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次の日の朝、まだトカマル君がスヤスヤと眠っているうちにロアさんはダンジョンに戻って来た。
「おはようございます。エフィルアさん」
「早かったですねロアさん。足はもう大丈夫ですか?」
「はい、すっかり完治してますよ。昨夜のうちに治療院で処置してもらえましたから。ギルマスも一緒だったので気合を入れて治してもらえたみたいです」
石化というのは中々に厄介な状態異常である。
普通の毒や麻痺、能力低下系の状態異常なら治療の手間はそこまでかからない。治療魔法やアイテムでなんとかなるから、わざわざ町に戻る必要もない。しかし石化の場合は専用の設備のある治療院でないと対処できないのだ。
「むにゃむにゃ、おいしそうな・ あっ? 2人ともおはようございます」
トカマル君も起床。すぐに俺の肩の上まで登ってくる。
「おはようトカマル君。それでエフィルアさん。これはダンジョン探索と霧の魔物の討伐に対する報酬です」
ギルドからの報酬は合計で350万ロゼにもなったようだ。ダンジョンの規模とボスの脅威度からすると、相場はこのくらいになるという。
それにしても大金だ。これだけで1年は暮らせる金額ではないか。
ちなみにギルマスもロアさんも報奨金はもらえないそうだ。ギルド職員は給料制なのだ。もちろん今後の給与査定にはプラスに働くそうだが。
昨日獲れた魔石に関しては、すでに3等分にして分配してある。
ただしハーピーとバジリスクのまるごと素材に関しては、俺のインベントリに入ったままだ。なんやかんやあって、これは全てもらえることになってしまった。ありがたく頂戴する。
もう一つ大事な大事なものをロアさんから受け取る。
雑巾の九十九神さんである。墓場の小屋の神棚に置いてあったので、これはロアさんに持ってきていただいた。
意志ある者はインベントリには収納できないし、結局ロアさんの鞄に入れておいてもらうことになった。
「エフィルアさん。それではここで大切なお話があります。きのう話していた私の裏超必殺技のことなのですけど」
彼女は急に神妙な面持ちになって、俺の目を見つめてきた。
必殺技の名称が昨日とは微妙に違う気がするが、それは気にしないことにした。
さてロアさんによるとその必殺技は、旅に出るにあたって今見せておきたいものらしい。ここで絶対にやっておきたいらしい。
「本当に本当に私の最高機密ですから。エフィルアさんだから見せるんですよ? 秘密ですよ?」
「はいはい。秘密ですね」
「じゃあいきますね。 ハッ! グウゥゲラガァァ」
その唐突で奇妙な掛け声と共に、ロアさんは今まで拡散させていた探知用の魔素を体内に戻し始める。全てのエネルギーを彼女の身体の奥深くへと圧縮していくかのような魔力の流れだった。
「ウゥグゥ グア ガァ」
ロアさんの様子が変わる。
「ヴァ ヴアァ ヴゥゥォガァァァ」
目が血走り、筋肉が盛り上がり、犬歯がズグリと飛び出し凶悪な牙に、爪がナイフのように、そして魔力がはち切れんばかりに膨らんでいく。
「う ヴォォ ヴォァオオオオオオオオオオオオン」
その叫びと共に一気に姿を変えていく。
それまでの変化はほんの序章に過ぎなかったとでも言わんばかりに。
「ォォォ ォ ォン」
ダンジョンの岩壁に残響が木霊する。
なんということだ。今俺の目の前にいるのは、
大げさに変身した割に、最終的には可愛いらしい犬耳を生やしただけのロアさんだった。
「イヌミミ?」
「オオカミミミですよ、エフィルアさん」
「ほう、可愛らしい耳ですが、これは狼ですか」
「か? 可愛い? これが? 気持ち悪くはないですか?」
「可愛くてモフりたいですね」
「ほんとに?」
「はい、本当に」
「ウー、ウー、ウー、ワンワンッ」
良く分からないが、ロアさんはワンちゃんのように吼えた。
「私は誇り高きフェンリルの血脈を継ぐ人狼なのです! 人の町に忍び、息を潜める人狼、その生き残りなのです!」
慎ましやかで平穏な胸を張ってエッヘン感を出すロアさん。
「がるるるる もはや正体を知られたからには生かしてはおけない!」
ロアさんがガルルっている。
「何言ってるんですか。自分で正体を見せてきたんでしょうに」
「がるるる。そうなのですけど、それくらい重要な秘密という事なのですよ、エフィルアさん」
ふーむ。今日のロアさんは微妙に変なテンションだな。
まっ、要するに彼女も俺と似たような存在だったらしい。
半人半魔物ってところだ。
幸い彼女の場合、俺と違って人間の中に隠れ住む能力に長けた種族だったから、ぜんぜんバレてなかったけれどね。なんとなく感づいていたのはギルマスだけだそうだが、彼女は珍しい人間で、あまりそういう事にとやかく言わないからな。
ロアさんの種族である人狼は、昔から人間とのいざこざが絶えなかったそうだ。
まあ、人間に化けて紛れ込んでいるのだから当然といえば当然だ。
それが次第に数を減らしていって、今ではもはやロアさん以外に生き残りがいるのかも分からない状況だという。
もともと人狼だけでは群れを造らない習性だった事も災いしたようだ。
「という事でエフィルアさん。なにとぞ、おそばに置いて下さい」
だそうだ。
同族がいないってのは、どんな気分だったのだろうか……
あの町に流れ着いて、ギルマスのおかげもあって生きていく事は出来たようだが。
もちろん俺だって彼女と同属なわけではないが、それでも少しくらい親近感を抱いたっておかしい事ではないだろう。
「話は分かりました。まあ好きなところまでついて来てくださいよ」
「おお、好きなところまでで良いのですね」
「はいどうぞ」
「では、ずっとついていきますからね? なんだかエフィルアさんとなら楽しく暮らせるような気がするんです。私の感は当たるんです」
「まあ確かにロアさんの感は凄いですけど。今回のはあたりますかね」
「あたりますから」
そんな話もあってから、俺達は一通り荷物を確認して下の階層へと進み始める。
「ちなみに、私はまだあと1回変身を残しています」
下り始めてしばらくすると、ロアさんが自慢げに話してきた。
こんどはネコミミでも生やすつもりだろうか。
俺達は下り続け、一気に15階層へと下りる。
すでに道順はロアさんが完璧にマッピングしてあるし、一度は通った場所だ。昨日よりさらに早く、瞬く間に到着した。
15階層から断崖の下を見下ろす。
コボルトさん達の情報によると、この崖の途中にある次元の継ぎ目がコボルトの坑道街へと続いてるらしい。昨日も確認してある小さな横道だ。
さて、ついでと言ってはなんだが。この下の17階層に霧の魔物が再発生していないかをロアさんに確認しておいてもらう。魔物の種類によっては頻繁に再発生することもあるようだが……。
大丈夫そうだ。
だが、なんということであろうか、バジリスクは居る。
いるそうなのだ!
昨日絶滅させてしまったかと思ったのだが。こちらは新たに湧いていた。
そして我が身は喜びに打ち震える。
昨日は観察しそこねたレアスキルと、もう一度対面できるではないか。
狙うのは【石化ブレス】と【即死術】。
そして今日、俺はこの2つをバッチリ観察した。
ついでに少し練習もしてみたが、うまく行ったり行かなかったりだった。
残念ながら石化ブレスは俺の喉では構造的に使えなかった。術の使い方うんぬんの前に、そもそも物理的に喉の構造が違ってブレスは吐けないのである。
すこし工夫の余地が有りそうだ。
昨日の霧の魔物の身体も石化ミストで構成されていたが、あれも少しばかり解析はしてあって、このあたりを上手く使えば俺に合わせた使い方ができそうなのだが。
いっぽう即死術のほうは俺の目でも普通に使うことができた。
目から見事な即死光線が照射された。
しかし、その使い勝手は微妙である。
どうも自分より弱い相手にしか効果が無いようなのだ。それならば殴るだけでも一撃で倒せるし、もはや目から光線が出るという見た目の面白さだけの、ネタスキルのように俺は思う。
トカマル君もロアさんも“カッコイイッ!!”と言って盛り上がっているが、あれは面白がっているよな。
頭から角を生やした今の姿で目から即死光線を発射する様子は、どうにも滑稽に思えてならなかった。
「ええっ、絶対かっこいいですよ? 目から即死光線なんて。ねえトカマル君」
「もちろんですロアさん。エフィルア様にふさわしい技ですね」
そういうものだろうか?
2人にはウケが良い。
日本での常識と、この世界の人間の常識と、この世界の人外の常識が俺の中でせめぎ合う。
そんな17階層での用事を済ませてから、昨日見つけてあった横穴へと向かう。
「エフィルア様この向こうが坑道街ですかね。凄い瘴気です」
細い横穴の先には、まるで空間を断裂させるかのように迸る瘴気の波があった。
ロアさんでもこの先の様子は分からないらしい。
「これ、通り抜けられるのか?」
「エフィルア様なら余裕ですよ。魔神様なんですから」
ほんとかよ。トカマル君ほんとかよ。
いまいち説得力がないと思う。
とりあえず試しに小石を投げ入れてみた後、指の先っちょでツンと一瞬触れてみる。
指先くらいなら、もし消し飛んでもすぐ治るだろう。
つんつんと。
「おお…… なんともないな」
実になんともなかった。
いや、少しくすぐったいというか、表皮が侵されてるな~という感じはあるか。
「2人は行ける?」
「ふっふっふ、もちろんです。何の為に私が人狼化したと思っているのですかっ」
おお、強気である。
確かに魔力はかなり上がってるみたいだが。
見た目としては耳と尻尾がちょこんと生えただけなのだ。
ロアさんは言う。自分は制御が上手だから調度いい塩梅で変身が出来るのだと。
「いいですかエフィルアさん! 人間体ではダンジョンの奥から湧いてきている瘴気の濃度に耐えられないでしょうが、私はすでに人狼化しているのです。目に物をみせてくれましょう。私の本気を見るが良いのです」
そう言って、爪の先でちょっぴり障壁に触れるロアさん。
「ウガァァゥウ!!」
痛かったらしく、慌てて指を引っ込めた。
「ここまで凄い障壁は想定外でした。なんなんですかこれは」
普通に濃度が濃いだけの瘴気の壁なら問題ないらしいが、今目の前にあるものは、それ以上の異様さがある。瘴気の問題だけではなく、空間がぐんにゃりしてしまっているのだ。
「じゃ、俺は大丈夫そうだし先に行って向こうの様子を見てみるか」
「エフィルア様、僕も手の中にしまって連れて行ってください」
トカマル君はミニトカゲ姿になって、俺の手の中に納まる。
「ちょっと尻尾がはみ出ているけど大丈夫?」
そう声をかけると、尻尾も中へと収められた。
俺は意を決して障壁を通り抜ける。
まずは右足をズッポリ。うん問題ない。そのまま一気に渡ってしまう。
軽く変な感じはしたが、特に怪我もなく無事通過した。
" エフィルアさーん、今行きますから~! "
ロアさんの声がうっすらと聞こえた。遥か遠くで叫んでいるかのようだ。
彼女の口調は少し焦っているようだ。
「ロアさーん。ここにいるから無理はしないでくださいねーー」
俺はこっち側の様子を確認したかっただけである。
もしロアさんが通れないようなら、また別のルートでも探してみよう。
" ぐるるうううう "
お? ロアさんがぐるるってる。
" ウグウウ、ガァァァ、ヴ ヴ ヴ ヴォォォォォオオオオオンン ン "
ズボォォ
障壁からニョッキリと飛び出してくる前足。
俺の眼前に現れたそれは、とても大きな毛むくじゃらの前足だった。
次に飛び出してきたのは、完全なるオオカミの鼻先と口。これまた大きい。人間ごときは丸呑みにされそうな巨大な口だ。
そしてオオカミの耳が見えて、ズボーーン。
体長5mはあろうかという巨大なオオカミが障壁の向こうから飛び出してきた。
姿形はまるっきりオオカミ。しかしそれはロアさんなのである。つまりロアさん狼だった、
「いたい、いたい、しんじゃう」
大暴れする巨大オオカミ。障壁によるダメージを受けたようだが、深刻なものではなさそうだ。死んだりはしそうにない。
その証拠に、そのまま元気いっぱいじゃれついてくるロアさん。
「よしよし。落ち着けロアさん」
なだめる俺。
「エフィルアさん! 大変です」
「ロアさんどうしたんですか」
「もう私には変身が0回しか残されていません」
マイペースに、そんな良く分からない心配をする巨大オオカミ。
「変身は2段階でしたか。あっというまに見せ切っちゃっいましたね」
ちなみに力を解放した今のロアさんのレベルは、驚異の320。俺やギルマスよりも遥かに高かった。人間に擬態するために力を圧縮して生活してたらしい。
「でもきっとエフィルアさんのほうがずっと強いですから。私って基本的に戦闘タイプじゃないのですよ。やっぱり索敵とか探知とか隠密とかが一番得意なんです」
巨大オオカミはそんな事を言いながら、頭を俺の身体にこすりつけてくる。
俺はなんとなく撫でてしまう。
一応女性の身体でもあるのだろうが、ついなんとなく撫でてしまう。
これは良かったのだろうか?
本人は嬉しそうにしている。ま、大丈夫だろう。
「おはようございます。エフィルアさん」
「早かったですねロアさん。足はもう大丈夫ですか?」
「はい、すっかり完治してますよ。昨夜のうちに治療院で処置してもらえましたから。ギルマスも一緒だったので気合を入れて治してもらえたみたいです」
石化というのは中々に厄介な状態異常である。
普通の毒や麻痺、能力低下系の状態異常なら治療の手間はそこまでかからない。治療魔法やアイテムでなんとかなるから、わざわざ町に戻る必要もない。しかし石化の場合は専用の設備のある治療院でないと対処できないのだ。
「むにゃむにゃ、おいしそうな・ あっ? 2人ともおはようございます」
トカマル君も起床。すぐに俺の肩の上まで登ってくる。
「おはようトカマル君。それでエフィルアさん。これはダンジョン探索と霧の魔物の討伐に対する報酬です」
ギルドからの報酬は合計で350万ロゼにもなったようだ。ダンジョンの規模とボスの脅威度からすると、相場はこのくらいになるという。
それにしても大金だ。これだけで1年は暮らせる金額ではないか。
ちなみにギルマスもロアさんも報奨金はもらえないそうだ。ギルド職員は給料制なのだ。もちろん今後の給与査定にはプラスに働くそうだが。
昨日獲れた魔石に関しては、すでに3等分にして分配してある。
ただしハーピーとバジリスクのまるごと素材に関しては、俺のインベントリに入ったままだ。なんやかんやあって、これは全てもらえることになってしまった。ありがたく頂戴する。
もう一つ大事な大事なものをロアさんから受け取る。
雑巾の九十九神さんである。墓場の小屋の神棚に置いてあったので、これはロアさんに持ってきていただいた。
意志ある者はインベントリには収納できないし、結局ロアさんの鞄に入れておいてもらうことになった。
「エフィルアさん。それではここで大切なお話があります。きのう話していた私の裏超必殺技のことなのですけど」
彼女は急に神妙な面持ちになって、俺の目を見つめてきた。
必殺技の名称が昨日とは微妙に違う気がするが、それは気にしないことにした。
さてロアさんによるとその必殺技は、旅に出るにあたって今見せておきたいものらしい。ここで絶対にやっておきたいらしい。
「本当に本当に私の最高機密ですから。エフィルアさんだから見せるんですよ? 秘密ですよ?」
「はいはい。秘密ですね」
「じゃあいきますね。 ハッ! グウゥゲラガァァ」
その唐突で奇妙な掛け声と共に、ロアさんは今まで拡散させていた探知用の魔素を体内に戻し始める。全てのエネルギーを彼女の身体の奥深くへと圧縮していくかのような魔力の流れだった。
「ウゥグゥ グア ガァ」
ロアさんの様子が変わる。
「ヴァ ヴアァ ヴゥゥォガァァァ」
目が血走り、筋肉が盛り上がり、犬歯がズグリと飛び出し凶悪な牙に、爪がナイフのように、そして魔力がはち切れんばかりに膨らんでいく。
「う ヴォォ ヴォァオオオオオオオオオオオオン」
その叫びと共に一気に姿を変えていく。
それまでの変化はほんの序章に過ぎなかったとでも言わんばかりに。
「ォォォ ォ ォン」
ダンジョンの岩壁に残響が木霊する。
なんということだ。今俺の目の前にいるのは、
大げさに変身した割に、最終的には可愛いらしい犬耳を生やしただけのロアさんだった。
「イヌミミ?」
「オオカミミミですよ、エフィルアさん」
「ほう、可愛らしい耳ですが、これは狼ですか」
「か? 可愛い? これが? 気持ち悪くはないですか?」
「可愛くてモフりたいですね」
「ほんとに?」
「はい、本当に」
「ウー、ウー、ウー、ワンワンッ」
良く分からないが、ロアさんはワンちゃんのように吼えた。
「私は誇り高きフェンリルの血脈を継ぐ人狼なのです! 人の町に忍び、息を潜める人狼、その生き残りなのです!」
慎ましやかで平穏な胸を張ってエッヘン感を出すロアさん。
「がるるるる もはや正体を知られたからには生かしてはおけない!」
ロアさんがガルルっている。
「何言ってるんですか。自分で正体を見せてきたんでしょうに」
「がるるる。そうなのですけど、それくらい重要な秘密という事なのですよ、エフィルアさん」
ふーむ。今日のロアさんは微妙に変なテンションだな。
まっ、要するに彼女も俺と似たような存在だったらしい。
半人半魔物ってところだ。
幸い彼女の場合、俺と違って人間の中に隠れ住む能力に長けた種族だったから、ぜんぜんバレてなかったけれどね。なんとなく感づいていたのはギルマスだけだそうだが、彼女は珍しい人間で、あまりそういう事にとやかく言わないからな。
ロアさんの種族である人狼は、昔から人間とのいざこざが絶えなかったそうだ。
まあ、人間に化けて紛れ込んでいるのだから当然といえば当然だ。
それが次第に数を減らしていって、今ではもはやロアさん以外に生き残りがいるのかも分からない状況だという。
もともと人狼だけでは群れを造らない習性だった事も災いしたようだ。
「という事でエフィルアさん。なにとぞ、おそばに置いて下さい」
だそうだ。
同族がいないってのは、どんな気分だったのだろうか……
あの町に流れ着いて、ギルマスのおかげもあって生きていく事は出来たようだが。
もちろん俺だって彼女と同属なわけではないが、それでも少しくらい親近感を抱いたっておかしい事ではないだろう。
「話は分かりました。まあ好きなところまでついて来てくださいよ」
「おお、好きなところまでで良いのですね」
「はいどうぞ」
「では、ずっとついていきますからね? なんだかエフィルアさんとなら楽しく暮らせるような気がするんです。私の感は当たるんです」
「まあ確かにロアさんの感は凄いですけど。今回のはあたりますかね」
「あたりますから」
そんな話もあってから、俺達は一通り荷物を確認して下の階層へと進み始める。
「ちなみに、私はまだあと1回変身を残しています」
下り始めてしばらくすると、ロアさんが自慢げに話してきた。
こんどはネコミミでも生やすつもりだろうか。
俺達は下り続け、一気に15階層へと下りる。
すでに道順はロアさんが完璧にマッピングしてあるし、一度は通った場所だ。昨日よりさらに早く、瞬く間に到着した。
15階層から断崖の下を見下ろす。
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さて、ついでと言ってはなんだが。この下の17階層に霧の魔物が再発生していないかをロアさんに確認しておいてもらう。魔物の種類によっては頻繁に再発生することもあるようだが……。
大丈夫そうだ。
だが、なんということであろうか、バジリスクは居る。
いるそうなのだ!
昨日絶滅させてしまったかと思ったのだが。こちらは新たに湧いていた。
そして我が身は喜びに打ち震える。
昨日は観察しそこねたレアスキルと、もう一度対面できるではないか。
狙うのは【石化ブレス】と【即死術】。
そして今日、俺はこの2つをバッチリ観察した。
ついでに少し練習もしてみたが、うまく行ったり行かなかったりだった。
残念ながら石化ブレスは俺の喉では構造的に使えなかった。術の使い方うんぬんの前に、そもそも物理的に喉の構造が違ってブレスは吐けないのである。
すこし工夫の余地が有りそうだ。
昨日の霧の魔物の身体も石化ミストで構成されていたが、あれも少しばかり解析はしてあって、このあたりを上手く使えば俺に合わせた使い方ができそうなのだが。
いっぽう即死術のほうは俺の目でも普通に使うことができた。
目から見事な即死光線が照射された。
しかし、その使い勝手は微妙である。
どうも自分より弱い相手にしか効果が無いようなのだ。それならば殴るだけでも一撃で倒せるし、もはや目から光線が出るという見た目の面白さだけの、ネタスキルのように俺は思う。
トカマル君もロアさんも“カッコイイッ!!”と言って盛り上がっているが、あれは面白がっているよな。
頭から角を生やした今の姿で目から即死光線を発射する様子は、どうにも滑稽に思えてならなかった。
「ええっ、絶対かっこいいですよ? 目から即死光線なんて。ねえトカマル君」
「もちろんですロアさん。エフィルア様にふさわしい技ですね」
そういうものだろうか?
2人にはウケが良い。
日本での常識と、この世界の人間の常識と、この世界の人外の常識が俺の中でせめぎ合う。
そんな17階層での用事を済ませてから、昨日見つけてあった横穴へと向かう。
「エフィルア様この向こうが坑道街ですかね。凄い瘴気です」
細い横穴の先には、まるで空間を断裂させるかのように迸る瘴気の波があった。
ロアさんでもこの先の様子は分からないらしい。
「これ、通り抜けられるのか?」
「エフィルア様なら余裕ですよ。魔神様なんですから」
ほんとかよ。トカマル君ほんとかよ。
いまいち説得力がないと思う。
とりあえず試しに小石を投げ入れてみた後、指の先っちょでツンと一瞬触れてみる。
指先くらいなら、もし消し飛んでもすぐ治るだろう。
つんつんと。
「おお…… なんともないな」
実になんともなかった。
いや、少しくすぐったいというか、表皮が侵されてるな~という感じはあるか。
「2人は行ける?」
「ふっふっふ、もちろんです。何の為に私が人狼化したと思っているのですかっ」
おお、強気である。
確かに魔力はかなり上がってるみたいだが。
見た目としては耳と尻尾がちょこんと生えただけなのだ。
ロアさんは言う。自分は制御が上手だから調度いい塩梅で変身が出来るのだと。
「いいですかエフィルアさん! 人間体ではダンジョンの奥から湧いてきている瘴気の濃度に耐えられないでしょうが、私はすでに人狼化しているのです。目に物をみせてくれましょう。私の本気を見るが良いのです」
そう言って、爪の先でちょっぴり障壁に触れるロアさん。
「ウガァァゥウ!!」
痛かったらしく、慌てて指を引っ込めた。
「ここまで凄い障壁は想定外でした。なんなんですかこれは」
普通に濃度が濃いだけの瘴気の壁なら問題ないらしいが、今目の前にあるものは、それ以上の異様さがある。瘴気の問題だけではなく、空間がぐんにゃりしてしまっているのだ。
「じゃ、俺は大丈夫そうだし先に行って向こうの様子を見てみるか」
「エフィルア様、僕も手の中にしまって連れて行ってください」
トカマル君はミニトカゲ姿になって、俺の手の中に納まる。
「ちょっと尻尾がはみ出ているけど大丈夫?」
そう声をかけると、尻尾も中へと収められた。
俺は意を決して障壁を通り抜ける。
まずは右足をズッポリ。うん問題ない。そのまま一気に渡ってしまう。
軽く変な感じはしたが、特に怪我もなく無事通過した。
" エフィルアさーん、今行きますから~! "
ロアさんの声がうっすらと聞こえた。遥か遠くで叫んでいるかのようだ。
彼女の口調は少し焦っているようだ。
「ロアさーん。ここにいるから無理はしないでくださいねーー」
俺はこっち側の様子を確認したかっただけである。
もしロアさんが通れないようなら、また別のルートでも探してみよう。
" ぐるるうううう "
お? ロアさんがぐるるってる。
" ウグウウ、ガァァァ、ヴ ヴ ヴ ヴォォォォォオオオオオンン ン "
ズボォォ
障壁からニョッキリと飛び出してくる前足。
俺の眼前に現れたそれは、とても大きな毛むくじゃらの前足だった。
次に飛び出してきたのは、完全なるオオカミの鼻先と口。これまた大きい。人間ごときは丸呑みにされそうな巨大な口だ。
そしてオオカミの耳が見えて、ズボーーン。
体長5mはあろうかという巨大なオオカミが障壁の向こうから飛び出してきた。
姿形はまるっきりオオカミ。しかしそれはロアさんなのである。つまりロアさん狼だった、
「いたい、いたい、しんじゃう」
大暴れする巨大オオカミ。障壁によるダメージを受けたようだが、深刻なものではなさそうだ。死んだりはしそうにない。
その証拠に、そのまま元気いっぱいじゃれついてくるロアさん。
「よしよし。落ち着けロアさん」
なだめる俺。
「エフィルアさん! 大変です」
「ロアさんどうしたんですか」
「もう私には変身が0回しか残されていません」
マイペースに、そんな良く分からない心配をする巨大オオカミ。
「変身は2段階でしたか。あっというまに見せ切っちゃっいましたね」
ちなみに力を解放した今のロアさんのレベルは、驚異の320。俺やギルマスよりも遥かに高かった。人間に擬態するために力を圧縮して生活してたらしい。
「でもきっとエフィルアさんのほうがずっと強いですから。私って基本的に戦闘タイプじゃないのですよ。やっぱり索敵とか探知とか隠密とかが一番得意なんです」
巨大オオカミはそんな事を言いながら、頭を俺の身体にこすりつけてくる。
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これは良かったのだろうか?
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かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
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