幸福奇譚

安馬川 隠

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本編

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 澄み渡る綺麗な青空、白い雲。
心地好い太陽の暖かみに包まれつつ、心から幸せだなぁとじんわりと優しい気持ちになる。

 ………というのは理想で。

 澄み渡り綺麗な決して色が変わることの無い貼るタイプの窓の外。
太陽の暖かみという名の床暖房、じんわりと優しい気持ちになるのは布団から香る暖かみが外に干して貰えたから得られるもの。普段は冷たくて悲しい気持ちになる。


 いつから居たのかも、どうやって来たのかも何も覚えていない。ただ、気付いた時にはこの部屋にいた。
 寂しいとは思ったことがない。
彼がいるから、彼は決して彼を傷付けない。


 ホテルのスイートルームのようにとても広い部屋なのに、部屋の外からも他人のいる気配を感じたことはない。
出ようと思えば出れる扉から出てみても、あるのは広い部屋。
玄関らしい扉があるのは知っているが、その扉に近付くことが何故だか怖い気がして下手に近付くことが出来ない。

 ガチャガチャッと玄関の鍵が開く音がして、何故か不安な気持ちになってフローリングではないカーペットの床を早足で駆けてお風呂場に逃げ込む。
お湯の溜まっていない浴槽に入り蓋を閉めれば視界は真っ暗になり、狭さも相まって不安にはなるが見つかってはいけないという使命感に身体は強ばるばかりだった。


「ただいまぁ、帰ってきたよ。今日は巷で話題のケーキをお土産に買ってきたんだ。ご飯も出来立てが良いよね?用意したから、和・洋・中どれがいい?」


 声の主は何処かで聞いたことがある声。
返事は出来ない、どうしてなのかと問われれば言うことの出来ない本能から来る感情論。
声の主は返事がないことに違和感は覚えているのかう~んと、悩ましい声をあげつつも荷物をお風呂場から遠いどこかの部屋に置いて、お風呂場の隣にある洗面所で手を洗う。
 音で何をしているのかわかるからこそ、どうしたら良いかがわからない。


「お返事がないなぁ、頑張って仕事してお土産やご飯買ってきたんだけど寂しいね。ご飯冷めちゃうから、ね?かくれんぼは終わりにしよう?」


 声の主は至って落ち着いている。
広い部屋で全部を確認していた訳ではない、音を聞いてた限り玄関から真っ直ぐに荷物を置いて手を洗う為に洗面所に行ったはずなのにこの状況下で焦ることはおろか『かくれんぼ』であると明確に言ってみせた。


 浴槽から出るべきだろうか、という悩みに頭を抱えそうになる。
声の主が本当に味方かわからない、もし出て攻撃されたなら、という不安が何故かある。


「……薬の影響で不安になってるのかな。強い精神安定剤を飲んでいて記憶が曖昧になっているんだと思うけど、俺は君の恋人で絶対に君を傷付けない自信があるよ。ご飯だって毒を心配するのなら俺が先に食べるから、冷めてしまっては美味しさが半減しちゃう。だから、ね?俺とご飯を食べよう?」


 声の主は小さな子供をなだめるように言葉を選ぶ。
嘘を言っているようには感じない。
そぉっと浴槽の蓋をずらすと、涼しい風が心地好く、息苦しさが無くなっていく。
浴槽の中に座るように息を整えれば、声の主の方へ行くか迷ってしまう。お腹はぐぅっと鳴っているし逃げる必要がないのであれば隠れたりして空腹に苦しむ必要は無いのかもしれない。


 のそのそと音を立てないように四つん這いで動けば、良い匂いが一つの部屋、自分が使うベッドのある部屋の隣にあるもう一つの広い部屋からすることに気付く。
ゆっくり気付かれないように進んでいけば、優しい声がする。


「そろそろ来てくれたかなぁ、どれが好きかわからなくてさ。全部買っちゃってたくさんあるからお腹いっぱいになるまで好きなものを好きなだけ食べてほしいんだ。もし来てたらお椅子に座ってくれたら嬉しいなぁ」


 言葉の通りに静かに音を立てないようにテーブルに近付いて、低反発の座布団が乗った方の椅子を選び座る。
キッチンの方で買ったものをお皿に移しながらまだ座っていないと思っているのか「お肉も買ってあるんだよ」などと話をしている彼に目を向ける。

 ジャケットを脱いだ白いシャツに、黒いスーツのズボン。腕から見える蛇のタトゥー。
オールバックなのか整え固められた黒い髪。

 お肉の乗った豪勢なお皿を持ち振り返った彼と目が合う。
驚いたように瞬間肩を震わせたがすぐに優しそうな顔をした。


「……ッ、ただいまぁ。座ってくれて有難う、愛しい人。さぁご飯にしよう」
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