実らなかった啜を

安馬川 隠

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絶胎の格子

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 翌日、まだ太陽も昇らぬ午前四時。
寝たはずなのに残る疲労と、なぜか妙に頭がすっきりしている感覚で目が覚めた巡は自分の服がいつの間にか部屋着になっていることに戦慄し周りを見回した。
ベッドの下の床で丸まりながら寝ている鎌田を見つけ、少しの申し訳なさを感じつつ、自身にかけられていた掛け布団を鎌田にかけ、ベッドから降りた。

 余程、鎌田も疲れていたのだろう。
少しの物音でも起きる気配はない。

 自分を拐った人間になどかける慈悲は無いのだろう。
だけど、どこか捨て猫のように立ち去りがたい感覚に囚われそうになる。


 『仕事があるから帰る、戸締まりに気を付けること』

 小さなメモ書きに簡潔に書き、右下に自身の名前、真山 巡と書けばベッド脇のサイドテーブルに置いて寝室を後にする。

 スーツのジャケット、ズボン、下着はすぐに見つけられたがワイシャツは見つけられなかった為着せられていた服を借りて部屋を後にした。


 家にはタクシーを使って帰宅した。
金額が思った倍かかり、ケーキ屋の道中からと考えると行動力だけは鎌田を褒めたくなる。


 「……災難…、ケーキ買えなかった」







 初めて会った時、目が合わないなと思った。
アイドルとの握手会では多くのファンがある程度の下心を持ってやってくる。
メイク、香水、服装、髪型…さまざまなものに気を使い、会いに来てくれる。

 その全てに揺らいだことはない。
心の欠乏なんだろう、女性たちが、ファンの子達がどれだけ着飾っていてもその下心が見えるとどうしても素直に喜べなかった。


 そんな時に巡さんに巡り会えた。
握手会だというのに、仕事終わりの堅苦しいスーツ姿、他に女性ばかりだというのに恥じることもなく堂々と並び、メンバー一人一人と握手と言葉を交わす。
けれど、どこか違和感が拭えなくて、それは自分の番にいたいほどよくわかったことなのだが。


 「初めまして、ですね。鎌田颯天です」

 「あぁ、宜しくお願いします、巡です」


 顔は此方を向いている、なのに絶対に合わない瞳。
アイドルでなくても、理解できる感情。
 彼が今『事務的』に此処にいるということ。


 「…誰かの付き添いですか?すいません、男と握手なんて嫌だったでしょう?」


 その時、言葉が漏れ出たんだと思う。
肯定されれば、それまでで。否定したとしてもお世辞なんだろうけれど、鎌田は聞きたかった。


 「…?、確かに付き添いですが、嫌では無いですよ。
アイドルというものが実質これだけの人に愛されているのは絶え間ない努力とこういったイベント等による触れ合いの場があるからなんだろうな。と仕事目線で見てしまって…。
 現に、ファンで無いと理解した上で私の手を両手で掴んでくれたのでしょう?
私なら冷やかしだと判断して適当にあしらうのに、初めましてと自己紹介は皆さんしてくださいましたし。

 それに………」


 夢とは唐突に醒めてしまうもので。
目を開けた世界は昨日の希望に満ち溢れたものとは真逆で、冷めきっていた。



 ──巡さんがいない…
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