龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
65 / 90
2.再開期

39

しおりを挟む

 断罪の日は近い。刻々と刻まれるカウントダウンに関わる者すべての背筋が引き伸ばされるよう。



 ラウリーは平穏すぎる日常に違和感を覚えていた。以前から思っていたが、アウスが居ないことがまるで当たり前のように流れていく。公主邸でありながら、公主が居ない。なのにも関わらず使用人の面々は毎日を笑顔で過ごす、王国で着飾った貴族の生活に馴染んでいるラウリーにはその光景が新鮮であった。

 白みがかった蒼色の瞳に映る景色は、今までの生活で得た全ての価値観を壊すようであった。


「……お嬢様は王国では毎日何をして過ごされてるんですか」


 静穏な公主邸、庭園に用意されたレジャーシートの上でピクニックバスケットを広げエピチカ、ラムルと共にラウリーは小さいお茶会を開いた。
ティーカップは三つ、お茶は既にミルクの入った甘めのものでエピチカでも飲めるようにとラウリーが希望した。
 コポコポとミルクティーが注がれ、三人分用意出来たと次の行動に移ろうとした時にもう一つ空のティーカップがあることに気付く。

 確かに三人分カップを用意し、エピチカ、ラムル、ラウリーの三人の手元にはミルクティーの入ったカップが実際にある。頭の中のはてなにラウリーは呆然としてしまったが、違和感を感じていてもゆっくりと手を動かしミルクティーを四つ目のカップに注いだ。


「優しいですねェ、有り難く頂きます」


 まるで最初から居たかのように頂きますとミルクティーを貰ったキディが輪を組むように座った。
ラムルとエピチカからしたら、公主の側近が。と少し緊張したが「実は休憩なんすよぉ、のんびりしたら戻ります」とキディが言ったことでアウスが戻って来ないことに安堵した。


『公主様が帰還されることをこの邸宅の方は喜べないのはどうしてですか』


 ラウリーはエピチカやラムルの表情を読んで疑問を頭に浮かべた。ラムルは脳内の言葉を読み取れる。いざというときには答えてくれるだろうかと少しの期待を込めた。


「…ッ、いえッ違うですよッッ、リュドヴィクティーク様を嫌うなどそういうことは一切無いのですッ公主様は素晴らしい方です!」


 ラムルはラウリーの聴こえぬ声にひどく動揺し、言い訳じみたことをあわあわと慌てふためきながら話をし始めたが、ラムルの慌て方を見ながらキディは冷静にラウリーに向き合った。


「俺たちはずっと誰も彼も『生きていて良い』と言われたことが無いような奴らばっかなんだよね。俺も出自を問われれば多くの人間は蔑むと思う。
公主様はそんな人間やらを絶対に見捨てない。お嬢さんは公主様を皆が避けていると思ってるんだろうけど、避けてるのは公主様でね。命の恩人に生意気な態度を取れる愚か者はいないからさ…」


 ラウリーはなにも知らなかったんだなと痛感した。喜ばないのではない、喜ぶとアウスから逃げていってしまうとキディは言うのだ。それが事実なのだとしたら、アウスが居ないことがまるで当たり前のように、なのではなく本当に居ないことが当たり前なのだろう。

 アウスの方が避けている、ということは殆ど会話という会話をしていないのだろう。


『ここで働く人は公主様とお話ししたいと…』


「えぇ、思っています。あの方には何度礼を言っても言い尽くせません」

「……御当主様は近付くと逃げちゃう猫ちゃんに似ているです。だから待っているのです」


 楽しそうにアウスと話が出来るなら嬉しいと話すエピチカとラムル、そしてキディにラウリーは改めてアウスの事をなにも知らないと感じた。
話が出来るのなら、という考えならばラウリーも等しく。

『……少しだけ、協力してもらえませんか』


 自分の立場は理解しているつもりだったが、聖女としてではなくラウリーとして公国に迎え入れてくれた恩はあった。だからこそ、今ある糸のほつれのようなもどかしさを拭ってあげたいと。

 アウスが帰還するのは数日後だとキディから助言を貰えばあとは作戦を練るだけ。
『やってやるぞ』の精神でラウリーは奮闘した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

私は本当に望まれているのですか?

まるねこ
恋愛
この日は辺境伯家の令嬢ジネット・ベルジエは、親友である公爵令嬢マリーズの招待を受け、久々に領地を離れてお茶会に参加していた。 穏やかな社交の場―になるはずだったその日、突然、会場のど真ん中でジネットは公開プロポーズをされる。 「君の神秘的な美しさに心を奪われた。どうか、私の伴侶に……」 果たしてこの出会いは、運命の始まりなのか、それとも――? 感想欄…やっぱり開けました! Copyright©︎2025-まるねこ

処理中です...