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55 トカマル君の宝石
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広場には大勢の人間が集まっていた。
妙な儀式を続ける慈愛の女神の信徒たち、それを眺める観衆、様子を見に来た衛兵たち。そして、すでに魅了術の影響を受けてしまった人々。
その中には、先ほどウチで買い物をしてくれた気のいいおじさんもいた。
いっぽう濁声カエルおじさんは、魅了した人間たちを引き連れながらも衛兵と話をしている。
「魅了術? いやいや何を馬鹿なことを。我らの儀式はあくまで女神様の降臨を行ったものである。魅了術など使うものか。もっとも、慈愛の女神様のお姿に目を奪われれば、普通の人間ならば心を奪われてしまうのは仕方のないこと。それは女神様が元来お持ちになっている魅力なのだ」
何か面倒くさい事を述べ散らかす高音濁声ガエルだったが、衛兵はそれ以上追求することもなく撤収しようとしていた。
魅了された人々は、あの妙な女神像を見つめたまま神輿の行列について歩いている。
もちろん、うちのお客のおじさんも。
良く知らないおじさんではあるが、多少気がかりだな。
魅了状態を回復させるような術でも使えればよいのだが、残念ながら俺は持ち合わせていない。
何か他に魅了術を打ち破る方法はないものか……
ふむ、あの像を破壊すれば術そのものは消えそうだが、魅了されている人たちの精神に多少なりともダメージが残りそう。微妙だな。あ、そうだ。
「トカマル君、あの宝石を試してみようか」
「宝石ってあれですか?」
トカマル君の手のひらからは、大ぶりのムーンストーンがにょきりと生えてくる。
「そうそう、それ」
こいつはアンデッドの古城でスパルトイ達が守っていた宝石だ。
トカマル君は魔力を秘めた宝玉を体内に吸収することで、石の属性に応じた術を習得できるはずなのだ。
せっかく手に入れたのだから、すぐにでも使ってみたかったのだが、色々あって今にいたる。
なにせこの石、よりにもよって強い聖属性を持った石だったのだ。ムーンストーンのなかでも特に聖なる癒しの力に特化した、ヒーリングムーンスト―ンというものらしい。
トカマル君て俺の闇属性な魔力を摂取して成長してきたわけだし、少なからず影響を受けているのではないか? そういう懸念があったのだ。聖属性の石なんか摂取して大丈夫なのかどうか、安全性を調べるのに手間取った
今朝になってようやく、摂取しても問題ないという研究成果をダフネさんが持ってきてくれた。
石は今朝の出発前にトカマル君の口に入った。入りたてである。
結果的には諸々の心配はまったく無用なものだった。彼は今や聖属性魔法を操るトカゲである。
戦うときには死神のような大鎌を操り、白銀の全身鎧をまとう聖属性トカゲである。
「でもでも、僕が回復魔法なんて使うのヤじゃないですか? エフィルア様って聖属性は好きじゃないでしょう?」
「いやいや、べつにそんな事はないよ。いちおう弱点だから、それで攻撃されたら多めにダメージを受けるけどね、それだけの事だし」
「ほんとうですか?」
「うむ、むしろ俺には不得意なジャンルの魔法だから、トカマル君が習得してくれると助かるよ。ぜひ頑張って覚えて欲しいくらいだ」
「むふー、それなら頑張ります」
トカマル君は手の平に大きなムーンストーンをゴロリと露出させたまま、魔力を込めた。
「あの人たちの魅了状態を回復させるんですよね?」
「そうだね。できそう?」
「うーん、うーん、この石で使えるようになった魔法は、いまのところ回復魔法と浄化の雨っていうのだけで…… 浄化の雨を使えば一瞬くらいなら魅了状態をとけそうです。でも効果は一瞬だけです」
聖属性の回復魔法の1つ、浄化の雨。これは精神的な状態異常を打ち消す効果をもった光の雨を一定時間降らせるという魔法だ。
その効果時間は術者の力量による。
トカマル君はまだまだ使っていられる時間は短いようだが、今はそれで十分だった。
ほんの一時でも魅了術が解ければ、あとはその隙に女神像を破壊してしまえば済む話だ。
そして、
「ヌァァッ?! 何事か?!」
浄化の雨が降り注いだ。その瞬間、広場は少しざわめきたった。喧噪の間を縫って、俺は小さめの魔弾を放った。見事に爆散する女神像。
魔弾の発射は音がするし、弾の目視も可能である。こんな人ごみで使えば俺がやった事がばれる可能性もあった。が、幸いなことに人々の目は女神像の方に向いていて誰も俺に気がついた者はいない。
濁声カエルと信徒の連中は騒然としている。
魅了されていた例のおじさんは正常な状態に戻ったようだ。首をかしげながら小道へと歩いていった。
「エフィルア様、僕ちゃんとできましたよっ。浄化魔法! ふっふっふー」
嬉しそうにするトカマル君の頭をグイッとなでてから、俺はその場を去ることにした。
濁声カエルおじさんたちは血眼になって儀式を邪魔した犯人を捜そうとしていたが、索敵能力はあまり高くないようだった。
女神像が破壊された広場からは、徐々に人が減っていく。
俺達も馬車を進め、町の入り口付近に移動させるのだった。
この町には門のそばに広めの空き地があって、そこに馬車を止めておけるようになっている。
この空き地は有事の際に、他所から集められた兵士が陣を張ったりする場所らしい。が、平時には一般にも貸出しされているのだ。
今晩はここに止めた馬車の中で一泊する予定だ。
いちおう宿に泊まることも可能っぽいが、俺の闇属性パワーは相変わらず健在。なにかと変な目で見られるので馬車の方が気楽だろう。
翌日の朝。俺達はドンパウの町の外へ。
大屋さんと彼女の馬車はそのまま南町へと帰っていったが、俺達は野原へと向かう。ワイルドキラーストロベリーという魔物を探して。
俺達の屋台のお客さん第1号である例のおじさんが教えてくれた魔物を探すのだ。
香りの良い植物系モンスターだというが、さて。
妙な儀式を続ける慈愛の女神の信徒たち、それを眺める観衆、様子を見に来た衛兵たち。そして、すでに魅了術の影響を受けてしまった人々。
その中には、先ほどウチで買い物をしてくれた気のいいおじさんもいた。
いっぽう濁声カエルおじさんは、魅了した人間たちを引き連れながらも衛兵と話をしている。
「魅了術? いやいや何を馬鹿なことを。我らの儀式はあくまで女神様の降臨を行ったものである。魅了術など使うものか。もっとも、慈愛の女神様のお姿に目を奪われれば、普通の人間ならば心を奪われてしまうのは仕方のないこと。それは女神様が元来お持ちになっている魅力なのだ」
何か面倒くさい事を述べ散らかす高音濁声ガエルだったが、衛兵はそれ以上追求することもなく撤収しようとしていた。
魅了された人々は、あの妙な女神像を見つめたまま神輿の行列について歩いている。
もちろん、うちのお客のおじさんも。
良く知らないおじさんではあるが、多少気がかりだな。
魅了状態を回復させるような術でも使えればよいのだが、残念ながら俺は持ち合わせていない。
何か他に魅了術を打ち破る方法はないものか……
ふむ、あの像を破壊すれば術そのものは消えそうだが、魅了されている人たちの精神に多少なりともダメージが残りそう。微妙だな。あ、そうだ。
「トカマル君、あの宝石を試してみようか」
「宝石ってあれですか?」
トカマル君の手のひらからは、大ぶりのムーンストーンがにょきりと生えてくる。
「そうそう、それ」
こいつはアンデッドの古城でスパルトイ達が守っていた宝石だ。
トカマル君は魔力を秘めた宝玉を体内に吸収することで、石の属性に応じた術を習得できるはずなのだ。
せっかく手に入れたのだから、すぐにでも使ってみたかったのだが、色々あって今にいたる。
なにせこの石、よりにもよって強い聖属性を持った石だったのだ。ムーンストーンのなかでも特に聖なる癒しの力に特化した、ヒーリングムーンスト―ンというものらしい。
トカマル君て俺の闇属性な魔力を摂取して成長してきたわけだし、少なからず影響を受けているのではないか? そういう懸念があったのだ。聖属性の石なんか摂取して大丈夫なのかどうか、安全性を調べるのに手間取った
今朝になってようやく、摂取しても問題ないという研究成果をダフネさんが持ってきてくれた。
石は今朝の出発前にトカマル君の口に入った。入りたてである。
結果的には諸々の心配はまったく無用なものだった。彼は今や聖属性魔法を操るトカゲである。
戦うときには死神のような大鎌を操り、白銀の全身鎧をまとう聖属性トカゲである。
「でもでも、僕が回復魔法なんて使うのヤじゃないですか? エフィルア様って聖属性は好きじゃないでしょう?」
「いやいや、べつにそんな事はないよ。いちおう弱点だから、それで攻撃されたら多めにダメージを受けるけどね、それだけの事だし」
「ほんとうですか?」
「うむ、むしろ俺には不得意なジャンルの魔法だから、トカマル君が習得してくれると助かるよ。ぜひ頑張って覚えて欲しいくらいだ」
「むふー、それなら頑張ります」
トカマル君は手の平に大きなムーンストーンをゴロリと露出させたまま、魔力を込めた。
「あの人たちの魅了状態を回復させるんですよね?」
「そうだね。できそう?」
「うーん、うーん、この石で使えるようになった魔法は、いまのところ回復魔法と浄化の雨っていうのだけで…… 浄化の雨を使えば一瞬くらいなら魅了状態をとけそうです。でも効果は一瞬だけです」
聖属性の回復魔法の1つ、浄化の雨。これは精神的な状態異常を打ち消す効果をもった光の雨を一定時間降らせるという魔法だ。
その効果時間は術者の力量による。
トカマル君はまだまだ使っていられる時間は短いようだが、今はそれで十分だった。
ほんの一時でも魅了術が解ければ、あとはその隙に女神像を破壊してしまえば済む話だ。
そして、
「ヌァァッ?! 何事か?!」
浄化の雨が降り注いだ。その瞬間、広場は少しざわめきたった。喧噪の間を縫って、俺は小さめの魔弾を放った。見事に爆散する女神像。
魔弾の発射は音がするし、弾の目視も可能である。こんな人ごみで使えば俺がやった事がばれる可能性もあった。が、幸いなことに人々の目は女神像の方に向いていて誰も俺に気がついた者はいない。
濁声カエルと信徒の連中は騒然としている。
魅了されていた例のおじさんは正常な状態に戻ったようだ。首をかしげながら小道へと歩いていった。
「エフィルア様、僕ちゃんとできましたよっ。浄化魔法! ふっふっふー」
嬉しそうにするトカマル君の頭をグイッとなでてから、俺はその場を去ることにした。
濁声カエルおじさんたちは血眼になって儀式を邪魔した犯人を捜そうとしていたが、索敵能力はあまり高くないようだった。
女神像が破壊された広場からは、徐々に人が減っていく。
俺達も馬車を進め、町の入り口付近に移動させるのだった。
この町には門のそばに広めの空き地があって、そこに馬車を止めておけるようになっている。
この空き地は有事の際に、他所から集められた兵士が陣を張ったりする場所らしい。が、平時には一般にも貸出しされているのだ。
今晩はここに止めた馬車の中で一泊する予定だ。
いちおう宿に泊まることも可能っぽいが、俺の闇属性パワーは相変わらず健在。なにかと変な目で見られるので馬車の方が気楽だろう。
翌日の朝。俺達はドンパウの町の外へ。
大屋さんと彼女の馬車はそのまま南町へと帰っていったが、俺達は野原へと向かう。ワイルドキラーストロベリーという魔物を探して。
俺達の屋台のお客さん第1号である例のおじさんが教えてくれた魔物を探すのだ。
香りの良い植物系モンスターだというが、さて。
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