をカゴに入れて廊下を歩いていたところ殿下に呼び止められた。何だと振り返ったら、くいっと親指で自分の部屋の方角を指し「ヤるぞ」と、今からセックスしましょうというお誘いを受けてしまった。これを、お誘いというふうにとらえてしまう、俺も俺だけど。言葉選びのひどさに絶句してしまった。もっていたカゴをおとさなかったのは褒めてほしい。
 しかし、どうにもこうにも開いた口が塞がらない。
 殿下とは、思い通じ合って恋人……という関係には収まったのだ如何せん、恋人らしいことができていない。
 セックスは求められるんだけど、そうじゃないんだ~まあ、ベッドの上ではめちゃくちゃ甘やかされますけど、デロデロで、次の日の仕事がままならなくなりますけど。でも、違う。


(求められてるのが、それだけとか、それが、事務的な何かになってるの……俺はやなんだな)


 殿下にそういうの求めるのはどうかと思ったが、ヤってるだけじゃなんだかむなしくなってきた。殿下が、愛情表現とかどうすればいいかわからないタイプであることも知っている。知ったうえで、わがまま思っている自分もどうだと殴るけど、もっと心がつながってもいいと思う。


(心がつながるって、はっず。殿下に知られたら、笑われる……)


 ちらりと殿下を見れば、むすっとした顔で仁王立ちしてる。早く返事をよこせということなのだろう。
 流されることはもちろん可能だった。だが、それを許容してしまうと、これからもずるずるとその関係が長引きそうで、嫌だ。
 というか、昼間から……この人は暇なんだろうか。


「ええ、ほら、今、俺洗濯の途中なんですよねーなので、その後、とか?」
「ああ? んなの後からすりゃいいだろう。量もねえんだし」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「ハッ、なら、どういう問題だ? まさか、俺とヤるのが嫌だっつうわけじゃねえだろ?」


 一歩があまりにも大きい。
 詰め寄ってきた殿下の威圧感と言ったら、もう。あっという間に壁際に追い込まれてしまい、ドン、と足壁ドンをされてしまう。一応、屋敷の中で、屋敷のシミ一つない壁に足を……屋敷のことを大切にしているといっていたくせに、これは何なんだ、と俺はあきれてものも言えない。
 ぎらついた眼が俺を見下ろしている。少し怒りの色も見えて、刺激してはならないと本能で察する。だが、そういう圧力に負けて流されるのは、恋人としてどうなんだとも反発してしまう。


「や、じゃないんですけど。その、殿下の誘い方には色気がないっつーですか」
「ああ?」
「ひっ。あの、俺、殿下とのせ……は好きなんですけど、求められてるのが体だけな気がして、嫌なんです。だって、せっかく恋人同士になったのに」
「甘やかしてやってるだろ、ベッドの上で」
「だからって! そこまでの流れが強引なんですよ!」


 言ってしまった。押さえておけばよかったものの、口から出た言葉は戻しようがなかった。
 ピクリと殿下のこめかみが動く。もし、拳が飛んできてもそれは俺のせいだろう。受け入れるつもりだ。だが、恐る恐る顔を上げると、少し傷ついたような殿下の顔がそこにはあった。


(んで、なんで、アンタがそんな顔してるんだよ……)


 俺が傷つけたみたいな。実際傷つけたのかもしれないけど、あっちもあっちじゃないかと。
 殿下は髪をくしゃりと掴んで「ああ、そうかよ」と舌打ちをして去っていく。あ、と呼び止めようとしたものの、ついてくるなと一瞥されてしまったため、無理だった。
 これは、破局か。捨てられるのを待ったなしか。
 さすがに、殿下がそこまで非情な人間とは思っていない。俺に少なからず恩を感じているし、愛はあると……思いたい。だが、恋人でいられるかどうかは別だ。屋敷の中で元カレ~みたいな関係になるのも居心地が悪すぎる。

 だが――


(俺も、わからないんだよ。愛って何、なんだよ……)


 つるつると、壁にもたれかかりながらその場に倒れる。俺は、加護を抱きかかえて、嘆く心をグッと押し殺して下を向いた。
 俺自身、愛されるとか、愛するとか、恋とか愛とかよくわからない。殿下もきっとわからないけど、俺も、記憶があいまいだし、愛された経験も、誰かを愛した経験もない。だから、俺の中の理想的な、多分一般的な愛をつらつらと語ってしまうのだろう。恋人とはこうあるべきだ。恋人ならこうする……とか。でもそれは、俺がみてきた恋人たちの形で、俺と殿下には当てはまらないのかもしれない。それを、一方的に押し付けてしまうのはダメだと思っている。
 俺の中で、そういう一般的な恋と愛に憧れがあったからこその押し付けだった。殿下はその一般も知らないのかもしれないし、自分なりに見つけた答えで愛してくれていたのかもしれない。あの人も対外不器用だから。
 少しだけ落ち込んで、でもすぐに回復して俺は顔をバッと上げた。これ以上こじれる前に、俺から謝りに行こうと思ったのだ。カゴをもって立ち上がり、殿下が逃げ込んだであろう屋根裏部屋まで足を進める。だが、三階へ上がろうとしたとき、廊下である人物と鉢合わせてしまった。


「――貴様!」
「あ、あう……うわっ!? あぶなっ!?」


 飛んできたのは、アウラの靴だった。見間違いでなければ、走っている途中に靴を脱いでこちらに投げつけてきた。どんな運動神経、と思いながら、俺は間一髪でそれをよけ、廊下の端まで飛んでいったアウラの靴を見た。あれが、いつものバカデカ斧だったらどうしようと一瞬思ったが、それではないらしかった。まあ、アウラもこの屋敷内で暴れたら大好きな殿下にお説教食らうことくらいわかっているのだろう。


「何故避けた!」
「いや、よけるだろ。当たったら危ないし」
「顔面潰れればよかったのに……」
「きいちゃいけないこと、聞いた気がする。酷くないか、アウラ」


 物騒すぎて、開いた口が塞がらない。本日二回も、無様に口を開けてしまって恥ずかしい。誰も気にしてないだろうが。
 アウラがいくら血の気が盛んなバーサーカーラビットだったとしても、今回も理不尽に突っかかられて俺も眉間にしわがよってしまう。俺は何もしていないだろう。
 そう思っていれば、その疑問を解消すべくアウラが口を開く。


「アーベント様が傷ついていたぞ、貴様が傷つけたんだろ。フェイ!」
「いや、俺は……」
「匂うからな、貴様が傷つけた臭」
「どんな匂いだよ」


 文句を言いたかったが、言っていることがすべて間違っているわけでもなかったので、口を閉じる、アウラが殿下とすれ違ったのは嘘ではないらしい。かといって、俺だけ責められるのもなんだろうか……癪に障るというか。俺と、殿下の問題に、首を突っ込まないでほしい。
 アウラは、ギャーギャー喚き散らし、人差し指で俺の心臓辺りをグサグサと刺してくる。やめてほしい、といっても早くなるばかりで、俺は降参だと手を挙げた。


「……アーベント様はわからないのだ。貴様が、求めるのもおこがましい。その立場をもっと理解するべきだ」
「わかってる」
「わかってないだろう。アーベント様は、僕の目から見ても、かなり浮かれているんだ。貴様と、ここここここ、恋人になったらしいからな! だから、でも、アーベント様は、わからないと思う。貴様にどう接すればいいか。もとから、特別扱いしていたみたいだがな! それ以上にということだ」


 と、アウラは言って手を下ろした。俺を見上げて、殿下のようにむすっとした顔で睨みつけている。アウラの顔は整っているけどかわいい系だし、その可愛い顔で睨まれても怖くはない。だが、彼の主張は道理にかなっているので否定しようがない。アウラのほうが、殿下と長いこといるのだから。俺なんかが殿下の何を語れるというのだろうか。

 アウラは、ふぅ、と息を吐いた後「屋根裏部屋だ、知っていると思うが」と指をさす。だいぶ、アウラも俺に対しての警戒がなくなってきたな、と俺は苦笑した。ありがとうの一言を言って、俺はアウラの横をすどおりする。


「別れちまえばいい、でも、アーベント様を傷つけるのだけは絶対に許さない」


 そんな恨めしい声が聞こえたが、俺は気にせず階段を駆け上がった。
 ものの数分もしないうちにたどり着いた屋根裏部屋は案の定、鍵が開いていた。ここにいるのはわかっていたが何というか入る気が起きない。早く誤解というか、言葉を伝えなければならないのに、身体が動かなかった。
 俺はパシンと顔を叩いて、自分を奮い立たせる。


「よし……でん」
「フェイか?」


 俺がコンコンとノックをし、ドアノブをひねる前にその扉は開かれた。俺の名前を呼んでて来たのはもちろん殿下で、彼は驚いたようにい目を丸くしていた。いや、どっちかといえばそう……待っていたような。


「でん、か。えっと」
「…………もう、怒ってねえよ」
「いや……え?」


 殿下から扉を開けたのもそうだったが、彼が謝るとは思っていなかった。聞き間違いだろうかともう一度と言いかけたとき、殿下に腕を引っ張られ、屋根裏部屋に引きずり込まれた。そして、彼の腕の中にすっぽりとハマって。殿下は、俺を抱きしめたまま何も言わなかった。かすかに震えているのは気のせいじゃないのだろうか。


「殿下?」
「黙ってろ」
「…………黙ってたいんですけど、俺、謝りに来たんで」
「怒ってねえっつってるだろ。聞こえなかったか」
「……そう、ですね。聞こえてましたよ。アンタの寂しそうな顔も、声も、ばっちり見ちゃったんで」


 俺がそういうと、俺を抱きしめていた手にぐっと力が入る、あまりの強さにうえっとなったが、持ちこたえて、殿下の背中を撫でてやった。大概、俺もこの人に甘いのだが、今はこの人が落ち着くように撫でなければと思ったのだ。おせっかいとか、余計だとか言われそうだけど。


(わかってるんだよ。アンタのこと、アンタがいろいろ考えた結果、俺に甘えてること)


 言葉は乱暴だし、セフレみたいだなとは思う。でも、その言葉の裏に隠されている気持を知らないわけではなかった。それでも、俺はこうなりたいとかいうちょっとした願望を表に出して傷つけた。俺の願望が悪いわけでもないし、殿下の気持ちが悪いわけでもない。
 けど、生まれとか育ちとか、そしてこれまで人にもらってきたものとかが違うからこんなすれ違いが起きてしまうのだろう。
 わかってる、言われなくても。


「殿下、今からでもその、しませんか」
「ああ? お前がいやっつったんだろ。俺は、大事なやつの嫌がることはしねえ主義なんだよ」
「…………俺が、やりたいっていっても?」
「………………………………はあ」


 それだけ間を空けて、はあ、なんてため息。それはどう解釈すればいいのだろうか。
 別に殿下に抱かれるのが嫌なわけじゃないし、この人うまいし、満足だってする。ちょっと、加減を知らなくてやりすぎることはあるけど、嫌いじゃないから。
 その気にさせればいいのだろうか。それとも、きっぱりとあきらめたほうがいいのか。悩みに悩んで、行動に移そうとしたとき、殿下が俺の頬に自分の頬を摺り寄せた。手は、段々と下へ降りていき、乱暴につかまれるかと思いきや、優しくなでられる。いつもは本当にもっと乱暴なのに、何で……俺の身体は、それだけの刺激でピクンとはねてしまい、恥ずかしさに殿下の服を引っ張ってしまう。やばい、と思ったが、殿下は何も言わずにもう一度、俺の尻を優しくなで、「ん」と俺にすり寄っていた。
 ああ、そういうことか。


(言葉でいうのも下手なくせに、行動もへたくそじゃんこの人)


「……やった、殿下抱いてくれるんですね」
「うるせぇ」
「そういう、殿下、俺は好きっすよ。かわいい」


 正直な感想が口から洩れる。だが、それが間違いだったことに気づいたのは、ドン、と扉にまた押し付けられたときだった。


「ほ~~~~う? 俺のことがかわいいか。お前の目は節穴か?」
「ええと、かっこいいっていったほうがよかったですかね」
「かわいいのは、お前だろ。今から教えてやる」
「ひぇ……やる気満々、ですね。殿下、こわ」


 どこでスイッチが入ったのだろうか。その、スイッチを押したのは俺だっただろうか。
 どうでもよかったが、機嫌が直ったのはよかったと思う。あのまま、ズルズルいくなんてごめんだったから。しかし、地雷を踏んでしまった気がして、俺は明日腰と足が死んでいないことを祈るしかなかった。
 顎をガッと掴まれ無理やり目線を合わされる。その目に射殺されそうになって、そらしたいのに、不思議な引力があって瞬きすらできない。そして、まるでかぶりつくように俺の唇を奪う。ぬるりと入ってきた舌に、抵抗なんてできるわけがなかった。呼吸をするタイミングを見失い、口の中を蹂躙される。長い舌が、奥歯をくすぐって逃げる俺の短い舌を追いかけてからめとる。ぷはっ、と離されたころには、口はふやけて、飲み込めなかった唾液が顔を伝って落ちてくる。キスだけで、もう腰が溶けている。
 そんな俺の腰を支え、殿下は、俺の涎をぬぐった。んなことしなくていいのにと思っていれば、それをいやらしく舐めとって、フッと口角を上げる。その仕草もいちいちエロいから、目に毒だ。


「かわいいのは、お前のほうだっただろ? 煽った分、今からもっと可愛がってやる。覚悟しろ」


 そういった、殿下の顔は嬉しそうで、それでいて愛おしいものを愛でるような優しい目をしていた。









✂― ― ― ― ― ― ― ― 

※しばらく休載入ります

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