龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

22.23

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 ラムルは七人兄弟の長女である。
母は公国内でも屈指の宿屋にて料理を作る料理人として働いている。
父は騎士だと聞いているが、会ったこともない。
 母は七人も子をもうけ、長女であるラムルが十八となっても父親については話に挙げることはなく、居ないものとして笑う。
けれど子を作って帰ってくる母を見ていつしか宿屋の裏を見たような気がして。
妹弟たちだけでも真実を知ることなく、食べたいものを食べて元気に育ってほしいと公主の使用人として働き始めた。


 テレパシーは自分を守る唯一無二のラムルの武器。
ただオンオフを自分自身で選び出来るものではなく、常にオンの状態のため頭の中にいつも他人の意見があって返事をしなくても良いのに定期的にその意見に救われたり追い込まれたりすることがあった。
嫌だなと思っても、この能力が失くなれば良いのになんて思ったことは一度もなかった。


 公主の番の専属として配属され、やれることをしようと意気込んだが仕えた彼女は奴隷が染み付いた人間扱いされないことに慣れたモノ。
そんな彼女が初めて、頼ってくれた『エトワール伯爵家を調べてほしい』という言葉には心から打ち解けて貰えた可能性が見えて嬉しかったのだ。



 この世界には電話や多くの電子機器がある。ただ国を跨げば瘴気に害され繋がらないこともある為に魔道具という電子機器の上位種が生まれ使われる。
 彼女の暮らしていた生活では、電子機器など端から存在していなかったのだろう。
 家族が異国で、無事かどうかもわからないまま。不安ばかりが募って、募って。
 奴隷としての生活の一辺でも垣間見ることが出来ればこの疑問やらが解ける瞬間が来るのだろう。

 人として扱われることがなくなった世界が、これほどまで人としての尊厳を当たり前を奪うものなのならば……



 眠ったように意識を戻さぬ彼女を見守りながら、ラムルは公主に嘘をついたことを猛省した。

「……妹さんのこと、言っても良かったのかな」

 アウスと部屋に入った時、部屋の中で強かった感情と『お前も妹と一緒で命令がなければ死ぬのか』という強く嫌悪すら混じった言葉。
それが何を意味するのか、嫌でも彼女の傍にいればわかる。

 公国、帝国は奴隷だった者が人間としての尊厳を護られるために作られた国で、創立からまだ数十年という時しか経っていない。
奴隷の名残が強いものも多いのが確かだが、数十年で色褪せる記憶も多くある。
 『なぜ人間風情より優れた我々が迫害されなければならないのか』と牙を剥くものを公主や皇帝は止めて抑えていることにも意見するものが増えてきていると聞く。


 龍人や獣人の純血種は長命ときく。
まだ記憶に新しい事柄とさえ感じるものもいるのだろう。
公主邸ですら、奴隷の印があるだけで同族にだって虐げられる可能性があるのに奴隷印を他人になど見せられないだろうし……


「……お嬢さんはこれまでどう過ごしてきたのですか。奴隷になる前は幸せでしたか。 今の生活では安心できないですか。苦しめるものは無いと私は思っていますが、お嬢さんにとって不安や苦しくなるものは一体なんですか。
 私に、私にだけは教えてくれないですか」


 ラムルは見たいのだ。
自分よりも歳上なのかもしれない彼女が年相応に笑う姿を。辛い時に辛いのだと泣く姿を。

 そんなことを考えながら目覚めを待っていると、暗くなったはずの空は明るく朝を告げ始め、鳥が朝を喜び鳴く時にはシザーが帰還し荷物を持ってラウリーのいる部屋へとやってきた。

「……お嬢さん、帰りました。事情はある程度聞きましたが荷物だけ置きに……主さんのとこ行きますので起きたら渡してあげてください」




 ラウリーが目覚めるまで、ラムルは危険物の確認のためシザーから預かった袋の中身を開けて出した。
親が娘の現状を知り、汚点となり得る可能性を見つけた途端に排除しようとする家庭もあると風の噂で聞いていたからこその警戒。


 袋の中身は手紙が二通、少しだけ色が褪せたブランケット、そして小さな石のネックレス。


 ネックレスはアウスもラウリーにプレゼントしていたがそういった贈り物というよりかは家紋の入った代々受け継がれるような代物。
安易にラムルが触って汚してはならないものだと判断し、ハンカチで包み指紋や汚れがつかないよう置き場も考える。


 『愛されている可能性』を感じれば感じるだけ奴隷になった経緯がわからない。
 余程誰かに憎まれていたのか、はたまた。









「…長旅ご苦労、報告を」

 アウスの執務室。
アウスの机から見て正面に設置された低めの革製のソファと椅子にはシックスの三人が座りシザーは入り口の扉付近で立って報告をする。
ユルはアウスに最も近い側の椅子、キディは一番離れたソファに、ネスタはその間でありながらユルとキディの向かいにそれぞれ座り話を聞く。


 ラウリー・デュ・カルデラ・エトワール=リリアリーティ
王都にある完全孤立した貴族姓のみが通う学院。高等部一年の夏手前頃より行方不明。
神よりリリアリーティの名を貰う加護を受けた聖女。
四歳で皇太子との婚姻が決まり、行方不明の折、皇太子より両陛下に向けて破棄を申し出た申請があったものの皇后ならびに国王が其を却下。現状まだ彼女は『次期皇后』である。

 既に出立はしてあるとは思うが、エトワール家よりラウリーが本当に娘かどうかを確認しに来訪が確定済。


 シザーの言葉にアウスは怒りがどうしても現れてしまう。
番は本能からのもの、聖女というだけで結ばった縁など弱いにも程がある。
 まだ彼女は自由ではないのかと舌打ちすら出る。
次にアウスが問うたのはラウリーの婚姻の相手である皇太子。


 フィロシスコヘデン・アンテベート・ウィリエール
モディフス王国第一王子であり、ラウリーと同じ学院に在籍。
ラウリーとの婚姻は彼が望んだからと、エトワール家の者から聞いている。
 女と権力が好きらしく、風の噂では学院内に愛人と呼べる存在が四人はいるとのこと。

 学院は孤高で、陸の孤島とさえいえる程に封鎖されていて情報も殆ど取れないのが現状のため中で何があったかは詳細は不明。

 ラウリーの行方不明における学院内からの説明は『説明の日より二ヶ月前のこと故に説明が出来ない』とのこと。
エトワール家の窶れ具合は『何もわからない』ことによる焦燥と無情に過ぎ行く時間ゆえと言われれば深く納得がいく。


 全員の顔が歪む。
学院という封鎖された空間で、彼女がどのような立ち位置に居たのか。
想像するだけで心臓が傷む感覚を得る。

 学院の中を知るには学院に入らねばならないというのに、どうにも情報を得ることが出来そうにはない。今のこの時期に転入なんて不自然極まりない。

 嫌な気持ちに支配されながら、下げた視線の外れから鳴り響く電話のベル。
 こんな時に仕事の話しか、と更に気が重くなったが電話の向こうの相手は国境警備の担当者で帝国皇帝が約束があると来たのだが通して良いかの指示を仰いだ時、アウスは初めてセンガルを歓迎するように国に招き入れ電話を代わるように指示を出した。


『気持ち悪いこともあるんだね、アウスが私を国内に入れてくれるなんて』

「センガル、お前の夫の一人王国で留学中だよな?王都の学院なら協力を要請したい。調べたいことがある」


 センガルとしては入れた恩を即座に返せと言われているようで、変わらないなとクツクツ喉が鳴る。
詳しい話は邸で、と電話を切り警備隊に笑顔でお疲れさまと言い進む一行を見て誰も皇帝とは思えなかった。
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