陶器の鎧のパラディン

片遊佐 牽太

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解体屋と騎士見習い

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 セシルが剣を教わるようになって、数週間が経過した。
 彼女がカイと手合わせするのは、決まって毎朝セシルが宮殿に出仕する前の時間だ。
 その長さは時間にして、一時間にも満たない。
 だが、基礎力のある彼女に対して、カイは長時間の鍛錬を避けるように伝えた。

「時間が問題なんじゃない。
 それに、こんを詰めて怪我をしてしまってはどうにもならない。
 体力は必要だが、君は無理に腕力を付けるよりも素早さを活かした方がいい。
 身のこなしで体重を活かせれば、腕力など付けなくても、十分に重い一撃が放てる」

 彼はそう言いはするものの、セシルにはそのたった一時間がきつい。
 実際にカイと対峙すると、僅か数分の間に、ゴッソリと体力を持って行かれてしまうのだ。

 この日も汗で張り付く金髪を振り乱して、彼女はカイの攻撃を剣で受け止めた。

「敵の力強い攻撃を、まともに受け止めようとするな。
 受け止めれば体力を失うし、相手がすぐに次の攻撃に移ってしまう。
 相手の隙を作りやすいのは、受け止めるのではなくことだ」

 セシルはカイに言われた通り、攻撃の受け流しに挑戦する。
 だが、相手の打ち込みに対して、絶妙の角度で剣を出さなければならない。
 下手な角度で剣を差し出してしまえば、むしろ剣を弾き飛ばされてしまう結果に終わる。
 それでもセシルは何度も受け流しに挑戦して、いくらかはカイの攻撃を受け流すことができるようになってきた。
 ところが隙を見せたカイに反撃すると、それらの攻撃はどれも簡単に防がれてしまう。

「筋はいい。鋭く威力のある攻撃だ。だが、狙いが素直で単調すぎる。
 何しろ君の視線を追っていれば、次にどこを狙おうとしているのかが、わかってしまうからな。
 相手を自分に置き換えろ。自分が受け止めにくいと思う場所に攻撃を仕掛けるんだ」

 毎日がこの調子で、セシルは随分と、体力と技術が身についたように思う。

 一方でカイの方は、努めてセシルの身体に、打撃を当てないよう気遣っているようだった。
 何しろ彼女は騎士見習いとはいえ、宮殿に出入りする女性だ。目に付くような場所に、青痣を作る訳にはいかない。
 だが、それでもセシルの身体には、何カ所か痛みが走るような場所がある。

 そうして修練がひと月を超えると、カイは盾を持ち出して、その扱いをセシルに教え始めた。

「盾を使うときは、まず対戦する相手をよく観察する必要がある。
 敵の腕力が強そうな時は、無理に盾で防ごうとしない方がいい。
 そういう時は剣で攻撃を受け流して、むしろ盾を攻撃に使うんだ」

 そういうとカイは盾を構えてみて、いくつかの動きをセシルにして見せた。

「カイ、当然の話だけど、盾を持てば両手で剣は持てないわ。
 相手の腕力が強い時は、片手では攻撃を受け流す難易度も高くなる。
 その分、剣を弾き飛ばされてしまう確率も、結果的に上がってしまうと思うの。
 それでも敢えて盾を持つ理由が、わたしにはわからない」

 セシルの素直な問い掛けに、カイはニヤリと表情を崩す。

「いや、まったく、君は頭がいい。
 セシルの言う通り、騎士と騎士の戦いにおいて、おおよそ盾が必要になることなど殆どないんだ。
 だが、見た目重視の風潮のせいで、相手の騎士は結構な確率で
 だから、盾を持つことによるを、実際に盾を使って覚えて欲しいんだ」

「わかったわ」

 ひと月教えを受けたこともあって、セシルは随分と従順な生徒になっていた。
 最初のうちはカイが言ったことを、「何故?」「どうして?」と疑問ばかりで返していたのだ。

「それと、もう一つ意図していることがある」

 カイはそう言うと、木製の盾をセシルに差し出した。

「人間相手と魔物相手では、戦い方が根本的に違うということだ。
 規則ルールで魔法具の使用が禁止されている模擬試合デュエルならまだいいが、魔物との戦いはそういう訳にはいかないからな。
 剣や槍の攻撃は受け流せばいい。でも、飛んでくる魔法や弓矢は盾がなければ防げない。
 だから、叙任式に盾を持ち出す必要は必ずしもないが、はちゃんと盾を持つ必要がある」

「その後――?」

「騎士になって終わりなのか?
 騎士として生きていくなら、その後を戦い抜くすべも必要だ」

 カイの言葉を聞き遂げて、セシルはこれ以上ないほどに真剣な眼差しになる。

「ええ、もちろんよ」

 セシルは力強くそう答えると、差し出された盾をカイの手から受け取った。





◇ ◆ ◇





 昼下がりに自室で紅茶をたしなんでいたエリオット騎士公は、ふと思い出したように緑色の髪を掻き上げながら、セシルに声を掛けた。
 部屋の隅に控えていた彼女は、エリオットの声に応じて一歩前に進み出る。

「そう言えば、セシル。
 ふと騎士団でになっていることを思い出したのだが」

「どのような噂でしょうか?」

「何でも、君が市井しせいの男性に、毎朝会いに行っているという噂だ。
 特別な関係にある男性なのかね?」

 その言葉を聞いた瞬間、セシルの頬は一気に熱を帯びた。
 できるだけ平静を装いながらも、あまり大きくない声でその問いに答えを返す。

「――いいえ」

 セシルの言葉を聞いて、エリオットは朗らかに笑みを浮かべた。

「そうか。――いいや、男性と会うことが悪いとは思わない。
 何しろ君に異性の影がある方が、私も要らぬ誤解を受けずに済むからね。
 ただ、それが君の特別な人でないのなら、には気を付けた方が良い」

 一瞬、セシルはその「良からぬ噂」というのが、どんな噂なのかを訊いてみたくなった。
 だが、そんなことを追求しても、自分が不快な思いをして評価を下げるだけなのは判っている。
 とはいえ彼女はカイの顔を思い浮かべながら、彼と会っているという事実を、無粋な想像でけがされたことに口を挟みたくなった。
 それで何となくエリオットに、本当のことを喋ってしまう。

「剣を教わっているのです」

「――剣を?」

 エリオットはその話に、僅かに眉をひそめた。

「はい、実は叙任式の模擬試合デュエルに出る可能性が高いと伺いましたので、それで剣を」

 セシルがそこまで話をした瞬間、エリオットの表情がかつてない程に厳しいものへと変化した。

「――君が模擬試合デュエルに出るというのを、誰から聞いたんだね?」

 それは明らかに普段とは違う、低い、恐ろしい声色だった。
 セシルは反射的に拙いと感じて、その後の返答に詰まってしまう。
 だが、ここで嘘をく訳にはいかない。
 嘘を吐けばきっと、もっと悪いことが起こるに違いないのだから――。

「ミラン騎士長です」

 この機に彼をおとしいれようとした訳ではなかった。
 事実、セシルに模擬試合デュエルのことを教えたのはミランだったからだ。
 だが彼の名前を出したことが、この後どう作用するのかは判らない。

「ミラン?
 ああ、なるほど。あいつか――」

 エリオットは思い出すようにその名前を反復すると、少し俯くようにして不適に微笑んだ。
 ただ口元に笑みを浮かべているだけなのだが、セシルにはそれが末恐ろしいことのように映る。

「よし、セシル、今日はもう下がっていい。
 それと、その男性と会うなとは言わないし、剣を習うなとも言わない。
 ただ、良からぬ噂が立たないようには心掛けてくれると助かる。
 何しろ君の評判は、私自身にも影響するのだから」

「申し訳ございません。
 男女として会っている訳ではないのを、どうかご理解ください」

 セシルはそう言って部屋を退出すると、俯いてほっと息を吐き出した。


 途中、エリオットの雰囲気が変わった時には、それこそ寿命が縮むような思いをした。
 ただ一方で、セシルの中には、エリオットに対する落胆した気持ちがある。

 結局のところ、エリオットは自分の評判しか気にしていないのだ。
 セシルのことを本当に気遣ってくれる人物など、誰一人として見つかりはしない――。

 彼女は寂しげに自嘲気味に微笑むと、そのまま俯きながら、宮殿を後にしていった。





◇ ◆ ◇





 翌朝、いつも通りに五番街奥の稽古場に行くと、カイは先に到着して待っていたようだった。
 彼は稽古用の装備を手入れしながら、セシルに向けて歓迎の笑みを浮かべる。
 一方、セシルの表情は曇天どんてんのように沈み込んだままだった。

「どうした?」

 さすがにカイが心配して、セシルに機嫌を問う言葉を掛けてくる。

「カイ、あなたと会っているのが、騎士団で噂になっているらしいのよ。
 エリオット殿下にも、毎朝男性に会っているのかと訊かれたわ。
 それ自体は本当のことだけど、後ろ指を指されるのが我慢ならなくて――」

 彼女の言葉を聞いて、カイは笑みを消して静かに呟いた。

「そうか。
 だとすれば、もう剣の稽古は、これきりにしておくか」

 あまりにもあっさりと打ち切りを提示されて、慌ててセシルはカイの言葉を否定する。

「そういうことを言っているんじゃないわ。
 実際、もう会うなとは言われていないもの」

「だが、騎士団の中での悪い評判は、なかなか拭い去ることができない」

 何か過去に経験でもあるのか、カイは妙に実感の籠もった口調でそう言った。

「だとしても問題はないわ。
 わたしは既に評判を気にするような状態にないもの。
 ただ――」

 セシルはそこで言葉を切ると、再び表情を翳らせて言った。

模擬試合デュエルの話題になったときに、エリオット殿下が凄い厳しい表情を見せたのよ。
 しかもその直後に、『模擬試合デュエルに出ることを誰から聞いたのか?』って。
 わたしが最初に聞いたのは、ミラン騎士長からだったから、それを隠さずに答えたけど――。
 何となく、わたしが模擬試合デュエルに出ることを、殿下も内緒にしておきたかったんじゃないかと思ったわ」

 カイはその話を聞いて、一頻り何かを考えたようだった。
 そして思い当たることがあったのか、ニヤニヤと笑みを浮かべて小さく呟く。

「なぁるほど、そういうことだったのか。
 やっぱり模擬試合デュエルなど、見世物に過ぎないんだな」

「どういうこと?」

 セシルはカイが吐き捨てた言葉の真意が見えずに、その意図を改めて問い掛けた。

「悪いが俺は身分の高い貴族家でもない君が、模擬試合デュエルに出場するというのが、最初からしっくりきていなかったんだ。
 君が女性で目立つと言っても、それだけを理由に他の貴族を押し退けて、模擬試合デュエルに選ぶとは思えないからね。
 だけど、これで理由がハッキリした」

 カイはそう言うと、自分の考えが不快だというように、眉をひそめながら口を開く。

「要するに、君に期待されているのは、模擬試合デュエルということなのさ。
 だから敢えて模擬試合デュエルに出場することを伏せて、準備をさせないようにしていたんだ。
 つまり、君を騎士に取り立てた上で、みんなの前でにしようとしていたってことだよ。
 まったく悪趣味で反吐へどが出るとは、正にこういうことだ」

「なっ――。
 なんですって――!?」

 セシルはカイが言った衝撃的な話に、込み上げた息をぐっと飲み込むのだった。



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