龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

38.39

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 一月、雪が局地的に猛威を振るった。
ラウリーが迷いの森に囲われてから、数週間。公国も一部雪に覆われ一面白銀の世界になるところもあった。


 そんな中、王国内では来月に行われる学院の卒業パーティーの来賓を纏めている最中であった。
他国から多くのものが集まる、それは第一継承のウィリエールも卒業生であるからという理由が濃い。がそれだけではなくこういった場に出ることで恩を売れたらと考えるものも多いだろう。

 招待状は可否問わず返事は来るもの。一件一件人の手で確認しなければならない為、この時期の管理などはあわてふためく。
そんな中、さらに多くを慌てさせたのが普段王国と犬猿の仲である公国ならびに帝国が揃って卒業パーティーの来賓に参加すると返事を出したということ。


「王国嫌いの公帝国が来るとなると、荒れるのでは」


 一部のものは流石に何かの陰謀でも渦巻いているのではと疑ったが胸のうちなど他人にはわかるはずもない。
急ぎ知らせが届いた皇后、王も悩むとはいえ断れない。

 聖女が居なくなったことを馬鹿にでもしに来るのかと王は怒りを顕にし、皇后も下手に言葉は口から出せなくなってしまったと頭を抱えた。


 学院の中には一切として来賓の話は出ることはない。
日程を見ながら、いつ何処で何があるのかをカレンダー目安に動く。
卒業さえ出来てしまえば此方のものだ、ウィリエールの浅ましい考えも多くの者が感じ取れる。
 多くの者が卒業パーティーの衣装や装飾の話に盛り上がる。


 図書室の端で、ラウリーが好きだった本を読みながら、肩を並べる二人の令嬢。
この場所だけは誰にも害せない、静かで落ち着いた場所。

「……ミルワール嬢、私ね。あの方が居なくなってから自分が恥ずかしくて堪らないの。
何もかもを知っていながら、あの方の『大丈夫』が大丈夫でないことも理解しているのに、それでも止めることが出来なかった。
あの方が生きていらっしゃるかもわからないけれど、どちらにしてももうあの方に顔向け出来ない。
……卒業パーティーで、国王陛下に私提言するつもりよ」

「…ッ、シェルヒナ嬢の気持ちはわかるわ、私だって父に怯えて何も出来なかった。今だって何も……シェルヒナ嬢は強いわ。私もシェルヒナ嬢と共に戦うわ。私なんかで出来ることは無いかもしれないけれど、それでも例えこの国から追い出されても…独りでなければ私は戦えるもの」


 二人が共通して思い出すのは、エトワール家は学年の中でも王族を除き一、二を争う爵位の持ち主でありながら下の爵位の者に敬語を使う。
 彼女を異端のように見る好奇の視線。
それらをまるで気にしないように一蹴して彼女は多くに手を差し伸べた。

 シェルヒナ嬢は虐めから、ミルワール嬢は婚約者から守られた。
お礼もままならぬまま、彼女は存在が消えてしまった。
 見つかるのなら、見つけるためにならどんな犠牲だってと意気込んでいたというのに。学院のカーストに上がったアンヒス嬢は常軌を逸した独裁国家を作り上げ、それに逆らえば待つ未来がラウリーと同じ可能性に怯え誰も何も出来なくなっていた。
することすら諦めていたというのが正しいのかもしれないほどに、学院生活を楽しいと思えるのは媚びを売り成功した者達だけ。

 早くこの世界から逃げたくて、終わらせたくて。
たった一度、最初で最期の反抗としてシェルヒナ嬢とミルワール嬢は卒業パーティーのドレスの色をラウリーの瞳と同じとても澄んだ蒼いものにすると胸に近った。


 それぞれが卒業パーティーで、全てを終わらせようとしているのは明白でもその誰もが心を内に秘めたまま。
内の炎は燃え盛るように、決意を堅くした。





 大きなホールに集められた生徒達の色鮮やかさは、ライトに照らされ輝く。
豪華絢爛な装飾が施されたホールはまるで幻想的な世界にでも来たかのように現実味が無い。

二階からホールの奥にある舞台を見下ろすように中央に玉座、回り囲むように来賓が座り上から卒業生達を祝う。

 学院の長に名を呼ばれ舞台に立ち、王と来賓に頭を下げる。
振り返り学長より卒業の際に与えられる特殊なピンバッジを嬉々として受け取る一連の流れがアウスやセンガルからしたら不毛でならなかった。
 ただセンガルは自身の夫がそこにいた時、毅然たる帝国の長ではない、ただの一人として卒業を祝った。


 ピンバッジを全員が着け終えた後の卒業生代表の挨拶では、想定通りウィリエールが担当でマイクに向かい「卒業パーティーを今日、この空の下行えることとても嬉しく思っております」と定型文をまるで自分の心情のように語ってみせた。


「今日、無事に卒業の証であるバッジを頂き、心からこの学院に入学し四年を誇りに感じています」

「………ッふっ、ふははッ…!」


 ウィリエールが『学べた』と、何を学んだかが気になることを聞いては、センガルの笑いは止まらなくなる。
王族、かつ学院という独裁国家の下にいたウィリエールにとって自分の言葉を遮り更に笑うという屈辱は耐えられない。


「……誰だ、笑った者は今すぐに名乗り出ろ」


 学院の者はこうなってしまったウィリエールがなによりの恐怖の対象で床を見つめ震え上がるのみ。
王や皇后もどこか違和感を感じながらも、センガルが腹を抱えて笑っている姿に嫌悪感すら感じる。
 しかし、ウィリエールの元に降り立つように来賓席から立ち上がり空を舞いウィリエールの話す壇上、マイクの置いてあるテーブルに立ったのはセンガルでなくアウス。


 ざわつきに包まれるホール内。
「…笑ったのは俺だが、何か問題でもあったか」
さも当たり前のように見下しそう告げたアウスに、ウィリエールの額に青筋が浮かぶ。
 マイクは淡々とウィリエールの歯軋りの音までもを響かせる。

「……ッッ!!い、いくら来賓とはいえ無礼とは思わなかったのかッ?!」

「うるせぇな、マイクの近くで怒鳴るな。それに第一継承者風情が公国の主である俺にその言葉…身の程知らずも甚だしい。随分と王国は落ちぶれたな」


 どこまでも煽るように強い言葉を選び続けるアウスに流石の王や皇后も黙っていられない。リュドヴィクティークと声をあげようとした瞬間、それまで笑っていたセンガルが冷たく刺すような口調で「マリア、ノルマン。黙ってて、今はアウスの時間なの」と制止した。


 先ほどまでの祝いムードも皆無、殺伐とした空間に誰もが冷や汗をかき怯える一方。

 黒いジャケットに淡い蒼のシャツ、きっちりと決めたスーツに鱗を隠すことなく出したまま見下すアウスの視線は殺意があまりにも強い。


「余程、学院での四年を自分に都合良いもので固めきっただけのことはある。その図太さ、傲慢さ、そして馬鹿馬鹿しさ。とても勉強にすらなる。

 良い話をしよう。君が消したくて消したくて堪らなくて実行に移したラウリー・デュ・カルデラ・エトワール=リリアリーティ嬢は生きているよ………どうした、開いた口が塞がらないか?」


 ざわざわッと王や皇后ですら動揺した一言に、ウィリエールは血の気が凄い早さで引いていく。
いつ、どこに…と声を漏らした皇后にセンガルは「公国で、一年ほど前に」と教えれば、よかったと涙を流して喜んだ。
 その姿はまさしく親のようであったが、センガルにはその姿すら憎くて堪らないものに見えた。


 アウスの言葉に反応するようにとても大きく、マイクがなくとも響く声は怒鳴るように「そんなはずないッ」と言った。
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