龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

18.19

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 使用人断罪より時間が流れた。
多くの使用人が解雇され、路頭に迷うのも束の間。公主邸では新たな求人広告が貼り出された。

 デフィーネ含む使用人の中での上に立つものが忙しくしている時、アウスもまた忙しかった。
エトワール家来訪より四日、早くも動き出した伯爵を向かい入れる準備だった。
当主であるオズモンドはラウリーの件を聞きシャルロットと同じ様に泣いたらしい。詳しい話は聞いていないが手紙には『娘が生きているだけで涙が止まらない』と感謝の上で記載があった。



 シザーが戻る予定日が明日と迫る日。
何故かその日、シックスの一人キディがラウリーのいる部屋でラウリーの動きを見ていた。
 豪華絢爛でありながら派手すぎない茶色を基調としたとても優しい部屋の端っこに敷かれた二つ折のベッドシーツがラウリーの居住区。
その居住区をキディに見られながら掃除を永遠としているのはラウリー本人。
 そしてキディに状況説明を求められているラムル。というなんとも晴れやかで綺麗な空の下とは思えない淀んだ空間。

しかしながら、説明できるのは一つだけ。
 彼女が一番安心できる生活がこれだということ。

 ラウリーが来てから半年以上経つが、起きて意識のある状態での生活はまだ数日しかない人間に対し、この場に順応し生活しろ。というのは酷な話でしかない。

 会話に戸惑ったキディは近くにあった本を手に取り、話の種にでもならんかなと開いて読んだ。


 『 騒がしいホール内。
色彩様々な世界、煌めき、そして笑顔が溢れるその場所。
 ヒールのコツン、コツンという音が無数に鳴ってはそれを受け止めるように革靴の地面と擦れる音がする。
 その場にいる誰もが着飾りそして色めき立つ。
そんな夢のような美しい世界が広がる視界で今。


 「ツェツィレリア・バレンシー、今この時を持ちお前との婚約破棄を宣言する。
そして、俺の愛したアルマリ嬢への陰湿な嫌がらせ、未来の王妃に対する侮辱は許されるものではない。
よって、お前の貴族位剥奪ならびに国外追放とする」


 私は断罪されている。



 ヤーロンドル大陸という大きな大陸に四つ存在する国。
その中の一つ、四方を深い森に囲まれた孤高の国。

 アルバンテス王国

 この国は他の国と比べても小さくはあれど、それはそれは活気溢れる国であった。
しかし、一番の特徴はそこではない。

 この世界において、魔族や天族、魔法を使えるものたち、モンスターなどが存在し常日頃から保たれた均衡を脅かしている。
それらの対抗手段故に、他の国では大きく厚い壁で国を囲い守っているのだが、アルバンテス王国は四方を深い森に囲まれており、なおかつこの国に存在する『聖女』というものの加護があるために壁なくして平穏な生活を送っているのだ。………』


 キディは、内容に心底驚いた。
随分とこの隣接する三国に近しい内容。手心加えられているとはいえ、親近感すら湧く。
魔力はあれど魔法と呼ばれるような高度な技術はあまり無いが、この世界にだって魔族や天族はいる。龍人や獣人も人によっては魔族と言われるのだから間違いではない。
 王国のみではあるが、確かに聖女と呼ばれる万物の声を聞けて加護を受けている者も会ったことはないがいるらしい。

 そういえば、とふと思い浮かんだ疑問。
最近というよりかはここ半年ではあるが国境にて魔物が現れたという情報を聞いていない。
魔物にだって増える時期と減る時期はあるが、ここまで静かなことは珍しい。


「……お嬢さんって実は聖女サマだったりしますゥ?」




 『聖女サマか否か』をラウリーに聞くことがどれだけ不毛な事か、キディとて馬鹿ではない。
 ただ、それすらも軽々しくなるほどに魔物の対処は国をあげても重要点。戦をして、他に気を取られていたとはいえ国の民を危険に晒し続けていたという事実。それが聖女様に近しい存在のお陰で護られた可能性があるのなら、それだけでなんとお礼を伝えれば良いのか。頭など下げて地面に埋め込む程度では生温い。


 ラウリーが喋れないこと等、知らぬはず無いのに。キディは無言のその場の空気がどうしても耐えられなかった。


「……肯定か否定かして欲しかったっすねェ。俺は主サンに全てを預けた側として、お嬢さんの曖昧な立場は嫌いなんす、よねェ……」

「…き…騎士さん。言い過ぎには気をつけてください」

 キディの言い方の棘は決して、不快だと全面に出すものではなく、出来れば頷くなりで反応を示して欲しかったという願望も含まれていた。
ただ一心に自分ではないと割り切って仕事という名の床拭きをするラウリーに悲しさはメイド含め誰もが感じることだった。
 人として扱われることのない生活をしていた者に、話しかけるものは居ない。愚図や鈍間といった悪口はあれど、そこに好意的な意味がある者など居はしない。


 ラウリーの中ではアウスに言われた「もう君を、君たちを苦しめる者はいない」という言葉も、自分を買った者の慈悲なのだろうと考えていた。
信用は奴隷となってはまず捨て去らねばならない感情で。
ラウリーの頭の中ではキディの言葉がそれ以降紡がれないことに、ふと思考が一点に染まった。


『……この場所は、返事をしないと殴られるのだろうか』


 言葉をテレパシーで感じ取ったラムルが手に乗せたお盆を上に乗ったティーカップごと落とす。
ラウリーの異様さは元奴隷だから仕方ないものだと理解しているつもりだった。
食事は『これは人が食べるもの』と食べなかった。ベッドも『これは人が休む場所』と寝なかった。
 朝は誰よりも早く起きて床や窓を拭く、お風呂にと言うと井戸の冷たい水を浴びようとするので半ば強制的に薬草湯に連れて浸からせる。

 身体中の絶えない傷が薬草湯で少しずつ癒えるとはいえ、一般の騎士ですら痛いと声をあげるほどに染みるはずの湯にて一言も出すことはない。
 頭の中も『傷がまた一つ消えるお湯だ』と楽しそうで、痛覚もとうに麻痺してしまっている現実がラムルには悲しくて堪らなかった。

 そんなラウリーがこの場所を安心できる場所にしようと頑張ってきたラムルにとって、ここも他の場所と一緒で危険で不安のある場所なのかと。
まだ誰かに危害を加えられる可能性を感じて働いているのかと。
 更に追い打ちを掛けるようにラウリーは落ちたティーカップをお盆に集める作業をしながら、『私を買ったここの当主様はどんな方なんだろう』という言葉で心を打ち砕かれた。


 飛び出すように出ていけば、キディを含むその場の全員が呆気にとられる。
足を止めずに走る先はアウスのいる執務室で、強めのノックに警戒したアウスが扉の奥に座る。

「お嬢さんはどうして、当主様が当主様であることを知らないのですかッ?!それに、その……どうしてお嬢さんはこのお屋敷にいて殴られることに怯えていなければならないのですかッ」

 ラムルの怒りはアウスに言うべきではない、お門違いのもの。普段温厚な当主であっても流石に言葉遣いに入室の無礼、当主に当たり散らかす等使用人失格な行為そのもの。
それでも、アウスが怒らず直ぐに立ち上がりラムルを素通りしラウリーのいる部屋に向かったのはラムルの言葉がアウスとて耐えられないほどに心臓に棘として刺さったからであろう。
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