44 / 90
2.再開期
18
しおりを挟む遠ざかる意識の中。消える前の世界は断罪式で多くの知らない顔から投げられた石が痛くて、ミルワールに切られた顔の傷が痛くて、いたくてイタくて………
再度覚醒した意識で見た世界は、初めての場所なはずなのにラウリーはどうしてか懐かしさに包まれる泉の畔。
花が咲いて柔らかな心地よさのある不思議な空間。
花がチラチラと揺れては光る綿毛を飛ばす。
『リリアリーティが帰ってきた』
『また会いに来てくれた』
脳内に直接届く幼い声がたくさんある普段ならば混乱するであろう状況下でも落ち着いていられる。
きっと夢なのだろう、とラウリーはどこか客観的にいられた。
「……あまり深く考えていると堕ちてしまうぞ」
ふと後ろからした脳に直接でない現実味のある声。
どこか懐かしさを場所だけでなく声からも感じるなんて不思議なこともあると思いながら声の主の方向へ振り返る。
ラウリーに声をかけた主は蔦のように長くしなやかに伸びる黒みがかった緑の髪、とてもスラッとした高身長の身体に淡く白みがかった蒼い瞳は、鏡でみた自分の瞳とどこか似ていた。
光に当たれば髪の色がハッキリと緑になり、まるでこの森の緑と繋がっているように風に靡く。
目があった瞬間、ミルワールに切られたラウリーの顔の傷をまるで自分が受けた傷かのように痛そうな顔をして表情を曇らせた。
『また…苦しめられているのか』言葉ではなく脳内に直接届いた声で、ラウリーからしたら初対面であると思っていたがどうやら相手からしたら初めましてでは無いようで。
「………私たちは何処かで御会いしたことがありますか」
ラウリーには声が無かった。幼い頃の熱病で喉は焼けて発声の力ごと失くなった。
失くなったはずなのにどうしてか、ラウリーは発声の力を失った幼少期から十何年経った今普通に声が出た。
自分から話し掛けておいて、自分が一番驚いているという状況に相手は一切の動揺を見せなかった。
「今の君は簡単に言えば意識の中だ。身体自体は気絶でもしているのだろう。意識の中では喋れても戻れば話せなくなるだろう……」
男はラウリーの質問には少し悲しそうな顔をしただけで、違う話をして逸らすように言葉を変えた。
男は愛しそうにラウリーの顔を見つめて、また声ではなく脳内に直接届く『幸せになってくれ』と言った。
「………時間だな、ラウリー。次に会う奴にはラウリーの言葉でちゃんと気持ちを伝えてやると良い……幸せになって今度はちゃんとした姿で会いに来てくれ」
夢の区切りのように黒い穴に堕ちる感覚。綺麗だった泉や男がどんどん消えていく。
瞬きをするタイミングで全てが消えて、真っ黒な世界。
何もかもが消えてしまった、まるで最初から無かったかのような光りも見えない闇の中。
「……リー、ラウリーッ……いたら返事を…ラウリー…」
懐かしい声、ただどこか懐かしくとも初めて聞く声。
先ほどの男といい懐かしさに心揺れ動いても、記憶にあるものとはなにかが違う。
正面から走っているのか音がどんどんと近づいてくる。真っ暗なはずなのにどうしてか道になにも障害物がないことがわかる。一直線にラウリーも声の主の方へ足が動いてしまう。
初めてなのにも関わらず『会いたい』と思ってしまったこの気持ちには嘘はつけそうになかった。
男の姿を見た時、ラウリーの心は計り知れない。
腰辺りまで伸びた長い黒髪、本で読んだ龍の血を強く継いだものに現れる深紅の瞳、青紫色の唇。
公国の主と呼ばれている奴隷解放の英雄の容姿と同一の見た目にラウリーは本能的に頭を下げる。その行動全てがアウスからしたら初めて会った奴隷だった時のラウリーと重なり、貴族には失礼な行動だとわかった上で腕を強く掴み頭を上げさせる。
自分を畏怖対象として見ないでいてくれるだろうか、という淡い期待を捨てきることは出来なかった。
「…俺に頭を下げなくて良い、俺は……君を傷付けたりはしないから」
ラウリーは何故だか先に会った彼の、気持ちを伝えてやると良いという言葉を思い出す。
次に会うのがアウスだと知っていたからこその言葉だろうが、ラウリーには中々難しいことだと知っていただろうに。
「……手紙に書いたように、君を守れる土台を作ったんだ。初めましてというのにこんな事を言う俺を許して欲しい………愛している、君と結婚したい、です」
12
あなたにおすすめの小説
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです
珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。
その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。
【完結】前提が間違っています
蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった
【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた
【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた
彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語
※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。
ご注意ください
読んでくださって誠に有難うございます。
旦那様、もう一度好きになってもいいですか?
バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵家の十三番目の子供として生まれたエクレールは、傭兵として生計を立てて暮らしていたはずだった。
ある日、嫌な夢から目を覚ますと、見知らぬイケメンの腕の中にいた。
驚愕するエクレールに、イケメンは胸を張って言ったのだ。
「エクレール、君は昨日、俺と結婚したんだ。そして、エクレール・ポワレから、エクレール・アインソフ辺境伯夫人となったんだ」
「…………。へぇ……。そうなんですかぁ………………。ってえ?! はあぁぁあああああああ!! わたしが結婚? 誰とですか?!」
「ラクレイス・アインソフ。この俺だ」
エクレールは、初めて会ったはずの好みの顔面を持つ、ラクレイスとの婚姻関係を告げられ困惑するも、なぜかその男に愛おしさを感じてしまうのだ。
この物語は、愛する人との未来を掴むため奮闘するエクレールと、愛する人の苦しみを知り、それでも共にいたいと願うラクレイスの夫婦の物語。
王妃候補に選ばれましたが、全く興味の無い私は野次馬に徹しようと思います
真理亜
恋愛
ここセントール王国には一風変わった習慣がある。
それは王太子の婚約者、ひいては未来の王妃となるべく女性を決める際、何人かの選ばれし令嬢達を一同に集めて合宿のようなものを行い、合宿中の振る舞いや人間関係に対する対応などを見極めて判断を下すというものである。
要は選考試験のようなものだが、かといってこれといった課題を出されるという訳では無い。あくまでも令嬢達の普段の行動を観察し、記録し、判定を下すというシステムになっている。
そんな選ばれた令嬢達が集まる中、一人だけ場違いな令嬢が居た。彼女は他の候補者達の観察に徹しているのだ。どうしてそんなことをしているのかと尋ねられたその令嬢は、
「お構い無く。私は王妃の座なんか微塵も興味有りませんので。ここには野次馬として来ました」
と言い放ったのだった。
少し長くなって来たので短編から長編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる