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32 暇すぎて合成してしまう
しおりを挟む「皆さんまだ余裕はあると思いますが、一度ここで小休止にするべきだと思います。ここから先の魔物は様子が少し違うんですよ」
ロアさんの忠告に従ってギルマスが食料をマジックバッグから取り出す。
このカバンは体積や質量を大幅に減らす魔法がかかっている魔導具で、超高級品である。日本の感覚でいえば大型トラック1台分くらいの値段だろうか。いや、それよりも高いかもしれない。
俺がちょっとした収納魔法を使えることはすでに教えてあるが、ギルドマスターという責任ある職に就くダウィシエさんとしては、必要な荷物は自分で持っておきたいらしい。
彼女は常にこのカバンの中に遠征用の道具も準備してあって、何かあればこれだけを持ってすぐに飛び出せるようにしてある。俺達がこれほど早くダンジョンに潜れた理由でもある。
干し肉と肉パンがマジックバッグから取り出される。
さらにコップも出てきて、そこに【ウォーター】の魔法で出した水を注いで食事を始める。
流石にレジャーシートや折りたたみチェアーなんかは出てこなかった。
「なあエフィルア。さきほどの肉を私にも少し食べさせてはくれないか?」
自分で用意してきた干し肉をムシャムシャバリバリ食べながら、ダウィシエさんは言った。ステータス上昇効果に興味があるようだ。
「普通はまず手に入らん代物だよ。王侯貴族か、あるいは真正英雄か賢者でもなければな」
ずいぶんと熱心に求めてくるので少し渡してみる。まずはオーク肉からだ。
食べてみてもらうと、1食目はトカマル君と同じように効果が出た。
HP+6 防御力+5 HP自然回復+5%
ただし、彼女は元のステータス値が高いから、この程度の上昇だとあまり意味が無い。HPの自然回復についてだけは、%で上昇するから効果的だろう。
そしてさらに食べ進める彼女だったが、3段階目を始めようとしたところでピタリと手が止まった。
「やはり、ここまでだな。いくつも効果を重ねるのは難しそうだ」
ダウィシエさんは、これ以上食べ過ぎると魔素中毒になると自分で判断した。
「しかし…… これだけでも十分にとんでもない効果なのだがな…… 分かっているのかエフィルアよ?」
「ええと、まあ、なんとなくは」
俺も町で売っているアイテムについては一通り調べてあるが、今のところステータスを上昇させるような食べ物というのは見ていない。
仲間のステータスや武具を強化するような魔法ならば存在する。ちなみに聖属性の魔法であり、聖女様が得意としているそうだ。それなりに希少なものでもある。
「特にこのオークのブースト肉だがな。HPの自動回復効果は絶大だ。こんなチートアイテムがまさか普通のオーク肉から作れるとは信じられん…… なあエフィルアよ。これをギルドに卸してもらうわけにはいかないか? 多くの冒険者を助ける事にもなる」
「まあべつに良いですけれど」
「ほっ、ほんとうか!」
ダウィシエさんの話しぶりは少しばかり大げさなように思えるが、俺としては全然問題は無い。オーク肉なんて、本当にいくらでも獲れるしな。
百合根のほうは譲ってくれと言われてもお断りである。そちらは普通に食材として貴重なので。
ギルマスとしてもミニデーモンリリーは生息数が少ないの事を分かっているから、それを無理に譲ってほしいとは言ってこなかった。
そんな感じのお昼休憩。
「それにしても3人とも余裕ありすぎではないか? 特にエフィルア達はダンジョン探索は初めてなのだろう?」
「そうですね。でもまあ地上とそんなに変わりませんよ」
確かに初めてだが、しかし苦痛というほどでもない。
むしろ深く潜るにつれて快適になってきている気すらする。
もともと地上での生活水準もかなり低いし、そのせいかもしれない。
魔物との戦いも俺はやっていないし、探索はロアさんの能力で事足りる。俺なんてヒマなものである。ただただ魔石を拾いながらついて行くだけだ。
そう、俺はヒマついでに魔物のスキルを観察しながら歩いていたほどだ。【魔導視】を発動させながらの観察。解析と言っても良いかもしれない。
見ているだけで魔法の成り立ちややり方が何となく分かってしまうわけで、これが結構楽しいのだ。
練習する時間までもが十分にあったから、いつのまにか幾つかの新しいスキルを習得している。
ワイトの使っていた【エナジードレイン】もその1つ。
敵の生気を吸い取り、自分の体力や傷を回復させるというスキルだ。射程がかなり短いのが弱点だが、普通の回復魔法を受け付けない体質の俺には心強いスキルだ。
しかもこれは闇属性の魔法だったようで、俺には相性が良い。良くなじんで使いやすい。威力の調整も楽に出来る。
ウィスプからは【鬼火】をゲットした。
火と闇の2属性を持った攻撃魔法で、これまた俺には相性が良い。
精神と肉体の両方を焼き焦がす火の玉を生み出し、一定確立で敵を恐慌状態に落とし込むという効果がある。
ついでに、この2つの術を融合させる魔法実験をしてみようかと思う。
なんとなく思い立ったのだ。この2つを解析したり練習したりしている間にな。
それだけ俺がダンジョン内で暇をもてあましていたという事なのかもしれない。
さてそれでは…… 鬼火を発動させるための魔法的な回路のようなものに手を触れてみる。ふむ、今度はエナジードレイン。ふむふむ。ピコンッ ここでいつもの感触が湧き上がってきた。
【直接魔導操作 __闇__#】 魔素や魔法構造そのものを直接操る。
いままでグレイアウト状態で使えなかったこのスキルが有効化されていた。
いまいち使い方が分からずに放置していたこのスキルだが、こういうことだったらしい。ようするに、魔法の構造を直接いじって改造したり、合成したり。
なかなかに楽しそうな逸品である。
ピコピコンッ そして当然もう1つの新スキルも登場。
合成魔法【鬼火ドレイン】である。
効果は単純で、精神攻撃+炎ダメージ+生気吸収。まるで悪魔の所業のような術だが、ただしそれぞれの威力は1/3ずつになる。
使い道があるのかどうかは分からない。
そんな暇な道中。ダウィシエさんからもスキルを1つ解析した。
【遠薙ぎ】という技で、武器による斬撃を遠くまで飛ばすというものだ。
もちろんロアさんの探知スキルも解析してはいるが、やはりこれは習得には至らなかった。構造は分かるのだが、これはたぶん俺には無理なのだ。そもそもの身体のつくりが違うように思う。
「それにしてもこのダンジョン、かなりの深さですね」
ロアさんは遥かに下へ続く断崖を覗き込んでいた。生ぬるい風が吹きあがり、俺達の髪を揺らしていった。
不思議と、心地の良い風だった。
これが瘴気というものらしく、アンデッドやら鬼やら悪魔やら、その手の輩が好む風だという。
その風にのって、昨日町にも現れた不気味な模様の蝶が数匹舞い上がる。
翅に描かれた模様の中の瞳は、今日もギョロギョロと何かを探すように動き、そして風に乗って何処かに飛んでいってしまった。
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