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1.回帰
20.21
しおりを挟むエトワール家は元からエリート一家というわけではなかった。
現当主であるオズモンドの曾祖父母の代で、当主であった曾祖父が平民だった曾祖母を娶った事で社交界では地に落ちたとさえ言われたそうだ。
『とても綺麗な柔らかな陽だまりの色をした瞳をしている彼女に惚れない理由などなかった』
曾祖父は当時の事を日記にこう書き記していた。
そんな曾祖母を迎え入れたことで一時は社交界や様々な世界で多くの困難や苦痛にあってきたが、平民だからこその求めているものは領民達の心を癒し更に多くの発展を遂げ、たゆまぬ努力をしてきたからこそ実力で伯爵位まで登り詰めた。
そんな経済発展に大きく準じるエトワール家が更にその立場を大きく変えたのはラウリーの存在が大きいのだろう。一族から聖女を出すなんて、余りにも光栄で現実味の無い話で。
王国では聖女は神に選ばれた子がなるものであり、決して偏ることのない公平の上に産まれる存在。
ラウリーの前の聖女は、ルティッツ家という農家の元に産まれた子供であったとされている。ルティッツ家は平民であったが、聖女を産み育てた家族として爵位を与えられた。
しかし、平民から突如として努力もしていないのに富と名声を手に入れた彼らは堕落し早い段階で潰えたと記録だけが残っている。
そういった話があったからこそ人一倍、エトワール家はラウリーを普通の子として育て決して聖女という名前で呼んだりはしなかった。
けれど聖女として皇太子との婚姻は否応なく決められ、学院に進学も決められたように……
シャルロットは未だにアウスの通信機越しの言葉が引っ掛かってならなかった。
『奴隷の刻印を例え有していても赦される立場の人間の犯行』
ラウリーが行方不明になってある程度が経ち、会った皇后陛下は本当にラウリーを心配していたような記憶があるが、それが演技だとしたら。冷や汗が気持ち悪くなる。
聖女を独占しようとする心が運んだ現状だとするのならば。
『この国なぞ滅んでしまえば良いのに、』とさえ考えてしまう。
公国への来訪日程を決めて、移動の馬車に荷を詰め込む。片道急いだ早馬で寝ずに走り三日と掛かるのだ、のんびり馬車に乗りであれば一週間近く掛かる。
メイドの多くが一緒に行きたいと懇願したが王族に悟られることなく動くにはそもそもが不向きな爵位である。不用意に大勢を連れてはいけない。
私たちはお嬢様を思っていますので此方を、ともらった寄せ書きを大切にしまい見慣れた景色から流れた。
…
「……面白い依頼もあったもんだ、王国のしかも伯爵に恩を売れる機会なんて早々無い。奴隷が見つかったり、粛清に移動の理由付けとは……私も公国に行く理由が出来たみたいだ」
無駄に丁寧に書き添えられた王国より届いた偽造文書の作成の依頼。『行方不明の娘に特徴の似た人間を見かけた』というもの。
その文書と同様に届いた公国からの手紙にも近しい内容が記載され頼まれている。
余程国王達に知られなくない会合といったところなのだろう。
王国には計り知れない憎悪がある。騙し蹴落とすためならばどんな協力も惜しまないが、此方にも黙秘すると知りたくなるのが世の常というところだろう。
そう考えれば、『彼の番は奴隷』だったはず。
もしこれがエトワール家の息女で、奴隷印など持っていないはずの王国の王族が勝手に印を作り打ち与えたとすれば……
奴隷が、奴隷だったものが息をすることをやっと掴めたばかりだというのに。まだ増やすのか。
まだ愚かなことを王国は続けようとしているということ?
「……公国に行く、書面を直接渡すわ。用意をお願い」
…
アウスがラウリーの部屋に急ぎ入った時、何故かキディがラウリーに馬乗りになり殴り掛かる寸前であった。
瞬間で龍の姿へと変え、ラウリーを守る体勢へと動いたが、ラウリーは一切の表情を変えることなくその現状を受け入れているようだった。
「何ガアッタラコウナル?キディ、説明ヲ」
その場にいるものの背筋を凍らせる声、視線、それを一身に受けるキディは眉間に皺を寄せる。
護衛を頼んだはずが、護衛対象を殴る寸前とは。しかもラウリーは殴られるということに恐れを抱いていない。奴隷としての生活から抜けていない。
「……」
何分、沈黙が続いただろう。キディは一切理由を話そうとはしなかった。
アウスはラムルに思考を読むように言ったが、ラムルは「真っ黒で何もわからない」と答えた。
ラウリーの方は、と再度聞いたがラウリーはまるで電機機器がショートしたように思考も動いていないと答えた。
では、とその場にいたメイド達にも訊いたがメイド達はラウリーを見てはいなかった。
怒りも呆れが強くなり龍化が解けていけば冷静にもなり、緩んだ力にラウリーはアウスの腕からすり抜け自分の広い部屋で作った小さな自分の生活区域に戻り、正座する形を取り頭を床に付け丸まった。
この場にはラムルに言われた『アウスが当主であること』と『屋敷において殴られることに怯えなくていい』と伝えるつもりでいたというのに。後者が既に約束されない場となればラウリーの不安など取り消すことは出来ないだろう。
なんて気まずい空気なのだ、と思っても遅い。
ただ、この現状を打破する為には隠すことなどできやしなかった。
「……護衛の失態、誠に申し訳ありません。メイドも含め貴女を守れる体制を作ることを約束します……エトワール伯爵家御令嬢、ラウリー嬢」
その名前を呼ばれるのは何年振りか。
愛称で呼ばれていた過去もあった気がする。
学院に進学し多くの者からエトワール嬢と呼ばれ、皇太子やアンヒス嬢には『役立たずの愚図』『鈍間』と呼ばれ、奴隷となってからは番号や『額』と。
もう名前など知る人も覚えてくれる人も居ない、ラウリー・デュ・カルデラ・エトワール=リリアリーティは死んだのだと。
丸まった身体、頭だけ浮かせばアウスは反応を貰えた事に心が動く。
「……もう少し待っていてほしい。
ラウリー嬢がこれから先、奴隷として生きることがないよう俺がッ……いや、この国が貴女を護れるように。シザーが戻ってきたらエトワール家の情報を貰ってくれ。
……辛いことかも知れないが、教えてほしい。
伯爵位にいる王国でも有数の家系の貴女が何故、奴隷になったのか」
パンドラの箱。それは開けてはならない。
思い出したくもない、ただそれだけ。感情が爆発するように頭の中にノイズと砂嵐が流れて埋め尽くしていく。
フッとラウリーは意識を飛ばしゴンッと床に頭を打ち付けた。途端に騒がしくなる周りにももう何も……
「……彼女の口から聞けたなら、その者の首を曝して断罪する気でいたが。
自由になった貴女を過去は未だ苦しめるのか。
キディ。シックスを全員呼び出す、応接間に向かえ。国潰しも厭わない」
ラムルだけを部屋に残し、他のメイド達を動かし医者を呼びに行かせる。シックス達は応接間に急ぐ。
アウスはラウリーをベッドに寝かせると、ラムルに医者に説明を頼むと言い残し応接間へと走った。
ラウリーは精神的なショックによる一時的な気絶だと診断され静養と言われたが、翌日のシザーが戻るまで目を開くことは無かった。
「ユル、キディ、ネスタ。シザーが帰還し次第、配置を決め王国に行け。レンとティカを呼び戻す、全員体制で王国の膿を見つけ出せ」
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