龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

24.25

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 エトワール家の者が公主邸に来た。

 王国は最近目まぐるしく動き、瘴気や魔物の発生が多発。穏やかな空気、活気溢れる公国の雰囲気は久しく見ていなかった。とても優しい気持ちにすらなる。

 公国に来たのはオズモンドとシャルロット、ランゼルそして弟のジョニーの四人。ラウリーの妹であるエリザベルは別ではあるが学院の寮生活をしていて呼べるような状態ではなかった。
 それに呼び出してまで移動をしては目立つことになる。幼いジョニーを連れ、当主夫婦と次期公主のランゼルの四人が妥当であり現実的であった。


 エトワール家の案内はシザーが担当した。
以前会った、という安心感はとても大きい。アウェイの環境下でも決して貴族位を侮辱されない最低限のもてなし。
「よくいらっしゃいました、先に公主の元へお願いできますか」
シザーに連れられ、応接間に入ったオズモンドは少しだけ驚いた。一国の王と同じ立場である公主の家は貴族の中でも自分たち伯爵家と同じかそれよりも質素なものだったから。
 外観は元からあった基盤を活用したと聞いているが、中身は落ち着いた色地にシンプルな家具。王国では貴族が自分たちの権威をアピールするために派手に装飾するからこそ、このシンプルさはとても新鮮で慣れない。


「声でのご挨拶は以前しましたが、改めて初めまして。リュド公国公主アウス・リュドヴィクティーク・ド=シュヴァイス・フィークと申します。
遠路遥々御足労有難う御座います」


 龍人族の特徴である両頬の鱗は感情が昂っていない今は薄く見える程度。しなやかに風に靡く艶のある髪を結って尚腰辺りまで伸びた長い黒髪。
龍の血を強く継いだものに現れると聞く深紅の瞳に大人の色気溢れる青紫色の唇。
綺麗に整えられた赤いシャツに黒いジャケットのスーツ。

 シザーからすれば、普段は使用人が気に入っていると聞いた服屋で揃えたラフなVネックのシャツに公国のマークが入った公主しか着ないボンタンのように裾がキュッとなった丸みがあるズボンを履いているアウスが、正式な場だからと着飾っていると違和感に笑ってしまいそうになる。

 エトワール家の三人は深々と頭を下げ、ラウリーかもしれない存在を守って貰っていたことを感謝した。
奴隷と聞いたときの感情を言葉にしたら壊れてしまいそうな情緒も、心に留めることで保ち続けてきた。


 アウスは彼女に自分をこうした者を教えて欲しい、と聞いたところ急激なストレスで意識を失ったのだが、昨日やっと目が覚めたばかりなんです。と言い、ラウリーがいる部屋に案内した。

 ラウリーの部屋に三回ノックをし、ラムルが扉からヒョコッと顔を覗かせ起きていますのでどうぞ、と言えば扉を開いて招き入れる。
 その行動が、ラウリーには奴隷だった時に自分を売るためのバザールの時にそっくりで一気に奴隷に引き戻される。
 ベッドの端に作った空間で、奴隷の平伏の姿で震えながら『私は次は幾らで売られるのだろう』と考える。

 その言葉はラムルしか聞こえなくて、ラムルは押さえていた扉から手を離しエトワール家を無視するという失礼も犯しつつ、ラウリーに近づいて「公主様はお嬢さんを売ったりはしませんッ」と膝をついてラウリーの頭をあげさせる。

 上がった顔を見てシャルロットは力が抜けたようにカクンッと倒れこみ、オズモンドはプライドも捨てシャルロットを支えながら静かに涙を流し、ランゼルは抱えたジョニーに溢れる涙を見せぬように上を向く。
 シャルロットはオズモンドに支えられながら駆け寄る様にラウリーに近付き、同じ目線になるように貴族ではあり得ない床に座る行為をして見せ他の二人も同様に近くに寄り座る。

「………ラウリー…?」

 床に向いた視線をあげた時、そこにいた懐かしい愛しい家族。夢のようで、両の目で見れないもどかしさも何もかもを取っ払って。

 ラウリーはその日リュド公国に来て初めて、泣いた。




 声にならない声。泣いて、泣いて、叫びたかった。
今まで痛かった、辛かった、寂しかった、死にたかった。けどちゃんと生きてきた、と。

 ラウリーが泣く姿を見て、アウスとラムルはやっと彼女が人として感情を見せてくれたと嬉しかった。その反面、公国では彼女は人間には戻れなかったのかと思う。


 何分泣いたのだろう、疲れて眠ってしまったラウリーと寄り添うように眠った弟をベッドへ運ぶと、部屋の端にテーブルを用意し話をする。
 彼女の受けていた傷など、話せる限りのことを。片眼は刻印により燃えて見えていないこと、喉は奴隷の中で見せしめに燃えたものを飲まされていたと奴隷だったもの達から聞いていること。
 出会いが彼女が奴隷の仕事とやらに失敗し、愚かな貴族によって撃たれ重症を負ったことだということ。

 髪や皮膚も、ここに来た時は別物のようにボロボロであったことも。

 王国の現状を公国が独自に調べたところで知れる範囲など知れているが、奴隷解放を掲げ何よりも護るべきであった公国と帝国はどれほどの時間、どれ程の人数の危機を見過ごしていたか。
番が絡む絡まない以前に恥ずべき事で、目の前にいるエトワール家の面々に面目が立たない。


 ただ、どうしても伝えなければならないことがあった。こんなにも娘をボロボロにした貴族のいる国で、保身と捉えられればそれで終わってしまう話ではあった。
けれど、保護した奴隷達から貰った言葉はアウス達がラウリーに言ってもきっと上手く伝わらないのだろう。

「……怪我の多く、喉も然りですが彼女は奴隷の罰則を進んで受けていたそうです。特に弟さんのように幼い子を守るようにしていたと。
 保護した元奴隷達から話を聞けまして、彼女は黒髪の人や王国からという言葉に恐ろしいほど反応していたと。一日に出されるたった一回の食事を幼い子に半分以上与えては、陰で汚水を飲んで飢えを凌いでいるのを見たという人もいました。
 多くの奴隷からも慕われていたようで、保護した奴隷の希望者は帝国またはこの公国に永住許可書を発行しますが、公国に残ると決めたもの達の理由が彼女に恩返しをするためだそうです」


 話を全て聞いたオズモンドは流れる涙を拭けずに血が滲むほど唇を噛んだ。娘より苦しい思いをした訳じゃない、親である自分が泣いてどうする。そんな思いも混ざっていたが、自分が娘を心配しながらも貴族の食事をしている平行線上で娘は汚水を飲んでいたなんて、安易に許容出来る内容ではなかった。
 隣でランゼルも父の様子を窺いつつ複雑な心境を隠せずに、シャルロットも涙に顔を歪め嗚咽を繰り返しながら必死にオズモンドの手を握り耐えていた。

 オズモンドはとても悔しそうに、貴方が居なかったら娘は生きていなかったのでしょう。命の恩人を恨むなど決して起きることのない感情です。と言い切った後、深く考え込んで「この一件が落ち着いたら、エトワール家は公国に準じたい」と言った。

 気持ちは重々に理解できるランゼルだったが、父であるオズモンドの言葉だけは驚きだった。
王国の学院に通うエリザベルはどうなる、領地や領民は、王国でも数少ない伯爵が抜けるとはどういうことか王政派閥や貴族派閥などのただてさえ絡み付いて抜け出せない時の流れと共に肥大化する悪意達は……

 こんなスキャンダルに近いことなど放っておくことは出来ないだろう。

「と父さんッ、それはッ」

「ランゼル、私もオズモンドに賛成だわ」

 話に乗るようにシャルロットもオズモンドを肯定した。それがランゼルとしては理解できる、自分だって肯定したいと。公国にいれば妹が危険に晒される可能性も低くなり家族の時間を過ごせる。

 けれど、どうしても。


「………現実的に難しいでしょう。使用人はどうするのですか、領地だって、領民の生活は……我々の我儘で巻き込めない」
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