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46 地獄の鬼
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揺れる城を駆け下りた俺達。
いよいよ、コボルトの坑道街へと抜ける出口へ差しかかった時だった。
そこに奇妙な女が立ちはだかる。
「魔神エフィルア様。ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございませんでした」
え、だれ?
人間とは思えないが、かといって、この城に住むアンデッド達とも様子が違う。
女の顔には精気がない。まるでゾンビやゴーストのよう。にもかかわらず、その蒼白い肌は、うら若き乙女のそれよりも瑞々しく、美しく透き通っている。
より端的に表現すれば、セクシー魔族っぽい雰囲気のお姉さんである。
あ、もしかしてアレか。コボルトさん達が言っていた不審な死霊術士とはこの人か?
コボルト戦士団に確認をとると、やはりそうらしい。彼女こそが今回の探索目的。
いやしかし、誰でもいいが今は道を開けてほしい。
コボルトさん達の街が心配だ。大振動は相変わらず空間全体を襲っている。
「魔神様。この揺れはまだ大丈夫にございます。混ざり合った地下空間が再び割れるまでには、まだほんの少しの時間が残されているのですから」
セクシー魔族(仮)は、そう言いながら奇妙な形の眼鏡をクイクイッと上げた。
「ご挨拶が遅れました。わたくし、地獄の死霊王のダフネ=オルラルドと申します。以後お見知りおきを」
地獄の死霊王。その名が示すように、彼女も地獄方面から来た存在のようだった。
「ええと、それで、ダフネさんでしたか。今起きているこの震動のことを何かご存知のようですけれど、原因を知っていると?」
彼女は手にしていた骨と宝石の杖を空中にかかげ、そこにクルクルと文様を描き、消し、また描いた。それは何かの数式のようにも見えたし、魔法陣のようにも見えた。しばらくして、描かれた数個の小円環が弾けて消し飛んだ。
「私は空間魔法学を少々かじっておりまして、今の状況も読み解く程度の事ならば出来るのです。おそらく崩壊は明日の昼ごろでしょうか。それまでは、まだ大丈夫かと思われます」
彼女の話では、今俺達がいる地下空間は非常に不安定な状態にあるらしい。
もともとこの場所になかった幾つもの空間が、重なり合って1つの場所に留まっている。それは世界の理に反する状態なのだと。
根本原因はまだ未確定だそうだが、このままにしておくとコボルトさん達の住む坑道街は当然消滅するし、地上の町だって巻き込まれるという。
タイムリミットは明日の正午。ちょっと早くない? そんな突然言われてもねといった感じである。
この際もう人間の町はいいとしても、坑道街のほうはなんとかならないものだろうか。
セクシーメガネな地獄の死霊王は言う。
「もう少し詳しく調査が出来れば問題を解決できるかもしれませんが、まだ私もこちらに来たばかりで力もなく。せめて避難だけでも進めるかべきかと」
「あのう、お話中のところすみませんが、ちょっとこれを見てもらえます? もうあからさまに怪しいところがあるんですけどね」
そういって一枚の地図を広げたのはロアさんだった。
それは彼女の探知能力を駆使して描かれた逸品で、地下空間全体が精密かつ詳細に描き出されていた。
「なるほど、これはもう……」
これまで俺達の通ってきた地下空間。それは螺旋の渦を描くように配置されていた。
その螺旋の中心、その真上、そこは人間たちの町の中で、ちょうど聖女神殿がある場所だった。
「この大規模な空間転移事故は、たしかにその場所を基点に発生しておりますね。地形的にも魔法的な構造としても」
そして俺達は一度、螺旋の終着点へと道を進むことになった。
そこがちょうど、聖女神殿の真下となる場所だった。
この城には地下へと深く降りていく階段がある。その先にある扉の前に俺達は立った。
この石扉にもまた、空間を断裂させるような障壁が発生しているのだった。
この先はロアさんの探知術の届かなかった場所である。
扉を押し開くと、向こう側からモウモウとした熱気が吹き上がってきた。
まるで地獄のような場所だった。
湧き上がり対流する溶岩。吹き出すガスは人体に悪そうな色と匂い。
溶岩の中には赤熱発光した龍が泳いでいて、元気いっぱいに跳ね回る。
さらには鬼の大将みたいなデカイおじさんの姿までもが見えるのだ。
以前にも見た姿。あれはたしか地獄の偉い神様だ。これを地獄と呼ばずしてなんと呼べばいいのだろうか。
「えっと、天地さんでしたっけ? こんなところで何をしてんですか?」
「おお、地獄門を開いたとき以来だなエフィルアよ。ワシは今な、地上で活動するための英気を養っておるのだ。向こう数十年ほどこうしていれば少しは力が溜まるだろう」
「それは気の長い話ですね、数十年もこの溶岩に浸かっているなんて」
「まあそうだな。多少の時間はかかるが、なに、ここにたどり着くまでにも1000を超える年月を費やしてきたのだ。もうひと頑張りだ」
彼ら地界の神々は、あのとき開いた地獄門を通って分身というものを地上に送り込んできたらしい。
今こうしている姿は温泉にでも浸かってのんびりしているようにしか見えないが、あくまで、地上で仕事をするための力を分身の中に蓄えている最中なのだという。
どうやら、今の状態では地上への直接的な干渉は出来ないそうだ。
そもそも今のご時勢では地上に直接干渉が出来ないのが普通なのだとか。
神話の時代はとっくに終わり、天上界-地上界-地下界、それぞれの境界ははっきりと隔絶されている。地獄門を開けただけでも奇跡。ありえない功績で実績。
とりあえず今はこの場所、龍脈の一部に浸かることで力を蓄えているらしい。
なにか地上での寄代になる物でもあれば、話は違ってくるそうだが。
「天地様、ちょうど今、エフィルア様方とともに今回の歪の原因となる場所へ行くところだったのです。とりあえず様子だけでも見に行かれますか?」
彼らの仕事は世界の管理業務。
この場所で発生している空間歪みの調査も重要な仕事だという。
いや、そもそもこの地で起きているような不可解な現象を修理するためにこそ、わざわざ膨大な労力を使って地上への門を開いたのだ。
ちなみに冥府と魔界の神様たちは、また役割が少し違うそうで、今この場には来ていないのだとか。
「最近は禁忌を犯すような魔法を荒っぽく使う輩がおるのだよ。放っておけば世界を損傷させて理が壊れる。もはや看過は出来ぬ状態でな。この土地の有様を見ても危険性は十分に分かろう」
頭の上にタオルを乗せて温泉に浸っているようにしか見えない大鬼さん。その背中には、そこはかとない哀愁が漂っていた。
「ああ、ああ、空間がこんなに歪んで大事故発生だ。まったく、素人仕事で世界の理に無理やり改竄を加えるような真似を…… ブツブツブツ」
ついに愚痴りだした大鬼。
しかし確かに、今まさに、このあたりの空間に無理な歪が発生しているのは事実なようだ。
「ひとたびこういった事態になれば、その地域、世界に住むもの皆を巻き込んだ問題になる。この地の守護神獣ムーニョが我らと盟約を結んだのもそのためだ。かの者はこの地の安定を望んでいた。できることであれば異物を地下から排除するようにと」
まあ、俺としてもコボルトさんの街にごやっかいになっているから見過ごせないだろうな。
それに地上で世話になった守護神獣ムーニョからも地中の様子を見てくるように依頼を受けたわけだし。
「さてそれで、今回の歪みの元はこの真上でしたね。ここから力の流れは上下方向に直通しているはずですから…… 」
ダフネさんは杖をコツコツと天井にあてて歩き回り、カツン。
「はい。ちょうどここになるようです」
その言葉とともに、俺達の身体を唐突な浮遊感が襲った。
ほんの一瞬の出来事。おしりがムズムズするような感覚を味わって、気がつけば俺達は石牢のような暗くジメジメとした場所に移動していた。
これは短距離転移術というものらしく、俺達は今すでに、聖女神殿の地下施設に入り込んでいた。
狭い空間だった。何かの儀式に使うのだろう聖具や、それとは少し違う拷問具のようなアイテムがそこかしこに並べられている。
上へと向かう細い階段が見え、俺達は静かにそれを上りはじめた。
「あの、エフィルアさん…… この上に人間の反応があるんですけど、様子が変で、魔力があまりに微弱で、深い傷を負っている状態かもしれません。しかも……」
この場所に来た瞬間から、それは俺にも感じられていた。
俺たちは足を早める。
妙に長く感じる階段を昇って行くと、そこには……
そこにいたのはこの町のギルドマスター、ダウィシエさんだった。
聖女神殿の中で、瀕死の状態になった彼女が磔にされていた。
いよいよ、コボルトの坑道街へと抜ける出口へ差しかかった時だった。
そこに奇妙な女が立ちはだかる。
「魔神エフィルア様。ご挨拶が遅れまして誠に申し訳ございませんでした」
え、だれ?
人間とは思えないが、かといって、この城に住むアンデッド達とも様子が違う。
女の顔には精気がない。まるでゾンビやゴーストのよう。にもかかわらず、その蒼白い肌は、うら若き乙女のそれよりも瑞々しく、美しく透き通っている。
より端的に表現すれば、セクシー魔族っぽい雰囲気のお姉さんである。
あ、もしかしてアレか。コボルトさん達が言っていた不審な死霊術士とはこの人か?
コボルト戦士団に確認をとると、やはりそうらしい。彼女こそが今回の探索目的。
いやしかし、誰でもいいが今は道を開けてほしい。
コボルトさん達の街が心配だ。大振動は相変わらず空間全体を襲っている。
「魔神様。この揺れはまだ大丈夫にございます。混ざり合った地下空間が再び割れるまでには、まだほんの少しの時間が残されているのですから」
セクシー魔族(仮)は、そう言いながら奇妙な形の眼鏡をクイクイッと上げた。
「ご挨拶が遅れました。わたくし、地獄の死霊王のダフネ=オルラルドと申します。以後お見知りおきを」
地獄の死霊王。その名が示すように、彼女も地獄方面から来た存在のようだった。
「ええと、それで、ダフネさんでしたか。今起きているこの震動のことを何かご存知のようですけれど、原因を知っていると?」
彼女は手にしていた骨と宝石の杖を空中にかかげ、そこにクルクルと文様を描き、消し、また描いた。それは何かの数式のようにも見えたし、魔法陣のようにも見えた。しばらくして、描かれた数個の小円環が弾けて消し飛んだ。
「私は空間魔法学を少々かじっておりまして、今の状況も読み解く程度の事ならば出来るのです。おそらく崩壊は明日の昼ごろでしょうか。それまでは、まだ大丈夫かと思われます」
彼女の話では、今俺達がいる地下空間は非常に不安定な状態にあるらしい。
もともとこの場所になかった幾つもの空間が、重なり合って1つの場所に留まっている。それは世界の理に反する状態なのだと。
根本原因はまだ未確定だそうだが、このままにしておくとコボルトさん達の住む坑道街は当然消滅するし、地上の町だって巻き込まれるという。
タイムリミットは明日の正午。ちょっと早くない? そんな突然言われてもねといった感じである。
この際もう人間の町はいいとしても、坑道街のほうはなんとかならないものだろうか。
セクシーメガネな地獄の死霊王は言う。
「もう少し詳しく調査が出来れば問題を解決できるかもしれませんが、まだ私もこちらに来たばかりで力もなく。せめて避難だけでも進めるかべきかと」
「あのう、お話中のところすみませんが、ちょっとこれを見てもらえます? もうあからさまに怪しいところがあるんですけどね」
そういって一枚の地図を広げたのはロアさんだった。
それは彼女の探知能力を駆使して描かれた逸品で、地下空間全体が精密かつ詳細に描き出されていた。
「なるほど、これはもう……」
これまで俺達の通ってきた地下空間。それは螺旋の渦を描くように配置されていた。
その螺旋の中心、その真上、そこは人間たちの町の中で、ちょうど聖女神殿がある場所だった。
「この大規模な空間転移事故は、たしかにその場所を基点に発生しておりますね。地形的にも魔法的な構造としても」
そして俺達は一度、螺旋の終着点へと道を進むことになった。
そこがちょうど、聖女神殿の真下となる場所だった。
この城には地下へと深く降りていく階段がある。その先にある扉の前に俺達は立った。
この石扉にもまた、空間を断裂させるような障壁が発生しているのだった。
この先はロアさんの探知術の届かなかった場所である。
扉を押し開くと、向こう側からモウモウとした熱気が吹き上がってきた。
まるで地獄のような場所だった。
湧き上がり対流する溶岩。吹き出すガスは人体に悪そうな色と匂い。
溶岩の中には赤熱発光した龍が泳いでいて、元気いっぱいに跳ね回る。
さらには鬼の大将みたいなデカイおじさんの姿までもが見えるのだ。
以前にも見た姿。あれはたしか地獄の偉い神様だ。これを地獄と呼ばずしてなんと呼べばいいのだろうか。
「えっと、天地さんでしたっけ? こんなところで何をしてんですか?」
「おお、地獄門を開いたとき以来だなエフィルアよ。ワシは今な、地上で活動するための英気を養っておるのだ。向こう数十年ほどこうしていれば少しは力が溜まるだろう」
「それは気の長い話ですね、数十年もこの溶岩に浸かっているなんて」
「まあそうだな。多少の時間はかかるが、なに、ここにたどり着くまでにも1000を超える年月を費やしてきたのだ。もうひと頑張りだ」
彼ら地界の神々は、あのとき開いた地獄門を通って分身というものを地上に送り込んできたらしい。
今こうしている姿は温泉にでも浸かってのんびりしているようにしか見えないが、あくまで、地上で仕事をするための力を分身の中に蓄えている最中なのだという。
どうやら、今の状態では地上への直接的な干渉は出来ないそうだ。
そもそも今のご時勢では地上に直接干渉が出来ないのが普通なのだとか。
神話の時代はとっくに終わり、天上界-地上界-地下界、それぞれの境界ははっきりと隔絶されている。地獄門を開けただけでも奇跡。ありえない功績で実績。
とりあえず今はこの場所、龍脈の一部に浸かることで力を蓄えているらしい。
なにか地上での寄代になる物でもあれば、話は違ってくるそうだが。
「天地様、ちょうど今、エフィルア様方とともに今回の歪の原因となる場所へ行くところだったのです。とりあえず様子だけでも見に行かれますか?」
彼らの仕事は世界の管理業務。
この場所で発生している空間歪みの調査も重要な仕事だという。
いや、そもそもこの地で起きているような不可解な現象を修理するためにこそ、わざわざ膨大な労力を使って地上への門を開いたのだ。
ちなみに冥府と魔界の神様たちは、また役割が少し違うそうで、今この場には来ていないのだとか。
「最近は禁忌を犯すような魔法を荒っぽく使う輩がおるのだよ。放っておけば世界を損傷させて理が壊れる。もはや看過は出来ぬ状態でな。この土地の有様を見ても危険性は十分に分かろう」
頭の上にタオルを乗せて温泉に浸っているようにしか見えない大鬼さん。その背中には、そこはかとない哀愁が漂っていた。
「ああ、ああ、空間がこんなに歪んで大事故発生だ。まったく、素人仕事で世界の理に無理やり改竄を加えるような真似を…… ブツブツブツ」
ついに愚痴りだした大鬼。
しかし確かに、今まさに、このあたりの空間に無理な歪が発生しているのは事実なようだ。
「ひとたびこういった事態になれば、その地域、世界に住むもの皆を巻き込んだ問題になる。この地の守護神獣ムーニョが我らと盟約を結んだのもそのためだ。かの者はこの地の安定を望んでいた。できることであれば異物を地下から排除するようにと」
まあ、俺としてもコボルトさんの街にごやっかいになっているから見過ごせないだろうな。
それに地上で世話になった守護神獣ムーニョからも地中の様子を見てくるように依頼を受けたわけだし。
「さてそれで、今回の歪みの元はこの真上でしたね。ここから力の流れは上下方向に直通しているはずですから…… 」
ダフネさんは杖をコツコツと天井にあてて歩き回り、カツン。
「はい。ちょうどここになるようです」
その言葉とともに、俺達の身体を唐突な浮遊感が襲った。
ほんの一瞬の出来事。おしりがムズムズするような感覚を味わって、気がつけば俺達は石牢のような暗くジメジメとした場所に移動していた。
これは短距離転移術というものらしく、俺達は今すでに、聖女神殿の地下施設に入り込んでいた。
狭い空間だった。何かの儀式に使うのだろう聖具や、それとは少し違う拷問具のようなアイテムがそこかしこに並べられている。
上へと向かう細い階段が見え、俺達は静かにそれを上りはじめた。
「あの、エフィルアさん…… この上に人間の反応があるんですけど、様子が変で、魔力があまりに微弱で、深い傷を負っている状態かもしれません。しかも……」
この場所に来た瞬間から、それは俺にも感じられていた。
俺たちは足を早める。
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