龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

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1.回帰

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 柔らかく優しい光に包まれる泉の周り。花は枯れることを知らず、その空間は他の世界と隔離されているかのように穏やかで崩落することのない楽園とさえ呼ばれる。

 ルドゥムーンは視線の先で妖精たちと楽しそうに会話をしていても、笑うことの無い娘と同じ顔、雰囲気の彼女にどうしても心を開いてほしかった。
 一瞬でも彼女がこの世界に生きていたいと思ってくれる世界を作ってあげたかった。

 ギルティアがあの場所へ行くと聞いていた。
ということは、イレギュラーを犯し続けていたのに軌道が修正されなかった彼らに託すつもりなのだろう。
 異端者がいた過去は何度かあった。
ただ、三大柱と呼ばれているルドゥムーンやギルティアであってもそのすべてを記憶してループしているわけではなく、ある程度の大まかな情報を残した状態でループしているから大きくズレたイレギュラー以外はあまり深くは覚えていられない。

 それがこの世界を作った作者の意志であり、世界だから。

 それらに逆らおうと思ったことなど無い。
ギルティアがリリアリーティを守ろうと過去に行ったと聞くまでは。そこで力を使い、ギルティアを裏切りリリアリーティに古代の呪いを植え付け縛り付けた王国の者を屠るつもりだったのだろうが、失敗に終わりギルティアは力を失い子供のような姿しか出来なくなり、今回のメイアに憑依したイレギュラーさえ生み出す結果となった。

 イレギュラーが暴れ狂ったお陰で知れたこともあるが、軌道修正された世界でもう一度同じことなど…


 ルドゥムーンは期待してしまった。
力を、ギルティアと同様に使える範囲で使えば…ギルティアは軌道を壊そうとしたから弾かれた。
ならば、イレギュラーを犯しても軌道修正が入らなかった龍の子たちのような本当の登場人物たちが荒らしてくれれば。

 やったことがない、だからこそどんなイレギュラーが生まれるかもわからない。
それでも娘が一度でも救われる未来が作れるのなら。


 思念体をギルティアの元へ飛ばし『リセット前に私の祝福を贈る、そうすればきっと…』と伝える。
『君も変えたいと願うんだね』ギルティアの言葉はどこか悲しくて、けれどやっと進めるかもしれないねという期待も混じっていた。

 ギルティアに力を託し、あとはリセットの時を待つだけ。

 目の前にいる娘がまた、苦しみ悲しみ涙を流し続けるループの最初に戻るのだ。喜べるほど寛大ではない。
ルドゥムーンはラウリーに触れるのが怖かった、触れれば消えてしまうのではないかなんて子供じみた理由で。
けれど、最後になるかもしれないのだ。

 そっとラウリーが妖精たちと戯れる所へ行き、妖精たちに背中を押されながらルドゥムーンはラウリーと初めて腰を下ろし向きあうように座った。


「……君が幸せになることを願っている。今も昔もずっと。君はリリアリーティによく似て自己犠牲の上で他人の幸せを強く願ってしまう。
………だ、だから。どうか次は逃げてくれ。君を苦しめる存在がまた苦しめようとするだろう、救ってくれるかもしれない存在が必ずいるから……助けてと、飛び込んでくれ
リリアリーティ・ルドゥビルボーデン=ヘイムの頃から君が唯一出来なかった事だ。今度こそ……」


 ルドゥムーンのその時の表情をラウリーは忘れられない気がした。
幸せになってくれ、そう願う彼は妖精王と呼ばれる威厳高き孤高の存在ではなくたった一人の子供を慈しむ幸せを願い涙を流す一人の父親だった。

 出ない声で何かをいわないといけない気がした、けれど頭に浮かんだ返事はラウリーとしての言葉ではなかった。
この感情をラウリーに頭の中で伝えてくる人が誰なのか薄々は気付いていても、問いなどは浮かばない。スッキリとした気持ちすらどこかあるようだ。


『……親不孝者でごめんなさい、私もお父さんの幸せを願っているのよ。笑う顔が好きだっていつも言ってるのに笑ってくれないんだもの』


 ルドゥムーンの視線の先にいるのが例え幻覚でも、目に映るリリアリーティは昔と変わらず優しい顔で笑っていた。

 強い眠気がその空間を包み込み、ルドゥムーンはラウリーが頭を打たぬよう抱き締めるようにして目を閉じた。





 ギルティアは、ルドゥムーンから託された祝福の証をアウスをはじめとした四人に渡した。


「君たちの誰かが祝福により、軌道を変えてくれるかもしれない。これは私たちの我儘なのだが、リリアリーティ……彼女を幸せにしてくれ。助けてと彼女が手を伸ばせる存在に、君たちが」


 アウスやセンガルたちは、理解が全て追い付いたかと聞かれれば半分も理解できていなかった。けれど、自分達が出来ることはここから先には無いことだけは強く理解できた。


「……ギルティア様、メイアの中にいる別の人はどうなるのです?元の世界に還ることは可能なのですか」

「…どうだろうね。彼女がどの世界から来て、その世界でどうなったことで空白の魂になったのかもわからない。
この世界ではウィリエールを早くから手駒とすることで主導権を握り、ラウリーが戻ってくる未来を消そうとしたり…ウィリエールに想いが強いことは見えていた…この世界を本として読んだことがあるのは確かだろうから、元に戻れれば僥倖だね」


 訊ける時間は今しか無い、強くそう思えば頭をフル回転させて訊ける内にと焦りも生まれる。
『ラウリーはどうなりますか』『リリアリーティはもうこの世には居ないのですか』『ウィリエールは止められるんですか』『この世界のルールはなんですか』『何をすれば修正が入ろうとするのですか』……考え始めれば留まらず、声にならぬまま頭の中をグルグルとする。


「……もうそろそろ、強い眠気が来るだろうから身を任せればリセットが入る。物語上、誰がいつどのタイミングで目覚めるかわからないし、本当に目覚められるかもわからない。記憶を有して目覚められるかも……賭けに近い。
けれど、誰かが変えてあげて……メイア、君は私と共に還るべきところへ行こう」


 ギルティアの力はセンガル、アウスたちには理解できもしない非現実的であまりにも強すぎた。
メイアが嫌だと騒いで暴れようとした瞬間、意識を飛ばすように倒れるのだから、何をどうしたことでメイアがこうなったのか……訊けるような場でも無い。



 ギルティアの願いは一つ一つ声として落ちる。

 ノルマンにはマリアを幸せにしてあげてほしい。デクドーによって潰された本来あるべき未来を創り出すことは現実的に難しい。それでもノルマンだけはマリアを見捨てることがないようにと。

 マリアには諦めないでいてほしい。物語の性質上過去は一文程度、こうであったとしか語られずスタート地点からでしかギルティアたちも干渉が出来ない。だからこそ、今度だけはノルマンと手を取って笑ってほしいと。


 センガルには決別してほしい。復讐心は悪ではない、それによって生きる糧になるものも多く居るからこそ否定はしないが、シシリア家そして王国を憎む心に侵食され周りを見れなくなってしまっては君をセンガルと呼ばぬ者たちに顔を向けられまい。次こそは彼らを見てあげてと。


 アウスにはラウリーを託すと。リリアリーティとの過去はラウリーには何一つ関連性は無い。時があまりに流れすぎた、誰も何も保てぬほどに無情な時間が過ぎて今になっている。だけど、彼女は自己犠牲で他人の幸せを優先してしまう癖がある。これは昔から変わらない、だから……君がラウリーから「助けて」と言われる人であれと。


 眠気が少しずつ、増えていく。
ふわふわと意識が遠退いていく気がする。


「……マリア、ノルマン、アウス。もし、誰が最初に目覚めるか、わからないのだとしたら……何かのマーク……そうね…スカビオサの花をモチーフにした何かを何処かで掲げてくれない?
私が知ってる花がそれくらいだから……」


 スカビオサの花。
華奢な茎に繊細な花びら。 だけど芯は、とてもつよい。 スカビオサがもつやさしさと強さがあり花言葉は『再出発』
この花はセンガルが奴隷から抜け出し新しく帝国を作ると決めた時に夫たちが用意した花束にいた花。ここからもう一度と、心に決めた時必ずこの花をと決めていた。


 マリアはノルマンに寄りかかるように端に座り瞳を閉じた。
センガルも既に眠っている夫の元へ行き眠り。
アウスは会場全体を見回して、全員の顔を確認する。

 そしてギルティアに「また、会いましょう」と挨拶をし、深く沈むような眠気に身を任せた。
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