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§ 嵐の前のひと騒ぎ。
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「おつかれさまです」
「おつかれさま。いま帰り?」
「小林さん、どうしたんですか? スーツなんて珍しいですね?」
無遠慮にジロジロと見ている佳恵の後ろから、私もこっそりとその人を眺めた。
背が高い。きっと百八十センチは超えているだろう。チャコールグレーの細身のスーツがよく似合う、きれいな顔立ち。銀縁眼鏡のその奥に光る切れ長の目は、少し神経質そうな印象を受ける。
SKTはこのビルの七、八、九階の三フロアと地下に入っていて、七階が総務部とミーティングルーム、会議室、八階は開発部と営業部のフロア。九階は上がったことが無いので知らないが、幹部のオフィスとお偉いさん用の応接室になっているらしい。
誰だろうこの人。上から下りてきたし、佳恵が知っているなら、営業か開発、はたまた上層の偉い人というところか。
「来客だったんだよ。司がスーツだって言うから、仕方なくね」
「こんな時間にですか?」
「いや、客はもうとっくに帰ったんだけど、司のおかげで仕事が終わらなくてさ。一旦家に戻って着替えたらまた仕事だよ。佳恵は? いま帰り?」
私の存在に気づいたその人が、こちらに目を向ける。
その目が訝しげに細められていることに気づいた佳恵が、口を開いた。
「友人です。総務課の関口歩夢」
上から下まで舐めるように私を見る鋭い目つきに、緊張が走る。
「そう。関口歩夢、さん? ……おつかれさま」
口角をわずかに上げるだけの、薄い、笑みともつかない笑みだが、それでも渋く見応えがある。
日頃、男といえば、チャラチャラした若造と、ポッチャリとかわいいおじさんばかりを目にしている私には新鮮な眺めなのだが、こうも射るように見つめられては居心地が悪い。
「おつかれさまです」
佳恵の知り合いで社長を司と呼び捨てるこの人は、やはり雲の上の偉い人なのだろう。絶対に粗相があってはならない。
その眼光に緊張を覚えつつも、精一杯きれいな笑みを張り付けて、丁寧に挨拶をした。
::
「ねえ、佳恵。あの小林って人、何者? あんたを名前呼びしてた……」
小林と呼ばれるその男の、遠く離れていく背中を振り返る。もう大丈夫聞こえないだろう距離を確認しつつも、佳恵の耳元に口を寄せ、小声で訊ねた。
「えっ? あんた、知らないの? あの人はウチの社長の……司叔父の学生時代からの親友で、司叔父と一緒にこの会社を立ち上げたウチの頭脳、開発部の小林統括部長だよ?」
「へえ……あの人が、噂の? 初めて会ったわ」
「初めてってあんた……、まあそっか、あの人もあまり表立つのは好きじゃないみたいで、九階からほとんど降りてこないもんね。知らなくても無理はないか」
「うん……」
デキるキレるシブいカッコイイと、小林統括部長を賞賛する総務部女子社員の声を耳にすることは、これまで度々あった。
だが、その言葉の最後には必ず、どんなに見た目が良くても、あの氷のような目で睨まれるのは怖ろしい、絶対に近寄れないと、締めくくられる。
あの小林統括部長という人は、イケメンをゲットするためならたとえ火の中水の中、どんな努力も惜しまない女子たちですら、怖れ敬遠するほどの人物らしい。
初めて目の当たりにしたあの鋭い眼差しを思い出し、なるほどと身震いすると同時に、なぜか心がざわざわした。
「おつかれさま。いま帰り?」
「小林さん、どうしたんですか? スーツなんて珍しいですね?」
無遠慮にジロジロと見ている佳恵の後ろから、私もこっそりとその人を眺めた。
背が高い。きっと百八十センチは超えているだろう。チャコールグレーの細身のスーツがよく似合う、きれいな顔立ち。銀縁眼鏡のその奥に光る切れ長の目は、少し神経質そうな印象を受ける。
SKTはこのビルの七、八、九階の三フロアと地下に入っていて、七階が総務部とミーティングルーム、会議室、八階は開発部と営業部のフロア。九階は上がったことが無いので知らないが、幹部のオフィスとお偉いさん用の応接室になっているらしい。
誰だろうこの人。上から下りてきたし、佳恵が知っているなら、営業か開発、はたまた上層の偉い人というところか。
「来客だったんだよ。司がスーツだって言うから、仕方なくね」
「こんな時間にですか?」
「いや、客はもうとっくに帰ったんだけど、司のおかげで仕事が終わらなくてさ。一旦家に戻って着替えたらまた仕事だよ。佳恵は? いま帰り?」
私の存在に気づいたその人が、こちらに目を向ける。
その目が訝しげに細められていることに気づいた佳恵が、口を開いた。
「友人です。総務課の関口歩夢」
上から下まで舐めるように私を見る鋭い目つきに、緊張が走る。
「そう。関口歩夢、さん? ……おつかれさま」
口角をわずかに上げるだけの、薄い、笑みともつかない笑みだが、それでも渋く見応えがある。
日頃、男といえば、チャラチャラした若造と、ポッチャリとかわいいおじさんばかりを目にしている私には新鮮な眺めなのだが、こうも射るように見つめられては居心地が悪い。
「おつかれさまです」
佳恵の知り合いで社長を司と呼び捨てるこの人は、やはり雲の上の偉い人なのだろう。絶対に粗相があってはならない。
その眼光に緊張を覚えつつも、精一杯きれいな笑みを張り付けて、丁寧に挨拶をした。
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「ねえ、佳恵。あの小林って人、何者? あんたを名前呼びしてた……」
小林と呼ばれるその男の、遠く離れていく背中を振り返る。もう大丈夫聞こえないだろう距離を確認しつつも、佳恵の耳元に口を寄せ、小声で訊ねた。
「えっ? あんた、知らないの? あの人はウチの社長の……司叔父の学生時代からの親友で、司叔父と一緒にこの会社を立ち上げたウチの頭脳、開発部の小林統括部長だよ?」
「へえ……あの人が、噂の? 初めて会ったわ」
「初めてってあんた……、まあそっか、あの人もあまり表立つのは好きじゃないみたいで、九階からほとんど降りてこないもんね。知らなくても無理はないか」
「うん……」
デキるキレるシブいカッコイイと、小林統括部長を賞賛する総務部女子社員の声を耳にすることは、これまで度々あった。
だが、その言葉の最後には必ず、どんなに見た目が良くても、あの氷のような目で睨まれるのは怖ろしい、絶対に近寄れないと、締めくくられる。
あの小林統括部長という人は、イケメンをゲットするためならたとえ火の中水の中、どんな努力も惜しまない女子たちですら、怖れ敬遠するほどの人物らしい。
初めて目の当たりにしたあの鋭い眼差しを思い出し、なるほどと身震いすると同時に、なぜか心がざわざわした。
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